「新春座談会-バイデン新政権誕生、米国から展望する世界経済・国際情勢」


ジョー・バイデン氏が米国大統領に就任しました。新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、1月27日早朝(米国ワシントン時間1月26日夕刻)に当会新オフィスと現地をオンラインで結び、正副会長会社の駐在員の皆さまから貴重なご意見の数々をいただきました。(参加者の写真は社名五十音順に掲載、敬称略。なお、座談会の内容は3月1日までの状況を踏まえて更新されています。)

1.大統領選挙、連邦議会選挙

大統領選挙が激戦となった背景をどう見るか。


中園 明彦 氏
伊藤忠インターナショナル会社
ワシントン事務所長

中園(伊藤忠):今回の選挙の特徴は、一つ目にトランプ氏の信任選挙であったこと、二つ目にコロナ禍という特殊な状況下であったこと、三つ目にトランプ氏が負けを認めず最後まで抵抗し続けたことが挙げられる。

トランプ氏の支持率は4年間にわたり40%台前半、不支持率が40%台後半だった。最終得票数はバイデン氏が8,100万票、トランプ氏が7,400万票と差が4.6%あり、支持率の差がそのまま表れた形だった。激戦州のジョージア、アリゾナ、ウィスコンシン3州は合わせてわずか4万3,000票しか差がなく、8万8,000票の差があった2016年よりも接戦となった。

極端に言うと、コロナによってバイデン氏は助けられ、トランプ氏は自滅した。コロナで郵便投票を含めた期日前投票が倍以上増え、かなりバイデン氏有利に働いた。加えて、テレビ討論会で話す時間も短く、また大勢を前に話す選挙集会もなかったので、懸念されていた失態もほとんどなくラッキーだったと言える。一方、トランプ氏は時の大統領としてコロナ禍という国家危機をうまく利用できたのに、マスクの話から始まり、記者会見での失言など、ことごとく対応を誤った。最後には自分がコロナに感染してしまい、貴重な後半数週間、キャンペーンができなかった。コロナがなければトランプ氏は勝てたかもしれない。

吾妻(双日) :トランプ陣営が訴訟を乱発し、そもそもどこで終わったのかよく分からない選挙だったというのが第一印象。 全てが終了した今だから言えるが、12月14日の選挙人確定の投票日、それを連邦議会で承認する1月6日の各州の選挙人確定日はそもそも儀式にすぎなかったはず。それが、トランプ陣営の「盗まれた選挙」とのスローガンによる訴訟や、トランプ大統領自身の各所での演説、それに連なる賛成・反対両方のデモやマスコミの報道を目にして、われわれ日本人を含む外国人のみならず、米国人もハラハラしながら結果確定を見守っていたというのが実態。

結果自体は、中園さんも話されたように、トランプ氏1期目の人事評価の選挙という側面が大きかったと思う。すなわち、プライマリー段階で一度は脱落しかけたほどに印象の薄かったバイデン候補との比較というよりも、トランプ氏が好きか嫌いかの選挙だった。ヒラリー・クリントン氏が好きか嫌いかの選挙といわれた2016年の大統領選と同様で、当地報道でも、2016年のトランプ大統領が獲得した票数を基礎票として、その増減要因を指摘する議論が多かった。特にトランプ氏の基礎票から逃げ出した中間層の影響が大きく、民主党の選挙人登録増につながる努力や、コロナ禍による郵便投票が共和党のそれよりも勝ったということで、投票数がオバマ時代より増えたことも影響した。人口動態やコロナの影響もあったが、もともと二大政党の国で、ほとんどの州で勝者が全ての選挙人を獲得する勝者総取り方式なので、激戦になりやすい傾向がある。また、マスコミ報道の偏重も大きく影響したと思う。

何ら瑕疵(かし)はないはずなので批判するつもりはないし、政権監視や批判がメディアの主業であるとは思うが、有力テレビや有力紙のトランプ批判は、はた目からは少々行き過ぎた感がしないでもなかった。もちろん、それまでのフェイク発言が遠因であり、自業自得の面も多とするが。

さらに、トランプ大統領のSNSが完全にブロックされたのは1月6日の議会での騒乱後であったが、それ以前から盗まれた選挙だとの主張には注釈がつけられるなど、選挙戦終盤に彼の発信力が下がった影響はかなり大きかったと思う。もう一つ大きかったのは、中園さんもご指摘の通り、本人のコロナ罹患(りかん)により最後の3週間弱に得意のドブ板選挙ができなかったこと。これが、激戦州の幾つかを落とす大きな要因だったと感じている。

