ワールドカップを控えた南アより

阪和興業株式会社
ヨハネスブルグ支店長
松本 充浩

新しい拠点での赴任直後の思い出


当地南アフリカ共和国に支店を構えてはや1年が過ぎようとしています。弊社にとっては前任者も居ない新天地での支店開設ということで、既に当地で歴史を重ねられている日系各社の駐在員の方々とは違ってすべてが一からのスタートで、今現在もこれから先どのような「初めての出来事」が待っていようとも「泰然自若」よろしく行きたく思っています。
まずはその中でも身の回りのささいな出来事ですが、今でも記憶に残る話をさせていただきます。
支店の登記、銀行口座の開設は事前に日本から幾度か出張を重ね当地弁護士の協力の下、着任前に完了していました。また支店となるオフィスの契約も同様に済ませており、あとは機上の人となり南アフリカまでの約17時間のフライトあるのみと成田を出発し、当地に足を踏み入れたのは2009年の3月半ば。到着後スーツケースの荷物を住居に置き、その後出社しようとまずはアパートに向かいました。
これも事前に幾度も当地の不動産屋と打ち合わせした後、入居日を確定したので安心しきってアパートに着いたら、いきなり備え付けの家具はないテレビはないからのスタート。困り顔の不動産屋を横目に「おっ、いきなり先制パンチが来たな」と思いつつも幸いベッドはあったので、立ち会っていた大家さんに「早く家具を入れてください。特にせめて食卓だけでも」とハッパを掛けつつ心中穏やかに「まぁ、こんなもんでしょう。イライラしない」と自分に言い聞かせながらその場を離れ、職務上絶対不可欠な携帯電話と車の確保へ。右も左もまったく分からない当地、支店と住居の往復もさることながら車で近辺散策し、どこにどのような生活関連施設があるのか知る必要があります。
当地の治安に関してはニュース等でお聞きのこととは思いますが、残念ながら日本のようにわれわれ外国人、当地白人が安全に利用できる公共交通機関がなく、「歩く」ということも制限され、交通手段は専ら自家用車となります。当面はレンタカーを借りるべく大手レンタカー店に向かい「車を借りたいのですが」と切り出すと、「すぐには用意できません。明日まで待ってください」との返事。これはあくまで想定内。「では、また明日来ます」とその場を取引先の運転手と立ち去り、明朝同店を訪ねても「まだ車が用意できません。用意でき次第電話します。携帯電話の番号は?」との返事。日本から持参してきた携帯電話に国際電話というのはさすがに気が引け、「いや、携帯電話はないので事務所に連絡もらえますか?」との当方の回答に最初はけげんな顔をされながらも新規赴任の事情を説明すると納得のご様子。しかしながら、その後、待てど暮らせど連絡が一向になく、車を借りることができたのはそれからおよそ半月後でした。
携帯電話の契約も意外に苦労した1つです。携帯電話がないと日常の決済手段として当地で一般的なインターネットバンキングにも登録することもできず、その都度銀行窓口に出向かなければなりませんでした。既存の会社であれば前任者のものを引き継いで使うこともできますが、いかんせん当社は当地において新規出店で1ヵ月も経過していない中、携帯電話会社に申請を申し込むと、この国特有の信用供与の厳しさからか、3社あるうちの2社から「過去3ヵ月間の銀行口座の残高証明がないと無理」と断られ、ようやく残り1社に銀行保証・前払い金・弁護士からの身元保証等を入れてやっと手に入れ安堵したのはまるで昨日のことのような思い出です。


