ブラジルパワーの源は、「明るさ」と「おおらかさ」にあり!

日立ハイテクノロジーズブラジル会社
取締役
平松 博信

パウリスタ大通りにて(筆者)


初めての南半球サンパウロ!


私がサンパウロに赴任したのは2012年10 月18日で、約1年前になります。日立ハイテクには自社製品部門と商事部門がありますが、私の勤務する日立ハイテクノロジーズブラジル会社は基本的に商事部門として、日本あるいはアジア地域からブラジルに材料を輸入する支援をしています。扱う材料は自動車および二輪車関連の部品や材料、家電用の設備や部材です。社員数は15人、そのうち4人が日本から派遣されています。
自身の海外経験としては米国のロサンゼルス郊外に1年弱、シリコンバレーに1年半、シカゴ郊外に3年間と、合計5年半駐在し、 2007年に帰国しました。今回はそれ以来の海外駐在で、初めてブラジルの地に立ちました。
赴任前には出張でも観光でも訪れたことがなく、サッカーとカーニバルの国というイメージしか持っていませんでした。ブラジルは人種のるつぼといわれるように、いろいろな民族が集まっていますが、中でもサンパウロは日系人が多い都市です。ブラジル全体で日系人は推計150万人といわれていますが、約2億人の全人口に占める割合は1%にも届きません。これに対しサンパウロでは1,100 万人を超える人口のうち、30万人(ブラジルの日系人の約2割)以上が日系人であり、その割合は約3%になります。私たちの事業所でも、4人の日系人社員が働いています。


物価高と犯罪率の高さにびっくり


赴任して最初に感じたのは、物価が高いということでした。例えば、品質の良い日本車の現地価格はトヨタのカローラが日本円で 350万-400万円、同じくカムリが650万-700万円と、日本でいえば高級外車の価格です。輸入車価格の約半分は税金であるため、現地で組み立てるカローラに比べ、カムリなどの輸入車は特に高価になってしまうようです。ブラジルにおける日本車のシェアは全体でも10%程度で、主流は欧米車です。欧米車は日本車に比べれば安い価格で購入できますが、それでも税制の影響で大衆車でも200 万円前後はするため、まだまだ自動車自体が高級品として捉えられています。
最近の物価上昇率は年平均6-7%程度ですが、サンパウロ中心部での不動産価格の上昇は半ばバブルのような様相を呈しており、ここ5年間で2倍以上に高騰しています。私の住む60㎡程度のアパートの家賃が月30万円弱ですから、東京にも引けを取らないのではないでしょうか。
治安も決して良いとはいえません。レストランなどでの強盗事件も多く発生し、殺人事件の発生率は日本の50倍以上といわれています。これだけを聞くと非常に危険なように感じると思いますが、私自身は危険な目に遭ったことはありません。日常的には大通り以外は一人で出歩かない、危ないといわれているエリアには立ち入らない、といったことに気を付けています。またひったくりの被害も非常に多く、街中はもちろん、特に空港などでは周囲に気を配っています。とはいえ大半のブラジル人は陽気に普通に生活していますから、私も現地の人たちと同じように気を付けていれば特に怖いことはないと感じています。


実はアンチ派もいるワールドカップ


サンパウロのプロサッカーチーム「コリンチャンス」のホームグラウンド

現在のブラジル経済の状況は芳しくありません。2012年の実質GDP成長率は0.9%(2009 年の金融危機以来最低)で、2013年についても当初の見通しよりも1%程度下がり、2.3-2.5%程度ではないかと予想されています。
その影響もあってか、2014年に迫っているFIFAワールドカップに対する盛り上がりも現地ではあまり感じられません。どちらかというとワールドカップよりも、国内サッカーのリーグ戦に関心があるようにみえます。ただ2013年は、コリンチャンスやサンパウロFCといったサンパウロのチームが低迷しているため、市民はリーグ戦でも不完全燃焼でくすぶっているようです。
サッカーに直接関係するわけではありませんが、2013年の6-7月にかけてブラジル国内各地で公共交通機関の運賃値上げに反対する抗議デモが発生しました。私たちの事務所前のパウリスタ大通りでも大規模デモが発生し、一部では警官との衝突もありました。デモ参加者は値上げ反対をきっかけに、政治腐敗の糾弾や、教育や医療への公共投資拡充を訴えており、ワールドカップに大量の税金を注ぎ込んでいる場合ではない、という主張も一部にありました。そのようなこともあって、サッカーは大好きだけどワールドカップにはのめり込めない、という人も少なくないようです。
日本人は誤解しがちですが、ブラジル人だからといって誰もがサッカーに熱狂的ではありません。私たちの事業所にも、あまり興味がないというナショナルスタッフがいますから、ワールドカップへの大金投入に反対するデモが起こるのも意外ではないのでしょう。ワールドカップがこんな状況なので、その先に控える2016年のリオデジャネイロのオリンピックなどは、2020年の招致が決まった東京の方が盛り上がっているのではないかと思います。


カーニバルを中心に回る社会


サンパウロのカーニバル

日本ではリオのカーニバルが圧倒的に有名ですが、サンパウロにも、もちろんカーニバルはあります。陰暦をもとにしているので毎年微妙に開催時期がずれますが、2014年は3月1日から4日です。
一般的にブラジル経済は、クリスマスからカーニバルまでは動きが少ないとされ、新しい年の経済はカーニバルが終わってから本格的に動き出すといわれています。ブラジル人にとってのカーニバルは、公私にわたってそれほどに大きな影響を与えるイベントのようです。ただこれもサッカーと同様、あるいはそれ以上に好き嫌いがはっきりしており、私のみたところ好きな人と嫌いな人の割合は、ほぼ半々くらいと感じています。嫌いな人の中には、街中の噪喧(けんそう)を避けるために旅行に出てしまう人もいるほど。日本ではサッカーとカーニバルには全ブラジル人が熱狂すると思われがちですが、現地で生活してみると関心のない人も少なくないという、予想外の発見がありました。
そうはいっても2014年は3月にカーニバル、6-7月にFIFAワールドカップ、さらに10月には大統領選挙が予定され、大変活発な1年になりそうです。大統領選挙は別として、ワールドカップが開催される7月までの前半期は、例年以上にビジネスの動きが鈍るのではないか、という観測も出ています。


