メルボルン「世界で最も住みやすい都市」

住金物産オセアニア会社
社長
藤島 康史

1.世界で最も住みやすい都市


英誌『エコノミスト』が年に2度選出する「世界で最も暮らしやすい都市ランキング」で、2011年8月にわがメルボルンが、10年近く首位を守り続けてきたカナダのバンクーバーを退け、 堂々の1位を獲得したと報道されました(これは世界140都市を対象に政治・社会的安定、犯罪率、医療の質、文化活動、環境、教育、インフラの整備等を点数化してランク付けしたもの。この時東京は18位)。
「世界一」と聞かされて、この地で足掛け6年を過ごし単身・家族帯同と2つの異なる形態で生活した経験から「うん、やっぱり」と思うところと、「えっ?」と感じるところが種々あります。今回、 私の体験を通してこの「世界で最も住みやすい都市」をご紹介させていただきたいと思います。


2.メルボルンとは


豪州は6つの州と2つの特別地域からなる立憲君主国であり、正式には「Commonwealth of Australia」。面積は日本の約20倍の約769万㎢ですが人口は日本の6分の1の約2,200万人、しかもその7割以上が海岸沿いの都市(6割弱が東海岸)に居住しています(人口密度は2.78人/㎢、日本は343人/㎢)。
その中でメルボルンは、シドニーのあるニューサウスウェールズ州に次ぐ第2の州ヴィクトリア州の州都で、人口は約380万人(全豪第2位)。19世紀に起こったゴールドラッシュをきっかけに英連邦の中でも有数の都市として栄え、キャンベラに1927年に首都が移転されるまでは連邦首都機能が置かれていました。また、メルボルンにはヴィクトリア女王時代の建物が多く残っており(ロンドンに次いで2番目に多い)、他の豪州都市とは違った趣と落ち着きがあるといわれています。
現在は、豪州きっての学園都市であり、治安も良く医療機関のレベルも高いといわれます。経済面では、金融、保険、サービス、食品などの大手企業の本社を数多く有し、製造業(自動車・機械・化学・食品加工)など第2次産業の中心地として繁栄しています。


3.多民族都市


豪州は、建国当時より移民を多く受け入れており、全人口の25%が外国生まれで、メルボルン各地でもおのおのの出身国の文化が深く根を下ろしています。南半球最大の中華街をはじめとして、ベトナム人街、ギリシャ人街、イタリア人街などそれなりの規模のコミュニティーや、インド人、ユダヤ人、韓国人、トルコ人、中東・東欧各国など、街を形成していなくてもコミュニティーが至る所に存在し、それぞれの祖国の文化を継承しつつオーストラリアンライフを満喫している様が見て取れます。
現地の学校に通っていた娘のクラス写真を見ても「これはインターナショナルスクール?」と思うくらい生徒の人種もさまざまです。子供のころからそれぞれが違った文化のバックグラウンドを持っているということを前提に、お互いを尊重して調和を図って生活するということを学ぶのではないかと思います。
そういった文化の多様性が現れるもう1つのものがレストランでしょう。それこそ町のあらゆる所に中華はもちろん、インド、ベトナム、イタリア、ギリシャ、タイ、日本、韓国、マレーシア等々挙げるにはきりがないほどの各国料理のレストランが存在します。しかも全て母国の料理をほぼ忠実に再現・提供しており、いわゆる「もどき」というのが少ないところに驚かされます。 時々出張者に「豪州料理が食べたい」と言われ「???」となることもしばしば。
そういった事象を見ていると、メルボルンは移民それぞれのカラーがより色濃く出ている多民族都市であることを実感させられます。


新旧の建物が調和したたたずまいのメルボルン中心街の風景


4.メルボルンの風景


前述の通り、メルボルンはヴィクトリア女王時代(在位1837-1901年)の建築物が多く残っており、それがシックな町並みを形成しているとともに高層ビルなどの現代建築がそれとうまく調和・共存を図っており、独特の風情を醸し出しています。この街の風情に引かれるファンは多く、「メルボルンはちょっと違うね」「欧州の都市みたいだね」とおっしゃる方々も数多くいらっしゃいます。


1854年完成時の姿を残すメルボルンの象徴的建造物で豪州最初の鉄道駅、フリンダーズステーション

まず、メルボルンのCBD(中心部)に入って目にする、1854年完成の姿そのままのフリンダース・ストリート駅(豪州最初の鉄道駅)。そこからすぐ北には、新旧の建物が調和しながらの高級ブティックが軒を並べるコリンズ・ストリート、さらに一本裏に入ったリトル・コリンズ・ストリートにあるメルボルンで最も古いアーケードのロイヤル・アーケードは1870年オープン、などなど。


1870年にオープンしたメルボルンで最も古いロイヤルアーケード内部


その中でも私の一番のお気に入りは、ビルの谷間の「カフェ」。メルボルンのカフェは、豪州の都市の中でも質が一番高いといわれており(イタリアのエスプレッソ文化の影響)、コーヒーもおなじみのエスプレッソ、カフェラテだけではなく、そこから派生したそれこそ日本では聞いたこともないようなバリエーションが数多く存在します。それらの中から自分の好みを見つけ出し、舗道にあるテーブル席にサッと腰を下ろし、注文を取りに来たウエーターにさらりと自分の好みのコーヒーを注文できれば一人前のメルボルニアンといえるでしょう。19世紀と現代建築の混在するビルの谷間のテーブルから、狭いけれどどこまでも続く高く青い空を見上げると、「これぞ、メルボルン」。なぜか落ち着きます。


