米国南部 —テキサス州ヒューストンより

丸紅米国会社 SVP
南部Regional General Manager ヒューストン支店長
市来 肇

支店の入居するビル


ヒューストン駐在の異動辞令を受けたのは2010年の初め、チリのサンチャゴに駐在中のことでした。入社以来、金属資源関係の業務に従事し、海外の駐在勤務はニューヨークとサンチャゴでの駐在を経ていますが、地域としては同様に米州地域に属するものの金属資源業務との関わりは少ないヒューストンへの駐在ということで戸惑いもありましたが、新たな環境・分野での業務への取り組みと生活に意欲と期待が湧きながら着任したものでした。以来3年弱を過ごしましたが、その間の経験をもとにこの地ヒューストンのご紹介を行いたいと思います。


ホットなEnergy Capital


ヒューストン市はニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴに次ぐ全米人口第4位の都市、別名は「Energy Capital of the world」と呼ばれ、米国内外を問わず数多くのエネルギー関連企業が本社ないし米国内での重要事務所拠点を構えています。多国籍で展開する石油ガス生産企業は、企業活動の規模・売り上げ・利潤ともに世界的にもトップクラスの企業が名を連ねますが、これらの民間および産油・産ガス国国営石油ガス会社、石油・ガス掘削・操業サービス会社、パイプライン等石油ガス関連インフラ事業会社、石油精製会社、石油ガス化学会社、総合エンジニアリング会社、関連機械製造会社、流通・商社、銀行・弁護士事務所・会計事務所などなど、石油ガス会社を頂点に、関連する業界は非常に幅広く広がっています。これらの関連企業が世界中から数多く(ヒューストン市によれば5,000社超)本社・事務所を構えるヒューストンは、まさに「Energy Capital」と称するにふさわしい都市であることは間違いないでしょう。日本からも石油、ガス、化学、機械、鉄 鋼、運輸、銀行、会計事務所、商社といった関連業界の企業を中心に80社余が進出(日本商工会会員数)しています。筆者の着任した2010年当時は、まだリーマン・ショックからの回復過程で、米国も住宅・自動車といった産業および関連する地域は高失業などの後遺症にあえいでいる印象でしたが、エネルギー産業を擁するヒューストンは産業の活気、特に折からの全米規模のシェールガス・オイル革命の中心地としての注目、産業・企業活動の成長、また町並みの威容、特に立派な建物、ハイウェー、自動車、人々の体格、なども相まって日常生活を送る上でも非常に活気を感じ、果たしてこれがリーマン・ショックから間もない米国の一都市なのか、と驚いた印象を持ったとともに、そういった活気を持った都市で大きな可能性を持つ一大産業との関わりで業務に従事できることに大いに意欲を感じたものでした。
これらエネルギー関連分野に当社も当地では米国会社のヒューストン支店および本社・米国会社の関係会社を通じ広く関わっており、筆者も当地に駐在以来主にエネルギー関連分野に関する事業開拓・推進業務を執り行ってきており、ヒューストン市内近隣に限らず同じテキサスのダラス市、サンアントニオ市、またオクラホマ・ルイジアナ・コロラドといった近隣州のエネルギー関連企業・施設の訪問・やりとりを通じこれらの業務に日頃携わっています。


郊外の牧場奥のガス掘削リグ


石油化学工場


気候もホット ―亜熱帯性気候、地形風土


ヒューストンは、緯度の上では鹿児島の南方、屋久島の若干南である北緯29度45分に位置し、気候は初夏から秋口まで気温湿度ともに非常に高い一方、冬は比較的温暖である亜熱帯性気候を擁しています。真夏の暑さおよび湿度は相当なものの、ビルはどこも空調が非常に効いており、また通勤・移動時も自動車での移動が多いために、通常の執務時に暑さが苦になることはあまりありません。むしろ筆者などは空調の効き過ぎの方が気になります。一年を通じ降雨が多く、また夏から秋にかけてはカリブ海・メキシコ湾で発生するハリケーンの通り道になることも多いようです。筆者の駐在期間中は幸いにもハリケーンの直撃はありませんが、数年前にはヒューストンも直撃被害を受け沿岸部の浸水停電被害、また内陸部でも停電、避難時の混乱など甚大な被災被害、相当な苦労があったと聞いています。
地形に目を向けますと、北米大陸のような雄大な地形、特に平原の広がりは日本でも都市部では感じることはほとんどないものと思いますが、テキサス州はヒューストンに限らず西部のメキシコ国境近くを除いては山岳もなく平坦で、特にヒューストン近郊はなだらかな丘陵ですら見掛けず非常に平らな地形を擁しています。米国の地図を立体地形図(レリーフ)で見ていただくと、ミシシッピ川、テキサス州内のコロラド川・リオグランデ川など大陸北部・ロッキー山脈から河川がメキシコ湾に向かって注いでいる様がよくお分かりかと思います。ヒューストンおよびテキサス州南部、ルイジアナ州・ミシシッピ州などの平坦な地形はそれらの河川の巨大な三角州のように思えます。眺めの良い場所では大地の広がりを感じることができ、例えば航空機によるヒューストンへの到着時などは平坦かつ雄大な地形を望むことができます。また当社の事務所はヒューストン市内の西部商業地域のビル60階に位置していますが、晴れた日にはヒューストン市内の眺望-ダウンタウンの高層ビル群および世界的に有数な医療集積地であるメディカルセンター、ヒューストン港近隣の石油化学工場群と煙突から立ち上る白煙、巨大なフットボールスタジアム、市内に近いHobby空港へ着陸態勢に入った降下する航空機、市内の公園・住宅地、縦横に立体交差するハイウェーおよび車の走行状況、周囲360度にわたる大地の広がりと地平線などの眺めを楽しむことが可能です。


