魅力にあふれるユニークな都市国家・シンガポールに暮らして

三菱商事株式会社 シンガポール支店
総務人事業務部長
菅納 ひろむ

シンガポール支店の職員・家族ら約100名が植樹に参加


私は2008年7月よりシンガポールで勤務しています。仕事を続けたいと言う家内と大学生の長男が日本に残り、私と高校2年(赴任当時は中学2年)の次男が当地で暮らすという、やや変則的な形態での生活です。
大学時代に中国関係を専攻し、就職してからも、駐在を含めて中国ばかり経験していたので、シンガポール駐在は、私にとって初の東南アジア関係の仕事でした。しかも、専門ではない総務や人事も所管することとなり、前述の家庭形態もあって、最初は何かと苦労や戸惑うことも多くありました。
しかし、程なく、急速に発展する東南アジアの中でもハブ的な役割を果たし、また社会・文化の面でも非常にユニークな特徴を持つこの国で仕事をし、生活できることに大きな喜びと生きがいを感じるようになりました。息子と2人の生活も、安全で便利なシンガポールですので、今では特に不便も感じなくなっています。仕事や、趣味のソフトボール、ゴルフ等を通じて、多くのシンガポール人、日本人等々の知遇も得ました。
総じて、私はこの国に、大きな魅力を感じています。
そこでこのたびは、私なりにシンガポールの魅力を読者の皆さまにお伝えする好機と思い、寄稿させていただくことと致しました。


シンガポールってどんな国?


まず、この国の概要について簡単にまとめてみます。シンガポールはマレー半島の南端、ほぼ赤道直下(北緯1度)に位置する島国です。面積は約710㎢で、よく淡路島や東京23区と近い広さであると例えられます。人口は約520万人。そのうちシンガポール国籍を持つ人は約330万人ですから、実に人口の4割近くが外国籍の人なのです。
元はテマセクとかシンガプーラと呼ばれた小さな港町でしたが、1819年に東インド会社のラッフルズが上陸したのを契機に、海上交易の拠点として栄え、後に英国の植民地となり発展を続けました。第2次大戦中の一時期は日本の統治下に入り、「昭南島」と改称されました。 大戦後は再び英国の直轄領となり、1959年に完全自治に移行。63年にマレーシア連邦に加盟。65年にはマレーシアから追い出されるようにしてシンガポール共和国として独立した、というのがシンガポールの大まかな歴史です。
独立後はリー・クアンユー氏の率いる人民行動党(PAP)の統治下、思い切った外資優遇策等ユニークな政策を数々打ち出して「奇跡の成長」を果たし、今や東南アジアにおける金融や情報、交通等のハブとして名をはせています。
1人当たりGDPが日本と肩を並べるアジア最富裕国の1つでもあります。


シンガポールの街頭でよく見かける建築様式
「ショップハウス」


マリーナ地区のホテル・ビジネス街
(右の高いビルにシンガポール支店がある)


ユニークな言語環境


シンガポールの人口のうち、「華人」といわれる中国系の人が約4分の3を占めています。政府の指導者や政府系企業のトップ等、要職にある人の多くも中国系であり、シンガポールは「華人国家」と呼ばれることもあります。他にマレー系が15%弱、インド系が10%弱等となっており、日本人も3万人前後いるといわれています。
実は、マレーシアから独立した経緯もあり、シンガポールの「国語」はマレー語です。そして、マレー語に加えて、英語、標準中国語(マンダリン)、タミール語の4言語が「公用語」とされています。
ビジネス言語としては圧倒的に英語が主流です。一方、生活の場面では、マンダリンや、福建語、潮州語等の中国語方言もメジャーな言語です。三菱商事シンガポール支店でも、英語、マンダリン、中国語各方言、日本語、マレー語、インド系言語といった多様な言語が飛び交っています。華人同士の会話も、英語で話していると思ったらいつの間にか中国語に変わっている等、非常に融通無碍で、いかにもシンガポールらしくて面白いです。ちなみに当地の英語は「Singlish」といわれる中国語やマレー語の影響を受けた独特のものが主流で、留学帰り等で美しい英国式英語を話せる人でも、普段は「Singlish」を使っています。当地の「マンダリン」も同様で、私のように中国式の標準語を学んだ者にとっては、当初は相当奇異に感じました(最近はすっかり同じ話し方をしている自分に気が付きますが…)。このように、言語の点でもシンガポールは極めてユニークです。


食文化も独特


シンガポール華人の旧正月の伝統的な料理
「魚生」を楽しむ筆者の部のスタッフたち


典型的なホーカー・センター(屋台村)


