ジャカルタ雑感

兼松トレーディング インドネシア
社長
河野 重徳

はじめに


2011年5月10日、ジャカルタ スカルノ・ハッタ空港に降り立ちました。何となく感じる香辛料のような匂いとじわじわと来る蒸し暑さ、そして空港のシャビーさに戸惑いを覚えながら、入国手続きを進めていく。声を掛けてくるポーター、迎えに来ているたくさんの人、通路の地べたに座り込んでいる人、時計を売りにくる人、初めての私には異様でした。一方で、往来する車のきれいさ、そして、高速道路を市街に近づくにつれ見えてくるショッピングモール、事務所に到着するまでの交通渋滞、また、高層ビルも林立し、「きっとここは大都会」との思いを強くしました。
インドネシアは、これまで観光でも仕事でも立ち寄ったことがない国でした。イスラム過激派によるテロや鳥インフルエンザ、そして災害の脅威にさらされているという日本での報道によって先行していたマイナスイメージと、2009 年10月の第2次ユドヨノ政権発足後、インドネシアの政治・経済は安定度を増し、その成長の速度は先行するBRICSと肩を並べる勢いというポジティブなイメージが混在した状態での赴任でした。
日本であれば、あの時は大雪だったとか、風の匂いが変わった頃だったとか、何かにつけて季節を通した記憶がよみがえりますが、インドネシアは、雨季・乾季はあれど四季がなく、年中似たような気温です。その上、車での移動ばかりのせいか、記憶力が落ちているような気がしてなりませんが、2年弱のジャカルタ生活をインドネシア新米駐在員として思い付くまま振り返ってみたいと思います。


林立する高層ビル


オフィス前の道路渋滞


車と大雨の二つの洪水


1月17日のBanjir(洪水)

ジャカルタの朝方、夕方の交通渋滞にはすさまじいものがあります。日に日にひどくなっているように感じるのは私だけではないでしょう。時間帯にもよりますが、すぐそこに見えている建物に行くのに30 分以上かかることもざらです。歩いた方が早いと思うこともしばしばですが、道路は車が走るためにつくられており、歩道がないところも多い。さらに雨が降ると水はけが悪く、雨の落ちてこないインターチェンジ等でバイクが雨宿り、かっぱを着始め、ますます渋滞がひどくなっていきます。
This is Jakartaと割り切るしかないのでしょうが、時間が読めずフラストレーションがたまることこの上ありません。
経済成長に伴う人口集中もあり、現在のジャカルタは、自動車・二輪車の道路占有面積が道路の総面積を超え、交通がまひする「グリッドロック」に近い状態といわれています。行政側は、マイカー通勤を減らすためにバス専用レーンを開業しましたが、バスの台数が足りず、乗客からは長く待たされた上ほとんど座れないという不満が多く、バス利用に切り替えようという動きは限定的なようです。最近では、道路そのものを増やそうと高架道路の建設が開始されており、そのために渋滞がひどくなっている場所もあります。
恒常的な渋滞は物流にも大きな支障を来しています。いつまでたっても動かない車の中にいると、ジャカルタは物流コストが高いということを実感します。インドネシア政府にとっても、ガソリンの消費を減らし燃料用補助金の支出削減を図るための渋滞解消は喫緊の課題となっています。交通渋滞の改善は並大抵ではないと思いますが、日本の支援する「首都圏投資促進特別地域(MPA)構想」をはじめ、ジャカルタ首都圏の自治体や中央政府が協力して包括的に都市開発を進めてほしいものです。

2012年の自動車の新車販売台数は、堅調な経済成長が所得水準・購買力を押し上げるとともに、自動車各社が量販帯に新車を投入したことを背景に、2011年の89万台から大幅増の111万台となり、3年連続で過去最高を更新しています。2012年6月に導入された頭金規制の影響もなく、業界団体は、2013年の販売台数も2012年と同程度になると予測しています。一方で、二輪車は、主要購買層である低所得者層にとって頭金規制が響き、前年比約12%減の706万台でした。特筆すべきは、自動車も二輪車も日本車のシェアが90%を超えていることです。日本ブランドのコストパフォーマンスと信頼性が高く評価されていることの表れでしょう。
このような背景もあり、この2年間、自動車・二輪車のメーカーに伴って進出してくる部品メーカー・素材関係メーカーを中心として、インドネシアに進出する日系企業の投資が増えています。インドネシアでの日本メーカーの自動車・二輪車の生産台数増が大手部品メーカーの工場増設・新設の呼び水となり、下請けメーカーが増え、それを補助するようにサービス業が増えているという格好です。