良くも悪くも楽天的なブラジル人


ブラジル人は明るく楽天的で、良く言えばおおらか、悪く言えば少しいい加減なところがあるといわれますが、こちらに来てあらためて実感しています。
日本では交渉やストライキをする際、仕事や社会への影響を考え期限を設けることが当たり前ですが、不満があれば仕事や社会への影響を無視して、まず自分たちの要求を主張します。賃金に不満があれば期限を考えずに賃上げ交渉し、ストライキをして待遇改善を優先します。ワールドカップについても施設の完成期限は2013年の12月とされていますが、開催までに間に合えば問題ない、というのが大方のブラジル人の感覚だと思います。
余談ですが、ブラジルの刑務所では受刑者が年に数回外出できるという驚くべき制度があります。罪状によりイースターや父の日、母の日など、最大1週間の外出ができるのですが、サンパウロの例では5%程度は帰ってこないそうです。これは年1回に見直されるようですが、回数や日数が減るだけで制度が廃止されるわけでもなく、これも気質の一つといえるかもしれません。


ブラジル人の時間感覚


また日本人とブラジル人では、確かに時間感覚が違います。以前、週末のパーティーに誘われたとき、まさにブラジル人の時間感覚を体感しました。開始予定の19時30分から 15分ほど遅れて到着し、申し訳ないと思っていたのですが、そのときにはまだほとんど誰も来ていませんでした。やっと人が集まり始めたのが、まだまだカクテルタイムの21 時ごろ。結局22時になってもしっかりとした料理が出てこなかった、という記憶があります。
後から知りましたが、こういった集まりに律儀に時間通りに来るのは日本人だけで、ブラジル人はだらだらと集まり、それを待つことを苦にしません。これはスーパーのレジなどでも同様です。15分や20分並ぶのは当たり前、ひどいときには30分以上かかることもありますが、みんな平気で並んでいます。おおらかというか、基本的に待つことを苦にしない気質のようです。タクシーで「あと5分で着きます」と言われたら、15分は覚悟した方がよいでしょう。修理に3日かかると言われたら5-6日はかかると考えるべきです。
とはいえ、頭では理解しながらも特に仕事では余裕がないことも多く、日本人の私はイライラすることが少なくありません。ですが、そこをグッと我慢して、ビジネスでもプライベートでも、彼らが時間的に「おおらか」であることを認識してお付き合いするように心掛けています。


ランチの値段も重さで決まる


サンパウロには多くの日本人駐在員も住んでいるので、日本食やその食材には恵まれています。日本食レストランも多く、頻繁に日本食を食べることができます。
ブラジルの食べ物は肉系が中心。ひき肉や野菜、チーズなどを詰めた揚げパイの「パステル」や、鶏肉、ジャガイモ、キャッサバイモをコロッケ風に揚げた「コシーニャ」といったスナック類は街中のどこでも売っています。手軽で安くておいしいのですが、油っぽいのであまり多くは食べられません。日本でもアサイーという果物が、体に良いと話題になっていると思いますが、これにオレンジやイチゴをミックスしたジュースがおいしいので、私もよく飲んでいます。
ランチタイムには、現地の人たちと一緒に「ポルキロ」を利用することも多いです。「ポルキロ」はビュッフェスタイルのレストランで、野菜から肉、魚料理など自分の好きなものを皿に取ることができます。面白いのは、どんな料理を皿に盛っても値段は全て重さで決まること。「ポルキロ」はポルトガル語で「Por Kilo」と書き、直訳すればキロ単位、キロ当たりといった意味です。野菜も肉も、値段は重さで決まる。こんなところも、ブラジル人のおおらかさの表れでしょうか。


フェイラ(朝市)のパステル屋


ビュッフェレストラン「ポルキロ」


大切にしたい日本とブラジルの信頼関係


ブラジル人からみた日本人は、「信頼できる人たち」というイメージが定着していると感じます。これは最初に移民でやって来た日本人の功績と、その後に続く人々の努力によって、長い時間をかけて構築されてきたものです。
ブラジルで話されているポルトガル語には「ジャポネス・ガランチード」という言い回しがあり、「信用のおける日本人」という意味。アパートを借りる際も、日本人は毎月きちんと家賃を払い、部屋もきれいに使うため、日本人に貸したいというオーナーが多いそうです。こんなところにも、日本とブラジルの信頼関係の一端を見ることができます。
現在では中国や韓国をはじめ、他のアジア諸国からも多くの人たちが入ってきていますが、他国の人々と比べても、日本人は一目置かれている感じがあります。

最後に

2012年10月に赴任して約1年がたちました。これまで紹介してきたように、驚くような経験も数多くありましたが、逆にブラジル人のポジティブさに支えられることもありました。彼らは悲観的なことを考えません。明るいモチベーションを持ち続けられることは、非常に大きなパワーだと感じます。これは日本人には絶対に持ち得ない力です。
「郷に入っては郷に従え」という言葉がありますが、サンパウロ駐在中にブラジル人気質の良いところを十分に吸収し、自分自身の視野を広げて日本に持ち帰りたいと思います。吸収し過ぎて日本の生活になじめなくならないかと……少し心配ですが(笑)。

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