「新春座談会-バイデン新政権誕生、米国から展望する世界経済・国際情勢」

大統領選挙、連邦議会選挙

新政権の陣容をどうみるか。


吾妻 浩二 氏
双日米国会社
ワシントン支店長

吾妻(双日):今日もイエレン財務長官やブリンケン国務長官が上院で承認され、既に就任済みの国防長官やFBI長官他、安保関連を中心に重要閣僚の正式就任が続々となされているが、実は過去の政権と比して、そのスピードは決して速いわけではない。要因としては、承認を行う上院の多数党勢力の決定がジョージア州の上院選が1月5日の決選投票までずれ込んだことや、政権移行チームへの引き継ぎが遅れたことが指摘されている。意外だったのは2016年に退役したロイド・オースティン氏が国防長官として早々に承認されたことだ。連邦法では文民統制の観点から「退役7年以内」の元軍人の国防長官就任を禁じており、トランプ政権のマティス長官にも同様の措置が取られたが、この規定を適用除外する特別立法が上下両院の賛成多数で早々に可決された。背景としては、黒人で初の国防長官という多様性を強調する人事である点が超党派の賛意を得やすかったというのが一番。一方で、中東に明るく対テロ特殊作戦の経験という純軍事的な経歴よりも、2010年代のイラクからの撤退オペレーションを成功させたという実績を引き合いにコロナワクチン配布のロジスティックを成功へと導くためとの指名理由を強調した点には少々違和感が。難癖をつけづらくする老獪(ろうかい)なバイデン大統領ならではの議会対策だとも解説されるが、共和党からの賛意を早々に得られたのは、これら重要人事の一部は既に上院の運営条件等の交渉とひっくるめて、共和党ミッチ・マコネル上院院内総務との水面下での駆け引き・交渉が一定程度進んでいるのが背景にあるようだ。コロナ対策以外にも重要政策の執行が山積していることもあり、ボトムアップ式のバイデン政権では政策執行体制構築のスピード感が重要であり、今後も主要閣僚や高官がスピーディーに承認されるか注目している。候補者の顔ぶれからは、NSC(国家安全保障会議)も含め、ジェンダーや人種にこだわらない多様性が見て取れる。米国の懐の深さと人材の豊富さを感じるが、多様性にこだわり過ぎという見方もある。また、カート・キャンベルNSCインド太平洋調整官は、知日派でもあり、日本を含むアジア外交を担う中心人物と期待したい。一方で、次官級レベルに満たないポジションであり、バイデン大統領と直接調整できるのかがポイントとの指摘もある。また、アントニー・ブリンケン国務長官やオバマ政権時代の上司であるウェンディ・シャーマン国務副長官とのすみ分けがいかになされるのか、ちまたで懸念される過去の中国との融和政策への回帰の防波堤となれるのかも見どころだ。ワシントンでは、対中強硬論は超党派の支持を得ており過去のニクソンショックのようなことはあり得ないとの有識者コメントをよく聞くが、人権問題や台湾問題での激しい対立は続くとされるものの、環境問題他でのディールの一部として、ビジネスに関わるミニ・ニクソンショック的なことが起こらないかは、引き続き目を凝らしていく必要がある。そのためにも、現時点では封印されているようにみえる急進左派の勢力の登用が、千数百人とされる上院承認を必要とする高官ポジションでいかに配置されるのかを併せて注目していきたい。

峰尾(丸紅):バイデン政権の陣容はハーバード大学、イェール大学出身の人がややトランプ政権よりも多い。閣僚級高官にはクリントン政権、オバマ政権時代の経験者もいて、お互い知り合いの人もいよう。今回、おのおのの発言に整合性をすごく感じる。情報統制を敷いて統一感を出しているようだ。トランプ政権ではポストに着く人が決まらず政策の動きが遅かったが、バイデン政権では改善されるだろう。

武内(三菱商事):峰尾さんも話されたが、オバマ2.0と表現されるほどオバマ政権時代に実務を担った方が多く、手堅い布陣と言える。多様性については、女性、男性だけでなく、LGBTIのピート・ブティジェッジ運輸長官、ネイティブアメリカン出身のデブ・ハーランド内務長官など、「米国を象徴するものにしたい」との意思が全面に出ている。