インドネシアでは10月から3月が雨季で、時々集中的に土砂降りの大雨があり、排水能力を超えると洪水状態(Banjir)となります。2002年と2007年に大洪水が起きていることから、5年に一度ということで、2012年2月が危ないといわれていましたが、幸い午後から夜にスコールのような強い雨が短時間降っただけで洪水には至りませんでした。ところが、2013年は強い雨が長く降る傾向があり、とうとう1月17日に大洪水が起きてしまいました。
ジャカルタ中心部をはじめ各地が水没し、新聞報道によるとジャカルタ特別州の約3分の1を超える地域が浸水したようです。
この日は、危機管理体制について考えさせられる一日となりました。家から出られず、車も身動きがとれず、移動手段もままならずに出社できないスタッフが弊社にも数名いました。さらに情けない話ですが、私が乗っている車がBanjirに突っ込んでしまい、あっけなくエンジンストップ、動かなくなってしまいました。急きょ、別の車を横付けにし、靴・靴下を脱ぎ、ズボンの裾をまくり上げて飛び乗ったのですが、既に水は膝下に達していました。救助を求めなければならない車も多かったのでしょう、ストップした車がレッカー移動されるまでに5時間余りを要し、私の車が向かった修理工場には、その日1日で16台の車が集まったそうです。今更ですが、雨季は車高のある車をお勧めしたい。また、当日夜、部屋に戻ると真っ暗。感電を防ぐため電気を止められた地域も多かったようです。
この大洪水の日からしばらくの間、知り合いのBlackberryにはBanjirの様子を撮った写真が載り、「あなたの住んでいらっしゃる地域は、Banjirは大丈夫でしたか?」が挨拶となりました。
2007年と比べて自家用車と二輪車所有者が増えたため、2013年の洪水の被害額も増加しており、洪水のたびに避難所生活を強いられている方々、ローン制度を利用しやっとの思いで購入した二輪車が使い物にならなくなった方々からは「経済成長はしたけど…」という声が聞こえてきそうです。富める者はますます豊かに、貧しい者は依然として貧しくというインドネシアのいびつな経済成長の一端が見えてきます。


ショッピングモールとコンビニエンスストア


インドネシアの平均年齢は28歳弱で、若年層中心の人口です。経済成長に伴う所得水準の向上により中間所得層が大幅に増加していますが、若年世代の層が厚いことから、今後の労働力および中間所得層の増加が見込まれ、個人消費のさらなる拡大が期待されています。
その象徴のように、高層ビルと下町が混在するジャカルタには、新旧含めれば70くらいのショッピングモールがあります。既に近くにショッピングモールがあるにもかかわらず、新しく建設中のものもあり、過剰感があります。ほとんどのモールには、デパート、 スーパーマーケット、フードコート、カフェ、レストラン、映画館、フィットネスクラブが入り、レジャー施設が少ないジャカルタ市民の憩いの場所になっているようです。
土日のショッピングモールの飲食店フロアは、家族連れであふれ、いつもにぎわっています。もともと屋台や屋台風の食堂で食事する人が少なくないインドネシア人の所得水準が上昇し、モールで食事をするようになっているのでしょう。
華僑の子弟は、豪州やカナダ等で高校・大学時代を過ごしていることが多く、海外で慣れ親しんだ食を求め、両親家族を連れて目的のレストランで外食するライフスタイルが増えていると聞きます。また、華僑の中には、シンガポールで成功しているファストフード・チェーンをインドネシアでフランチャイズし、その際には、はやりのショッピングモールで知名度を得た上で別のモールへの展開を図るブランド戦略を考えている方が多いようです。
モールを歩くと、インドネシア料理、中華料理をはじめ、イタリア料理・タイ料理・日本料理・韓国料理と各国のレストランがあります。また、ゆったりとしたスペースをとったカフェも多く見掛けます。しゃれた店内はWi-Fi環境が整っており、若者を中心にパソコンやスマートフォンに向かっている姿をよく見掛けます。
2012年の統計によると、ジャカルタではここ数年、レストラン店舗数が毎年約1割のペースで増えており、日本食店舗は全体の10%超を占め、その店舗数は高い伸びを見せているとの結果が出ています。インドネシアの代表的な料理に付く「ゴレン」が「揚げ物」を意味する通り、何にでも油を使うインドネシア料理に比べて低カロリーの和食に、健康ブームが拡大する中、注目が集まっているようです。また、親日的なお国柄のため、自動車・二輪車同様に食に関しても日本ブランド志向が働いているのでしょう。

この2年で、コンビニエンスストアも急激に増えています。暗い夜のジャカルタの中でも一層明るい明かりを照らす存在です。生鮮食料品以外なら必要なものが何でもそろうミニマーケットとしての役割に加え、ファストフード、おでん、スナックなどの軽食、飲み物が約50%を占めており、屋外駐車場もしくは屋内に飲食スペースを設置し、流行好きの若者を中心に人気を集めています。
一方で、インドネシア政府は、フランチャイズビジネスの規制に乗り出しており、取扱製品、役務、設備などの80%以上はmade in Indonesia、コアビジネス以外の売上高は10%以内に制限しています。そして、フランチャイザーに対して、直営店を1企業当たり250店舗に規制しています。地元の伝統的なマーケットを運営している中小・零細小売店を保護するのが狙いで、地場企業も外資系企業も同様に適用されますが、保護主義政策の一環と非難する声も上がっています。外資系企業にとっては、輸入製品での差別化が難しくなり、日系企業にとっては、どのようにインドネシア人の好みを捉えた質の良い製品を国内調達し、中食文化を広げていくかがポイントとなってくると思われます。


まとめ


健康ブームで日曜のカーフリーを利用しサイクリングを楽しむ人々

2013年は、日本ASEAN友好協力40周年であると同時に、日本インドネシア外交55周年に当たります。
インドネシアはキラキラの国といわれています。キラキラ(Kira Kira)とは、インドネシア語で「およそ、だいたい」という意味です。細かいことよりもゴールを目指すことの方が大切なのかもしれませんが、インドネシアの方は、あまり細かいことにこだわらないようです。詳細さと正確さを求めがちな日本人は、戸惑うこともあります。また、集団を大切にし、思いやりの気持ちから、直接的に「No」と言わない傾向があるようで、こちらが誤解してしまうこともあります。一方で、われわれに親しみやすいほほ笑みを見せてくれるありがたい方々です。習慣・文化・ビジネスのやり方も違い、寛容さ・忍耐が必要となりますが、われわれの先輩方がそうであったように、両国の関係に少しでもお役に立てる交流をしていきたいと思います。

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