「新春座談会-バイデン新政権誕生、米国から展望する世界経済・国際情勢」

バイデン新政権の展望、2021年の世界経済・国際情勢

バイデン新政権の内政をどうみるか。

吾妻(双日):全て結果が出づらいものばかりだ。特にコロナ対策では、ワクチンができたのは朗報だが、変異株の影響も懸念され、今日の報道でもここ2ヵ月半で感染者数は倍増している。人員以外にも輸送や接種場所、接種可能な方々への周知や登録の問題等、ロジ全体に障害がでている。バイデン政権は100日で摂取量を増やすとアピールしているが、今後の推移を注視したい。DPA(国防生産法)を利用した製造や輸送など迅速な対応を期待したいが、コロナ自体の実態がまだ分かってない部分もあり難しい。コロナ禍により古いビジネスモデルが予想以上のスピードで淘汰(とうた)されたり生まれ変わったりと前向きな新陳代謝と受け止める向きもあるが、生活に密接する小売り、航空、旅行などの業界をどのように再建していくのか、期待を持てるアイデアは出てきていない。米国内のインフラ投資については、巨額の資金投入に期待を寄せたい。ただ、バイ・アメリカン政策により米国の労働力の活用が基本であり、またトランプ政権時代と同様に連邦予算の活用を議会がどこまで認めるかとの問題は常につきまとう。政策実行には議会の協力が不可欠だが、その拮抗(きっこう)状態からの進捗(しんちょく)は容易ではない。実現時のビジネスチャンスに備え米国企業とのパートナーシップ等の協力体制をいかに構築できるかを常に意識し検討を続けることがわれわれも必要だ。期待が大きいのは既に州ベースでも進捗のある気候変動関連だが、政権交代で政策が大きくぶれ、中間選挙で議会勢力が共和党のマジョリティーに戻る恐れもある不安定な状況の中、民間がどこまで投資に踏み込めるか。トランプ政権で逆に進捗があったガスパイプライン案件などもバイデン政権では後退するというのが分かりやすい例だ。この分野で米国がどこに向かうのか、気候変動対策では長期的な歩調を各国とそろえ協調していくのがバイデン政権の方針ではあるものの、先行する欧州に米国がどこまで追い付けるかを含め具体的な政策実行を注視していきたい。

吉村(住友商事):今回の駐在で米国での生活は5回目になるが、着任直後にブラック・ライブズ・マターの抗議活動がエスカレートするのをワシントンでも目の当たりにして、人種問題の根の深さに改めてショックを受けた。オバマ政権になって新たな時代が到来したかのようないちるの望みがあったが、トランプ政権になって問題がまた顕在化した。長い目で見れば収束していくとは思うが、人種問題に簡単な解はない。法律を作れば解決するという問題でもない。むしろ雰囲気づくりが大事であり、柔和な性格のバイデン氏に期待したい。オバマ政権は発足直後に8000億ドル規模のARRA(米国再生・再投資法)を通したが、バイデン政権提案のCOVID景気刺激策は実にその2.5倍近い巨額のパッケージとなる。オバマ政権では財政規律重視のティーパーティー運動が台頭し抵抗勢力になった。しかし、トランプ政権では財源を確保せずに大型減税を行い、コロナ下で景気刺激策を実施せざるを得なくなった結果、財政赤字がさらに膨らんだ。従来の共和党のバリューの一つである財政規律と、ばらまきも辞さないトランピズムの今後の動向に注視していきたい。

豊田(豊田通商):気候変動について、カーボンタックスを導入する考えがあってもいいと思うが、民主党にこの考えが毛頭ないのは残念だ。ガソリン税は1997年以来ずっと変わっていない。ガソリン税が上がると道路信託基金の財政が豊かになるし、電気自動車への移行がスムーズにいくが、自動車での移動に頼っている地方の人々、すなわち共和党支持者の反対が強いのでなかなかできない。バイデン政権の気候変動対策は、自動車の燃費規制とか、発電所のCO²排出規制とか、セクター別の規制で対応するしかないと思う。大きな政府になっていかざるを得ない。


