欧州・中東・アフリカの懸け橋 〜魅惑の王国「モロッコ」〜

三井物産株式会社
カサブランカ事務所 所長
本吉 洋

2016年10月、私のモロッコ駐在は合計で丸3年となります。会社の語学研修生として初めてモロッコへ赴任したのが1987年、1年間のカサブランカ勤務を終え日本へ戻りましたが、その後東京とシンガポール・ブラジルの往復、すっかりモロッコと離れていた矢先の2014年、不思議な縁というか運命というか、今度は事務所長として戻ってまいりました。
昔から変わらぬ人懐っこさと優しさ、長い王国の歴史と豊かな文化に支えられ、世界中の人々を魅了し続けてきた一方、独自路線を歩み、欧州・中東・アフリカの懸け橋として近年経済成長著しいモロッコ。そのモロッコの今とあふれる魅力について、三井物産の活動を介して紹介させていただこうと思います。


躍動する北アフリカの要所、モロッコ


アフリカ大陸の北西端に位置する立憲君主制のモロッコ王国。北部を地中海に、西部を大西洋に面し、3,500kmにも及ぶ海岸線を有するモロッコは、古くから北アフリカの交通の要所として栄えてきました。アフリカにありながら欧州にも至近の地理的優位性を活かし、欧州向け製造拠点、欧州とアフリカを結ぶ物流・金融ハブ拠点となることを志向しており、首都ラバトの南西90kmに位置するカサブランカがモロッコ最大の都市として商業・金融の中心地となっている他、地中海を挟んでスペインからわずか14kmに位置するタンジェ市に大型港が建設されるなど、産業基盤の整備も進んでいます。また、外国企業もその安定した政治と開放された経済から積極的に進出しています。


モロッコにおける三井物産


三井物産は、1961年にカサブランカ事務所を設立しました。現在はアフリカ7拠点の一つとして駐在員3人を含む9人で、日本向けの食料や水産品の輸出、穀物や農薬の輸入といった貿易をはじめとして、日本製品・技術のモロッコへの導入や、同国での発電プラント建設といったインフラ関連事業など、新しい分野での取り組みや事業投資なども手掛けています。中でも注力しているのは、後段にて紹介する案件に代表される発電事業や港湾・物流事業などを通じた同国のインフラ整備への貢献です。三井物産は、アフリカビジネス推進の重要拠点であるモロッコにおいて、引き続き既存事業の着実な推進と新規事業の発掘を行っていきます。

[基礎データ] 外務省資料
政体:立憲君主制
首都:ラバト
人口:3,392万人(2015年)通貨:モロッコ・ディルハム
名目GDP:1,070億米ドル(2014年)
面積:44.6 万㎢(日本の1.2 倍)
言語:アラビア語、ベルベル語、フランス語


モロッコの電力供給に貢献


サフィ火力発電所(建設中)


モロッコにおける三井物産の電力事業の取り組みは、エルジャディダ市近郊のジョルフラスファール石炭火力発電所内に、韓国の大宇建設と共同で受注・建 設 し た5・6号機(発電能力700MW)から始まりました。当時の石炭火力発電所としては最先端の技術を導入、先行4機と比較して環境に優しい設備となっており 2014年6月に完工、現在モロッコ全体の発電能力の3分の1を支える同発電所の重要な一部として、順調に商業運転中です。
また現在三井物産は、フランスのエンジー社(旧GDFスエズ社)、モロッコのナレバ社と共に設立した発電事業会社を通じ、サフィ市近郊で1,386MWの石炭火力発電所を建設中です。これは発電効率の改善と環境への配慮が最大限になされた、アフリカ初の超々臨界圧石炭火力発電所であり、2018年の運転開始後、30年にわたりモロッコ国内の電力需要の約2割相当を担う一大プロジェクトです。
さらに、モロッコ北部のタザ市では、フランスのEDFEN社と共に風力発電所(発電能力150MW)を建設準備中です。当国での電力需要拡大に三井物産は電力供給の一端を担うことで大きく貢献していますが、環境への配慮も忘れてはおりません。モロッコの代表的観光地であるマラケシュで2016年11月に開催されるCOP22では、環境に配慮したエネルギー源にも注目が集まりますが、三井物産はこのモロッコにおいて、火力・風力と多様な電力ソースを用いたベストエネルギーミックスにも貢献してまいります。


