いま最も熱く旬な国 サウジアラビア王国にようこそ

三井物産㈱ サウジアラビア支店 支店長
川本 健一郎

皆さんはサウジアラビアというと砂漠と石油の国、顔まで覆った黒装束、閉塞感のある街といった印象を持ってはいませんでしょうか?開放政策が進んだ今では、映画館やコンサートに行ったり、深夜にカフェやクラブに集ったり、少し前まで親戚関係にない男女が交流するのはご法度でしたが、時折街角で現地の女性から日本語で声を掛けられることも。

過去を知る方には隔世の感があると思いますし、来られたことがない方にはいまだに謎に満ちた国だと思います。サウジアラビアはいま明治維新のような早いスピードでポジティブな変化が起きているように感じます。月報でサウジアラビアを扱うのはちょうど10年ぶりと聞いています。この間でどういった変化があったか、この先どうなっていくのか、専門家ではない駐在員の目でレポートさせていただきます。


筆者(ダカール・ラリー観戦会場にて)



サウジアラビアの維新・高度経済成長


2015年サルマン国王(首相兼務)が即位すると2017年ご子息のムハンマド・ビン・サルマン(通称MbS)を皇太子兼第一副首相に昇格させます。MbSは同時期に経済改革計画「Vision2030」を公表。王政内の新陳代謝を図りつつ、コロナ禍を乗り越え「活気ある社会」「盛況な経済」「野心的な国家」という三つを柱としたVision2030の全ての計画を強力に推進しています。2022年首相に昇格するとカタール、タイ、トルコ、イラン等と矢継ぎ早に国交回復・改善を達成しますが、国交正常化は間近といわれていたイスラエルとは、2023年10月初めのガザ戦闘勃発により足踏み状況にあります。Vision2030の全体に貫かれている方針は、産業を多角化し石油収入依存を減らし、持続可能で豊かな国民生活を目指す野心的な国家戦略ですが、政府が平均年齢30歳前後という若い国民と共に推し進めています。世界最大の石油公社アラムコと国富開発ファンドのPIFグループをツートップに、産業ごとに選ばれたナショナルチャンピオン企業がけん引役として産業の底上げを進めるとともに海外の優良企業の誘致・買収を進め、次世代エネルギー、鉱物、食料、流通、エンターテインメント、ヘルスケアなど多くの分野で産業育成を推進。絶対王政ならではの統制力の良い部分が機能しています。また、これまでの自国優先主義を改め海外企業とWin-Winの関係構築を志向しています。

エネルギー分野では、石油を燃料から石油化学原料にシフトさせつつ、太陽光や風力といった再生可能エネルギーを活用するとともに水素・アンモニア等の次世代エネルギー製造も始めています。当面は化石燃料を併用する現実路線でのエネルギー転換を図っており、日本は進歩的な技術で協働できると思います。

食料分野では、灼しゃく熱ねつの砂漠地帯であることから節水をしながら天候に左右されない屋内で安定的に新鮮な野菜を生産する植物工場を導入し始めており、私の所属会社も地場企業との合弁事業としてベビーリーフなどの生産を開始するところです。

動物性タンパク質では養鶏や高塩分の紅海でエビ養殖も盛んで自給率を向上させています。サウジアラビア産の唐揚げやエビが日本の食卓に出回る日が近いかもしれません。


弊社と地場スーパー他との合弁による植物工場

さて、MbSの日本アニメ好きやドラゴンボールのテーマパークがリヤド郊外に建設されるという報道が注目されましたが、一面的で矮わい小しょう化されている気がします。エンターテインメント・コンテンツはあくまでもZ世代を囲い込む手段であり、eコマース(EC)と組み合わせデジタル経済圏構築を目指す大きな枠組みの一部に過ぎません。その礎となるのが、アジア・欧州・アフリカに挟まれた立地です。世界のデータ(デジタル)通信は99%が光ケーブル経由でありそのほとんどが極東から見て東回り(極東-米州間や米州-欧州間)です。サウジアラビアはエジプトがほぼ独占している西回りルート(アジア-欧州間)に自国領土の活用と共にふんだんにある太陽光からの電力を利用したデータセンターの設置でもって、競争力のある代替ルートを検討しています。この壮大なデジタル・ハブ構想にも日本が貢献できるところは大きいと思います。

既に日本の複数の企業が、リヤド市内のブルバードシティやブルバードワールドというアミューズメントパークに、世界最大規模の猫カフェや先進的なプロジェクションマッピングを展開しています。


深夜に⼤⾳量で⾳楽を奏でるDJを囲むブルバードの風景


Vision2030の超巨大事業の一つである“NEOM(ネオム)プロジェクト”は、シナイ半島を臨む紅海に面した広大な土地でサステナブルなスマートシティを開発するものです。太陽光や風力からグリーン水素を製造し燃料電池自動車やクレーンを駆動し、あるいはグリーンアンモニアに変換して欧州に輸出、将来的には900万人都市となる予定で、港湾、鉄道などインフラ建設が急ピッチで進んでいます。2029年アジア冬季競技大会、2030年リヤド国際博覧会開催が決定、2034年サッカーワールドカップでも開催地の最有力候補国となっており、1960-1970年代にオリンピックや日本万国博覧会(大阪万博)を開催し高度経済成長を実現したかつての日本を想起させます。NEOM開発エリアの一部であるTrojena地区では海水を淡水化し人工雪を降らせスキーリゾートを建設し、アジア冬季競技大会を開催する予定と聞いています。


