2023年7・8月号(No.817)
カレー。
インドと聞いて、誰もが最初に想像するワードではないでしょうか。
チキンカレー、ナン、ラッシーのコンボは、日本にあるインドカレー屋さんの定番ランチメニューですが、実はインドではナンやラッシーはあまり一般的ではありません。ナンの代わりにパラータ(Paratha)やチャパティ(Chapati)がよく食され、ラッシーではなく、ミルクティに香辛料を加えたチャイや、日本でもおなじみのコーヒーがよく飲まれています。
チャイは、日常的によく飲まれており、インド文化には欠かせない飲み物です。
また、インドの40%はベジタリアンといわれており、チキンカレーよりは、野菜や豆のカレーが一般的です。カレーと一言で言っても、地域によって使用されているスパイスが異なり、寒い北の地域では体を温めるスパイス、南では汗で体温を調節できるスパイス等が使用されたりしています。
算数や数学もすごいんでしょ?とも聞かれますが、私はそのような計算の速いインド人には、まだ出会ったことはありません。ただ、数字を覚える能力は高く、とびぬけて頭のいい人材も豊富です。食材、日用品のデリバリーサービス、銀行決済などの一部のデジタル化は、恐らく日本より進んでおり、インドで生活していて現金を使うことは少なく、携帯電話があれば、ある程度は決済できてしまいます。
いまや世界一の人口を誇り、いずれは全世界人口の4人に1人はインド人になるともいわれているインドですが、私が初めてインドに足を踏み入れたのは2021年3月末、インドにおけるコロナ第2波を迎える直前でした。ムンバイの空港に降り立った瞬間、蒸し熱い風を浴び、東南アジアとは少し異なる雰囲気を感じました。ムンバイの街中は、人、バイク、リキシャと呼ばれる3輪、自動車がごった返しているのに、信号機がほとんどありません。片側3車線、4車線ある通りでも、車の間を縫って人が横断していく姿を見て、これがインドかと軽く衝撃を受けたことを、今でも覚えています。
カレー、算数、テクノロジー等、インドに来る前に想像していたインドという国に対するイメージと、実際の生活には大きなギャップがありました。
私が住んでいるムンバイ市だけでも、東京の人口より多く、ムンバイ市のあるマハラシュトラ州だけで、日本の人口を超えているのですが、ムンバイに住む日本人は600−800人程度といわれており、決して多いとは言えません。日本食材や調味料等も手に入りにくいのですが、毎日がカレーというわけでもなく、日本食、中華、イタリアン等のレストランも、多くはありませんが存在します。ただ、宗教上の理由などで、牛や豚を食すことが制限されているため、鶏肉、野菜、カレーがメインの食事になりがちです。マクドナルドやバーガーキング等のファストフード店も数多く存在しますが、ノンベジとベジタリアンのメニューがあり、肉はチキンのみで、ビーフやポークがないと気付いた時にはショックでした。飛行機の機内食は、Fish or Beef?ではなく、ベジ or ノンベジ?と聞かれることも、食文化の一つだなと感じます。
人口だけでなく、GDPでも成長は大きく、2022年英国を抜き世界5位になりました。2022年度の実質経済成長率は7.2%と2021年の9.1%と比べると鈍化はしたものの、年間GDP総額は日本円にして約272兆円と過去最高になりました。農業従事者が約60%を占めており、一人当たりのGDPは約2,300米ドルと低く、2021年度では145位にとどまっているものの、人口の50%の平均年齢が25歳と非常に若く14億人という人口の購買力が上がることを考えると、底が知れない実力を秘めている大きな国です。
大きな国であるが故に、言葉、文化、宗教、料理も地域によって異なります。
インドの公用語はヒンディー語ですが、公式に認められている言語は22言語、非公認の言語も含めると100以上もあるといわれています。基本的にはヒンディー語と地方の言語(ムンバイのあるマハラシュトラ州であれば、マハラッティという言語)が使用されます。
ビジネスでは英語が一般的に使用されており、副公用語として英語が2番目に使われている国ですが、国民全員が話せるわけではありません。ホテルやレストラン、主要都市では、ある程度英語も通じますが、地方へ行くと英語でコミュニケーションを取るのは少々難しいです。インド英語は聞き取るのが難しいといわれており、私も赴任してからしばらくの間は、苦労しました。
インドで信仰されている宗教はヒンズー教。約80%の国民がヒンズー教徒です。他には、イスラム教やキリスト教、シク教、仏教などが信仰されています。ヒンズー教はインドでも古い宗教の一つで、複数の神様を崇拝する多神教です。また、カルマや輪廻転生という概念もあります。カルマとは、行動や行為に応じて運命が変わるという考え方で、善い行いをすれば幸せになり、悪行は苦難や不運をもたらすというものです。この精神的な考え方は日本文化と通じるものがあるなと感じることが多いです。
この教えの影響なのか、単なる国民性なのかは分かりませんが、心は穏やかで、人に優しくという概念が強いと感じることは多々あります。知らない、できないということは決して言わない国民性もあり、道を聞くと必ず答えてくれます。ただ、知らない場合も「あっちだ」と答えるので、いつまでたっても目的地にたどり着かないケースも多々ありますが、これはインドあるあるです。私が、インドで新型コロナウイルスに感染し、自宅で療養していた時も、スタッフみんなが心配してくれました。「薬はある?」「体調は大丈夫?」「何か必要なものはある?」等のメッセージがたくさん届きました。気持ちはすごくうれしいのですが、寝ていて返信が遅れると、生きてるか?等の確認が電話で来るので、ゆっくり寝ている暇がなかったことをよく覚えています。
