それでも素晴らしい国インド

日立ハイテクノロジーズシンガポール会社
インド支店長
齋藤 崇

最近の日本の新聞やテレビでは、インドの話題が出ない日がないくらいインドが注目されています。私は、6年間のシンガポール駐在の後3年ほど日本におり、2009年4月からインドのデリー市に駐在を始めました。シンガポールにいたころからインドには仕事で通っていましたが、ここ数年のインドの変ぼうぶりは驚くばかりです。
インド経済の発展の様子は専門の皆さんにお任せするとして、駐在10ヵ月余りの立場から、旅行や出張で来る方々には分からないインドの様子をお話ししたいと思います。


1. 灼熱の国インド?


デリー市郊外の近代的ビル群


デリー市郊外の高層マンション群


インドを表す言葉として、Hot, Hotter, Hottestという表現がありますが、これは、私が住むデリーや北部インドには当てはまりません。北部インドは内陸性の気候であり、1月には気温が5度前後にまで下がり、暖房器具なしではとても過ごせなくなります。私も2009年秋に、先輩駐在員の皆さんから脅かされて暖房器具を買いましたが、暖房器具がすべて電気式だったことに驚きました。電気ファンヒーター、オイルヒーター、あまり普及はしていませんが暖房機能付きエアコンなどです。エアコンがあればまだいいのですが、電気ヒーターはせいぜい足元を暖める程度で部屋全体を暖めるものではありません。多くの人が厚着をして寒さをしのいでおり、私も事務所では暖房がないので厚着をしていました。
そんな寒い時期も2月に入ると徐々に暖かくなり、3月には最高気温が30度を超し、4月中旬には40度を超し始め、夏が始まります。気温45度の炎天下でゴルフをされた方は少ないと思いますが、私は2009年4月の赴任後早速挑戦してみました。これはまさにドライヤーの熱風の中でゴルフをするという表現が当てはまります。かわいそうなのはゴルフバッグを担いで運ぶキャディの人たちで、ゴルフも後半になると歩みが遅くなり、バッグの扱いがぞんざいになります。そのため、ベテランの駐在員の人たちはゴルフバッグ用のキャリーを持っており、それをキャディに引かせています。
このような暑さは5月をピークにして6月のモンスーン到来まで続きます。7月には日本の真夏程度に落ち着き、8月にはしのぎやすくなります。ところが、9月に入るとまたぞろ暑くなり、あれ、どうなったの?と思っていたらセカンドサマーが来たとのことでまた驚きました。デリーの気温の年間推移のグラフをご覧になっていただくと、9月に少し右上がりになっているのが分かります。


2. どうなってるのインドの交通渋滞


割り込みをする車

急速に経済成長を遂げている国ではよくあることですが、インドの交通渋滞は日に日に激しさを増しています。
自動車業界の関係者にとっては、インドで車の販売が毎年10〜20%伸びているのは大変結構なことですが、いざ車を利用する立場になると話は変わり、日に日に大変な思いをしています。
インドの渋滞の原因は、車の増加に道路の整備が追い付いていないことですが、よく見てみるとそれだけではありません。
車列への強引な割り込み、頻繁な車線変更、時には逆走あり、信号待ちの時3車線のところに5列になって並んでいる、右折車が左端にいる(日本と同じで車は左側通行)などなどで、他人を気にしない自由気ままな運転をするドライバーが多いことが原因になっているようです。そこに拍車を掛けるのが、タイヤのパンクなどの故障車の立ち往生、時には大型トラックが横転していることも珍しくありません。そして、動かない信号機。警察官が誘導していればまだ救われますが、時には誰もいないことがあり、そのときはカオスの世界に入ります。