武内 三郎 氏
北米三菱商事会社
ワシントン事務所長

武内(三菱商事):米国のソフトパワー、ハードパワーも世界一だが、気候変動のエリアでも凄いのは、どの道に行こうがオプショナリティーを有しているところだ。改めて本当に強い国だと思う。技術力、イノベーションは世界一、シェールを含めてエネルギーのネット輸出に転じており、エネルギー安全保障という観点でも強い。原子力というオプションもあり、コストは別にして太陽光、風力というオプションも導入できる土地の量を有しているなど、どの選択肢も取れるというのが強い。

米国経済と商社ビジネスへの影響をどうみるか。

豊田(豊田通商):2021年の実質経済成長率は、コロナ克服のスピードと政府のコロナ救済策の規模・タイミングに大きく影響される。民主党はジョージア州上院選挙で勝利したことで、予算関連法案を単純多数で成立させることができるようになった。この予算調整措置を活用すれば、共和党との超党派で合意を目指す必要がなくなる。いわゆる財政調整措置をコロナ救済策と第2弾のクリーンインフラに連発して使えるので、財政出動は1.9兆ドルに近い規模で予想よりも早く成立するかもしれない。

インフレ率も財政出動の規模とタイミングに影響される。コロナが克服されるとペントアップデマンド(繰り越し需要)が顕現する一方で、供給制約も明らかになるので、一時的に物価上昇は高くならざるを得ない。家計の貯蓄は、コロナ前に比べて1.6兆ドルも増加している。インフレ保護付き財務省証券の市場価格を見ると、今後10年間の予想インフレ率はFRB(連邦準備理事会)の目標2%を超えている。それでもFRBはしばらく超低金利政策と国債の借り入れを続けるはずだ。この副次効果で全ての資産価格が上昇し、食料価格指数も6年ぶりの高値となっている。需要家もコロナ危機でジャスト・イン・ケース志向が芽生え貯蔵を増やしている。10年前に起こったアラブの春は、小麦価格の上昇が一因だった例もあり、小麦や大豆の高値が続くと、発展途上国の政情不安につながる可能性もある。

最後にリモートワークの定着について触れたい。電気が発明された時に、電気が実際に経済活動、生産活動に応用されるには長い時間がかかった。人工知能も電気と同じく汎用(はんよう)技術であるので、経済の生産性向上につながるには長い時間がかかるが、コロナ禍によるリモートワーク促進で応用に要する時間が10年縮まったといわれている。オンライン診療やリモート教育などサービス分野で生産性の向上が起こりつつあるが、生産性が上がる分、不要になる労働者も発生する。例えば1人のヨガの先生が対面で10人に教えていたのが、リモートで100人に教えられるようになるので、ヨガの先生の失業者も増える。この人たちをどう再訓練するのか喫緊の課題だ。

グーグルが2020年から始めたオンライン教育コースが注目されていて、学歴を問わずに参加できる。月50ドルの学費を6ヵ月払ってコースを修了すると大卒の資格が得られ、企業は優先的に採用する。ウォルマートやバンク・オブ・アメリカ、インテルなども協賛している。学歴、高騰する学費への挑戦であり、GAFAの一角を担うグーグルのこうした動きも注目すべきだ。

武内(三菱商事):民主党の大統領予備選で注目され、ニューヨーク市長に立候補しているアンドリュー・ヤン氏は、今の米国の経済格差は、実は移民ではなく、むしろ無人化、ロボット化、AIによって職が奪われていることに起因すると言っている。これは米国のこれからの産業、社会の移行という意味で非常に大事な視点だと思う。AI、デジタルなど次世代技術のトランジションを考える上では、こうした社会的な要素のトランジショニングが鍵を握ると思うので注目していきたい。

バイデン新政権の外交・通商・安全保障政策をどうみるか。

峰尾(丸紅):米国人にとって協調とは、相手の言うことを聞くとか、アコモデートするとか、コンプロマイズするということではあまりない。自分たちの持っている民主主義が世界一で、他の国も同じことをすると幸せになれるという発想があり、同盟国と摩擦を生むリスクがある。安全保障、海外紛争への関与については、国防費の話でもあり、民主党が左傾化すれば反対の圧力が強まるが、今は見えにくい。

緋田(三井物産):まず日本については、トランプ氏と安倍前総理の時代を引き継ぎ、基本的には強固な関係を維持するだろう。ただ、トランプ大統領のように米軍駐留コスト負担増を激しく迫ってくることはない代わりに、同盟国として地域の安全と安定のためにもっと大きな役割と責務を果たせと迫られる可能性はある。日米同盟を所与のものだとせず、日本国内でしっかり議論し、日本として果たすべき新たな役割を米国にしっかり示してゆくことができるかどうかが課題だと思う。