ダウンタウンの高層ビル


支店ビルからの市内風景


多様な文化・人種、テキサス人気質


チャイナタウン町並み

テキサスは隣接するメキシコとの関わりも深く、スペイン領の時代からメキシコのスペインからの独立を経てメキシコに編入、その後19世紀に入りメキシコからテキサス共和国としていったん独立を経た上で1845年に米国の28番目の州として加わる、という変遷をたどっています。今でもメキシコ系の住民も多く、また街中での商店・飲食店の表示にもスペイン語表示が見受けられ、空港等のアナウンス・表示も英西のバイリンガル、またテレビ・ラジオでも多くのスペイン語放送が行われています。
またメキシコ系に加え、アフリカ系住民、カリブ諸国等からのヒスパニック系住民、さらにはベトナム、中国、インド、韓国系などのアジア系住民も多く、多種多様な人種・文化が見られます。市内南西部の大通り沿いにはアジア系の商店・飲食店が軒を連ねる商店街モールが次から次へと連なり、道路標示、商店の看板などに中国語を見ることもできます。経済的な活気、活発な企業活動を通じ流入する人口増も多く平坦な地形、縦横に走るハイウェーシステムと相まって郊外への住宅地・商業地開発の伸長もとどまるところを知らぬ勢いで、グレーター・ヒューストン圏は人口の流入拡大に伴い、市街地域およびラッシュアワーの交通渋滞の拡大が年々続いています。メキシコ・中米カリブ諸国との地理的な近さ、冬でも温暖な気候、歴史的にも南部唯一の港湾都市として栄えたことによる人種・文化の交わりへのなじみなどが相まって多様な文化を育む素地が進み、街としてのダイナミズムも生み出しているように思えます。ヒューストンからはメキシコをはじめ中米カリブ諸国、ベネズエラ・コロンビア・ペルー・ブラジルなどへ直行便が飛び、米州南部地域との経済活動、人的・物理的な交流にも非常に便利です。
テキサスの人々は体格も良いですが、広大な土地に住み、街や建物も大きく、走っている自動車も大型が多く、さらには巨大なステーキ肉などとにかく大きなものを好むようにも思えます。人々の気質は大らかで細かいことにさほどこだわらず、また見知らぬ人でも気軽に話し掛けるなど人懐こい面があるように思います。広くゆったりした土地 柄、多様な人種文化を受け入れてきた歴史的背景があってのことではないかと思います。


ヒューストンと日本人


ジャパン・フェスティバル

ヒューストンの在留邦人数は2,500人弱(2011年総領事館調べ)。前述の他のアジア地域からの住民と比べると数の上ではまったく及びませんが、当地定住の方々、総領事館他政府関係各機関の方々に加え、メディカルセンターで勤務および研修を行う医師、NASAジョンソン宇宙センターと連携するJAXA関係者および日本人宇宙飛行士、さらにはヒューストン・バレエ団所属のバレリーナなど、われわれ進出企業関係者およびその家族に加えてさまざまな方々が当地で活躍されています。
毎年4月半ばの週末に市内中心部のハーマン・パークではジャパン・フェスティバルが開催され、2万人余りのヒューストン市民が家族連れで訪れ、日本の伝統芸能、音楽、舞踊、武道、 公園内に所在するヒューストンとの友好のシンボルである日本庭園での浴衣着付け撮影会、日本風お祭り屋台での飲み食いなどを楽しんでいきます。進出企業関係者も出し物への出演・ボランティアサポートなどさまざまな形で関わり、盛り上げに一役買っています。東日本大震災直後にはヒューストンからも多くの支援が寄せられたのですが、震災後に開催されたジャパン・フェスティバルの場でもたくさんの方々からの義援金を頂くことができ、ジャパン・フェスティバル関係日系団体から被災地への支援とさせていただきました。
今回のヒューストンでの駐在を含めて考えることは、海外での業務・事業を行い、また家族も含めてわれわれが生活を営む上において、進出地と日本との関係の維持が重要であることは言をまたないと思いますが、日頃の業務以外でのこうした行事・活動への参加・関わりを通じて進出地と日本との友好関係維持を図ること、特に実際に身体を動かして関わっていくことは大切なことであるとあらためて思います。

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