草原の国 カザフスタンへようこそ

伊藤忠商事株式会社 アルマトィ事務所長
筒井 博司

カザフスタンと伊藤忠の活動


カザフスタンは1991年に旧ソ連邦から独立した国です。旧ソ連末期の困難な経済を経験し独立直後は1人当たりGDPも2,000ドルに満たない貧しい状況から出発しました。しかしながら、産油国ですので、その後ロシアと同じように2000年ごろからの原油価格上昇の恩恵を受け、今や1人当たりGDPが1万ドル前後となるほど経済発展を遂げることができました。中央アジアの中では一番裕福な国に位置付けられます。現在の国家元首はナザルバエフ大統領で独立後ずっと大統領職を務めています。一部では、独裁者のようにいわれることはありますが、2050年までの発展計画などを策定し常に方向性を国民に示しています。言論統制も強くなく、動画サイトでも大統領の風刺動画さえ見ることができます。中央アジア諸国の中では割と言論には寛容な国です。私の所属する伊藤忠商事アルマトィ事務所は旧ソ連邦崩壊の2年後の1993年に設立されました。現在は鉱物資源の取引や機械設備、建材、繊維の販売を行っています。この世に存在する元素のうち、カザフスタンに存在しない元素はない、といわれるほど鉱物資源には豊富な国です。また、カザフスタンの西部、カスピ海沿岸には巨大油田がたくさん存在します。資源エネルギーに関して非常にポテンシャルが高い国です。


首都アスタナの大統領府

二つの都

1991年の独立から6年が経過した1997年にカザフスタンは首都をアルマトィからアスタナに移しました。アルマトィは「リンゴの里」といわれる比較的温暖な気候で天山山脈の北の麓に位置します。山がとても奇麗で日本人の駐在員も冬はスキーを楽しむことができます。この市内には約150万人の人々が住んでいます。山の中腹にはメデウという有名なスケートリンク場があり、先のユニバーシアード・アルマティ大会でも使用されました。旧ソ連時代は数多くの世界記録が生まれた場所といわれています。

一方で新首都アスタナは旧ソ連のツェリノグラードという街を再開発した都市で、新市街には斬新なデザインの大統領府、官公庁が並びます。冬はとても寒くマイナス40度ぐらいの厳寒の中で暮らさねばならない厳しさがあります。都市のデザインは日本の政府開発援助によって出来上がっており、カザフスタンの人たちも日本の援助に感謝してくれています。2017年はアスタナ万博が6月10日から3 ヵ月の会期で開催予定であり、国を挙げて力を入れています。関心のある方にはぜひともお越しいただきたいと思います。


冬の天山山脈


山腹のスケートリンク メデウ


二つの言語


カザフスタンではカザフ語とロシア語が併用されています。人口の約2割をロシア人が占めるのですが、カザフ人もよくロシア語を使います。街を歩いていると両方の言語を耳にすることができます。カザフスタンでは旧ソ連時代はロシア語しか話せなかったため、カザフ人でもカザフ語を話すことのできない人たちがいるのですが、これを克服すべくカザフ語教育に力を入れています。

大統領のスピーチや閣僚会議でもカザフ語とロシア語を併用します。ニュース番組でも初めの30分はカザフ語、残りの30分をロシア語で放映するという面白い状況になっています。方向性としてはカザフ民族のアイデンティティーであるカザフ語をしっかり普及させようとしています。


草原の国カザフスタン


私がカザフスタンに赴任したのは2015年4月。旧ソ連・CIS地域では1993年から1998年にかけてのモスクワ駐在に次ぎ2回目の駐在でした。赴任前まではこのカザフスタンを単なる旧ソ連から独立した国の一つ、ロシア語を話すロシアの延長の国としか思っていませんでしたが、2年間この地で仕事をして生活していくと、その考えがとても誤っていることに気付きました。

カザフスタンとは古来紀元前から遊牧騎馬民族が頻繁に行き来し、その歴史を口承文化で引き継いでいる偉大なる草原の地であると今は感じています。現在はロシアや中国等の大国に挟まれながらバランスのある外交を行っていますが、それは歴史的にカザフ民族が18世紀ごろから行ってきた外交の延長です。

この地では紀元前は匈奴といわれる北方遊牧民族が跋扈していました。その後はモンゴル系遊牧民族、突厥などのトルコ系遊牧民族が代わり代わり支配し、13世紀にはモンゴル帝国の支配を受け、チムール帝国に引き継がれ、現在の国の原型は15世紀に出現したカザフ・ハン国によって出来上がりました。鉄砲が普及する前の時代においては、ユーラシア地域一帯を支配していた遊牧騎馬民族というのは世界最強の軍隊であったと思います。

実は屈強であること、力業に秀でたことは今でも国の文化に根付いています。先のリオ五輪ではカザフスタンのメダル獲得の順位は21位でした。レスリング等の格闘技や重量挙げ等の力業を要する種目でのメダル獲得が多いのですが、約1,700万人しかいない人口を考えると21位というのはすごい業績だと思います。そもそもオリンピックで一つでもメダルを獲得した国というのは世界196 ヵ国のうち79 ヵ国しかありません。人口からみると決して多くなく世界的な知名度がそれほど高くない中央アジアの一国がメダル獲得79 ヵ国の中でも上位約4分の1に入るような成績を残せるというのは民族的な身体能力の高さをうかがわせます。偉大なる草原の、強さを誇れる民族なのです。


春の天山山脈とスキージャンプ台


古くからある部族のくくり


中央アジアの国々を比較したときに、見た目ではその差異を見いだすのは難しいのですが、他の中央アジアの国々にはないカザフスタン特有の部族制度があります。それはジュズ、ルウという部族のくくりです。カザフ民族には大ジュズ、中ジュズ、小ジュズという部族の大分類があって、その下にルウという小分類があります。