3. インドの社会習慣


これは先日見掛けた光景ですが、あるインド人ビジネスマンの書類が風で飛ばされ、深さ1mくらいのくぼみに落ちてしまいました。私だったら自分で降りて拾うところですが、彼は周りを見渡し、近くにいた掃除人を呼んで拾わせていました。チップでも渡すのかと思って見ていましたが、彼は何事もなく書類を受け取って立ち去り、掃除人も何事もなかったようにくぼみから出てきます。そんな穴に入って書類を拾うのは自分がすることではないということのようです。
また、私の事務所にオフィスボーイがいますが、私が日本の習慣で自分のコップに水をくみに行くと、彼が飛んできて水を入れて運んでくれます。水を給仕するのは彼の仕事であり、私の仕事ではないのです。このようなことがインドの社会では当然のこととされています。
次に日本人ビジネスマンが驚くこととして、時間の問題があります。
インド企業に売り込みを目的として訪問するとき、日本人である私は約束の時間の5分前に到着するよう心掛けていますが、インドでは、時間通りに会ってもらえることはまずありません。30分程度の待ち時間であれば極めてラッキーかその商談に先方が関心がある証拠です。ひどいときは10時の約束で、面談が始まったのは16時だったということがありました。ただし、昼食が用意されたことには感心しました。また、ある日飛行機で隣り合わせたインド人ビジネスマンと話をした時のことですが、彼が日本に行ったことがあると言うので、印象はどうだったかと尋ねました。しばらく考えた後の彼の答えは、一言「Punctual!」(時間に正確だ)でした。これには大いに納得しました。
インドで驚くことは、小売店にサービスという概念がないことです。行き届いた接客態度の日本にいると、それが世界標準だと勘違いしてしまいますが、インドの場合は世界標準どころか、モノを買う側と売る側の立場が逆転しているように思えることが多くあります。小売店に何かを買いに行くと、哲学的な顔をした店主がムスッとした表情で「何が欲しい」という態度で黙っています。こちらは思わず、「すみません○○○を下さい」などと下手に出て売ってもらうということになります。しかし、さすがにここ数年でオープンしたショッピングセンターではそういうことはありません。
これは長年にわたって需要過剰・供給過小だったため、常に売り手優位だったことがその理由のようです。人々は欲しいものがなかなか手に入らないので、態度が悪くても買えるだけで満足せざるを得ませんでした。


姿を現したデリー空港国際線ターミナル


近代的なショッピングセンター


昔ながらの商店街


4. インドの人々


今までインドの悪いところばかりを並べたようですが、インドという国はそんなことばかりではありません。この国には目を見張ることもたくさんあります。
まず、世界のどこの国よりも治安が良いのではないかと思えることです。最近でこそ、テロ事件が起きていますが、普通に暮らしている分にはほとんど問題がありません。私がかつて出張で来ていた時、することがないので夜ホテルの近くをブラつくことがありましたが、あるとき若いインド人男性から声を掛けられました。何が目的かと思いながら話をしていると、どうやら日本人が珍しいだけで好奇心から話し掛けてきただけのことが分かりました。また、先日、デリー市内の地下鉄に乗った時も、若いインド人男性から話し掛けられましたが、これも地下鉄に乗る日本人が珍しいことが理由のようでした。概してインドには好奇心が強くて人懐こい人たちが多いのではないかと思います。
また、このインドは人口が多いこと、昔から教育に熱心だったことなどから優れた人がたくさんいます。私たちの仕事の相手となる人たちはおしなべて頭の回転が良く、例えば、数ヵ月前に議論したときの双方の主張をしっかり記憶しており、タジタジとさせられることがあります。
若い人たちについて言えば、同年代が1,700万人以上はいますが、そのうち300万人以上の若者が毎年大学を卒業して世の中に出ていきます。えりすぐられた彼らは、インドの教育方法が良いからだと思いますが、やはり優れた人が多いと思います。2009年、1人の若い営業担当者を採用した時、書類選考の後10人と面接をしましたが、同世代の日本人社員と比べると皆さん考えがしっかりしており、優秀だという印象を受けました。


5. 変わりゆくインド


インドは宗教や貧困などの社会問題を抱え、解決すべき課題が多い国ですが、人々はまじめで、指導層は向上心が強く優秀な人たちが多い国です。そして、7億人超の有権者がいる世界最大の民主主義国家のインドの発展は民主主義であるが故に緩やかですが、確実に前進しており、10年後、20年後のインドは、世界の中で存在感のある重要な国になっているものと思います。
私は、毎日が驚きと発見の連続のこの国に住み、インドの人たちと仕事ができることを大変幸せなことだと思っています。個人の力でできることには限りがありますが、仕事を通じてこの国の発展に寄与できればと思います。皆さんも機会があれば「それでも素晴らしい国インド」に来てみてください。

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