「南南協力」の一環としてポーテックによる港湾研修支援実施


モロッコ港湾庁港湾研修学院では、モロッコを含めたアフリカ各国より港湾部門関係者を集め、港湾開発や関連知見向上のための職業訓練を実施しています。2013年より同学院はJICA(国際協力機構)の支援の下、「南南協力」の一環としてサブサハラ諸国の港湾局の職員を対象に、港湾管理セミナーを開催してきました。
三井物産は、アフリカを含む世界各地で港湾の管理・運営を行い豊富な知識・経験を有する子会社のポーテック・インターナショナル(以下「ポーテック」)と共に、2014年から計3回にわたり実際にポーテックがアフリカで行う港湾事業の事例紹介や、公的資金制度を用いた日本とアフリカの協業の可能性についての講義を行っています。参加者からは実例説明等を通じて知見が共有でき、大変有意義であったと評価をいただいています。今後もポーテックと共に、モロッコをはじめとするアフリカ諸国の港湾開発に取り組んでいきたいと思います。

途上国の国・地域同士が開発において協力の上、知識・経験交換を行い、互いに開発目標を達成すること。


文化編


さて、ここからは文化面に視点を置き、モロッコについてご紹介します。

悠久の時を超えて-彩りあふれる魅惑の王国-

日本から西に約1万km、宗教はイスラム教、公用語はアラビア語・ベルベル語と、日本との接点がないようにみえるモロッコ。しかし実は大のお茶好きで、広くたしなまれているミントティーで使う「緑茶」を三井物産が日本から輸入していた時期もありました。日本人にはエキゾチックで遠いようにみえて実は近いモロッコは、魅力満載の王国なのです。


マラケシュのモスク


繊細なアラベスク装飾


知られざる2,000年の歴史

モロッコの歴史は、さかのぼること紀元前にベルベル人がこの地に現れたところから始まり、その後8世紀にアラブ人が征服するまでフェニキア人やカルタゴ人など多様な民族が往来し、商業活動の中心として栄えてきました。世界初の世界一周紀行録『旅行記』を執筆したイブン・バットゥータはモロッコ人、北端タンジェの出身ですが、人や文化が絶えず行き交い、交わるこの地でかき立てられた好奇心が彼を世界一周の旅へと導いたのかもしれません。
何を隠そうモロッコは、アフリカ大陸で最多の世界文化遺産を誇ります。モロッコの京都ともいうべき古都フェズには世界最古の大学、カラウィーンモスクがあり、このフェズに加え、メクネス・テトゥワン・マラケシュ・エッサウィラ・ラバトにはアラブ人が8世紀に建てた旧市街メディナが今も当時の姿を残しています。一歩メディナの中に入ると、外敵の侵入を阻む細く狭い道が迷路のように入り組んでいることが分かります。メディナの中には所狭しと店が立ち並ぶスーク(市場)が広がり、活気ある商人たちの声でにぎわっています。荷車を引くロバの姿を目にすると、まるで1,000年前にタイムスリップしたかのような感覚さえ抱きます。スークを歩けば、繊細なアラベスク装飾に彩られたモスクや門が目に留まり、皮製のスリッパ「バブーシュ」、奇麗な布やビーズで彩られた「かごバッグ」、ベルベル人伝統のカーペット、「モロッコ絹」で作られた「タッセル」、イスラム教に伝わるお守り等の銀製品など、色とりどりのかわいらしいモロッコ雑貨を見つけることができます。商売上手なモロッコ商人との値段交渉もモロッコでの買い物の醍醐味の一つです。


