資本主義経済のショールーム 「ニューヨーク」

興和株式会社 常務執行役員 米州総支配人
Kowa Holdings America, Inc / Kowa American Corporation CEO
畠 聡志

はじめに


ニューヨークという地名は、人によってイメージする場所が違うということを当地で感じることがあります。例えば、2022年の12月にニューヨーク州西部のナイアガラの滝近くの都市、バファローは猛吹雪に見舞われ犠牲者も出ました。そのことが日本で映像と共に「ニューヨークで大雪」と報道されたところ、ニューヨーク市では全く雪が降っていなかったにもかかわらず、日本に住む家族や同僚から安否を気遣うご連絡をいただいたことがありました。そこでまず、ニューヨークと名の付く地域のイメージ合わせをしたいと思います。

1. ニューヨーク州(New York State):米国の北東部に位置し、その北から西にかけてセントローレンス川とオンタリオ湖を通じてカナダと約715km国境を接しています。面積は54,556 平方マイル(141,300㎢)、全米で27位と中程度の大きさの州ですが面積は北海道と九州を合わせたほどあり、東西最大500km、南北最大450kmに広がっています。一番南に位置するのがニューヨーク市です。

2. ニューヨーク市(New York City):マンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、ブロンクス、スタテンアイランドの五つの行政区を持つ市です。

3. ニューヨーク都市圏(New York Metropolitan Area):ニューヨーク市を中心に、その周辺地域を含む広域都市圏を指し、ニューヨーク市の北に位置するウェストチェスター郡や、隣接するニュージャージー州やコネチカット州の一部も含まれています。


筆者

ニューヨークに関する情報はメディアや、当地で生活していらっしゃる方々がその時々に目にされた、つかんだ、感じられた情報が日々アップデートされてさまざまな形で発信されており、皆さまもよく目にしておられることと存じます。発信されている情報はまさにニューヨークを構成するものでありますが、一つ一つの情報には別の側面があったりもします。本稿も今のニューヨークの全体を表すものではなく、2018年8月に赴任した私が、一市民として生活している肌感覚と視点で切り取ったニューヨーク市マンハッタンとその周辺の情報の一つとして捉えていただければ幸いです。


日本のプレゼンス


外務省が毎年、在留届を基礎資料として公表している海外在留邦人数調査統計によると、2022年10月1日現在、ニューヨーク都市圏に住む日本人の人口は38,263人で、2002年時点の60,993人から20年間でおよそ4割も減少しました。半面、ニューヨーク市の人口は同期間で5%程度増えており、人口で見ると日本のプレゼンスは下がってきているかにみえます。しかし、2013年にユネスコ無形文化遺産に登録された和食をはじめ、アニメや音楽など、エンターテインメントとしての日本文化の浸透ぶりには目を見張るものがあり、私が日本人だと分かると「日本に行ってみたい」「日本が好きだ」と言って当地の方から好きなアニメのキャラクターやおいしかったレストランの写真を見せながら話しかけられることが多くなりました。日本人向け、日本好きな人向けという段階はとうに越え、当地で生活している人がジャンルの一つとして提供、発信し、楽しむものとなっております。


資本主義経済のショールーム


イーストリバー越しのショールーム

さて、私が当地での生活を通して感じているのは、米国は、企業活動や個人の経済活動が競争や市場メカニズムによって規定されており、マンハッタンはまさに資本主義経済のショールームのようであるということです。金融センターであり、広告、メディア、エンターテインメント、テクノロジー、ファッションなどの産業が集まるビジネスハブであり、投資家とスタートアップ企業が出会い、多様な文化やアートが交流するといった心躍る言葉で表現される傍ら、ショールームの中は、いつも騒がしく、汚れており、ゴミの臭いが漂い、考えているように物事は運ばず、インスタグラムで切り取られているようなおしゃれな人が街にあふれているというわけではありません。しかし確実なこととして言えるのは、この街では、競争による変化―連続的な、または、非連続的な成長―が起こり続けており、常にアップデートすることが求められるということです。


身近な生活の中にある競争


観光客が戻ったグランドセントラル駅

Uber(2009年設立)やLyft(2012年設立)に代表されるスマートフォンアプリを通じてドライバーと乗客をつなぐプラットフォームによるライドシェアサービスは移動手段としてすっかり当地の生活に溶け込んでいます。マンハッタンでは行き先をオーダーしてから5分以内に乗車して出発できるほど多くの車両がサービスを提供しています。価格は、需給の状況によって変わるダイナミックプライシングになっており、マンハッタン発とマンハッタン外から発では同じ区間であっても価格が違い、マンハッタン発の方が3割から5割ほど高くなる傾向があります。ただし、マンハッタン外、特に郊外からですと、乗車する場所や時間によっては車が到着するまで20分以上待つことも珍しくなく、行き先がマンハッタンと分かるとドライバーからキャンセルされることもあります(タクシーではなく、あくまで乗せたい人と乗せてほしい人のマッチングゆえ)。また、サービスを提供する会社によってアルゴリズムが違うせいか、同じ区間・時間のオーダーでも価格が違い、普段は2社を比較して安い方をオーダーすることを心掛けています。しかし、私の感覚的にはニューヨークのドライバーは2社とも登録している場合が多く、価格を安く出している会社からの乗車オーダーをドライバーが引き受けない傾向があります。例えば、安い方の会社にオーダーすると、10分以上経過してもマッチングが成立せず、仕方なく高い方でオーダーすると10秒でマッチングが成立するということもあります。つまり、利用者が同じ条件なら少しでも安いものを、使いやすいアプリを求めるのと同時に、プラットフォーマーはサービスとアプリのアップデートを、ドライバーは刻々と変わる需給や道路状況の情報をアップデートし、お互いが常に良い条件を探し求めて競争しているのです。

