四半世紀を経て、再度の香港駐在から見えてくるものとは

双日香港有限公司 総経理
長崎 潤一郎

皆さん、こんにちは。
双日株式会社の香港法人である双日香港有限公司で総経理(社長)を務めています長崎潤一郎です。2019年3月から当地に駐在しています。


四半世紀ぶりの香港生活


当地香港は、2022年7月1日をもって中国返還25周年となり、中華人民共和国習近平国家主席も5年ぶりに来港して、盛大な式典が執り行われました。昨今の国際情勢の変化とともに、世界初の試みともいえる当地の「一国両制度」も度重なる試練を乗り越えてきました。香港の人々が同制度ならではのメリットを最大限に生かして幾多の試練/危機をたくましく乗り越えている「生の姿」を見ることができる環境にいると日々感じています。

私事ながら、小職の前回の香港駐在は1996年-2002年の期間で、まさに返還前から返還、さらにアジア金融危機などといった激動を目の当たりにしながらの駐在員生活でした。当時からは各方面で大きく変化/変貌を遂げている部分もありますが、一方で昔ながらの良き香港を残す市井の人々の暮らしも垣間見ることができる当地の現在を、誌面を少しお借りしてご紹介します。

意外と身近で密接な日本と香港の関係性


双日香港オフィスから望む対岸の尖沙咀

弊社香港法人のオフィスが所在する香港島の湾仔地区はビクトリアハーバーに面しており、対岸には商業施設ビルも林立する尖沙咀を見渡せる位置に立地しています。ビルの左側に隣接するエリアには、かつて1997年6月30日-7月1日に歴史的な香港返還式典が開催されたHong Kong Convention & Exhibition Centre(香港会議展覧中心)があり、各種国際展示会などはCOVID-19感染対策を施しながら徐々に復活開催されるようになってきました。当地の名物イベントでもあるHong Kong Book Fair(香港書展、毎年7月中旬開催)やACGHK2022(香港動漫電玩節、7月下旬-8月初旬開催)などもたくさんの観客を入れて開催されました。アニメ他、日本文化に対する人気は当地でも根強いものがあり、多くの若い世代が久しぶりのフェアを思い思いのコスプレで大いに楽しんでいる姿が出退勤の途中でも見ることができました。TV地上波や各種媒体での日本番組や日本人アイドルの紹介なども香港市民から根強い支持を得ており、日本のいわゆる「ソフトパワー」の力強さを感じています。

食文化についても、世界屈指の旺盛な食欲を誇る香港の人々の間では、COVID-19によるレストラン営業制限他による影響はあるものの、日本食への人気も継続して根強いものがあります。意外に思われるかもしれませんが、農林水産省輸出・国際局発表の「令和3年農林水産物・食品の輸出実績(確々報値)」によりますと、2021年の日本からの農林水産物・食品の輸出額ランキングで香港は中国(輸出額2,223億円)に次いで第2位(輸出額2,190億円)。輸出額内訳で「農産物」と「水産物」においては中国を抑えて第1位となっています。

また、人口は約741.3万人(うち労働人口は約379.9万人、2021年度香港政府人口調査)ですが、人口と比しても日本食レストランの人気は非常に高く、約1,350軒(香港統計局、2022年4月19日時点)が香港域内で営業しているといわれています。COVID-19感染対策に関する厳格な外出規制およびレストランの営業時間制限がなされていた時期を含め、香港市民の在宅消費需要が「外買」(いわゆるデリバリーなど)という形態を通じて香港市民の胃袋を満たしています。

もちろん、弊社も理事会社を務めている香港日本人商工会議所も現地関係者として、主要な輸出先国・地域の在外公館、JETRO香港、JFOODO海外駐在員などを主な構成員として形成された「輸出支援プラットフォーム」に各方面から協力して、当地における日本食材の啓蒙(けいもう)・普及活動を支援しています。

