バングラデシュの交通事情変革期

アジア・大洋州三井物産株式会社 ダッカ支店
(Mitsui & Co. (Asia Pacific) Pte. Ltd., Dhaka Branch)
シャリフル・アラム(Shariful Alam)

(本稿は英語でのご寄稿を事務局で翻訳したものです)

はじめに


私がバングラデシュの三井物産に入社して22年が経ちました。この間、バングラデシュは毎年5~6%台のGDP成長率を記録し、目覚ましい経済発展を遂げました。私は幸運にも経済的・社会的発展の両面でこの国の飛躍的な変化を直に肌で感じることができました。しかしその一方で、ダッカの交通ネットワークの整備は進んでおらず、快適な市民生活を実現するための課題であり続けています。私はこれまで研修生として2年間日本で暮らしたのをはじめ、仕事で世界中を訪れる機会に恵まれました。こうした海外経験のおかげで、ダッカの交通事情に関する興味深い特異性が見えてくるようになりました。

バングラデシュの首都ダッカは、世界でも有数の人口密集都市です。英国の植民地になる以前から国際的な都市として栄えてきました。現在は、わずか306㎢の面積に2,200万人以上もの人々が暮らしています。そのため市内は非常に混雑し、公共交通機関の整備もまったく追い付いていません。

今回は、そのようなバングラデシュの交通事情について、さまざまな交通手段をご紹介しながらお話しします。

まず初めは「リキシャ」です。


リキシャ


リキシャに乗りながら

皆さんはダッカのリキシャについて、どのくらいご存じでしょうか? 自転車タクシーのリキシャは、この時代には珍しい交通手段の一つです。驚くことに、ダッカでは主要な交通手段としてリキシャが何十万台も市内を走っています。私も時々、短い距離の移動にリキシャを利用します。慣れれば快適で、環境にも優しく、料金も安価です。リキシャに乗るときの一番の楽しみは、車内から空を眺められることです。ただ外国人にとっては、座り心地が悪かったり、時には他のリキシャとぶつかったりすることもあるので、慣れるまでに時間がかかるかもしれません。ダッカでは、特に欧州から来た人たちがリキシャをよく利用しています。私が話を聞いたあるカップルは、車も持っているけれど、リキシャをよく使うと言っていました。リキシャに乗ると、観光気分を味わえてリラックスできるそうです。そういう考え方があったのかと、とても興味深く感じました。

ところが、政府はダッカの多くの道路でリキシャを禁止しています。リキシャが交通渋滞を引き起こし、他の車両がスピードを落とさざるを得ないためです。リキシャの専用レーンがある道路は非常に限られています。ただ、リキシャはいまだ大きな雇用源でもあり、全面的な禁止には至っていません。

大学生の頃、友人たちと遊び半分でリキシャをこいでみたことがあります。実際に動かしてみて分かったことは、後部座席に2人乗せて自転車をこぐというのは相当なエネルギーと忍耐力が必要だということです。一体、運転手たちは生活費を稼ぐために毎日あんなに大変なリキシャをどうやってこいでいるのだろうと思いました。それでも、彼らの笑顔を見ると幸せな人たちのようにも感じられます。

リキシャという名前は日本の「人力車」から来ています。バングラデシュのリキシャは装飾も有名で、過去には日本で展覧会が開催されたこともあります。福岡アジア美術館には、装飾が施された1台のリキシャが展示されています。


三輪CNGリキシャ


CNG リキシャ

ダッカでは「CNGリキシャ」と呼ばれる、タイの「トゥクトゥク」のような圧縮天然ガス(CNG)で走る三輪自動車が人気です。料金は交渉制で、タクシーメーターは設置されていますが、使う運転手はいません。交通渋滞が激しいため、タクシーメーターを使っていては採算が取れないからです。CNGリキシャはスピードが出せて、狭い道や混雑した道を走るのに適しているので人気です。車は環境に優しいことを示すために緑色に塗られていますが、もう一つの特徴として金属製のネットがあります。これは一部の地域を走るリキシャに付けられているもので、夜間のひったくりを防ぐためのものです。初めて乗った外国人は、なぜこんな不格好なネットが使われているのか不思議に思うかもしれません。