中国については、バイデン外交の一番重要なポイントだと思うが、オバマ時代のように口先だけで弱腰・腰砕けになるのではないかという懸念も聞こえる中で、オバマ時代に使われていた「戦略的忍耐」という言葉をジェン・サキ報道官が使ったのは気になった。また中国と協力し合うべきところと闘うべきところをメリハリつけて対処するということだが、中国側がまともに呼応する保証はないし、問題は何らの解決も見ない可能性もある。今の米国で中国に弱い姿勢を示すことは政治的に大きな失点となるわけで、トランプ政権同様の強硬姿勢は続くだろう。ただし、バイデン政権がCFIUS(対米外国投資委員会)やECRA(米国輸出管理改革法)のルールをもう少しシステマチックに明確化してくれるかもしれないという期待感もある。

バイデン政権のトランプ政権との違いは同盟国との協調路線だ。峰尾さんが話されたように、同盟国との協調は美しく聞こえるが、同盟国が共同歩調を取るかどうかは未知数だ。ビジネスと同じで、自社100%出資であれば機動力が高いが、合弁プロジェクトはパートナー間の調整に時間を要するし、合意に至らないことだってある。機動力を失い同盟国との調整に手間取っているうちに、中国はどんどんアグレッションを進めるということも十分考えられる。

日本では、安全保障の面では米国が極めて重要だが、経済面では隣国の中国も重要という議論があるし、その通りではあるのだが、今後の東アジアの安全保障環境の変化と、安全保障と技術と経済の一体化が進めば、そういう議論は通用しなくなり、ある意味での踏み絵を踏まされることになるかもしれないことを日本企業は想定しておくべきだろう。

アジアについては、FOIP(自由で開かれたインド太平洋)やQuad(日米豪印戦略対話)などいろいろな枠組みがあるが、ASEAN諸国の存在をしっかり意識する必要もあろう。ただバイデン政権は国内課題が山積しているので、外交分野での最初の課題は欧州との関係修復だろう。よって、中国という大きな課題を除けば、アジア外交は後回しになる、あるいは見方を変えれば対中外交におけるアジア外交という位置づけになるかもしれない。

ロシアについては、反体制派ナワリヌイ氏を巡る人権やサイバー攻撃などいろいろな問題があり、より厳しくなるとの見方も多い。トランプ氏本人はプーチン大統領への擦り寄り発言をしていたのは事実だが、トランプ政権全体で見ると決して甘くはなかったと思うし、議会はもともとロシアに厳しかったので、バイデン政権になっても実態はあまり変わらないのではないかと思う。

中東については、親イスラエルは変わらずと思うが、今後はパレスチナの利益を少し考えていくだろう。バイデン氏はキャンペーンのときから人権問題を指摘しており、サウジアラビアとの関係見直しの可能性もあり要注視だ。イランについては、トランプ政権が離脱したJCPOA(包括的共同行動計画)をどう考えていくのか、現時点ではっきりした方向性はまだ見えない。また、トランプ氏とエルドアン大統領の個人的関係だけでつながっていたが新政権では関係が悪化するという見方もあるトルコとの関係にも注目すべきだ。

吾妻(双日):バイデン大統領が就任前に菅総理と電話で尖閣諸島への日米安保5条適用を明言したのは抑止のための儀式との見方がある一方、バイデン政権の高官が台湾防衛に関する強いメッセージを出し続けているのは、より緊張が高まるという懸念よりも日本を含む周辺環境の安定を意味するという観点から、ビジネス上は安心材料になると思う。ただし、それに伴う日本の役割に関しては、敵基地攻撃能力の保有のみならず専門家からは欧州に倣った核戦力のシェアリング策も提起されており、軍事面も含めて拡張の続く周辺諸国への抑止策として、現状の日本にとってはハードルの高い問題にもいかに取り組んでいくか、その覚悟が問われる局面を想定し備える必要がある。ロシアとの関係では、まずは新START(戦略兵器削減条約)を延長するだろう。INFを含め核戦力問題では中国を取り込まないと意味がないが、具体策は見えていない。中東政策に関するロシアとの対話は方向性すら見えていない。アフガニスタン、シリアからの米軍撤退はいったん凍結するだろうとの見方が大勢だが、その後への具体策はなかなか見えてこない。北朝鮮に対するトランプ政権のエンゲージ政策を引き継ぐことはないだろうが、では時間稼ぎに資するだけの圧力政策に舞い戻るのか、同様にトランプ政権で大きく動いたイスラエルとの関係等々、バイデン政権の安全保障政策にはまだまだ不鮮明なところが多く、ワシントンでの定点観測、われわれワシントニアンの活動がますます重要になってくる。


