マサラップ フィリピン(おいしい フィリピン)

Nagase Philippines Corp.
Nagase Philippines International Services Corp.
COO
大岐 禄英

はじめに


日本にいる人たちにとって、フィリピンという国のイメージは総じて悪いのではないかと思います。実際フィリピンに関するわが国の報道はネガティブなものが多いようですし(邦人殺害に関するニュース、台風などの自然災害、ミンダナオ島の紛争など)。かく言う私もそんなイメージを持ってマニラに赴任してきた一人でしたが、赴任してから3年半ほどたち、悪い事ばかりではない、生のフィリピンの姿が語れるようになったと思います。ネガティブなイメージのフィリピンではなく、いままさにアジアの成長株として健全に飛躍しようとしている、陽気で明るいフィリピン、この国と人々について自分なりの視点で紹介させていただきたいと思います。


フィリピン概要


筆者と高山右近像(フィリピンで没したキリシタン大名)

フィリピンは日本と同じように島国であり 7,000以上の島から成るそうです。人口は1 億人を超え、いまも増え続けている最中です。ですから人口ピラミッドはきれいな富士山型で豊富な労働力がこの先も経済発展に貢献していくといわれています。経済成長率もここ数年6%から7%で推移し、かつてアジアの病人、お荷物といわれたフィリピンも遅ればせながら国際経済の中でやっと存在感を放つようになってきています。
フィリピンはASEAN加盟国の一つであり、ビジネス的にもほとんどの日系企業はフィリピンをASEANテリトリーの管轄下で管理されていると思いますが、地理的には ASEAN諸国の中ではかなり北東に位置し、実は台湾、香港の方がよっぽど近い場所にあります。マニラからシンガポール、マレーシア、バンコクどれも3時間以上かかりますが、香港は2時間、台湾の高雄で1時間半。東京からも4時間ほどで、マニラを中心にコンパスで円を描けば各アジア主要都市は4時間以内にすっぽり入るのです。アジア開発銀行(ADB)の本部がマニラにあるのも地政学的な見地からうなずけるものです。
しかしフィリピンは戦後、この地の利を生かすことなく、政治の腐敗と汚職のまん延でアジア一等国の地位からあっという間に没落し、アジアの病人といわれるまで落ちぶれることになるわけです。
2010年からのアキノ政権により、汚職の撲滅、規制の厳格化、外資の積極的な誘致、 PEZA(フィリピン・エコノミック・ゾーン・オーソリティ)の拡大、そして中国リスク回避のためのチャイナプラスワンとしてのフィリピンへの注目などにより経済は盛り返し、冒頭に述べましたようにいまフィリピンは成長期に入り、ASEANトップクラスの成長率を維持しているわけです。しかし、いまだに貧困層は減らず、失業率も高く、経済成長の恩恵を受けているのは一部の人たちだけです。
さらに南沙諸島での中国との領土問題、ミンダナオ島の和平問題など問題は依然として山積みで、今後これらの問題をどう解決していくか2016年の次期大統領の課題となるでしょう。


海外出稼ぎ労働者


サン・オウガスチン教会

フィリピンという国の特徴の一つがOFWオーバーシーズ・フィリピーノ・ワーカーズ)です。フィリピンでは1,000万人を超える人が海外に出稼ぎに出ています。人口1億人として1,000万人ですから単純に10人に1人ですが、老人、子供を除いた労働人口に対しての割合では、なんと25%の人、4人に1人が海外で働いていることになります。
みんな一生懸命働いて、お金をせっせと母国フィリピンに送金しています。その規模は GDPの10%を超え、なんと3兆円以上もあります。日本ではあまり知られていませんが、実はあらゆる業種でいろいろな人たちが世界中で活躍しています。メード、看護師、エンジニア、建設現場のワーカー、船乗り、金融業者、医師、ITエンジニア、もちろんシンガー、ダンサーなどなど。単純な労働だけでなく、マネージングや特別な技能を持った優秀な人材も多く海外で働いているため、人材流出という問題が深刻です。長期的にみればOFWに頼るフィリピン経済はどこかで限界が来るのではないのでしょうか。弊社のスタッフでも結婚している女性のほとんどが旦那は海外(中東のプラントや船乗り)に出稼ぎに出ており、家族がそろうのは年に一回のクリスマスの時だけだそうです。何よりも家族を大切にするフィリピン人なのにみんなが離れ離れになって、それでもけなげに毎日明るく暮らしているのを見ると、たくましい国民だなあとつくづく思います。