香港の今後の市場性を占う「大湾区(グレーターベイエリア)構想」


西九龍文化区から香港島を望む

大湾区構想とは、2015年3月ごろから中国政府および広東省政府と香港政府内で具体的な構想が練られ、2019年2月18日に中国政府国務院により「粤港澳大湾区発展計画綱要」として発表された計画です。中国政府の主導の下、香港・マカオおよび広東省9都市(広州・深圳・珠海・仏山・恵州・東莞・中山・江門・肇慶の各市)の計11都市から構成される面積約5万6,000㎢、人口約8,600万人、GDP約1兆6,793億米ドル(中国全体の約11%で韓国のGDPと同程度)のエリアを総合開発する計画。東京湾ベイエリア(GDP:約1兆9,900億米ドル)やニューヨーク都市圏(同:約1兆8,600億米ドル)と比肩する壮大な規模の開発構想です。

香港政府は、地域内での自らのレゾンデートルを発揮するためにも、本構想に計画当初から当時の行政長官自ら積極的に関与を深めてきた経緯があり、「地域経済の一体化と科学技術イノベーションの推進」などを掲げてハード面(都市間をつなぐ高速鉄道他のインフラ開発など)やソフト面(大湾区内の金融商品相互投資を促進する制度など)の整備を進めてきています。

残念ながら、COVID-19防疫管理に伴う2020年1月以降の深圳~香港間の実質的な出入境封鎖により、具体的な動きは停滞していましたが、今般、香港政府はポストCOVID-19を目指して活発な対外活動を再開し、2022年7月にはMr. Leung Chung-Ying(梁振英)元香港政府行政長官(在任:2012-2017年)を団長とする訪日ミッションも実施されました。

香港では、大湾区構想における前海地区・横琴地区・南沙地区といった広東省側の開発計画への関与もさることながら、特に2021年10月に林前香港政府行政長官が施政報告にて公表した、香港北部側の「双城三圏(二つの都市と三つのエリア)」を対象とした「北部メトロポリス開発構想」が各方面から注目を集めています。この構想は、深圳との境界に接する香港北部の湿地帯に第二のサイエンスパークを中心とする都市インフラの開発を行うというもので、今後の大湾区構想の成り行きについては、当地の各日系企業としても非常に大きな関心を持っています。

そこで、香港日本人商工会議所においても2020年に大湾区委員会が組成され、2022年度は弊社が委員長会社を務めています。当地に拠点を置く日本貿易会の各会員商社、香港日本人商工会議所の各会員企業、在外公館など関係各位の皆さまのご協力をいただきながら、当地の日系企業にとって有用な方策として何に取り組んでいけるかについて共に考えてまいりたいと思っています。大湾区構想およびRCEP(地域的な包括的経済連携協定)を商権に取り込めるか否かが、今後香港に拠点を置く価値を見極めていく上で一つのテーマであると私見ながら思っています。

さて、ここで堅い話題から閑話休題。

COVID-19禍での香港市民の週末の過ごし方

既にご存じの通り、当地も中国と同様に再入境時の強制隔離施設での隔離期間設定や各種行動規制などが現在も実施されています。一部の規制については徐々に緩和されつつありますが、いまだに市民生活はCOVID-19禍以前の状態とは異なり、いわゆる「香港式ゼロコロナ政策」の下で、通勤・通学含めて日常生活でのマスク必携をはじめ各種制限を受けながらの日常生活が続いています。

特に再入境時の強制隔離期間がネックとなり、従前のように自由な海外渡航ができない状態が続いて久しい中、香港市民の週末は都会を離れての離島巡り、香港北部や南部でのトレッキングなど、身近な野外活動が非常に盛んになりました。以下、少しご紹介します。


離島巡りのお勧め


ランタオ島 大澳(Tai-O タイオー)水上住居群

香港は、中環(Central)地区にある公共フェリーターミナルから香港域内の各離島に向けて頻繁に定期船が運航されています。わずか30分-1時間程度の乗船で、同じ香港とは思えない自然豊かな風景やのどかな漁村と島民の生活に触れることができるのも大きな魅力の一つです。同時に英国領時代からの名残でトレッキングコースも香港島、九龍半島および離島各地に非常に上手に整備されていて、週末ともなると感染予防対策を講じた香港市民が老若男女問わず、大勢フェリーターミナルに集合してそれぞれ目指す離島行きの船を待つ様子は興味深いものがあります。