座談会の様子
右列上から 吾妻氏、峰尾氏、豊田氏
中央上から 中園氏、吉村氏、武内氏
左列上から 岩田(当会司会)、緋田氏

世界経済と商社ビジネスへの影響をどうみるか。

武内(三菱商事):地域は大きく四つに分けて話したい。一つ目は米国を含む先進国。IMFが2021年の経済見通しを発表しているが、これには米国の景気刺激パッケージが一定程度加味されている。米国が今回のコロナ対策費1.9兆ドルを満額で通すのは難しく、金額を含めて妥協したパッケージになる。米国を含む先進各国の経済対策およびワクチン接種スピードはアップサイドリスクよりもダウンサイドリスクの方に振れやすく、総じて先進国は経済予測に対してダウンサイドリスクの方が大きいだろう。

二つ目は中国。昨年後半から唯一プラスの成長率をたたき出し、景気回復は先行している。加えて、中国共産党は2021年に100周年を迎えるので、国の威信を懸けてさまざまな経済対策を完遂すると考えられる。中国経済が一番底堅いだろう。

三つ目は新興国。先進国のような経済対策ツールがないので、大きなダウンサイドリスクがある。パリクラブ(債権国会合)での合意に基づく債務救済措置を含めG20各国が経済支援を行ったが、2020年11月にザンビア共和国はデフォルトになった。コロナ禍で低成長、国際収支赤字に直面している新興国については、さらにダウンサイドリスクが出てくるのではないかと心配している。世界銀行グループなどが各種サポートを検討しているが、間に合うかどうかマクロ的なリスクがあると思う。トルコについては、比較的関係論が良かったドイツのメルケル首相が引退し、関係論が厳しいフランスのマクロン大統領がEUの中心になるので、エルドアン大統領は追い込まれると思う。経済が落ち込むと、地政学的リスクの高まる可能性があり、ダウンサイドリスクを注視すべきエリアだと思う。

四つ目は環境分野。米国中心の環境対策が徐々に出てくるが、規制、許認可、モニターなどの分野で厳しく強化されることが予想される。トランプ政権が導入した規制緩和がなくなり、許認可面でのアセスメント方法が抜本的に変わることもあり得る。米国でオイル・ガス、重工業でグリーンフィールド案件を推進していく上で、許認可取得は、許認可そのもの、時間軸とコストの面でリスクが高まり、しっかり対応していく必要がある。ブラウンフィールド案件については、モニタリング等のコストがボディーブロー的に効いてくるリスクもあり得る。

気候変動、低炭素の分野については、リスクとオポチュニティーの宝庫なので、各商社とも全力で取り組んでいる。テーマが壮大で、例えば高度成長期の1960年代に伊藤忠商事さんと三井物産さんが西豪州の鉄鉱石を一緒に開発し、代替エネルギー需要が高まった1980年代に三井物産さんと弊社が西豪州のLNGを一緒に開発したように、商社各社が協業する案件が出てくることも期待したい。

吾妻(双日):商社ビジネス関連では、GAFAを中心とした米国企業のIT、ソフト、先端技術分野の動きに特に注目。彼らの動きから米国政府の水面下の圧力政策が見えてくる。情報の取り扱いの機微や租税回避を含め各国で訴訟提起も多く、トランプ政権は政治的な側面からもかなりの圧力をこれら企業群にはかけてきたものの、絶大なパワーを擁し、対中国に限らず時の政権や同盟国の政策に抗しながらも着々とビジネスの裾野を広げている。先端分野に関する米国政府の政策モニターは重要であり継続する一方で、米国企業の中で政治的にもパワフルな彼らの動きが各分野における今後の道標になると考える。