ラテンとゲルマン、欧州雑感

兼松ドイツ会社 社長
兼松欧州会社 社長
中野 道雄

図らずも30年の社会人生活のうち、17年強を海外駐在で過ごし、ラテン・アフリカ圏を経て、現在はゲルマンの中心、ドイツとなっている。今回の駐在も終わりに近づきつつあり、独断と偏見で恐縮ながら、ドイツを過去の駐在地と雑感的に比較し、欧州事情の一面をリポートさせていただきたく、しばしお付き合いをお願いしたい。
いろいろ比較の仕方はあるとは思うが、身近に感じるところで、①業務関連、②食生活、③人柄、④都市で感じたことを思いつくまま記したい。


①業務関連


社員の属人的な要素も左右するため、絶対的な比較にはならず、一般的に感じられる印象にとどまるが、特に管理職としての日本人駐在員の立場からみた「仕事のしやすさ」「安心感」からいうと、ゲルマン(ドイツ)に軍配を上げざるを得ない。記録の取り方、ファイリング能力、時間の管理、どれをとってみても日本人にとって全く違和感がないというか、むしろ、きっちりし過ぎ、反対に教えられる面が多いというのがドイツといえるのではないか。始業時間に5分でも遅れることになれば出勤途中からその旨、きちんと連絡をしてくる。また、終業時間には一分の狂いもなく、きっかり皆退社。その正確さにはあっけにとられる。
残業が必要な場合は、前もって上司が遅くとも当日朝には指示をすることが必要で、間際で居残りをお願いすることになると「時間管理能力がないボス」とのレッテルを貼られることにもなりかねず、残業常習犯のわれわれの耳には痛く響くところ。
また、記録・ファイリングは、特に小生はいつまでたっても苦手科目であるが、ドイツ人の処理能力は正確で、要求する書類を物の見事に即座に持ってくることには驚かされる。ナチスによる強制収容所における不幸な虐殺犠牲者の数が、かくも見事に1桁単位まで正確に後世に残っているのも、記録をつける、残す能力を学校や家庭できちんと磨きあげる伝統によるものともいわれている。日本のかの地における虐殺被害者の数で、当事国との間での被害者数に大きく齟齬が出ているのとは大違いだ。従い、「ドイツ税務監査も同様厳しいのでご注意を」とセミナーで教えられたことを思い出す。
時間管理のもう一面、休暇取得については、何があっても年間認められた有給休暇日数をきちんと消化するのもドイツである。たまたまかもしれないが、フランス・イタリアの事務所では、未消化休暇の買い上げ(しかも前年度からの累積含め)をしており、特に、退社・解雇のときには、累積未消化日数と買い上げ金額を見て、あらためて「なんでそうなるの」と驚かされる。特にドイツの制度に慣れると、より違和感を持ってしまう。


②食生活


これほど、個人的趣味で評価が左右する分野はないと思うが、独断と偏見の極みで言わせていただければ、食生活の豊さ(簡単に言うとおいしさ)においてはラテンに軍配を上げざるを得ない。最近の新しいドイツのマンションはどうか分からないが、デュッセルドルフの賃貸アパートの台所の狭さ、特におもちゃのような流しの大きさ、電気ヒーターで出てくるお湯の量の少なさ、レンジの上にある換気扇の構造(よく見ると屋外に排気するものでなくて、台所の天井に吹き上げるためだけのもの)等々から考えても、家庭で「温かい料理」をたくさん作るための台所ではないように思えてくる。個人的な話で恐縮ながら、家内も台所のドアを締め切って、煙がリビングや寝室に流れないように肉を焼くなど四苦八苦しているのがドイツである。
それでも、他国に追従を許さない食材(豚肉、ソーセージ、白アスパラ、ビール、ジャガイモ)がドイツにはある。また、普段あまり騒がない分、決まった機会にはグループでとことん飲み・騒ぎ・楽しむ気質はドイツ人が秀でており、まとまって楽しむ気質は日本人に近いとも思われる。ビールの祭典ミュンヘンのオクトーバーフェストには3年連続でお客さまと一緒に参加させてもらっているが、これほどお客さま含め、見知らぬ人と仲良くなれる機会もない。
一般的にぜいたくをせず、質実剛健がゲルマンであり、経済発展の拠り所もこんなところから来ているのかとも思いたくなるゆえんである。


