サンパウロ再び

双日ブラジル会社
副社長 エネルギー・金属部門
埴原 正和

1.はじめに


2度目のサンパウロ駐在を拝命し、2012年6月2日にグアルーリョス国際空港に降り立ちました。前回の任期が2001年7月-2005年12月だったので、6年半ぶりのサンパウロ駐在となります。離任後も何度か出張で訪れていましたが、街を歩くと活気が肌で感じられ、ブラジルの絶好調ぶりに都度感嘆したものでした。
ただ、とどまるところを知らない勢いを見せていたブラジルの経済成長も、欧州経済危機の影響や自国の抱える構造上の問題もあり、最近は停滞気味。景気も決して良いとはいえず、駐在前に抱いていた「いけいけ」のイメージとの違いに若干の戸惑いを覚えました。
とはいうものの、1億9,600万人の人口を抱え、BRICSの中で唯一、エネルギー・金属・食糧・森林・水と全てにおいて自活可能な資源国・ブラジルのポテンシャルに変わりはありません。ロンドン五輪も終わり、次の世界規模のスポーツイベント・2014年のサッカーW杯、2016年のリオ五輪に向けて、再度盛り上がりを見せることを期待しつつ、前回の駐在時と比べ変わったこと、変わらないこと等、私見も交え書き連ねてみたいと思います。


2.物価の高騰


パウリスタ通りの、日曜のブランチ風景

着任してまず実感したのは、物価の高さです。2012年7月時点の「ビッグマック指数」は、ベネズエラ、ノルウェー、スウェーデン、スイスに次ぎ、ブラジルは世界第5位(10.08レアル→4.94ドル→387円)。現在の為替は、ざっくり1レアル=40円です。
ビジネスの中心・全長2.8㎞のパウリスタ通り近辺の、食べた分だけ量り売りのレストラン・通称「ポルキロ」でのランチは、6年半前は20レアルで腹十分目になったのが、今同じくらいの量を食べると大体30レアル。家賃も前回の駐在時と比べ、50%アップ。 しかも、駐在員を増員する日系企業も多いせいか、サンパウロ日本人学校の通学バスの通るパライゾ地区とジャルジン・パウリスタ地区では、邦人需要の高さを見越して家賃もさらに高騰。赴任時期にもよりますが、住居探しに難渋される方も多いようです(私もアパートが見つかるまで1ヵ月半かかりました)。 公共の交通手段は、日本よりは安いものの、タクシー初乗り料金は28%アップの4.1レアル(今やほとんどカーナビ搭載)。地下鉄は、全線運賃共通で43%アップの3レアル。
サンパウロはクリーニング代がとりわけ高く、安いところでワイシャツ1枚7レアル、高いところでは10レアル、まさにビッグマックと同額です。物価の面では暮らしにくくなりました。


3.旺盛な個人消費~豊かさと、その裏と


もともとブラジルの経済は内需主導型で、2011年度のGDPに占める個人消費の割合は日本と同等の60%(ちなみに中国は38%)。ブラジルの世帯は月収別でA-E層と5段階に分かれ、もともとが格差社会だったため、ピラミッド型の階層を形成。これが、ルーラ前政権時代の貧困対策「ボルサファミリア」により低所得者層にも購買力が生まれ、経済成長と相まって中間所得者のC層が急増し、階層図もひし形になりました。某社の超ベテラン駐在員氏の言葉を引用すると「キャディーたちは昔、ゴルフ場まで自転車かバスで通勤。それがいつからかオートバイに変わり、今では自動車通勤」という状況です。
その自動車ですが、前回駐在時の2005年のブラジルの新車販売台数は、171万5,000台で世界第8位。それが2011年には363万3,000台と112%アップし、4位になりました。2012年は景気の低迷もあり、半期ではドイツに抜き返され5位に後退。ただし、IPI(工業製品税)の減税効果等で、8月には40万台超と過去最大の単月販売台数を記録。自動車工業会ANFAVEAは、2012年度は前年度比4.5-5%増加の予想としております。
豊かな消費の象徴として実感したものの1つに、スターバックスの成功があります。昔ブラジルにケンタッキー・フライドチキンが進出したものの、街なかで普通に食べられる安くておいしいチキンにかなわず、撤退したとの話を聞きました。2006年12月にスターバックスがブラジル進出との話を聞き、「2レアルも出せばおいしいカフェジーニョが飲めるのだから、ケンタッキーの二の舞になるのでは?」と思っていたものの、来てみたらスタバはいつも人でにぎわい、スタバの紙コップを持って歩く若者をよく見かけます(トールサイズの普通のコーヒーで4.5レアル )。9月時点で国内48店舗、サンパウロ市内に29店舗を構えるまでになりました。
豊かさに着目してきましたが、貧困は依然ブラジルにとって大きな問題です。市内でも相変わらず多くのホームレスを見かけます。景気の低迷で、クレジットカードの返済に苦しむ消費者も増えています。自動車ローンが払えずに車を手放す人も多いようです。治安は、前回駐在時より悪化したかもしれません。自動小銃で武装した強盗団がマンション丸ごと襲う、という事件は昔もありましたが、最近は店の売り上げと客の持ち物を全部奪ってゆく、レストラン強盗も増えています。裕福な家庭の若者たちが、遊ぶお金欲しさに徒党を組んで強盗を働く、というニュースも耳にしました。「気候も良いし食事もおいしいし、治安さえ良ければサンパウロは本当に良いところなのに」 という声は、昔も今も変わりません。