多様な民族や多くの外国人が暮らす国だけあり、食文化も独特の発展を遂げています。シンガポール人の多くは、ほぼ毎食のように外食をします。ホーカー・センターとかフード・コートと呼ばれる屋台村のような施設が至る所にあり、日本円で200-300円という廉価で多様な料理を楽しめます。最も一般的なのは、中国系と他系統の料理が融合したような当地独特の料理で、「ホッケン・ミー(福建式焼きそば)」「バクテー(骨付き豚肉を煮込んだもの)」「ラクサ(ココナツベースのカレー風のスープに入った太いビーフン)」「海南チキンライス」「フィッシュ・ヘッド・カレー」等がよく知られています。その他、各国料理のレストランが高級店から大衆店までひしめきあっています。日本料理も大変な人気で、一説によると600店もあるとか。当然、競争も熾烈で、単に「日本料理」というだけでは差別化されないため、一例を挙げると「沖縄料理」「博多もつ鍋」「富山黒ラーメン」「讃岐うどん」等と特徴を打ち出した店が人気を集めているようです。おすし一つとっても、銀座から来たような超高級店の他、ローカル系の回転ずしのチェーン店もたくさんあり、「シンガポール式」のおすしが回っていて、 いつも混んでいます。


当地のトップブランドである
「タイガービール」と「ホッケン・ミー」


フィッシュ・ヘッド・カレー


常に新しいものを導入し、創り出す国


資源を何も持たない小さな島国であるシンガポールは、外国からの資本や技術、人材等を思い切って導入することによって発展してきました。そして常にアジアの先頭を走らんとばかりに、毎年のように新しい施設やイベントで話題を振りまいています。私が赴任した2008年以降をとっても、世界最大の観覧車、世界初の夜間街頭レースとなったF1、シンガポール初のカジノ(しかも2ヵ所がほぼ同時に開業)、ユニバーサルスタジオ、世界初の青年による五輪「ユース・オリンピック」等の完成や開催が話題になりました。
「この国は立ち止まることが許されない、いつも走っていなければ倒れてしまう」と政府の要人も話しています。これがシンガポールの魅力であることは間違いないでしょうが、このような変化の速い社会に生まれ育つ人たちは結構ストレスがたまるかも、と少々心配になることもあります。


シンガポール人の暮らしと社会


そうはいってもシンガポールの人たちは、とても人生をエンジョイしています。まず、国としての福祉制度がしっかりしているため、将来に大きな不安がないことが大きいと思います。CPF(中央準備基金)という制度があり、各個人がCPF口座を持っています。そして、給与の20%が強制的に天引きでこの口座に積み立てられ、使用者側も16%(年代により若干の変動あり)を個人口座に振り込みます。つまり、毎月給与の36%前後が個人口座に積み上がっていくわけです。これは個人の年金、医療、住宅購入に使用できます。シンガポール人の持ち家率は実に90%で、年金にも不安がなく、多くが夫婦共稼ぎということもあり、所得の多くが消費に回っているようにみえます。
ただ、シンガポールの人たちも、過去の急発展を評価し、エンジョイしつつも、将来にわたって今と同様の豊かな暮らしが続くかということについては、必ずしも楽観視していません。2011年には、5年ぶりの総選挙と、実に16年ぶりとなった大統領選挙が行われ、建国以来圧倒的な支持を受けてきた与党・人民行動党および系列候補がいずれも予想外の苦戦を強いられて話題になりました。この国の将来の在り方について、国民が多様な考えを持ち始めたのだと思います。成熟した国としては必然的な成り行きなのかもしれません。総選挙後には、リー・クアンユー初代首相、ゴー・チョクトン2代目首相の2人がそろって「これからのシンガポールは若い世代に委ねる」と表明して閣外に去る、という大きな出来事もありました。シンガポールの社会は、いろいろな意味で曲がり角に差し掛かっているのではないでしょうか。


ビジネスのハブとしてますます重要に


最後に、少しだけビジネスの話にも触れたいと思います。シンガポール政府の要人たちは従来の発展モデルだけでは早晩行き詰まることをよく承知しておられ、新たな発展戦略の策定に余念がありません。現在、注力しているのが「Host to Home」という戦略です。つまり、世界の優良企業(優れた中小企業も含む)がシンガポールを第2の母国のように利用し、当地を拠点にグローバル戦略を展開するように誘導しよう、という構想です。さまざまな具体的な優遇政策も充実させています。こうした中、毎日のように日系や欧米系の企業がシンガポールに地域戦略拠点やR&D拠点、人材育成拠点、調達拠点等を設立した、という類いの報道が流れています。有力小売企業の進出もどんどん加速しているように感じます。また、中国やインドといった巨大な新興市場へのゲートウェイとしても外国企業の注目を集めようとしています。
こうした独特の政策を立案して推進していく限り、シンガポールは少しずつ形を変えながらも、企業にとって重要な国であり続けると確信しています。三菱商事シンガポール支店としても、こうしたシンガポールの優位性・魅力を新たな商機に結び付け、アジアの成長を取り込んでいくべく、安野支店長以下、一丸となって取り組みを強化しているところです。
以上、この国の魅力を語り尽くせたとは思いませんが、ぜひ、観光にそしてビジネスに、シンガポールにお越しになって、この国のユニークさを実感してください。

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