ルウは第一世代ルウ、第二世代ルウといったように5、6世代ぐらいまで細かく分けられ、全てのカザフ人は自分がどういうジュズのどういうルウに属しているのか分かっています。カザフ民族は父系社会で通常7世代前までは名前を覚えているといわれますが、これが血縁部族社会の原動力となっているシステムです。これは決して差別ではなく、感覚的には日本の都道府県に近いものがあります。「貴方はどこのジュズ? どこのルウ?」という会話は日本でいう「何県のご出身ですか?」という感覚に近いです。


生活に欠かせない馬、馬との関わり


カザフ人という遊牧騎馬民族にとって馬というのは生活になくてはならないものでした。そしてその文化は今でもカザフスタンの人々の生活に根付いています。われわれがカザフスタンの人々にもてなされるとき、よく聞く次の言葉があります。「われわれカザフ人にとって馬というのは人生に欠かせないものである。われわれは古くから馬で移動してきた。水分は馬の乳で補給する。肉も馬の肉を食べる。馬こそがわれわれカザフ人にとっての人生最高のパートナーである」という言葉です。ここまで馬を崇拝する民族に私はこれまで会ったことはありませんでした。これは旧ソ連文化の延長としてカザフスタンをみるだけでは理解できないことだと思います。

また、カザフスタンには「コクパル」という馬を使ったスポーツ競技が存在します。これはいわば馬に乗ったまま行うラグビーです。羊の胴体をボールにして、それを1対1のチームで馬に乗ったまま取り合いをして井戸のようなゴールに投げ込むゲームです。以前その動画を日本の乗馬の専門家に見せたことがあったのですが、その乗馬技術の高さにはとても驚愕していました。ことほどさようにカザフスタンにおける馬との共生はレベルが高いものと感じます。


カザフスタンの食生活


伝統料理 ボウルサックとベシバルマク

カザフスタンに赴任してからは外で日本食を食べる機会は全くなくなりました。日本料理店がないので、そこは苦労しています。しかし、地場には地場のおいしい料理もありますので、それらを楽しむようにしています。

カザフスタンの人たちはとてもよく肉を食べます。「この世でオオカミの次に肉をよく食べる」と自ら冗談を言って自認するほどよく食べます。伝統的な料理は中央アジアで共通のサモサ(肉野菜をパイで包んで窯で焼いた料理)、ラグマン(肉野菜の入ったスープ麺)、プロフ(ひまわり油で肉野菜と一緒に炊いたご飯)、シャシリク(串焼きステーキ)などがありますが、カザフスタンの人たちが自慢する代表料理はベシバルマクという料理です。これはゆでた平べったい麺の上に煮込んだ馬肉、羊肉をのせて、上から煮込みスープをかけたものです。馬肉を使うか羊肉を使うか、あるいは両方使うかは家庭によって異なります。よく煮込まれた柔らかい肉はおいしく、全てのカザフ人は「わが家のベシバルマク」を誇りにしています。また、ベシバルマクは客人をもてなすときのメインディッシュにもなります。

あと、カザフの代表的なパンに「ボウルサック」というパンがあります。これは子供の拳の大きさの揚げパンで、家でもよく作りますし、10個セット100円程度ぐらいでスーパーでも販売されています。

また、一般的にはイスラム教が浸透しているカザフスタンですが、お酒は飲める環境にあります。昨今カザフスタンの国内でも上質のワインが製造されるようになりました。フランスから技術を取り入れて、今やワイン通も感心するほどのワインが造られるようになってきました。私も海外からの出張者を受け入れて夕食をもてなす場合は必ずこの国産ワインを薦めています。


カザフスタンの伝統楽器と大衆音楽


カザフ民族楽器ドンブラ

個人的には世界のあらゆる民族の音楽を聴くことが好きなのですが、カザフスタンもご多分に漏れず素晴らしい音楽があることを知りました。カザフスタンには「ドンブラ」と呼ばれる二弦の弦楽器があります。学校教育でも学習が取り入れられているせいか、かなり多くの人がこの民族楽器ドンブラを弾きます。この楽器はたった二弦しかないのですが、奏でられる音色の奥深さには感嘆させられます。また、最近のカザフスタンでの大衆音楽に目を向けますと面白い動きがみられます。

カザフスタンでは旧ソ連体制下では歌謡曲もロシア語の歌がほとんどでした。それがここ4−5年のうちに大きく様相が変わってきて、カザフ語で歌われる歌が主流となってきています。また、2017年になってからディマシュというイケメンの若い歌手が中国に遠征し中国の大歌謡コンテストで熱唱、準優勝を勝ち取り、中国の聴衆を魅了しました。祖国カザフスタンでも大ニュースとなり、最近は毎日のように新聞やニュースで話題になっています。間もなく6月10日にアスタナ万博が開かれますが、開会式ではこのディマシュが歌声を披露することになりました。

一方、女性歌手にも美しい歌声を持つ歌手が大勢います。年に一度、トルコ語系の国の歌手ばかりを集めたTURKVISIONといわれる歌唱コンテストがあります。2014年はカザフスタン代表のジャナール・ドゥガロバという歌手が圧巻的な強さで優勝しました。カザフスタンには飽きることのない素晴らしい音楽文化が存在しています。

以上のことからも、カザフスタンには普段日本からでは見えない魅力がたくさん詰まっていることが分かります。カザフスタンの人々は日本とのもっと多くの交流を望んでいますし、日本のことをとても尊敬してくれています。現在は日本人にとって30日間以内の滞在には査証取得が不要な国になりましたし、ぜひ一度、足を運ばれることをお勧めします。

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