一方で、リヤドへの人口流入が加速し、朝夕の渋滞や家賃・物価上昇には閉口します。さらに、民間や外資企業の優秀人材が待遇面に勝る国営企業に転職してしまうことも悩ましいところです。今後大型開発が同時並行する中、建設資材・重機・人材の確保問題や投資額の上昇を克服しながら予定通りに実現していくか政府のかじ取りが鍵となりましょう。


街角の風景


次に急速な変化が人々の生活に与える影響について触れます。

Vision2030では、女性の社会進出も強く打ち出されています。首都圏リヤドや元来開放的なジェッダでは女性の顔や髪を全面的に覆っていた黒頭巾(ニカブ)を外した光景が当たり前になってきました。リヤドでは週末の深夜におしゃれなカフェでカラフルなヒジャブをまとい女子会が行われていたり、女性が車を運転し街中でのドライブを楽しんでいたりする姿も目にします。役所や国営企業に行くと先方職員から“日本の企業はなぜ女性駐在員が居ないのか? ”と疑問を呈されてしまうこともしばしば。ここ数年で女性の社会進出が急激に進んでいることを実感します。

2021年10月ジェッダで日本とのサッカーW杯最終予選を観戦したところ、日本人100人に対しサウジアラビア4万人の熱狂的な応援に席巻されましたが、よそ者をもてなすベドウィン(遊牧民)気質からか試合後はニコニコとお互いをたたえ合う雰囲気に。もっともサウジ側が勝った余裕からなのかもしれません。クリスティアーノ・ロナウド、ネイマール、ベンゼマ等の夢の競演が見られるのも今のサウジアラビアならではでしょう。


聖地メディナ 預言者のモスク

また同国では、お年寄りを敬い弱者に対して施しを与える習慣がありおおらかで浪花節な方が多い印象がありますが、宗教観からなのかもしれません。イスラム信者は、断食を命じる神への服従、食事を取れない弱者の気持ちを体感することなどを目的に、毎年ラマダン期間の約1 ヵ月間は日中断食をします。断食により食品の売れ行きが悪化すると思われがちですが、植物工場事業のパートナーのスーパーマーケットの社長さんによると、実は一番の書き入れ時はラマダン期とのことです。家族や友人と共に楽しむことが多いイフタール(ラマダン期間中の日没後の食事)によってかえって食品の消費量が多いということなのかもしれません。余談として、断食明けのタイミングの考え方が違うことから、シーア派は夕食開始時期がスンニ派と比べ少し遅くなることを冗談で両者が言い合っている様子を見るとスンニ・シーア間の宗派の違いが争いになるとは思えず、都合の悪いことを隠すかのように殊更宗教上の違いを政治的あるいは経済的なコンフリクトの説明に利用しているように感じます。


日・サウジアラビア国交樹立70周年


Vision2030が本格稼働する中で、日本との交易関係も過去の石油や自動車から少しずつ変わってきています。いまだに日系自動車ブランドへの信頼が高く、日本のアニメファンが多いこと等から親日家が多くアジア諸国の中でも日本を別格扱いしてくれる印象があります。現地の女性が筆者に声を掛けてくれる背景には、日本のアニメから日本語を学び、日本文化に興味を持ってくれていることもあるのでしょう。

この1年の二国間の往来・外交は目覚ましいものがあり、2023年7月に岸田総理がジェッダを訪問。また2024年の5月にはMbSが首相になって初めて公賓として来日される予定でしたが、サルマン国王の健康状態を理由に延期となりました。しかしながら、複数の閣僚が来日され政治的・経済外交的な催しがなされ、X JAPANのYOSHIKIさんが登壇したり、Jリーグ協会との提携発表、次世代エネルギー/エンターテインメント/AI /食料/ヘルスケアなどの分野で多くの覚書が交わされたりと両国の関係がより深化したと思います。2025年6月にはいよいよ国交樹立70周年。いろいろな行事が開催されていく中で両国の新たな関係へと発展していくことを期待しています。


アル・ウラ地域にある世界遺産ヘグラの考古遺跡
(マダイン・サーレハ)


世界遺産が多く眠るアル・ウラ地域のカフェ


最後に


2020年からサウジアラビアでの一国開催なったダカール・ラリーでは、日系自動車メーカーが数年間四輪バギー部門で連勝を重ねていたり、世界のダイバーが憧れる紅海には超高級ビーチリゾートが出現したりしました。紀元前1世紀の旧ナバテア王国の南都(首都は映画インディ・ジョーンズで有名なヨルダンのペトラ遺跡)で同国初の世界遺産があるアル・ウラ地域では、ローマに滅ぼされる前の人々の暮らしに思いをはせたり、アラビアのロレンスがオスマントルコとの闘いで爆破したヒジャーズ鉄道の駅舎跡を見たりすることができます。異教徒のアクセスが完全に禁じられていた聖地メディナは数年前から入構解禁され、私も早速訪問しましたが、古くから海外の巡礼者を受け入れてきた土地柄なのでしょう、われわれ異教徒に対しても非常に包容力のある街でした。

サウジアラビアはいま最も旬な国で、70周年となるこのタイミングで日本直行便も開設される予定もあり、ぜひとも皆さまの次の旅行先や出張先としてお越しいただき実際に見て感じていただければと思います。サウジアラビアの方々と共に歓迎いたします。マルハバーン!!

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