2024年11・12月号(No.825)
直線距離でおよそ1万4,000km、出張に行こうものなら飛行機を乗り継いで移動時間はほぼ丸一日。時差は7時間。日本から見るとほとんど地球の反対側にあるような国で、国際的なビジネスに携わる方の中でもあまりなじみのない方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回はこの機会をお借りし、南アフリカという国についてご紹介をさせていただければと思います。
私は2021年10月にヨハネスブルグに赴任いたしました。赴任が決まる以前にも出張で何度かヨハネスブルグを訪れていたのですが、初めてヨハネスブルグに来た時の印象は「想像していたよりもキレイ」ということでした。アフリカへの出張といえばどこまでも続く荒野を4WD車で延々と走り、道のわきでは動物たちが縦横無尽に駆け回り、地平線の向こうに沈む赤々とした夕日を眺めるような日々を想像していました。しかしながら空港の建物は近代的で都心までの道も舗装されており、中心部にオフィスビルやショッピングモールが立ち並ぶ姿を見て大きなイメージとのギャップを感じたことを覚えています。街道には緑も多く、先進国の都市とさほど差がないと感じました。
南アフリカを語る上で欠かすことができないのは、治安は大丈夫なのか?という点だと思います。世界最恐都市などといった異名でも呼ばれることがありますが、日中であっても日本人駐在員の間では徒歩での外出はしないことが常識になっています。移動は車で行い、昼間であっても中心地であるCBDやスラムのような危険なエリアは極力避けるようにしている方が多くいるように思います。こうした状況から現地日本人会では定期的に安全講習会を開催しており、最新の犯罪の傾向や手口を学べる機会を得やすくなっています。日本人同士のネットワークの中でも頻繁に情報交換が行われています。治安以外にも生活をする上ではいろいろな問題があります。まずは電力です。南アフリカでは2000年代の後半から電力供給不足が顕在化し始め、2007年から計画停電が行われるようになりました。原因としてさまざまな要因が挙げられていますが、主に設備の老朽化、政府の汚職などであるといわれています。2023年には南アフリカ国内のほとんどの電力を供給する国営電力会社のエスコム社の前CEOがエスコム社の内幕を語る著書を発行したことが大きな話題にもなりました。電力事情は年々悪化し、現在でも計画停電が頻発する事態が続いています。不足する電力の度合いによって計画停電のステージが定められており、これまでの最高であるステージ6では地域ごとに差はありますが、1日に3-4回程度に分けて合計10時間前後もの間、電力供給のない時間がありました。市民の生活への影響は大きく、道路の信号が消えてしまうことが毎日のように起きていました。
また、近年は断水の問題も頻発するようになりました。元々雨の少ない気候で干ばつがしばしば起きることはありましたが、長らく放置され老朽化した水道管の異常により、時には数日間水の供給が途絶えることもあります。一部の地域では70年以上もの間、適切なメンテナンスをされずに放置された水道管もあり、破損、水漏れなどの問題につながるケースがしばしば見られています。安全、電気、水道。どれも日本にいると当たり前のように確保されているものですが、改めてそのありがたさがヨハネスブルグに住んで分かるようになりました。南アフリカ政府はそのどれもが重要な課題であるとしていますが、迅速に改善が行われない様子を見て多くの市民が不満を訴えている状況が続いています。一刻も早く南アフリカに住む人たちが安心して不安もなく過ごせる社会をつくり上げてほしいと思っています。
少しネガティブな話になってしまいましたが、住み始めてから良かったこともたくさんありました。まず初めに気候の良さです。南アフリカには四季がはっきりとあり、日本とは真逆で夏秋冬春の順番で1年の季節が巡ります。しかもヨハネスブルグでは夏は気温が30°Cを超えるくらいまで上がっても、乾燥しているのでカラッとしており、冬もせいぜい0℃くらいまでで雪はほとんど降ることがありません。2023年7月に雪が降ったところを初めて見ましたが、それも11年ぶりで南アフリカの方と雪の話題を話すと、皆、少し興奮気味に話していたことを覚えています。
雪は極めて珍しい事象ですが、そもそもヨハネスブルグでは雨がほとんど降りません。夏は夕方にスコールのようなまとまった雨が降ったり、数日の間、雨が続いたりすることもありますが、冬はまったく雨が降らなくなります。その分、空気の乾燥には気を使いますが、冬でも日中は温かく、半袖で過ごせる日も多くあります。同様の気候条件にある土地も多いことから南アフリカでは安価で安定的な再生可能エネルギーの供給を行うポテンシャルが高いといわれており、近年は太陽光発電などの導入に官民を挙げて積極的な姿勢が見られています。南アフリカ政府は現在2030年までのエネルギー統合政策として「電力統合資源計画(IRP)Jを発表していますが、この中で現在はおよそ80%以上を占めるといわれる石炭火力発電を43%までに抑え、再生可能エネルギーの比率を40%まで引き上げることを目標としています。また、再生可能エネルギーの普及を促進するために独立系発電事業者からの電力調達を進める「再生可能エネルギー独立発電事業調達計画(REIPPPP)」も実施されています。さらに日本や欧米諸国政府との間では再生可能エネルギーによって水素やアンモニアを製造することも協議がなされており、非常に多くの注目が集まっている状況です。実現までの道のりはまだ遠いかもしれませんが、南アフリ力が世界有数のクリーンなエネルギーの生産拠点といわれる日がやってくるのかもしれません。