機会とリスクに対するマインドセット


ベスページブラックコースの有名な看板

2022年時点で、人口が約1,960万人のニューヨーク州には約800以上のゴルフコースが存在するとされています。かなり乱暴な計算になりますが、1ゴルフ場当たり24,500人と、日本の関東地方と比較するとゴルフ人口密度は3分の1以下、東海3県と比べても2分の1以下でゴルファーにとって魅力的な州となっており、私もこの貴重な機会を最大限活用しています。ゴルフのプレーでは、距離だけでなく地形、障害物の位置やボールの状況など現状を正しく把握した上で、どこに、どんな球筋をどのクラブを使って打つか、失敗する可能性を発生確率と失敗した時のインパクトの大きさを成功時のリワードと比較し、欲と闘い自分を律しながら意思決定をし、実行するという一連の思考プロセスが、私をゴルフの魅力に引きつける理由になっているような気がします。このプロセスは当地で仲間とビジネスについて議論する時と同じで、週末まで同じ思考を実行しているのかと笑われそうですが、美しい景色や四季の変化を感じながら、成功確率を過大評価し欲で自分を律しきれず痛い目に遭いながらも楽しんでおります。ただ、ビジネスにおいてはゴルフの時以上に、当地のメンバーのリスクに対する心構えの違いを感じることがあります(私はゴルフでは負えるリスクを中心に考え、チャレンジを選択しないことも多いです)。それは、機会があるならリスクを避けることにとらわれずチャレンジしようという心構え、つまり、負わないことによるリスクを考え、やってみる前提で物事を進めるという思考です。自らの才能や努力を最大限に発揮しようとする姿勢で、リスクを取ることで成長する―このマインドセットが、当地で仲間たちと新たな可能性を追求する原動力となっています。


マンハッタンならではのトレーニング


マンハッタンの道路は常に混んでおり、車は必ずしも目的地に早く到着できる便利な乗り物ではありません。時には、車の中から横目で歩いている人が通り過ぎていくのを見ることになるため、歩くことが立派な移動手段となっています。そのため、私の通勤は雨が降っていなければ徒歩が基本で、時に地下鉄、バスを利用するというスタイルになっています。住んでいる39丁目のイーストサイドのアパートから、オフィスのある59丁目のパークとマディソンアベニューの間まで、地上道路のみで計算すると10,626通りの行き方があるのですが、往路と復路で毎日意図的に違うコースをたどるようにしています。マンハッタンの歩道は日本のように整備が行き届いておらず、段差やうねり(凹凸)が多く歩きにくく、目線を上げて高いビルを見上げるとつまずいたりするのですが、毎日、どこかのブロックで建設や工事が行われ、目線を上げた先の景色が変わっていたり、繁盛していたレストランが突然閉店し新しいお店に変わっていたり、はたまた、朝と夜で雰囲気が全く違うブロックになっていたり、地下通路が新たにできて行き方の組み合わせが増えていたりと、常に何かが変化しアップデートされていることに気付かされます。私は能動的に変化を感じることは、思考が停止するのを予防し自分の成長を助けるものだと考えており、毎日違う景色の中に身を置き、通りにいる人を意識して観察することで、これまでとは違う視点が得られるような気がしています。また、そうすることで脳のどこかが刺激され、起きていることが感情と結び付けられて記憶されるようにもなっています。諸説ありますが、人は朝起きて服を選ぶ、歯を磨く、食事のメニューを決めるといったささいなものから重要なものまで、さまざまなレベルの意思決定を1日に数千回から数万回しているといわれており、そのほとんどが無意識に行われているそうです。それは逆に言うと、人は意識したことしか情報として認識しないともいえます。何度も同じことを続けて、マンネリ化するのは簡単で楽なのですが、私にとって、ニューヨークで通勤経路をルーティン化しないことは、習慣にとらわれ過ぎないこと、当地で生活し、仕事で意思決定する上でアップデートを怠らないことを意識するための重要なトレーニングになっています。


工事中の通勤路
常にアップデートされる街並み


名物渋滞


おわりに


新型コロナウイルスに端を発した在宅勤務の増加により、米国の都市によってはビジネスエリアでの仕事が減少し、人通りや消費の減少、地域経済を活性化させる人が少なくなり、税収による自治体の収入が減少し公共サービスの財源が不足、結果、犯罪が増加するというような影響が出ている中、少なくともマンハッタンは街を歩く人が戻り、道路を埋め尽くす車も戻り、いつもの活気を取り戻しています。一方で、競争が格差をもたらす一因となっており、ニューヨークにおける高コストの生活費や住宅価格は経済的に不利な立場にある人々にとって大きな負担となり、教育や医療の格差にもつながっています。高いコストは、「資本主義経済のショールーム」への入場料ともいえるのですが、それを維持するためにはその裏で支える仕事をする人も必要で、バランスを取ることが難しくなっています(米国流に言うと、難しい=worth to challengeです)。米国はホームレス、政治の混乱や経済に多くの問題を抱えていますが、依然として世界最大の経済と金融市場、世界最高の研究機関、食糧とエネルギーは自給できる力を保有し、人口は増えると予想され、大西洋と太平洋に守られた天然の要塞国家であり、想像できる未来まで優位性を保ち続けるでしょう。その中心都市であるニューヨークは、変化から機会を見つけて挑戦し、そして成長したいと願う人にとって最高の街であり続けるのではないでしょうか。なお、弊社の米国事業会社Kowa American Corporationは2025年で設立70周年を迎えます。資本主義経済のショールームの中で、パラメーターの設定を変えながらチャレンジすることでしか生き残れないことを肝に銘じ、ショールームを構成する一員であり続けてまいりたいと思います。

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