フィリピン人気質


マニラ大聖堂
(アジア最大級のパイプオルガンを擁する世界遺産の教会)

この国の人は底抜けに明るい。身の上話を聞くとみんな本当に悲惨で大変な境遇の人が多いですが、なぜかいつも楽しそうにしています。いつでも笑顔を絶やさず、どこでも歌を歌い踊りだす。ある調査では、フィリピンの人の9割以上の人は自分は幸せであると答えたそうです。また女性の8割は自分はセクシーだと答えたといいますし、またある調査ではセルフィー(スマホの自画撮り)の最も多い都市はニューヨーク・マンハッタンを抜いてマニラのマカティ市が1位だそうです。本当にフィリピン人は楽天的ですね。
フィリピン人は笑顔を絶やさずとてもホスピタリティの高い国民ですが、実はすぐ泣きだすということも多いということは意外と知られていない事実です。喜怒哀楽がはっきりしていて感極まると、悲しかろうがうれしかろうが人前でも泣きだします。そして泣いていたかと思うと笑いだす。大の大人でも無邪気な子供みたいです。弊社でも仕事の最中にいい年のおじさん、おばさんに泣かれて閉口することはしょっちゅうです。またフィリピン人は怒りモードにも簡単になるので、ささいな事で殺人事件に発展します。毎日地元の新聞にはあまりにも取るに足らない理由で人が撃たれたり刺されたりした事件が三面記事をにぎわしています(例えばカラオケの歌う順番でもめて殺人事件に発展したとか、家の塀に立ち小便されて怒って銃で撃ち殺したとか)。

銃社会のフィリピン


ジプニー(フィリピン庶民の交通機関)

フィリピンは米国の影響のせいか銃社会です。モデルガンショップを見たことはありませんが、本物の銃を売る店は至る所にあり、射撃場も意外な所に身近にあります。どんなビルでもレストランでもショットガンを持ったガードマンが立っており、銃を間近に見たことのない日本人には非常に気になるものです。なぜショットガンなのか、散弾銃なんか使ったら多くの人を巻き添えにしてかえって危険なのではと思うのですが、威力のあるショットガンを持って立っていることが抑止力を生むとの考えからだと思います。あまり巻き添えになる人のことを考えてないのかもしれません。
ゴルフをしていてもパンパンと何か乾いた破裂音がよく聞こえてきます。赴任当初は銃声だと知人に教えられ流れ弾が飛んでこないのか気になり、ゴルフに集中できなかったのですが、最近は慣れてきてあまり気にならなくなりました。
また、あまり後先を考えない楽天的なフィリピン人は祝砲として銃を空に向けて撃つ人が多く問題になっています。当然、国としては禁止しているのですが、毎年元旦には誰が撃ったか分からない流れ弾に当たって命を落とす人が後を絶たず、日本人駐在員はなるべく元旦はマニラを離れるのが常識になっています。

フィリピンの労働力

チャイナプラスワンの一つとして最近、日系企業などからフィリピンへの進出の意識が高まってきています。高騰してしまった中国から安価な労働力を提供できる国として製造業からはフィリピンが見直されているわけです。現在フィリピン・マニラ近郊の工業団地は、労働賃金はざっと中国の3分の1、電気代は中国の2倍、物流費は1.5倍。産業インフラの整っていないフィリピンでは原料調達を輸入せざるを得ず、原料代は割高。それでも労働集約型の製造業ではメリットが出ます。人口は増え続け、労働賃金の上昇率はASEAN諸国の中でも最も緩やかです。
中国人と比べて作業スピードはかなり遅いといわれていますが、ある日系企業のコメントではフィリピン人の作業効率が中国人の半分まで上達すれば採算性があるとのことです。最近中国では敬遠される3Kの仕事も進んでこなし、英語のしゃべれるフィリピンの製造業は今後着実に伸びていくと思います(前述した優秀な人材が海外へ出稼ぎに行くためマネジャークラスがいないのがフィリピンで展開している日系企業の悩みですが、もっと外資が進出し安定した職と暮らしが約束されれば、優秀な人材もフィリピンにある程度は残ってくれるでしょう)。