非常に明るい性格で、世界的に有名なボリウッドと呼ばれる映画産業にも表れているように、ダンスや歌が大好きで、パーティーを好む国民です。インドを愛し、どんなに騒いでいてもスポーツの試合前に国歌が流れると、皆が一斉に立ち上がり、胸に手を置いて静かに国歌を聞く姿は、感動を覚えるほどです。
世界から注目されている通り、インドは急速な経済成長を遂げています。China+Oneといわれていますが、インドは+Oneではなく、インドという国自体で成り立ってみせるという強い意志を感じます。
海外からの投資や技術の導入により、多くの企業が新たなビジネス機会を求めてインドに進出しています。特に、情報技術やアウトソーシング産業は著しい成長を遂げており、世界的な技術ハブとしての地位を確立していると思います。まだまだ、組み立てなどの最終工程がメインですが、Make in INDIAというスローガンを掲げ、インドでのモノづくりを推奨し、政府からの支援も年々手厚くなってきています。
携帯電話や半導体などの先端分野だけでなく、多岐にわたる産業に力を入れ、インドの研究機関への支援はもちろんのこと、各国との協力体制を築き、5年後、10年後を見据えた改革に力を入れています。
われわれもこの新規分野には注目しており、その一つをご紹介します。
インドは、世界的にも有名なダイヤモンド加工の拠点です。高品質な加工技術と競争力のある価格を提供することで世界的に評価を得ており、ダイヤモンドの輸出大国としても知られています。
ダイヤモンドと言えば、高級ジュエリーとして憧れの存在として知られていますが、実は人工的に作り出すことが可能です。世界的にはLab Grown Diamondと呼ばれていますが、ダイヤモンドを養殖するようなものです。天然マグロと養殖マグロの違い、という方が分かりやすいかもしれませんが、同じダイヤモンドを人工的に育てるので、構造はダイヤモンドと全く同じで、プロが見ても天然かどうかの見分けはつきません。天然ダイヤモンドの採掘と比べ、過酷な労働条件や環境破壊という悪影響がなく、比較的短時間で生産できるため、地球資源の保護に貢献できるという観点から、世界的に注目されている技術の一つです。薄いダイヤモンドの結晶を特殊な加工を施すことで成長させ、カット、研磨を行い、宝石に仕上げます。ムンバイから約250㎞北にあるスーラット市には、このLab Grown Diamondを生産するための工場が集まってきています。
ダイヤモンドの加工には熟練の技術が必要ですが、この熟練技術と長年培われてきたダイヤモンドに対する知識、豊富な生産工場を利用し、次世代半導体に使用される可能性のあるダイヤモンド基板の生産拠点として、インドでのモノづくりを視野に入れ取り組んでいます。
われわれは監視カメラやレンズのメーカーでもありますが、現地の検査機器メーカーと共同で、ダイヤモンドの検査に使用されるレンズの開発にも取り組んでいます。
また、60%を占める農業に対しても、近代化や農村開発を進めており、農民の生活環境や収入の向上も図っています。農村部では、まだまだ貧困や教育格差という課題が依然として残っている一方、都市部では急速な近代化が進むという2極化が顕著に表れていて、都市部ではインフラの整備や公共サービスの向上、交通渋滞や住宅不足といった問題にも取り組んでいますが、農村部の発展と比べると、都市化のスピードがものすごく速いと感じます。
インドでも高速鉄道の導入が進んでおり、ムンバイ~アーメダバードまでの約500㎞は、日本の技術が導入される予定なので、完成するのが楽しみです。
日本と比べると、どの国に行っても不便さはあると思いますが、インドでの生活も、決して便利で快適というわけにはいきません。海外に出ると、日本がいかに特殊な国であるかということを実感します。
食については冒頭でも触れましたが、日本人にとって肉や魚が満足に食べられず、カレー中心というのは、なかなか大変です。食べ物はスパイスが効いていて辛い物も多く、逆にデザートはものすごく甘いというギャップがあります。ベジタリアンが40%存在するので、事務所や工場で出されるランチ(もちろんカレーです)などは野菜が中心です。
気候、気温については、各地でかなり異なりますが、インドの気候についてよくいわれるのは、Hot、Hotter、Hottestの三つです。ムンバイは海岸沿いにある都市なので、気温は安定しており、冬でも20度前後なので、湿度は高いですが、年間を通してみると過ごしやすい地域だと思います。
地方へ行くと、牛、馬、豚、イノシシ、ヤギなどの動物を見掛けることも多く、ほのぼのとした風景が広がっていますが、娯楽施設は少ないものの、都市には西洋のファッションや音楽に興味を持った若者があふれ、健康志向のトレンドも広がっています。
仕事面では、日本と性質が全く異なるため、思うようにいかず、イライラすることも多々あります。日本では計画に時間を費やしますが、インドではとにかく行動し、行動しながら方向修正をしていくスタイルです。計画に時間を要し、機会を逃してしまいがちな日本のスタイルと、計画性がないことで無駄が多いインドでは、どちらが良いとは言えませんが、これが融合できれば素晴らしいと常々感じています。
インドには大きな可能性が秘められており、何か大きな変化がもたらされる前兆のような、ただならぬ熱気のようなものを感じます。
インドの人々は、困難な状況にも全くめげず、何かを作り出そう、変えようという意志をもって未来に向かって歩んでいます。多くの若者は起業家精神にあふれ、野心のようなものを感じる一方、家族のことは何をおいても第一優先で考えます。家族が病気になった時だけでなく、子供の学校行事、誕生日などの祝い事など、会社を休んで家族のために時間を費やします。家族のつながりが非常に深く、何か日本では忘れられている温かさのようなものが、このインドには当たり前のように存在しており、日本人が思い出さなければいけない大切なものが、インドにはあると思います。