峰尾(丸紅):コロナ禍での戦いは挑戦者有利であり、構造的に現政権には厳しい選挙戦だったはず。それでも得票数が7,400万票まで増えたのは、経済政策などが比較的うまくいっていたから。ただ、中園さんが話されたようにトランプ氏が自爆した面はあり、もう少しうまくやれただろう。ブラック・ライブズ・マターのムーブメントなども重なり、こういう結果となった。

民主党は郊外に住む学歴のある女性などの票を増やせた。学校関係、教会関係など、これまで政治に関心のなかった人たちが反トランプ氏でまとまり組織票が動いた。それにもかかわらず、トランプ氏はかなり善戦したという印象。

吉村(住友商事):オバマ氏が勝利した2008年にもワシントンに駐在していた。当地は元々、有権者の9割以上が民主党に投票する地盤だが、あのときは高揚感に包まれた地元の人たちがわっと街に繰り出して、夜はホワイトハウスの前でお祭り騒ぎになった。今回は、バイデン氏が勝ったという結論が一応出て、まず安堵(あんど)感が広がった。その後、徐々にトランプ支持者のボルテージが上がり、1月6日の議事堂乱入で選挙戦は最終章を迎えた。吾妻さんと同じ印象で、終わりがはっきりせず、まだ次の展開があるのではないかと思わせる不思議な選挙だった。

連邦議会議事堂乱入の社会的・政治的背景をどうみるか。


吉村 亮太 氏
米州住友商事会社
ワシントン事務所長

吉村(住友商事):かつて米国は民主主義、法治主義、透明性などの価値観を世界に広げる役割を担っていたが、1月6日の乱入事件やそこに至るまでのトランプ氏とその側近の言動を見る限り、そうした価値観はどこへ行ったのかと思う。トランプ陣営は再選・政権維持が目的化され、それ以外は二の次になっていた。あの乱入事件は、リアルタイムで多くの国民が見ていたので、共和党支持者ですら大きなショックを受けたはずだ。

しかし驚くべきことに、共和党支持者のうち75%の人が事件後の世論調査でも選挙に不正があったと信じている。同じ考えの人たちが共鳴し合いさらに増幅されることをエコーチェンバー現象というが、選挙戦の最後の2-3ヵ月間、選挙に不正があると繰り返し刷り込まれた結果、乱入事件が起きたと言える。

これだけ成熟した民主主義国家でもデマゴギーが受け入れられてしまう。その根底には、社会の分断、政府やエスタブリッシュメント(注1)に対する不信感、ダイバーシティーに対する反発などがある。これだけ豊かで医療体制が整っている国であるにもかかわらず、新型コロナ対策が徹底できず50万人もの人が亡くなっているのは、政府や権力に対する不信感が根底にあるから。

豊田(豊田通商):私も議事堂乱入のシーンをテレビで見ていたが、40ー50代の白人が多く見受けられた。そこから米国の三つの憤まんを見て取れる。

一つ目は、白人優位の社会がだんだん侵食されているという彼らの不安感である。オバマ氏は米国生まれではないので大統領になる資格はないとトランプ氏が言ったが、これが白人の優位性に不安を感じていた人々に受けてトランプ氏の政治的デビューのきっかけになった。

二つ目は、経済的、社会的不安である。グローバリゼーションで製造業の仕事は海外に流出し、民間セクターの労働組合組織率が10%を切る状況下では労働組合にも頼れない。異人種間の結婚が増え、妊娠中絶が一般的になり、教会もよりどころにならなくなった。

三つ目は、アメリカンドリームの喪失、つまり社会階層の固定化だろう。親よりも子供が豊かになるというアメリカンドリームは幻想になりつつある。

コロナであまり注目されていないが、アルコール中毒やオピオイドなどの薬物摂取による死亡や、絶望からの自殺の増加で、中年白人労働者の死亡率は非常に上がり、平均寿命が短くなっている。そこにトランプ氏が現れ、ポリティカル・コレクトネス(注2)を無視した言葉遣いで彼らに「恥じることはない」と語り掛け、彼らの心をつかんだ。