ヨハネスブルグの街並みは緑が多く、季節ごとに色とりどりの花が咲いています。特に有名なのは薄紫色の花弁をつけるジャカランダで、南アフリカの春に当たる10—11月にちょうど満開となり、多くの人々の目を楽しませます。春に咲く、その国を代表する美しい花、というイメージから、よく日本での桜のような花だと私も話をしています。南アフリカの首都の一つであるプレトリアは別名「ジャカランダシティ」とも呼ばれており、およそ7万本のジャカランダの木が植えられています。成長のために大量の水を必要とする性質があるため、水資源があまり豊富でないプレトリア周辺のエリアでは勝手に植えることが禁止されている植物でもあります。満開の時期に道路をドライブしていると、ジャカランダが美しく咲き誇る中を通り抜けることができるのですが、薄紫に包まれてなんとも幻想的な気分を味わうことができます。日本の旅行会社の中にもジャカランダツアーを売り出している会社があります。日本でも観賞できることがあり、一時帰国中に熱海へ家族で旅行に行った際、タクシーの運転手さんから「この辺りでジャカランダっていうきれいな花が咲いているんだけど、ジャカランダって見たことあるかい?」と聞かれた時は、思わずにやりとしてしまいました。
他にも南アフリカはヨハネスブルグから気軽に行ける魅力的な世界有数の観光地があります。車で東に約5時間行けばアフリカ最大のゲームリザーブの一つであるクルーガー国立公園があります。最近は日本人女性のレンジャーが働いていることも話題になりました。1926年に誕生し、名前は前身であるサビ鳥獣保護区を設立したトランスヴァール共和国首相ポール・クルーガー氏に由来しています。1万9,485kmという途方もない広さでリンポポ州、ムプマランガ州という二つの州にまたがり、北はジンバブエ、東はモザンビークに隣接しています。自分で車を運転して回ることもできますが、所属するクルーガー国立公園を知り尽くしたプロのレンジャーが運転する専用車両で回ることもできます。大型動物を含む147種の哺乳類がクルーガー国立公園には生息しています。日本のサファリパークとは違って、特定の動物が集められた区画などはないためどのような動物に出会えるかは運次第です。レンジャーや乗客にすれ違えば、それぞれどこにどんな動物がいたか等の情報交換が常に行われています。Big5と呼ばれる5種類の動物、ライオン、ヒョウ、ゾウ、サイ、バファローは特に人気が高く、運が良ければ一度のドライブでBig5を制覇することもできますが、反対に1種類も見っけられないこともあります。顧客満足度に直結するので、レンジャーも少しでも動物が見られるエリアに乗客を連れて行こうと必死です。子どもを連れた親としても、少しでも子どもに楽しんでもらうために必死です。ドライブをしながら広大な土地の中、目を凝らして「あ、ライオン!いや、ただの茂みだ…」なんて言いながら進んでいきます。子どもたちの大好きなゾウやキリンの群れに出会えた時はレンジャーと一緒に思わずガッツポーズをしていました。
もう一つの南アフリカの観光地といえばケープタウンです。1652年に入植したオランダ人の手によって東アフリカ、インド、東アジアに携わるオランダ船の食料補給基地として開発されました。現代では美しい自然と景観に囲まれた近代的な都市として毎年100万人以上もの観光客が海外から訪れているといわれています。町の中心には特徴的な形をしたテーブルマウンテンが位置しており、街のどこからでもその姿を見ることができます。頂上までケーブルカーで登るのも人気ですが、強風で頻繁に運行が停止するので、タイミングよく乗ることができた方は幸運だと思います。喜望峰、ボルダーズビーチなど他にも数多くの有名なスポットがありますが、それだけではなく市街地の周辺には200を超えるワイナリーが存在しており、ワイン好きにはたまらない場所です。老若男女、一人でも家族連れでもさまざまな楽しみ方ができますので、旅行がお好きな方であればぜひ一度は訪れていただきたいと思っています。
お世辞にもいつも快適に過ごせる場所とは言えないのですが、いろいろな問題があるー方で本当に素晴らしいところのある南アフリ力を私はいつも「もったいない国」と話しています。また、ヨハネスブルグに住んで、日本にいた時には気付かなかったいろいろな日本の素晴らしいところを見つめ直すきっかけになったようにも感じています。なかなか気軽に足を運べない場所ではありますが、安全には十分に注意をした上でぜひ一度は訪れてみてほしいと思います。