未知の国ロシア

CBC株式会社
モスクワ駐在員事務所 所長
廣田 一也

はじめに


駐在の辞令を受け、赴任したのが2012年10月9日で1年と少しが過ぎました。
入社して20年になりますがロシアには1度も来たことがなく、私にとって、全く知らない近くて遠い、未知の国でした。
訪れたことのなかった私にとってのロシアという国は、マスコミによって流されている報道など、限られた情報でのイメージのみで、どちらかというとポジティブというよりはネガティブなイメージの方が強く、そして何よりも、とにかく寒い!!!
実際に家内の祖父はシベリア抑留経験者で、ロシアへの家族帯同での駐在を告げると、まさに絶句。
しかしあれから1年がたち、「百聞は一見にしかず」。全く知らなかったロシアは、来なければ知り得ることのない魅力あふれるところもある国でした。


ソ連からロシアへ


筆者も初めてロシアに降り立ってから、ロシアのことが少しずつ分かってきておりますが、そもそも、ロシアは、1992 年のソ連崩壊により新しく生まれ変わり、同時に社会主義から自由経済主義へと移行し、まだ、20年ほどしかたっていません。その前のソ連という国から考えても 1917 年のロシア革命から現在まで 97 年ですから、今までもさまざまな紆う 余よ 曲折があったものと考えられます。まだ、しばらくはいろいろと変化が続いていくものと思っております。
ロシアになってからしか当地に来たことのない筆者にとって、社会主義時代のことは分かりませんが、今のロシア、というよりモスクワは、物質的には西欧諸国と変わらないのではないかと思います。
デパートには、何も西欧諸国と変わらないようなブランドなどがありますが(値段は、数倍したりします)、残念ながらさまざまなところで古い時代の名残があります。ロシアは、ゴールドマンサックスの発表したレポートのBRICSの一角として一躍、経済の表舞台へと登場しましたが、今の概況はというと、人口は1億4,350 万、国土は、1,707万㎢(半分は、森林)、時差は、モスクワと極東では8時間。驚くほど広大な土地を有しております。
GDPは、成長率を見ると低いのですが、1人当たり2万ドルを超えております。経済面では、 GDP成長率の比較によりロシアが取り残されているかのような記事もありますが、細かく実態の数字を見ると決してそうであるとは思いません。
また、2013年の夏には、世界陸上がモスクワで行われ、これからも2014年には、ソチで冬季五輪も開催され、2018年にはワールドカップもあり、世界の注目も集まるイベントが続き、経済成長に寄与していくことでしょう。
2014年に向けた2013年の大統領の方針演説では、オフショア金融利用、海外投機を防ぐなどとも言及しており、WTOにも加盟し、生活も物理的に豊かになり、そしてあしき習慣が残っていると思われる役所仕事などもありますが、さまざまなことがさらに変わっていくのではないでしょうか。


次の世代へ


ロシアでは、国の財政の収入の約50%がオイル・ガス関連です。しかしながら前大統領の時代から工業化を着実に進めており、前回の目標では、自動車、IT産業でしたが、自動車産業は、成果を出しつつあり、2012 年には新車販売の約260万台の販売のうち約 220万台が国内生産というところまで成長をしております。
ITでもYOTAというサービスプロバイダーが国産初の携帯を設計するなどしており、今まではオイルマネーだけ等といわれておりましたが、変化の兆しが見えている気がします。単純に富裕層が物を輸入していた時代から着実に購買層が広がりつつあり、天然資源の次の産業の発展が石橋をたたいて渡るようではありますが進んでいくと思います。
しかも驚いたことにロシアの人々は、買い物もクレジットカードなどで決済し、インターネットショッピングも普及し始めており、その比率は1.2%(120億ドル)だそうですが、 2010年が75億ドルということなので160%の伸びであり、参考までに日本は約9兆円(約 900億ドル)ですから、まだまだ伸びる可能性のあるすごい市場です。
都市部を中心にスマートフォンも普及し、携帯通信システムもGSMから3G、そして 2013年は、全プロバイダーが4G(LTE)を開始!1年前に来た時には、ネットも遅いし、なんてネット環境の遅れた国だろうと感じたことがはるか遠い昔です。
偉大なる後進国という揶や 揄ゆ を聞いたことがありましたが、ソ連からロシアへ移行し、若い世代は今の時代をベースに考え、さらに発展している外の国々を見て新たな発展へと歩みをさらに進めていくものと思います。


クズネツキー・モスト通り


子供に優しい?