トランプ氏は乱入事件でTwitterとFacebookのアカウントを削除され、メガホンを失ってしまった。これはビッグテック(注3)の力を示すものだが、言論の自由に反するのではと海外でも物議になっている。トランプ氏のアカウント削除は、ポリティカル・コレクトネスへの反発が根強くあるトランプ支持者7,400万人をあおることになりかねない。1995年にオクラホマシティで無政府主義者が連邦政府のビルを爆破し168人が亡くなったが、トランプ支援者の一部が地下に潜り無政府主義者のように過激化するのではと心配している。

緋田(三井物産):吉村さんと豊田さんの話に若干補足したい。白人優位社会の侵食について補足すると、1960年ごろには白人は人口の85%を占めていたが、毎年4%ぐらい減っていて、現在はなんと60%程度まで下がっている。2050年には50%を切ると予想されていて、人口動態は明らかに変わってきており、それに対する白人の不安、焦り、さらには怒りが背景にある。

乱入シーンを中継で見ていて少々驚いたものの、トランプ氏の政治家としての常識や先例・慣習を顧みないスタイルに鑑みれば、ある意味で必然的な結末を迎えたという印象も同時に覚えた。
共和党支持者の4分の3が選挙に不正があったと考えているというのも、必然だと思う。最も保守寄りのNewsmaxやOANNはもちろん、ケーブルニュース全米視聴者数が5年連続トップ、ゴールデンタイムの視聴者数はCNNの2倍というFOXニュースでは、連日不正疑惑を報道していたが、例えば、バイデン氏の票だけが突然一気に増えた「バイデンジャンプ」と呼ばれるグラフなどを見ると、これはいわゆるレッド・ミラージュ(注4)現象では説明がつかない不自然な印象を持つし、選挙監視員が帰宅した後の深夜に4-5人だけが残ってテーブルの下から大きなスーツケースを引っ張り出して投票カウントを始めたビデオは何だったのか、ニューヨーク州から大量の投票用紙をペンシルベニア州に運んだというトラック運転手を含め、証人宣誓書に署名までした数多くの証人は罰則を覚悟してまでうそをついたのか、これらの疑問に対する解説が結局一切なされぬままに、「証拠がないので裁判でも却下された、トランプ氏が指名した裁判官もいた、トランプ支持者の言っていることは言いがかりだ」という説明だけでは、不信を抱いた多くの有権者の納得を得ることは難しい。今回、コロナ感染予防という大義名分の下、民主党にそもそも有利といわれる郵便投票を、不正を予防するだけの十分な準備もないままに、初めて郵便投票を行うという多くの州に丸投げしたわけだから、選挙の信頼性そのものに疑念を持たれても仕方がないとも言える。トランプ氏の演説と議事堂侵入事件の直接的因果関係は別にしても、トランプ氏が聴衆をあおっていたのは事実であり、影響力の強い大統領として極めて不適切で不用意な発言を行ったことは間違いないと思うが、選挙不正そのものについては、トランプ氏自身が本気で信じていた節もある。かねて米国の課題といわれる選挙人制度そのものを見直そうとすれば、大変な激論になってまとまるとは思えないが、選挙の信頼性を担保する最低限の条件を満足させるよう、フロリダ州など、過去の失敗を生かし円滑に対応できた州のベストプラクティスを生かすなど、連邦政府の音頭で選挙制度の改善を図らないと、2022年も2024年も、また同じような事件が起きかねない。

注1:エスタブリッシュメント…国家や政府機関、富裕層などの強い権力を持った特権階級・支配階級などの勢力および社会秩序・体制のこと。
注2:ポリティカル・コレクトネス…性別・人種・民族などに基づく差別・偏見を防ぐ目的で、政治的・社会的に公正・中立とされる言葉や表現を使用すること。
注3:ビッグテック…情報技術産業における最大かつ最も支配的な企業。特にAmazon、Apple、Google、Facebook、Microsoftの5社を指す。
注4:レッド・ミラージュ…即日開票される投票所で直接投票する有権者の多い共和党(シンボルカラーはレッド)候補のトランプ氏に、当初は有利な開票結果が出てくるが、投票日よりも遅れて届く郵便投票には民主党候補のバイデン票が多いため、トランプ氏の序盤の優勢は蜃気楼(しんきろう)(ミラージュ)のように消えるという現象を意味する。

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