上海交通事情

阪和貿易(上海)有限公司
董事長・総経理
豊田 雅孝

横断歩道に進入する車



上海に駐在したてのころ、雨天・金曜日の帰宅時はタクシーがつかまらず、何時間もタクシー待ちをした経験から、次のマンション契約更改時には会社まで徒歩通勤可能な住まいに移ろうと心に誓い、晴れて片道徒歩15分の住宅に移り住んだ。
朝、会社まで、歩くのは健康に良いと爽やかな気分で向かうのだが、クラクションを鳴らし歩行者を邪魔者扱いしながら歩道を疾走するバイクが登場して気分は一変する。車道に目をやると、バイクと電動自転車は一方通行無視の逆走も当たり前のようだ。


会社付近の公園

普通、横断歩道の信号が青になれば歩行者は安心して対岸に渡れるものだが、ここでは車が優先。その結果、少々大げさに聞こえるかもしれないが、人命軽視になっている現状を受け入れないと生きていけない。
注意事項、信号が青になってもすぐに一歩を踏み出してはいけない。それはバイクがいつでもどこでも好き勝手に運行するからだ。確認後、いざ横断歩道に足を踏み入れるが、青に変わる信号待ちをしていた車も一斉に動き出すので歩行者は一層の注意が求められる。
まず左折車輌がアクセル全開で、われ先にと横断歩道に殺到するので、ドライバーは歩行者を見たらブレーキを踏むだろうという先入観念を捨てなければならない。周りの歩行者の動きに習い、彼らを壁にするように前進するが、右折車輌も横断歩道に殺到しているので、歩行者は大体歩道の中央で立ち往生というのが常だ。信号が赤に変わり、左右の突進車輌が少なくなり始めたころに対岸は近づくが、最後に例のバイクの出現も想定し注意を怠らぬことで無事渡り切ることに相成る。
なれない外国人は、最初の青信号で横断歩道を渡ることができない。青、赤、青になっても渡れない。次の赤、青でやっと渡れれば、少しは現地に溶け込めたといえるのではないか。



横断歩道の中央で立ち往生する歩行者



赴任当初、信号のない車道をどう横断したらよいか先輩駐在員に尋ねたところ、事も無げに「車を見るな、渡る前方だけを見据えて渡れ」と。
「そりゃ危ないだろう」と言い返すと、「歩行者が車を見ると、車の運転手は歩行者が注意しているのだから自分には歩行者の安全確認をする必要はないと思ってしまう。逆に歩行者が車を見ないで渡っていると、運転手もさすがに自分が注意しなけば事故が起こると思うので歩行者は安全に渡れるのだ。とにかく運転手と目を合わせない、アイコンタクトをしないことだ」と言う。
「でもそれでは事故も起こるだろう」との問いには、「ま〜、8割方大丈夫」と恐ろしい返事。
冗談交じりとはいえ、最近では蓋し名言の感もあるが、さすがに左右の確認をせず横断する勇気はいまだにない。このアドバイスをした人間が日本に帰国してしみじみ、「上海が長いと日本の道路は渡れませんな」と言ったのには驚いた。


バンド対岸夕景

いつも気になっているのは、今や中国は世界の経済大国になったがマナー面ではどうだろうか。どうひいき目に見ても今の交通マナーを見たら世界レベルとは言えず、これで本当に上海万博に臨むのか、世界の人たちを迎え入れるのだろうか、ということである。
北京オリンピックの時も交通マナーが気になっていたが、オリンピック直前から交差点、横断歩道のあちこちに交通係員が立ち、歩行者の安全を確保していたものだ。これが功を奏してか、その後北京の街の印象が随分と変わった。上海でも万博間近になれば交通整理係が増えて、人々の交通意識も改善されるのではと期待している。

以前、夫婦で紅葉のカナダを旅した時、信号機の無い十字路を渡る際、はるかかなたに1台の車を確認。美しい風景のせいかおおらかな気持ちが満ち、ゆったり対岸に渡ろうと車をやり過ごそうとしたところ、われわれを見たドライバーは車を停止、しばしの譲り合いが始まった。エチケット、マナー、ルール、安全、思いやり、自然の雄大さ、豊かさ、ゆとりのキーワードが心に満ちた瞬間で、今でもカナダ旅行の大きな思い出の一つだ。
万博開催を機に、歩行者と運転手の間に気持ちの良いマナーが定着することを切に望んでいる。世界の人々にたくさんの爽やかな上海の思い出ができますように。


上海環球金融中心からの景色


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