青に彩られたシェフシャウエン

目を見張るほど、鮮やかな色彩の数々 

太陽がさんさんと輝くモロッコは目を引く独特な色合いが特徴的です。多くの芸術家に影響を与え、日本が誇る天才芸術家、岡本太郎もモロッコの大ファンでした。イヴ・サンローランもマラケシュのマジョレル庭園にほれ込み、晩年をこの庭園で過ごしました。マジョレルブルーと呼ばれるコバルトブルーと大胆な黄色の使い方が印象的なこの庭園を一目見れば、鮮やかな色彩と光が芸術家たちを魅了したのもうなずけます。
そして街ごとにテーマカラーが異なるのもモロッコの特徴です。商業都市カサブランカ(スペイン語で「白い家」)は白、マラケシュはバラ色(土壁の色)、そして昨今観光でも人気のあるシェフシャウエンは、町が青で染まっています。家を青に染める習慣は蚊を避けるため、暑さを避けるため、と機能的な理由から始まったそうですが、目に鮮やかな街並みは今や世界中の人々をとりこにしています。
色彩あふれるモロッコ、一度来るとその魅力の虜になること間違いなしです。

3 ヵ国語以上を操る類いまれな言語能力

モロッコは歴史、地理的に常に他の国の影響を吸収してきた国です。それを最も体現するのが驚くべきその言語能力です。公用語であるアラビア語、ベルベル語に加え、旧宗主国でもある仏語、英語、スペイン語等、複数言語を操る人材が多数います。このメリットから、主に欧州企業のコールセンター等がモロッコに進出してきています。
モロッコ人が話すのを隣で聞いていると、「OK(当然英語)、ダコー(仏語)、ワッハ(モロッコアラブ語)」と言語を混ぜつつ話しており、某日本の有名人のようですが、その秀でた言語能力と高い志を持ったモロッコ人材は、今後も世界で活躍していくことと思います。


モロッコ伝統料理のクスクス

風土を活かした豊かな食文化

モロッコ料理の定番は、タジン料理とクスクスですが、どちらも彩りあふれる野菜と肉で食卓に華を添えます。タジン料理は、独特な形のタジン鍋(土鍋)を用い、水を加えずに、牛・鶏・羊肉や野菜など食材自体の水分のみで蒸して作られるヘルシーな料理です。この調理法は、フランス料理などにも影響を与えているといわれています。また、世界最小のパスタのクスクスは、野菜や肉を煮込んだスープを具と共に混ぜ、イスラム教徒の聖なる日である金曜日や週末の家族だんらんの際に食べるのが慣習です。なお、「一番おいしいモロッコ料理のお店はどこ?」との問いには「Chez moi!(私の家よ)」との回答、いわばお袋の味というのでしょうか。家族を大事にするモロッコ人の温かさが垣間見えます。
また、意外と思われるかもしれませんが、モロッコはおいしいワインの産地でもあります。
強い日差しに育まれたぶどうを、フランス由来の確かな技術で生成したワインは昨今脚光を浴びはじめています。モロッコにお立ち寄りの際はモロッコワイン片手にタジン・クスクスを堪能されてはいかがでしょうか? (なお、イスラム教国ですのでお酒が飲める場所が少々限られる点、ご注意ください)

豊かで雄大なる自然と大地が生み出す「美」の源

モロッコの景色といえばサハラ砂漠を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、北アフリカ最高峰のツブカル山をはじめとする4,000m級の山々がそびえるアトラス山脈、青い海を望む港町など、多様な表情に満ちています。この厳しくも恵まれた自然に育まれる農業は、国の基幹産業として人々の生活を支えています。
世界第6位の生産量を誇るモロッコのオリーブの中には、荒涼とした土地を開拓した農園で厳しい環境を耐え抜き育つ種類があり、がん・高血圧・糖尿病予防に効果ありといわれるポリフェノールを通常の10倍から 30倍も含む奇跡のオリーブといわれ注目されているものもあります。また、世界で唯一モロッコ南部にのみ植生するアルガンの木の実から採れるアルガンオイルは、日本や欧米の美容業界でも脚光を浴びていることはご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

おわりに

このように、歴史・文化と自然に支えられ、彩りあふれる多様な魅力を内包する国、モロッコ。良い部分を大切に残しつつ、欧州・アラブ世界・アフリカのハブとして著しい成長を遂げるこの国のさらなる発展を支え、豊かな国造りのお手伝いをしていきたいと思います。

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