ビールを浴びるほど飲むオクトーバーフェスト、
これほどお客さまと仲良くなる機会もない(筆者左から2人目)


ドイツが世界に誇る豚肉料理 シュバイネハクセ


③人柄


お堅いドイツ人が羽目を外すカーニバル

概して気候がその国の文化や住んでいる人の性格を左右するという点については、全面的に支持するわけではないが、ある意味、的を射ているところかと思える。
スペイン南部アンダルシア地方では夏は40-45度になり、欧州のフライパンともいわれ、どちらかというと地中海を隔てた北アフリカ諸国の気候とあまり変わらない(紀元前3世紀のスペイン南半分近くは現チュニジア、昔のカルタゴの領地であり、当時カルタゴが建設した都市が「カルタヘーナ」(新カルタゴの意)として今もそのまま残っている。後述するが、まさに北アフリカは欧州と切れない仲なのだ)。
従い、日中仕事にならないので午後2時にはブレークする企業も多く、夕刻出社して、夕食は午後10時というのが普通とも聞く。一方、欧州北部は復活祭から夏至をピークとして8月一杯までの比較的日の長い時期を除くと、暗い寒い冬のイメージが多い。朝真っ暗の中出社して、真っ暗の中、帰宅することも多く、そういう意味では、どちらかというとラテン諸国の方が気候的には恵まれているといえる。そのため、食材も豊富。先日ドイツで発生したO104大腸菌中毒は、スペイン産キュウリが原因との風評被害で両国間がごたごたしたが、ドイツのスーパーで売られている野菜の多くがスペイン産であることを再認識させられた次第。話が横道にそれたが、単純化をお許しいただければ、同じドイツでも北部と南部では表面の人懐っこさの違いがある。欧州北部と南部におけるゲルマンとラテンの違いとほぼ同じかもしれないが、北部の方と親しくなれば、本当の友達関係になるとよくいわれている。仕事上付き合いのあるスウェーデンの方々は、かれこれ30年続いている商売の関係もあるが、素朴で真面目な人柄で、その誠実さには頭が下がる思いで、当方が尽くしてやらないといけないと心底思ってしまう。
弊社の経験則からして、お客さまの支払い態度もゲルマン系企業のお客さまは押しなべて期日を守るのに対し、ラテン系は1週間程度の遅れは通常のAllowanceと考えているところもあり、ラテンはこの面でも大らかである。余談ながら、パリの路上縦列駐車では、車のバンパーを前後に駐車している車に「押し当てて」(彼らに言わせればぶつけるのではなく、あくまで押し当てる、しかもドライバーが乗っていても平気で)狭いスペースに駐車するのに対し、ドイツでは少し車が「触った」だけでも血相を変えて事故扱いにする、大きな性格の違いがある。