パライゾ地区の住宅街の
一角で買える、ローストチキン


ハライゾ地区の日曜フェイラ(市場)。
果物も野菜も新鮮で種類も豊富


パウリスタ通りの、 公衆電話ボックスアート。
このようなところにもホームレスが


ストライキ天国


複雑な税制、頻発する労働訴訟、未整備のインフラ、高い金融・物流コスト、治安対策…これらを総称し、「ブラジル・コスト」と呼びます。着任後まもなく面談したブラジル人の識者は「構造改革が進まず、いつまでも競争力を発揮できないでいると、ブラジルは第二のギリシャになる」と話していました。これは極例にしても、ブラジル・コストに対し問題意識を抱いているブラジル人経営者が多いのは、事実です。
そんなブラジル・コストの一因に、ストライキの多さも挙げられると思います。当社の入居するビルの前に、第三連邦地方裁判所がありますが、ここの職員は昔から頻繁にストをやっていま す。時にBGMで ブラジルのポップスを流したり、配給のサンドイッチに群がったりと、ストを楽しんでいるように思えますが、さようにのんびりしたものばかりでもありません。今回赴任した時期はちょうど税関のストにぶつかり、日本から送った航空貨物がリリースされるまで1ヵ月半かかりました。これが医療関係になるとさらに深刻で、国家衛生監督局ANVISAのストにより、難病治療に必要な医薬品の輸入が止まったり、民間医療保険と提携する医師たちが、報酬額の引き上げを求め診療を全面ストップしたりと、人の生命に関わる深刻なストもあり、改善が望まれるところです。


5.文化~グルメとサッカー


豊富な食材とさまざまな人種の集まるサンパウロの楽しみの1つは、グルメです。いろいろとおいしい料理がある中で、大衆的で はありますが、ピッツアと生ビール(ポルトガル語でショッピ)のレベルは非常に高いと思います。残業後は軽くラーメン・ギョーザ&ビール、という日本の感覚が、こちらではピッツアとショッピ(ピッツェリアの営業は18:00-0:00すぎ)。サンパウロ州のピッツェリアは約1万1,000軒で、市内には5,000軒以上。人口1,130万人のサンパウロ市では1日100万食のピッツアが消費され(うちデリバリー25%)、本場イタリア全土の1日当たりの消費量・20万食を大幅に上回ります。クラストもチーズも味わい深く、非常に美味です。ショッピもかなりの高レベルです。生ビー ル主体のバー・ショッペリアのショッピの泡(ポルトガル語でコラリーニョ)のきめ細かさは芸術的で、指3本分がスタンダードといわれています。サンパウロならではの、他では多分通じない飲み方に「ショッピ・パウリスタ」と「ショッピ・カリオカ」があります。普通のビールの上に黒ビールの泡を注ぐのが、パウリスタ(サンパウロ風)。その逆がカリオカ(リオ風)。もともと白人の作っ た街・サンパウロに、黒人が後からやってきた(リオはその逆)、というわけです。リオへのライバル意識はさておき、2種のハーフ&ハーフはいずれも秀逸です。
もう1つ、ブラジルといえば、サッカー。日本のJリーグに当たるカンピオナート・ブラジレイロ(ブラジル全国選手権)は、セリエAからDまでの4部リーグ制。各リーグ下位4チームは下部リーグ上位4チームと入れ替えで降格となり、セリエAの上位4チームは、南米クラブチャンピオンを決めるコパ・リベルタドーレスへの出場権が得られます。セリエAでは、サンパウロの三大人気チーム・コリンチャンス、サンパウロFC、パルメイラスや、スター選手・ネイマールを擁するサントス等20チームがプレーしています。
2012年7月のリベルタドーレス杯では、コリンチャンスが悲願の初優勝を果たし、明け方4時ごろまで花火、爆竹、雄たけび、クラクションが響き渡り、眠れたものではありませんでした。2005年リベルタドーレス杯のサンパウロFCの優勝時も居合わせましたが、この時のファンの暴走ぶりはさらにひどく、酔ったファンは私の車の上によじ登ろうとし、パウリスタ通りの真ん中に建設廃材用の大きな鉄製ゴミ箱が投げ出され、通り沿いのATMのガラスや信号機が割られ、さながら 地獄絵図でした。コリンチャンスファンも激しさで知られる故、2012年は警察がかなり厳しく取り締まったようです。こちらのサッカーファンはとにかく花火や爆竹をよく鳴らし、ひいきチームがゴールを入れるたびに数発、試合に勝ったら大爆発です。2002年日韓共催ワールドカップの時は、永遠のライバル・アルゼンチンがゴールを割られるたびにも鳴っていました。2012年のロンドン五輪の決勝で、ブラジルはまたも金メダルを逃しましたが、メキシコが2点目のゴールを入れた時に鳴った何発かの花火は、自棄花火だったのかもしれません。


生ビール(ショッピ)
~指三本分のきめ細かい泡の芸術


老舗のピッツェリアで。
ラージサイズで3種の味が選べ、
60レアル程度


ショッピングセンター内の、
人気サッカーチーム・
コリンチャンスのグッズ専門店。
店名「パワフルな大チーム」


6.おわりに


2014年W杯に向けたインフラ整備等101のプロジェクトのうち、完成したのはわずか5%。開催12都市中、スタジアムの改修や新築の進捗率50%を超えたのは4都市のみ、とのニュースがありました(5月時点)。それもまたブラジルらしさでしょうが、今回こちらに戻ってきて実感したのは、勤勉でワーカホリックに近いブラジル人も非常に多い、ということです。私の相手先のブラジルの会社も、0時すぎにメールが入ってくることはざらですし、仕事のためには役員クラスでさえ、徹夜も会社への連泊もいといません。国が発展してゆく過程においては、一個人・一企業人の努力というのが必ず裏にあるということが分かった気がします。私も、そんな彼らに負けないように仕事に励み、疲れた身体はショッピで潤し、2度目のサンパウロ駐在生活を充実させたく思います。

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