巨大サッカースタジアム「Soccer City」


JABULANIの巨大モニュメント

アフリカ大陸で初めてとなる2010年FIFAワールドカップは、来る6月11日より7月11日までの1ヵ月間、当地南アフリカ共和国、9都市に点在する10会場のサッカースタジアムで競技が開催されます。その10会場の中でも日系企業が数多く事務所を構えるSandton(サントン)地区より車で約小1時間、ヨハネスブルクの閑静な郊外に突如現れる収容人数9万4,700人を誇る巨大サッカースタジアム、Soccer Cityは6月11日のホスト国である南アフリカVSメキシコの開幕を皮切りに7月11日の決勝戦が行われる、いわばこの南アフリカで開催される、ワールドカップにおいてその中心的なスタジアムといえます。当初は2004年に南アフリカでの開催が決定してからも新設スタジアムの建設はなかなか進まず、インフラの不備、治安の悪さ等より一時は南アフリカ共和国での開催そのものを危ぶむ声さえ聞かれることもありましたが、その後各会場で急ピッチに工事が進められており、Soccer Cityの現場を訪れた4月半ばの段階で周辺の道路、スタジアム周辺の関連施設の突貫工事を行っている最中でした。しかしながら率直なところ、果たして片道2車線の道路でスムーズに9万人強の観客の輸送が可能なものなのか現場を見て感じた次第です。
そのほかにもFIFAが開催条件の1つとして挙げていた交通機関の整備は遅々として進んでおらず、当初予定していたヨハネスブルクの玄関口、O・R・タンボ国際空港から同Soccer Cityまでを結ぶ高速鉄道は開催日には到底間に合いそうにもなく、代替案として高速バスでの運行が予定されています。
安全に利用できる交通機関という点で問題山積みの状況下、当地では幾度となく黒人の主たる交通手段であるミニバスタクシー(ワゴン車を使った乗り合いタクシー)業界から高速バス運行に対する抗議・デモというトラブルが発生しており、それ以外にもレンタカーの不足・便乗値上げが懸念されています。
問題は交通機関だけにとどまらず、宿泊施設の不足も同様に懸念されています。大会期間中、ヨハネスブルク近郊にある主要ホテルはFIFAの予約だけ満室状態になっており、ワールドカップ需要を見込んで開催期間中はヨハネスブルク近郊の空き家をホテル代わりに普段の倍以上の高値で貸し出すというところも既に出てきています。
街中の様子を見てみますと、サントン地区中心部にあるマンデラスクエアには今回のワールドカップで使用される公式球JABULANI(公用語の1つ、ズール語で「祝杯」を意味します)の巨大モニュメントが設置され、ワールドカップ間近の雰囲気はいやが応でも盛り上がりつつあり、当地を訪れた観光客の方々などがこの巨大サッカーボールを背景に記念撮影をしたり、ボール自身にサインする姿も見られます。このサッカーボール、南アフリカの公用語の数である11が由来で11色が配色されたそうです。


サッカー日本代表を歓迎


急ピッチで工事が進められるSoccer City


サッカー日本代表チームの南アフリカでの滞在地「Fancourt」


ケープタウンから飛行機で北東におよそ1時間、Georgeという場所に南アフリカ屈指のリゾート宿泊施設Fancourtがあります。オウテニクァ山脈を背景に緑あふれる約600haの敷地面積にコテージが点在するこのFancourtは、今般当地南アフリカ共和国で開催されるワールドカップにおいて日本サッカー代表チームの滞在拠点となる宿泊場所で、ここを拠点に各試合会場への移動ということになります。
当地の駐在員にとって心置きなく安全に歩ける場所はゴルフ場のみと笑えない、うそのような本当の話もあり、着任後健康管理も兼ねてゴルフを始められる駐在員の方々も多くおいでになりますし、もともと大のゴルフ好きにとってもこのFancourtは帰任までに1度は訪れてみたい場所の1つとして数えられています。広大な敷地内に3ヵ所あるゴルフコース、その中でもFancourt Linksというコースは南アフリカを代表する屈指のゴルフコースとして2009年のSouth Africa’s 100 Greatest Golf Course 2009/2010というランキングにおいて第3位に格付けされており、2003年には同コースで米国選抜代表チームと世界代表選抜チームが戦うプレジデントカップを開催、あのタイガー・ウッズも米国代表チームの一員としてこのFancourtを訪れ、世界代表チームの一員であった南アフリカ出身の有名ゴルフプレーヤー、アニー・エルスと好プレーを交わしたゴルフコースです。それ以上に日本人のゴルフ好きにとって忘れられない出来事が2005年に開催された第1回世界女子ゴルフ選手権。まさしく日本を代表して出場した宮里藍選手と北田瑠衣選手の名コンビが各国の競合を相手に見事優勝を果たしたという場所で、岡田監督にとっても日本サッカー代表チームにとっても、この南アフリカにおいて環境・ 施設は言うに及ばず、これ以上験のいい滞在拠点はないのではないかと思えるぐらいです。
先日、日常のヨハネスブルクでの喧騒から解放されるべく、イースターの連休日を利用して日本への帰任の決まった駐在員を含む仲間たちと最後の思い出にと、このFancourtに宿泊してきました。さすがに日本サッカー代表チームを迎え入れるためでしょうか、従業員の方々はわれわれが日本人だと気付くや否や、たどたどしくも心温まる日本語で「こんにちは」や「ありがとう」と話し掛けてくれ、昼間はゴルフを楽しみ、夕食には日本では絶対に経験のできないゼブラのステーキに舌鼓を打ちました(予想に反して軟らかくジューシーな食感でライオンの好物であることも妙に納得した次第です)。このFancourtにやってくる日本サッカー代表チームの南アフリカ到着を当地日本人一同は心待ちにしており、今から精一杯応援すべく意気揚々です。



南アフリカ屈指のリゾート施設Fancourt —サッカー日本代表の滞在拠点

ワールドカップを控えた南アより 誌面のダウンロードはこちら