フィリピン人の食生活

フィリピン人は300年以上に及んだスペイン統治と米国の影響で他のアジアの国とはかなり食文化、味付けが違います。米を主食とするのは共通ですが、他の国にあるような麺類の文化は乏しく、また南国には珍しくあまり辛い料理を食べません。味付けは総じて甘い、脂っこい、塩っ辛いで、あまり野菜を食べず、米と肉、揚げ物を好みます。若い世代は野菜もあまり食べず、結果として高血圧、糖尿病の人は多く、寿命も短いです。統計では65歳くらいが平均寿命となっていますが、私の知る限り55歳くらいでほとんどの人は一生を終えるのではと思います。米国の影響か、ホットドッグ、ハンバーガーショップは至る所にあり、フィリピン資本のJollibeeはフィリピン最大のファストフードショップで、マクドナルドを圧倒しています。マクドナルドが唯一世界でトップシェアが取れない国がフィリピンだそうです。
楽天的な人たちですから、お酒もたばこもたしなむ人は多いです。ビールは歴史のあるサンミゲルビールが有名で、ライト、ドライ、プレミアムなどバラエティーも豊かです。他にもコンビニでウイスキーからテキーラ、ラムなど気軽に買えるし、ローカルメーカーのブランデー「エンペラドール」もあります。ボトル1本200ペソ(約500円)と非常に安くフィリピンでは最もシェアの高いリキュールですが、飲み過ぎると体を壊しそうで、私はほとんど飲みません。
日本ではお目にかかることのないフィリピン料理ですが、中には日本人の口に合う料理もあります。幾つか私のお気に入りのフィリピン料理をご紹介しましょう。シニガンというスープはフィリピンの代表的なスープです。とても酸味が効いていて最初はびっくりするのですが、だんだん慣れてくると他のしょっぱい料理や甘い料理とこのすっぱいスープのバランスがよく、フィリピン料理を食べるときには欠かせなくなります。野菜(オクラなど)も多く入っており、ぜひお薦めの一品です。ピナクベットはゴーヤ、オクラ、カボチャが入った炒め物で、バゴオンというオキアミのつくだ煮のような調味料で味付けされており、ご飯に合います。クリスピーパタは豚の脂身を揚げた非常に高カロリーな料理ですが、ビールによく合うフィリピンの代表的な食べ物です。毎日食べると確実に体を壊しそうで、フィリピンに赴任してから血圧が上がったのはこれのせいかもしれません。


シニガン

ピナクベット

クリスピーパタ

レチョン(お祝いのときに必ず食べる子豚の丸焼き)


最後に


2016年はフィリピンの大統領選挙の年で非常に大事な年です。お祭り好きのフィリピンらしく候補者はどの方も非常に個性的でデッドヒートを繰り返しており、誰が次期大統領になるか全く分かりませんが、なるべく犠牲者を出さずクリーンな選挙でアキノ大統領が下地をつくったフィリピン成長路線をうまく引き継いでくれる方が当選してほしいと思います。
また2016年は日本とフィリピン国交正常化60周年に当たり、1月には天皇皇后両陛下もご来比され、両国の友好親善関係は、これからますます良くなることでしょう。とりとめもなく私のフィリピン観を書きながら、やはりネガティブな面が強調されてしまったのかと心配になっていますが、私はこの陽気で笑顔を絶やさない明るいフィリピン人が大好きです。毎日精いっぱい、世界中で頑張っているみんなが幸せになってほしいと願いながら筆をおかせていただきます。

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