街の至る所にオープンしているカフェ。
ビルの谷間や路地にあるその姿はメルボルン独特のスタイル。
買い物や仕事の合間に立ち寄る人も多い


5.豪州人気質と仕事


メルボルンで盛んなオーストラリアン・フットボール。
週末は熱心なサポーターでスタジアムは一杯に

私もこちらで仕事をし生活をしている以上、当然ながら豪州人(オージー)との接点は仕事場、取引先、買い物、友人など数限りなくあります。その中で感じるのは、彼(彼女)らのおおらかさとフレンドリーさです。初めてこの地を訪れた時に初対面の挨拶で「How are you?」と言われたときは「あれ?How are youって、相手が知り合いのときに使うんじゃなかったっけ?」と思ったものです。私の英語の知識が未熟なのかもしれませんが、これは相手に対する最大限の親しみ、オープンさを表すものと今でも思っています。
また、何かの質問に答えるときにも都度、「wonderful」「beautiful」「lovely」「great」を連発するのも特色で、例えば「この週末どうしてた?」「フットボールの試合をスタジアムに見に行ったよ」「Great!」とか、ホテルのチェックインで「お支払い方法は?」「クレジットカードで」「Beautiful」、何か小さな手助けをした ときにも「Thank you」の後にほとんどの人が必ずと言ってよいほど「very much!」を付けます。彼らにとっては普通の相づちややりとりなのでしょうが、こちらは驚くやら思わず笑ってしまうやら。そういった日々のコミュニケーションの中でにじみ出るおおらかさやフレンドリーさは、われわれ外国人が気兼ねなく生活できる雰囲気を自然と提供してくれているような気がします。
しかし、時に「おおらかさ」は「緩さ」そして「曖昧さ」に姿を変えることがあります。仕事上何か頼み事をしても「分かった、明日の午前中に返事する」が実は「あんまりやりたくない」という意味だったり、こちらの提案に対して「いいね、 非常に面白そうだから詳細送っておいて」というのが「その場で断るのも悪いから、一応賛同だけしておいた」という意味だったり。結局のところ、何も結果が出てこないということがそれこそ日常茶飯事です。これはいくら長くこちらで経験を積んでも、ついつい額面通りを期待してしまうもの。かといって、変に念押ししたり、 催促したりするとあからさまに嫌がられたりするのですから、日本での感覚そのままで仕事をしようとすると非常にストレスがたまります。

また、われわれ日本人が思っている以上に当地の人々は「家族」そして「プライベート」をとことん大切にするということです。平日の朝に会社に電話がかかってきて、「今日は妻が風邪を引いて病院に付き添うから休ませて」とか「その日は夕方から家族のディナーがあるから出張できない」。はたまた「家族で旅行に行くから子供は学校を休ませる」など、これが仕事や学校を休んだり、仕事を断る堂々たる理由になったりします。うらやましいというか、何というか。
しかし、これにいちいち目くじらを立てているわけにもいきませんから、その条件下でいかに効率良く仕事をしてもらうかはマネジメントの勝負どころです。こういった事柄を理解するカギは、当地の慢性的な人手不足による競争の欠落と人々の高い権利意識です。ちゃんと頼んでいるのに何ヵ月たってもガレージの修理に来ない工事業者や、店舗で購入した家電の配達指定を午後1時から5時の間という幅で設定する量販店(来なかったりすることもある)、はたまた買い物中の客がいるのに4時半から片付けを始める5時閉店のブティックなどなど。これらのサービス業の実態は、日本やアジアの都市と比べると不便以外の何物でもありません。一般の会社でも当然、サービス残業や休日出勤などはどこかの遠い国の話。どんなに忙しくても仕事を打ち切って5時にはオフィスを出て家族の元へ。そして、法律で定められている年4週間の有給休暇(連続取得可。消化し切れなければ永久に繰り越し、または会社が買い取り)を満喫して長期旅行へ。その間の業務は事実上停止だったりします。
しかし、当地でこれは全ての就労者が有する権利として守られており、言い換えれば基本的人権みたいなもの。故に日々の業務に関する全てはこれを前提に成り立っているといえます。ある意味理想的な就労環境ですが、サービスを受ける側には常に不便が付きまとい、経営側から見ると扱いが難しい面もあります。他人の嫌がる仕事を引き受け、他人より多く働くようなハングリーな移民の成功例が多いのもこういった背景があるのではないでしょうか。


6.「うん、やっぱり」と「えっ?」


最後に、私が冒頭で述べた「世界一住みやすい都市」に対する2つの言葉「うん、やっぱり」と「えっ?」という意味を多少なりともご理解いただけたでしょうか?この文章で報告させていただいた限られた情報量のものでしかありませんが、なるほどと思っていただけたら幸いです。
ここに書き切れなかった良い面、例えば、スポーツ環境(する・見る)が素晴らしく整っている、子供や弱者に対する配慮が行き届いている、何をするにも混雑が少ない、車で30分も走れば広大な大地と豊かな自然があふれている。その半面、人手不足で競争が少なく人件費・物価が高い、製造業の定着が困難、不動産の不足による売り手相場の物件市場など、日本や他国にはない本当に素晴らしい面とその反対の残念な部分もまだまだあります。
これらの良い点・残念な点は人によっても感じ方はさまざまだと思いますし、そういったことを肌で感じるのも外国を旅する、またはそこで生活する面白さだとも思います。皆さまも機会を設けてぜひ、「世界一住みやすい都市」であるこの地を訪れて自分なりの「うん、やっぱり」と「えっ?」を見つけられてみてはいかがでしょうか?

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