気候変動対策にも注目したい。従来の政権にはない新しい形で、国際関係ではジョン・ケリー氏という重鎮を気候変動担当特使とし、内政関係ではジーナ・マッカーシー元EPA(環境保護局)長官を登用した。どのようにワークするのか非常に興味深い。

気候変動と関係ない省の閣僚候補も公聴会では統一感を持って気候変動問題に触れている。まとまりを持った発信力はバイデン政権の特色になっていくはずだ。バイデン氏らしさを感じたのは、非常に政局を意識し、ハーランド氏以外急進左派の民主党員を政権入りさせていないことだ。共和党から強く反対されるのはOMB(行政管理予算局)局長に指名したニーラ・タンデン氏ぐらいで、練りに練られた人事と感じる。ビッグドナー出身はNEC(国家経済会議)委員長に指名された米資産運用会社ブラックロックのESG投資ヘッドのブライアン・ディース氏ぐらいで、お金のにおいが排除されている。

米国の現状と将来をどうみるか。米国は安定と威信を取り戻せるのか。


豊田  博 氏
豊田通商アメリカ
エクゼクティブアドバイザー

豊田(豊田通商):4点話したい。1点目は、国としての一貫性がない状況が続いていることだ。バイデン大統領は就任初日、パリ協定復帰の書類に署名し意欲を示したが、その前身となる京都議定書はクリントン政権が交渉を推進したが、ブッシュ大統領は京都議定書を批准しなかった。パリ協定はオバマ政権が一生懸命音頭を取って成立したが、トランプ大統領は離脱してしまった。政権交代のたびに方針が変わってしまうのは、イラン核合意も同様で問題だ。

2点目は、世界貿易において米国の存在感が低下していることだ。仮にバイデン氏がパリ協定を守るため再生可能エネルギーに移行しようとしても、必要な部品は中国企業が半分以上生産している。現在でも中国を最大の貿易相手国としている国は世界190ヵ国中128ヵ国ある。今後、バイデン政権下でのサプライチェーンの国内回帰とバイ・アメリカン政策で世界貿易における米国の地位は低下していく。さらに、2021年7月1日にはTPA(大統領貿易促進権限法)が期限切れになる。TPAは議会への通告手続きを踏んでいれば、議会で修正を受けずに多数決で通商協定を承認できるという、大変有益な法律だが、おそらく再延長されない。米英自由貿易協定は特別に配慮されるかもしれないが、TPP11への再加盟は当分ないと思う。

3点目は、2020年に亡くなった社会学者のエズラ・ヴォーゲル氏が米国のような多民族国家をまとめるには敵が必要と語っていたが、今の米国にはそうした敵がいないということだ。確かに米ソ冷戦中は米国に政治的な分断はほとんどなかったが、中国が相手となると話が違ってくる。ソ連とはイデオロギーや軍事面での対立で貿易関係はなかったが、中国と米国は、年間5000億ドルの貿易を行っているし、中国政府は巨大市場の力をどう使えばよいか知っている。だから全面的なデカップリングは高くつくし、同盟国もついてこない。国内の分断が激しい中、中国への対処は非常に難しいかじ取りとなろう。

4点目は、米国が1920-30年代のような孤立主義に回帰する懸念があることだ。オバマ氏が米国は世界のポリスマンではないと宣言し、トランプ氏はアメリカファーストを掲げ米国中心の安全保障体制に疑問を投げ掛けた。EUではNATO、すなわち米国に防衛を頼らず、自分たちで防衛すべきという意見が67%に達している。米国は孤立主義への回帰という歴史的な流れの中にあるように思える。

緋田(三井物産):諸外国の米国への見方について、ピュー研究所のデータを見ると、オバマ政権のときは米国に好感を持つと回答したのが64%、大統領を信用すると回答したのも同じく64%だったが、トランプ政権が始まった2017年1月の段階では、米国に好感を持っていると回答したのは49%まで下がり、さらに大統領を信用すると回答したのは22%まで落ちた。つまり、米国という国そのものの威信も落ちたが、大統領への信頼は地に落ちたと言ってもよい。特に欧州における信頼低下は顕著であり、威信がすぐに回復するとは思えないものの、バイデン政権も欧州との関係回復を相当意識しているので、米国は頼りにならないという見方は少しは改善するはずだ。

