伝統と変化が交差する「ロンドン」 ―“日常×仕事”のリアルな発見―

欧州住友商事会社
登坂 祐哉

はじめに


ロンドンを中心とする英国は、今もなお世界経済と文化の重要なハブであり続けています。歴史的建造物と最先端のビル群が隣り合う街並みを歩いていると、伝統と変化が共存するこの国の特質を肌で感じることができます。英国には「安定した老舗国家」というイメージを抱かれる方も多いと思いますが、実際はさまざまな変化の波が押し寄せており、2022年の赴任から3年、現地で暮らす駐在員としてロンドンの今をお伝えできればと思います。


旧車に囲まれて大興奮の筆者と長男



赴任前のイメージと現実のギャップ


伝統と変化が共存し、心躍るロンドンの街並み


美術館や博物館が無料で開放されているのも魅力的

ロンドン赴任が決まった時、まず頭に浮かんだのは「霧の街」「二階建てバス」「紅茶片手の紳士淑女」といったガイドブック的なイメージや、「天気が悪く、食事はあまりおいしくないが、歴史と文化は豊か」というような先入観がありましたが、実際に生活を始めてみると、印象もかなり変わりました。
まず驚かされたのは街の多国籍ぶり。街を歩けば、周囲から聞こえてくる言葉は英語だけでなく、スペイン語、アラビア語、ヒンディー語、中国語と実に多様で、「世界中からここに人が集まっている」という感覚を肌で味わうことができます。
また、この3年で現金を使ったのは片手で数えられる程度で、あらゆる支払いがクレジットカードやスマートフォンで完了する点は日本より進んでいると感じます。
多様性にあふれた環境だからこそ、日常生活のあらゆる場面で合理性と効率性が意識されており、直感的でわかりやすくデザインされた生活スタイルは慣れると非常に便利です。


イメージ通り圧巻の伝統的な衛兵たち

日本では雨男と認定されている筆者にとって強敵になると見込まれていた天気についても、実際には意外と晴れる日が多く、降っても小雨が短時間といったところです。ちょっとやそっとでは傘をささないのがヨーロッパ流ですが、無理せず傘をさすのが私流ということで、常に傘を持ち歩いています。夏場は日照時間が長く、サマータイムもあって夜9時頃まで明るいこともあり、日本以上に充実した仕事終わりを過ごせます。


日常生活 食における発見


手頃な値段で楽しめるマーケット

「食事はおいしくない」という固定観念は覆されました。フィッシュ&チップスやサンデーローストなどの伝統料理に加え、世界各国のレストランがそろっており、日替わりで国際色豊かな食事を楽しむことができます。今では「食の都」という印象さえ持っています。週末に開かれるファーマーズマーケットやストリートフードの屋台では、新鮮な食材や世界各国の料理が手頃な値段で楽しめます。こうした街の活気に触れるのもロンドン生活の醍醐味の一つかもしれません。


通常の食料品は安価で、自炊するぶんには問題ありません

多様な食習慣への対応の広がりも進んでおり、レストランのメニューには必ずといっていいほどベジタリアン、ビーガン、グルテンフリー、ハラールなどの選択肢があり、スーパーにも専用の棚が設けられています。また、サステナビリティへの意識も高く、エコバッグやリサイクルは基本中の基本。企業でも環境配慮を前提にした取り組みが当たり前になっています。またスーパーには世界中の食材が並び、アジア系マーケットに行けば日本の調味料やお菓子も簡単に手に入ります。赴任前は「醤油一つ買うのも一苦労」と覚悟していたのですが、いざ来てみると拍子抜けするほど便利でした。
ここまで食の魅力を伝えてきましたが、外食や日本製食品の購入をする場合、円換算すると倍以上に感じることも多々あり、1ポンド100円(実際は約200円)で計算するように感覚が調整(まひ?)されていきます。恐るべし円安と物価高!といった印象です。


日常生活 交通における発見


都市の便利さと自然環境のバランスが大変優れています。ロンドンで暮らす最大のメリットと感じる人も少なくないのではないでしょうか。高層ビル群の周辺ですら大きな公園が点在しており、晴れた日にはランチを持ち寄って芝生で過ごす人の姿があちこちに見られます。子ども連れでも安心して外出ができ、都市生活と自然が調和しているのを実感します。
同時に、交通網は地下鉄・バス・鉄道が縦横無尽に張り巡らされており、Uberなどの配車サービスも多様で、市内の移動に困ることはありません。定期的に発生する公共交通のストライキの際には、自転車が活躍します。シェアサイクルの文化が発展しており、好きな時に自転車を探して借り、目的地付近で返すことができます。自転車専用レーンがある道路も多く、大変便利で助かっています。

