虹の国 南アフリカ

丸紅株式会社
ヨハネスブルグ支店長
権藤 恒夫

私は2回の駐在で計7年家族と共に南アフリカ共和国のヨハネスブルグに住んでいますが、この国には常に新しい発見があり興味が尽きません。
日本では経験できない素晴らしい部分と、根深い問題を抱えた暗部との明暗のコントラストが極端である点も、この国の特徴であるといえるかもしれません。
それではまず明るい面から。


1.素晴らしい自然


南アフリカの変化に富んだ大自然の素晴らしさは一度体験すると、それだけで誰もがこの国の大地の虜になること請け合いです。
クルーガー国立公園では野生の大型動物を目前で観察することができます。野生動物は動物園で見るそれとは大違いで、筋肉質で毛並みが美しく生気に溢れています。また、少々値は張りますが、民営のロッジに泊まれば清潔な部屋、上品な調度、おいしい食事など至れり尽くせりのサービスを堪能できます。


クルーガー国立公園の動物たち



ケープタウンへ移動すると、喜望峰から右に大西洋、左にインド洋を一望でき、実に雄大な景観を満喫できます。ケープタウンの北に車で1時間北上するとワインランドに至ります。一面に広がる美しいブドウ畑の中に点在するワイナリーを訪ねると自慢のワインと共においしい食事も楽しめます。
9月から11月にかけてケープタウンのインド洋側の海岸線で陸上からホエールウォッチングができます。場所によっては海岸線から100m以内の距離にまでクジラが近づき潮を吹いたり跳ねたりする姿を眼前にできます。
ケープタウンの北約500km(車で約1日の距離)のナマクワランドは、普段は、荒涼とした半砂漠地帯ですが、1年のうち8月末から9月初めにかけての2週間だけ突然野生の花が見渡す限り一面じゅうたんのように咲き誇ります。花の種類は4,000種類にもおよぶといわれており、世界でもほかに例がなく「神々の花園」と形容されています。
さらに北上し国境を越えナミビアに入るとそこは、世界で一番美しい砂漠といわれているナミブ砂漠です。砂漠の真ん中に立つと、そこは無音の世界で神秘的という形容がぴったりです。


2.素晴らしい気候


南アフリカの、特にヨハネスブルグの天気の良さは特筆ものです。今朝も鳥のさえずりで目覚め窓を開けると、からりと晴れ上がった青空が広がり、窓から入ってくる爽やかな風が肌に心地よく、明るい気持ちで一日をスタートすることができました。年間を通して晴天の日が多いことはこの国の魅力の一つです。


3.整備されたインフラ


この国のインフラは欧米並みに整備されています。街も近代的な上に清潔で、道を行き交う自動車の中には日本でも見かけない欧州の高級車も数多く見られます。当社事務所があるヨハネスブルグ郊外のサントン地区はしゃれたカフェやレストランが軒を並べ、ショッピングモールには欧州のブランド品の店が多数営業しており、当地を初めて訪れる出張者の多くが、「ここがアフリカ?」と驚くほどです。衛生環境も良好で、水道水をそのまま飲めます。


当支店が入っているビル


支店の近くのサントレ(街)の様子


医療水準が非常に高いことも日本人駐在員および家族にとってのメリットです。また、お医者さんが概して日本よりずっと親切、患者の立場に立って診てくれる点も挙げておきたいと思います。  
広い国土をよく整備された高速道路網が縦横に走っており、自らハンドルを握り家族との遠距離ドライブ旅行も楽しみの一つです。道路が良いのでついついスピードを出しすぎる点が要注意ですが。


4.2010年サッカーワールドカップ


果たして南アフリカで本当に開催できるのだろうかとの不安を多くの人々が(南アフリカ人も含め)抱いていたことは事実ですが、スタジアムの建築も着々と進んでおり、ここにきてこれは何とかなりそうだとの楽観的な見方が支配的になっています。日本チームの出場もほぼ確実な状況ですので、2010年に多くの日本人サポーターが当地を訪れることと思います。ワールドカップが日本と南アフリカの距離を一気に縮めてくれることを期待しています。
2010年、日本チームの応援のために南アフリカまで駆け付けることを計画中の皆さまへ一言。当地においでの際は、チケット、ホテル、南アフリカ内での移動すべてがパッケージになったツアーでお越し下さい。チケットだけ持ち、後は何とかなるという考えは危険です。理由は後で分かります。


5.スポーツ天国


まずゴルフ環境は世界でも1、2を争う充実ぶりです。費用も安く駐在員のみならず奥さま、子供たちも気軽に楽しんでいます。また、ヨハネスブルグ市内にはいつでもプレーできるテニスコートがあちこちにあり、テニス好きにはこたえられない環境です。
インド洋に面するジェフリーズベイは世界のサーファーのあこがれの地だそうです。素晴らしい波が来るそうです(私はよく分かりませんが)。
ラグビーは2007年のワールドカップの覇者であり、クリケット(日本人にはなじみは薄いですが)も現在、豪州と世界ランク1、2位を争っており、南アフリカナショナルチームの応援も楽しみの一つです。