日本でしか子育てをしたことのない筆者のファミリーですが、ロシアに来て意外に子育てしやすい環境であることに気付きました。
レストランでは、ほぼ全てに子供が遊ぶスペースがあり、DVDを流したりおもちゃがあったりして子供連れのファミリーもウェルカムであり、みんな元気に遊んでいても注意しておとなしくさせたりとかはせず、親子ともども、外食を楽しんでいます。
日本だったら親のしつけがなってないと他人に注意されたりすることもあるかもしれませんが、こちらでは一度も経験したことがありません。
逆に冬に子供に寒そうな格好をさせていたりすると街行く年配の女性に怒られたりしたこともあり、子供を大切にしていることがうかがえます。
またうれしいことに、子供専用の劇場がいろいろあります。オペラや人形劇など幾つもあり、対象年齢に合わせた時間や演目などが考えられており、みんな小さい時から芸術に触れております。しかも、子供向けと言っても決してレベルの低いということはなくて大人でも楽しめます。


レストランでの子供の遊び場


子供劇場


短いけれどすてきな夏


ロシアは、他の欧州同様、夏の期間が短いです。しかし、夏の一日は長い。モスクワより北に位置するサンクトペテルブルクでは、白夜を迎えます。モスクワでは、短い夏を楽しもうとこぞって公園に出掛け、仕事の帰りも公園を散策するカップル、ファミリーなどと、長く雪に閉ざされた時期から一挙に人々は解き放たれ開放的になります。
モスクワの市民の憩いの場であるゴーリキー公園では、なんと、夏には人工の砂浜が出来上がり若い女性たちが水着でビーチバレーを楽しんだりしています。オープンテラスも街のあちらこちらに突然と現れて、まさに欧州さながら。短くて、あっという間に過ぎ去ってしまう夏ですが、それ故に本当に素敵に感じるのかもしれません。


言葉の障壁


ゴーリキー公園 ビーチバレー

モスクワでは、若い世代を中心に英語を話せる人も増えてきていると聞きますが、基本的には、まだまだ少ないと思います。まず、普通のスーパーでは、ほぼ100%通じません。最低限の言葉を覚えないと買い物もひと苦労です。
レストランでは、まあ、思ったよりは英語を話せる人がいますが、メニューは、ロシア語のみだったりすることも多々あり、さらにややこしいことに、キリル文字の筆記体だったりするので、さらなる難関が待ち受けていることもあります。仕事の場面では、英語が結構通じるのではないかと期待していましたが、意外にも使うことは少ないです(筆者の場合)。
ちなみに中国などのように日本語を話せる人も極端に少ないです。ただ、英語は、日本人のように理解していても話さない人もいるようです。英語を話す人が少ないために、大半の場合、通訳を介しての商談になります。大きな会社で海外取引が多い会社は通訳が居たりします。ビジネスでも英語が通じないことが分かり、ロシア語の勉強を始めましたが、習得にとても難しい言語の一つであると感じております。
第一に、とにかく、語尾の変化が多い!! 男性型、女性型などによる変化は、他の言語でもありますが、「~に」、「~へ」、「~を」ということを表す場合、ロシア語では名詞、形容詞共に語尾が変化します。
しかも語尾が子音のときとか、そうでないときのイレギュラーなケースもあり、その数は96パターンもあり、それが全ての単語で変化します。単語を覚えても文章の中では変化していて違う単語に見えるし、話すときには、話の内容を考えながら変化させるなんてことが本当にできるか?
モスクワにいらっしゃる駐在員の多くの方がロシア語を大学で学んだとか語学研修を受けたなどというのも納得です。言葉が分からないし、なかなかビジネスもしにくいと思い込み、日本人はつい遠慮がちになってしまっているのかもしれません。


終わりに


日本から見て近くて遠い国ロシアは、日本と国境が海を隔てて接している国々の中で極端に貿易も人の交流も少ないです。2012年にやっと、対ロ輸出が 126 億ドルになった昨今、対日感情で緊迫している韓国とは617億ドル、中国に至っては1,440億ドルとかなりの差が開いております。
2013年には、10年ぶりとなる安倍総理のロシアへの訪問が実現して、さまざまな経済交流をはじめとした覚書に調印し、自動車関連や医療機器、製薬などさまざまな日本の企業進出が加速してきており、これからさらなる日露貿易の発展が見込まれています。日本の多くの方々にとって赴任前の私と同様に、新聞や雑誌、TVなどのマスメディアの限られた情報からしかロシアを知り得ず、ネガティブなものが多く感じられてしまいがちなことが、1年間、ロシアに住んでビジネスに身を投じてきた者としては、残念で仕方がありません。
日本には「郷に入っては郷に従え」ということわざがありますが、ロシアにも「他人の修道院に自分の規則を持ってくるな」という同じような意味のことわざがあるそうです。
ロシアという自分にとって未知の場所での働くチャンスに感謝しつつ、ロシアでのビジネスの構築の懸け橋となるべく、これからもさまざまな場所に自ら足を運び、自らの体験を通じてロシアという国を知り、情報を発信したくさんの人々に興味を持っていただけるようになったら光栄です。

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