国の団結を高めるための「共通の敵」という観点では、7割超の米国民、そして議会も党派を超えて中国を非好意的に見ているので、敵視しているという見方もできなくはないと思うが、だからといってそれで国が団結するかと言えば、そんなことはなかろう。これだけ中国との関係が経済的にもビルトインしていてはデカップリングにも限界はあるわけだし、国内の諸課題における分断の力は、共通の敵から自らを守るための団結力よりも強力であり深刻だ。

バイデン氏は就任式でも「団結=ユニティー」を訴え掛けたが、残念ながら国内の分断はさらに広がると予想する。バイデン氏は就任初日に17本も大統領令に署名したため、「7,400万人もの米国人の気持ちをいきなり踏みにじった」と即日報じられていたし、FOXなど保守系メディアが「ユニティーというのは民主党内のユニティーだったことが判明した」とバイデン氏への批判を強めているのを見るに、米国が安定を取り戻すというのは、容易ならざることだろう。

本人もキャンペーン中に言っていた通り、高齢なので1期で終わる可能性は高いとはいえ、バイデン氏の大統領就任をもって、長く混沌(こんとん)とした大統領選がやっと終わり、少しほっとしたのが正直なところだが、2022年には早くも中間選挙がある。今は小康状態だが、すぐに不安定な状態に陥るかもしれない。

中園(伊藤忠):バイデン政権が対峙(たいじ)する国内・外交問題は非常にチャレンジングだ。

外交政策で大きく変わると思われるのは同盟国との関係である。対中国政策を進めるにしても、米国一国だけでの対応は困難であり、同盟国との協調が不可欠と感じているようだ。だが、トランプ氏が掲げていた米国第一主義を転換して、同盟国との関係をより重視する政策は、結果的に米国民に受け入れられるか不明だ。また自国の主張だけを通そうとするスタイルでは失った信用は回復できない。真摯(しんし)に同盟国の立場を尊重・理解して、必要な譲歩もするという真の意味での国際協調を目指せるかに注目したい。

国内は、トランプ氏が大統領になってさらに溝が深くなった分断の修復が大きな課題だ。バイデン大統領は、就任式で国民と政党の結束の必要性を説いたが、就任早々トランプ政権の政策を覆す複数の大統領令を発令し、共和党の反発を買っている。メディアによっては「米国の良いところは多様性であり、そもそもユニティーは無理だ」と論じており、分断修復の難しさを物語っている。キュー・アノン、プラウド・ボーイズ、白人至上主義者などの過激派も抑えなければならない。実に難題が多いが、経済対策を含めたコロナ対応を筆頭に、バイデン大統領の手腕に期待したい。

峰尾(丸紅):私もバイデン氏が中道でユニティーを目指すとは思わない。バイデン氏は民主党の真ん中に常にいる人であり、民主党が左に行ったら一緒に左に行くし、右に行ったら右に行く、そういう意味で中道派であり、広告塔として機能してくれる人である。民主党は今、相当骨太で革新的なリベラルに振ったことをやろうとしている。増税、大規模な財政出動による気候変動対策、インフラ整備、製造業の国内回帰、介護や子育ての現場と協力して雇用をつくる、格差を解消するなど、いろいろある。だから大きな政府を目指すと思う。

民主党には三つのグループがある。一つ目は、バーニー・サンダース上院議員、アレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員に代表される若年層であり公正なマーケットや競争という概念を信用しないグループ。二つ目は、中国と対抗するには米国人の産業政策アレルギーを払拭(ふっしょく)せねばならず、そのためには産業政策の名目でお金を使って雇用をつくり、票と結び付けたいと考える外交専門家グループ。このグループを代表するのが、アントニー・ブリンケン国務長官、ジェーク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官である。三つ目は、ブライアン・ディースNEC(国家経済会議)委員長、ジャネット・イエレン財務長官に代表される、オバマ政権時代に共和党に配慮した結果思うようなことができず、その経験を踏まえ、頭数がそろっているこのタイミングを捉えて、大きなことをやってやろうと思っているグループだ。

これら三つのグループを考えると、民主党が超党派でユニティーな政策を遂行するとは思えないし、共和党も民主党を批判することでまとまろうとするだろう。

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