業務・働き方における発見


広場に集まる、とにかく太陽が大好きなロンドン市民


テムズ川沿いの、夕日がきれいに見える当社オフィス

もちろん職場によるとは思いますが、こちらのスタッフは限られた時間内で最大限のパフォーマンスを発揮することを意識しているように感じます。20ヵ国以上の国籍の社員が集まっており、価値観も多様だからこそ、日本のように暗黙の了解のもとで仕事をするのではなく、誰もが守りやすい明確なルールのもとで自由に働く重要性を感じます。
そして忘れてはならないのがパブ文化です。仕事終わりに同僚と立ち寄るパブは、単なる飲食の場ではなく、社交と情報交換の大切な場となっています。パブの前には大勢の人だかりができているのに驚きますが、なぜか中にはほとんど人がおりません。季節問わず、外で太陽を浴びながら立ち飲みするのがロンドン流ということでしょうか。


そびえ立つ金融街と当社オフィス(手前左)


出産と子育てにおける発見


英国流の産後祝い膳で元気に


大変私的なことで恐縮ですが、昨年子どもが生まれました。妻はロンドン中心部にあるプライベート病院で出産しました。初めての出産を異国の地で行うことに不安も緊張ももちろんありましたが、プライベート病院は、民間経営で比較的自由な診療が受けられるのが特長で、この病院も設備・サポート体制が整っており、日本語が通じない場面も多い中でも安心して臨めました。
特に印象的だったのは、出産後のお祝い膳。日本では和食の御膳が想像されますが、ここではアフタヌーンティー形式でケーキやスコーン、紅茶が登場。病院食も種類豊富で、食べ放題に近い形式でした。予想以上に豪華かつ手厚いサポートで、産後の回復をしっかり支えてくれる環境には驚かされました。

さらに驚いたのは、産後翌日に退院できたことです。日本では数日間入院するイメージでしたが、ロンドンでは「え、もう帰っていいの?」という早さ。ジェットコースターのようなスピード感でしたが、振り返ると、病室の狭い空間よりも自宅でゆっくりと過ごすことができて安心だったかもしれないな、と感じます。
退院後も訪問助産サービスや地域の子育て支援制度が整っており、育児が孤立しにくい環境が作られています。街中には公園や緑地が多く、ベビーカーでの散歩がしやすく、親子で外出できる気軽さがあります。地域コミュニティ主導のプレイグループや親子イベントも盛んで、子育てを通じて自然と交友関係が広がることも魅力です。こうして子育てを通じて自然に交友関係が広がるのは、赴任前には想像できなかった体験でした。仕事で刺激を受けつつ、子どもと過ごす時間も充実させられる環境は、ロンドンならではの贅沢だと感じています。


犬との生活における発見


犬連れでもバスでの移動は全く問題なし


よく見ないと気付かない、犬の水浴びに驚き

わが家には犬が一匹おりますが、犬にとっても大変暮らしやすい環境です。建物内を含めた街中でさまざまな犬種に出会えますが、特に週末の公園では犬同士が社交ダンスでもしているのかと思うほど活発に遊んでいます。ノーリードで犬が自由に歩き回っているケースもありますが、どの犬もしつけがしっかりされています。
百貨店やショッピングモール、書店やカフェ、レストランも犬OKなところが多く、ちょっとしたお買い物や食事の時間も犬と一緒に楽しめます。
犬の散歩をしていて驚くのは街ゆく人の反応で、「What a cutie!(かわいいね!)」や「Can I pet her?(なでてもいい?)」と声を掛けられることが多々あります。犬を連れて歩くだけで知らない人とも自然に会話が生まれ、ちょっとした社交活動になるのです。
唯一注意すべきは動物病院で、ロンドンはドッグフレンドリーではあるものの、健康診断や治療費は日本の倍近くかかるのが普通で、注射1本で目を疑うような金額になることもあります。とはいえ設備は充実しており、犬の健康管理は万全です。犬との生活を通じて、街の人々や地域の温かさに触れられるのは、駐在生活の思わぬ楽しみ。子育て中でも、犬との散歩がリフレッシュタイムになっており、家族みんなで充実した日常を過ごせています。


最後に


駐在生活を始める前に抱いていたロンドンの印象は、実際に住んでみると良い意味で大きく裏切られました。街や人の多様性、文化の豊かさ、そして子育てを含めた生活基盤の安心感。どれをとっても驚きと発見の連続です。ステレオタイプなイメージが払拭され、ロンドンは今や私にとって「ダイナミックで多様性に満ちた街」となりました。駐在を通じて得られる学びや出会いは、仕事だけでなく人生そのものを豊かにしてくれるものだと実感しています。