④都市


現駐在のデュッセルドルフは人口60万人で、花の都パリ・ロンドンから比較するとドルフ(村)のそしりを受けることになり、出張で他都市に行くたび、その大きさの違いを正直実感するところである。映画館の数が文化レベルのバロメーターと聞いたことがあるが、映画館の数、特にOriginal Versionで上映している映画の数は、ロンドン・パリに圧倒的に負けている。ただし、英語都市名で語尾がton/donで終わるのは村を意味しているとお聞きした時、ロンドンを含めた欧州都市の根っこは同じと妙にほっとしたものだ。
ラテン・ゲルマンに共通するのは都市形成のベースと考えている。ブルク(burg:城、城を囲むものの意)による囲み込みの壁を広げることで大きくなって現在に至っている都市が多くある。パリしかり、シテ島から始まったこの街も、異民族の攻撃から自らを守るために城壁を大きくして今日に至っているし、ロンドンもテムズ川岸を除く三方を壁で囲んで形成されたのがシティーである。ドイツを中心に、ブルクを名前の語尾に持つ都市が非常に多い(ドイツ人によると、都市名の語尾では発音はブルグと濁る):ストラスブルグ・ハンブルグ・ニュルンベルグ・ローテンブルグ・ヴオルスブルグ・アウクスブルグ etc. ちなみに資産階級を示す仏語ブルジョワ(bourgeois)は、壁の中の都市市民を意味するビュルガー(bürger)という独語から来ているとお聞きした(デュッセルドルフ空港のイミグレーションではEU Passports / All other passportsの区分けにおいて、EU Citizens =Bürgerと表記しているのも興味深い)。
このように防御を主たる目的として形成された街はその性格上、敵の侵入を防ぐため、街中の通りも入り組んでおり、目的地まで真っすぐなかなか進めない。これが欧州の都市の特徴である一方(米国駐在がないので偉そうには言えないが)、どこまで行っても真っすぐに延びる道路、どこまでも高く伸びる摩天楼、ダイナミックな都市形成で、思考回路上もあらゆる可能性に満ちていて、空間上の制約を全く感じさせない街のつくりとなっているのが米国である。米国のビジネスと欧州のビジネスの進め方の違いも、こういった歴史的・環境的背景に依拠する側面は排除できないと思っている。プロジェクトの推進および決断のスピード(やめるときも早いと聞くが)においては、欧州は米国にかなわない。反対に時間は相当かかるが、いったん実現すると長く続く商売の関係ができるのも欧州とよくいわれる。


デュッセルドルフ ライン河西岸 オーバーカッセル地区

デュッセルドルフ ライン河とオーバーカッセル橋


「まだら模様の国家連合体 EUの面白み」


このようにラテン・ゲルマン等々、性格・ 体制が異なる主権国家27ヵ国による連合体が現在の欧州統合の姿で、現在5億人の巨大市場となっており、Euro通貨統合より12年目を迎え、現状、経済はドイツの独り勝ち。域内南北格差の問題(ギリシャを発端とする、スペイン、ポルトガルでの財政問題 vs 輸出を中心に好調なドイツ、フランス、ポーランド、スウェーデン)など難しい局面を迎えているともいわれているが、グローバル化が進む中、自国だけの利益を考えれば「両刃の剣」のごとく自国に跳ね返ってくるだけに、各国のエゴだけでは成り立たない世界となっている。労働者の域内移動も実質自由となり、インターネット世界が拍車を掛けることで「国家の枠」がぼやけつつあるともいえ、上述の民族的・国家的な違いも今後あまり意味をなさないのかもしれない。しかし、統合のベクトルを強めれば強めるほど、反対に国家主義色を強めるのもまた真であり、統合各国引っ張り合いの緊張感は決してなくならないし、今後強まる場面は増えるのではないか。
さらに、1995年に採択された「欧州・地中海パートナーシップ」で、マシュレク(日の昇るところ、アラブ諸国)およびマグレブ(日の沈むところ、北アフリカ諸国)との経済・文化・政治交流の枠組み強化が決定され、欧州の市場影響力は地域的にさらに拡大している。折しも2011年1月のチュニジアのジャスミン革命とそれに続く、エジプトの革命とリビアの混乱は、1989年11月のベルリンの壁崩壊に続く同年12月のルーマニア革命、1991年のスロベニア、クロアチアのセルビア共和国からの独立、そしてソビエト連邦の崩壊につながった一連の市場の拡大と統合プロセスを思い起こさせる。1万km以上離れた日本からは遠い国に違いはなく、日本からの直接の関心は少ないが、欧州にとっては地中海沿岸北アフリカはまさに庭である。われわれも日々変わる市場の変化に合わせ、組織統合・変革を進め、次のEmerging Marketが欧州の庭で広がることに対応できる体制を一刻も早くつくるべきだと考える。
ラテン、ゲルマン、アングロ・サクソン、バイキング、スラブ、次に来るのはマグレブか…ますます、楽しみで魅せられる「まだら模様の欧州」である。


モロッコ Tanger Med港よりジブラルタル海峡を望む、
対岸スペインまで15km、まさにEUの庭である


旧市街よりライン河を望む

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