6.国際社会で一目置かれる民主国家


アパルトヘイトという非人道的な政治体制を平和裏に克服したことはほとんど奇跡といってよいと思います。
この立役者は白人側はデクラーク元大統領、黒人側はネルソン・マンデラ元大統領で、2人そろってノーベル平和賞を受賞したのは当然のことと思います。
一度、アパルトヘイト体制が崩壊すれば多数派の黒人が少数派の白人への苛烈な報復、復讐に向かうことが当然予想されていたにもかかわらず、体制変革にかじを切ったデクラーク大統領の勇気。多数派黒人に対し報復ではなく和解を呼び掛け、それを見事に成し遂げたマンデラ大統領の見識とリーダーシップ。2人とも20世紀後半を代表する偉大な政治家だと思います。
しかし2人は実は個人的には仲が悪かったらしいという点も興味深いです。デクラークは「アパルトヘイト体制を平和裏に終息すること」、マンデラは「アパルトヘイトを完全に打破すること」という政治目的のために、2人は時には反目し、時には妥協を重ね、新しい国家の形を造っていったわけです。仲が悪くとも個人的な感情を超えて政治的なリアリズムに徹し、目標を達成した2人の姿こそ感動的だと感じるのは私だけでしょうか。
なお、マンデラ氏の自伝「自由への長い道」は日本語訳も刊行されており、上下2巻の大部の書ですがご興味ある方はぜひご一読下さい。単に感動的なだけでなく読み物として掛け値なしに面白いです。お勧めです。
平和裏にアパルトヘイトから民主体制に移行し、その後4回の総選挙を公正かつ平穏に実施してきたことから(第1回目は多少の混乱はありましたが)、南アフリカはアフリカ大陸の中で民主主義の優等生、政治的なモラルリーダーたる立場を確立しています。アフリカの中だけではなく国際社会の中でも一目置かれる民主国家となったことは素晴らしいことだと思います。
総選挙の投票日は全国的に休日となります。1999年の総選挙の投票日、ヨハネスブルグにいた私は、ほかの日本人駐在員たちと朝からゴルフに出掛けました。ゴルフ場には普段、山のようにいる黒人キャディーがほとんどいません。何とか1人確保し話を聞くと、「ほかのキャディーは皆朝から投票所に並んでいる。自分もひと仕事終わったらすぐに投票所に駆け付ける」とのことでした。「どこに投票する」と問うと「もちろんマンデラのANC(アフリカ民族会議)さ」と目を輝かして答えてくれました。長い苦しい闘いの後、手に入れた参政権がいかに貴重か、一票が彼らにとっていかに重いかを教えられる思いでした。

南アフリカの暗部に関しても触れておく必要がありそうです。


7.犯罪


南アフリカの、特に大都市部での凶悪犯罪(殺人、強盗、強姦)の発生件数は極めて多いです。日本人だけでなく中産階級以上の南アフリカ人も家の塀には高圧電線を張り巡らし、不審者を探知するセンサーを庭や出入り口に設置し、ベッドルームは内側から鍵のかかる鉄格子で囲い、警備会社と契約して生活しています。
しかし、どんなに注意しても不幸にして犯罪被害に遭う日本人の方がいることも残念ながら事実です。日本人が自由に外を歩けるのは基本的にはゴルフ場の中など限られた場所だけです。
2010年ワールドカップ観戦に当地を訪れることを計画されている皆さまは、ホテルおよび移動手段の確保だけは必ず行ったうえで当地に来てください。
野宿などもってのほか、身ぐるみはがされるだけならラッキー、命の危険があることをお忘れなく。


8.HIV/AIDS


南アフリカだけではなく南部アフリカ諸国の共通の問題が、HIV/AIDSの蔓延です。南アフリカの成人のHIVキャリアーの比率は30%に達するのではないかとの推測もあります。AIDSによる壮年期人口の死亡率が高いため、出生率が高い割には人口が増えないという現象が起こっています。政府の対策も後手後手に回っており有効な対策が取られていないのが実情です


9.貧富の格差


以前から南アフリカの貧富の格差は世界一といわれていました。昔は白人と黒人の違いがそのまま格差となっていましたが、最近は一部の黒人の富裕層が出現しています。ところがやはり黒人の大多数はいまだに貧困から解放されておらず、黒人の中での格差も社会問題化する可能性があります。黒人の中間層が増え、それがこの国の社会の安定化につながることを願います。

マンデラ氏が第1回の全国民参加の総選挙の後大統領に就任した時、これからの南アフリカを「Rainbow Nation(虹の国)」と呼びました。多数の人種が融和し、希望溢れる国を造ろうとの願いが込められています。マンデラ氏の願いはまだ実現途上かもしれませんが、時々出現する本物の虹は「Rainbow Nation」にふさわしいものです。地平線の端から端まで大きな半円形を描くフルスケールの虹をヨハネスブルグでも時折見ることができます。それを見るたびに、南アフリカはやはり「虹の国」だなとの思いを深めます。