小職も当地の友人家族などとともに繰り返し離島巡りを行い、日頃のオフィス街とは全く異なる自然豊かな風景で疲労した心を洗濯してもらう週末を楽しんできました。

例えば、香港空港が所在するランタオ島(大嶼山)では空港と反対側にある梅窩(Mui-Wo)地区へフェリーに乗って行ってみましょう。自然豊かなトレッキングコースが整備されており、Centralからフェリーに飛び乗れば、旧鉱山周辺の清冽なる滝の風景を楽しみ、漁村の美しい風景を愛(め)でることができるというのも、狭い土地の中で暮らす駐在員(特に単身赴任者?)にとってはありがたい環境です。もちろん、日系企業の駐在員の中には同じランタオ島の別エリアに開発された某ゴルフ場のみで週末2日間を満喫されるという方々もいらっしゃいます(笑)。

また、水上住宅の漁村が今も立ち並ぶランタオ島の大澳(Tai-O)地区にはMTR(公営地下鉄)とバスに揺られて約50分で行けますし、香港の最南端に位置しその地形的な特性から「香港の南極」と称される蒲台島(Po-Toi Island)などは、観光ガイドブック掲載とは異なる香港を見られる良き週末スポットの一つとしてお勧めします。


壮大な海沿いのサイクリングロードも整備されています!


愛車を停め、海岸沿いのサイクリングロードから馬鞍山を望む

狭い土地に高層ビル群が立ち並ぶ香港島や九龍半島先端の尖沙咀周辺の雑踏から逃れ、香港の東側や北西側の豊かな自然に囲まれた地域にアクセスするには、整備が行き届いているMTRが至便です。特に、香港新界地区は最近住宅開発が進むエリアですが、香港政府が整備に時間をかけて完成させた素晴らしいサイクリングロードがあります。香港のオフィス街では自転車は危なくて(自動車優先が徹底されていますので)とても走る勇気は湧きませんが、輪行袋に愛車を入れてMTRで20-30分程度移動すれば、海辺のサイクリングロードを疾走して昔ながらの非常にのどかな農村風景を気軽に楽しむこともできます。日頃は高温多湿のため除湿器とエアコンをつけっ放しの室内から、熱中症対策は万全にした上で、素晴らしい風景の中で風を切るのも格別な週末のひとときといえます。


香港の知られざる本当の歴史を探る「Heritage Trails」


ビクトリアピーク山頂周回遊歩道(一周約4㎞)

個人的には英国領時代から保護されてきた、いわゆる「Heritage Trails」もお勧めです。香港政府の古物古蹟弁事処という役所がホームページで常時ルートなどを更新していて、香港各地の古い建築物を徒歩で見学しながら、香港の知られざる歴史の変遷を自らの足で探訪するというものです。古くは北宋(960-1127年)時代に起源を持つ村落を歩く屏山文物路や、同じく北宋-南宋時代に起源を持ち外敵から自村民を守るために構築した城壁の中で今も生活している人々の暮らしを見ることができる龍躍頭路など、新界地区の村落はいずれ開発の波にさらわれることを考えると、香港駐在中だからこそ必見の散策路と言えるのではないでしょうか。同時に、開発から取り残されてきたエリアの不平等さも垣間見え、開発事業に携わった商社マンとして他人事とは思えず、ひっそりと人々の生活を見守ることしかできない駐在員の無力さも感じたりするTrailsでもあります。


おわりに


時節柄、在香港の日系企業にとっての今後の対中国ビジネスの在り方や防疫管理の徹底による出入境の制限、国家安全維持法の制定とその後の運用など、四半世紀ぶりの当地での駐在生活を通じて、香港を取り巻く環境は前回の駐在時とは別の面で大きく変化していると感じる日々です。

われわれ日系企業の駐在員には、地場企業含めた現地の方々に何を「有用なもの」として将来にわたり残していけるのかを、コンプライアンス順守の上で真摯(しんし)に考え実行していけるかが求められているのでしょう。

四半世紀を経て、当地に駐在できる巡り合わせに深く感謝しつつ、香港が今後どのような変遷を経ていくのかをじっくりと見つめていきたいと思いをはせています。

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