次は乗用車についてお話しします。


乗用車


車に付けられた追加のバンパー

ダッカに来ると、走行する車の量が多いように感じるかもしれませんが、実態はその逆で、車の輸入台数は非常に少ないのです。走行可能な道路が限られているため、そこに車が集中し、渋滞が起きるので多いと誤解されるようです。バングラデシュは年間約4万台の自動車を輸入していますが、その8割は日本の中古車です。手を加えずそのままの状態で輸入されるため、日本のカーナビが付いたままになっていることもあります。車に乗り込むと、ここは日本かと思ってしまいそうになることもあります。なぜなら「目的地を設定してください」といきなり日本語で言われるのですから!

1人当たりGDPが2,200米ドルとインドより少し上回っているにもかかわらず、なぜ輸入車の数がこんなに少ないのか、疑問に思われるかもしれません。その理由は主に輸入税の高さにあります。信じられないかもしれませんが、税率はエンジンの排気量によって130%から800%まで分けられているのです。一番低い130%は1,000~1,500cc車に適用されます。

市場関係者によると、トヨタ車が7割以上と最大のシェアを占め、そのほとんどが中古車だそうです。

乗用車には、リキシャやCNGリキシャと接触して傷がつかないように、金属製のバンパーが追加で取り付けられているのが特徴です。これは恐らく他の国にはないものでしょう。写真にあるように、車の後部にバンパーが付けられています。リキシャと車が軽く接触することはよくあることで、車体の軽いひっかき傷などを防ぐためにバンパーを使うというのは建設的な解決策といえるでしょう。

バングラデシュ政府は現在、今の時代に即した自動車政策を検討中です。政策には輸入関税の見直しも含まれており、自動車の国内組立生産も奨励されることになります。人口1億6,500万人市場の潜在力は実に計り知れません。

では、今度は公共交通機関に目を向けてみましょう。


市バスや電車


超満員の列車の様子

市バスのサービスは質が良いとはいえません。路線が不便なことに加え、設備が非常に古く、車内はいつも混雑していて、清潔でもありません。学生時代にはよく利用しましたが、もう10年以上バスには乗っていません。都市間鉄道も同じように不便で、この写真ほどではありませんが、混雑しています。バングラデシュといえば、満員列車の写真がとても有名です。これはイード休暇中の写真です。イードはイスラム教最大のお祭りで、この期間は連休となるため、電車は故郷に向かう人たちで超満員になります。

さて、バングラデシュにはこんな交通サービスもあります。


ライドシェアサービス


バングラデシュにはUber(ウーバー)をはじめ、地元企業のPathao(パタオ)など、多くのライドシェアサービスがあります。カーシェアリングで成功しているUberに対し、Pathaoのような地元企業はオートバイのシェアリングで成功を収めています。交通渋滞がひどく、毎日道路移動に何時間もかかる都市では、オートバイは理想的な解決策になるはずです。しかし、高い輸入関税のため、これまで普及してきませんでした。しかし最近になって、政府の打ち出した二輪車政策により、現地生産が促進され、より手頃な価格で購入できるようになりました。女性のライダーも増え、個人だけでなくシェアリング目的で利用する人も増えています。

ライドシェアサービス、中でもオートバイは、都市に暮らす人々に多くの快適さと利便性をもたらしています。私自身は、Uberのサービスを利用しています。時々車の到着が15~30分遅れることがありますが、このぐらいであれば問題ありません。

次は、バングラデシュの珍しい慣習についてです。


ジェイウォーキング


先進国になくて、ダッカにはあるもの。それは、交通規則や信号を無視して、車などが走っているのに歩道以外の場所を歩いたり、道路を横断したりする「ジェイウォーキング」です。ダッカには信号機がほとんどないため、歩行者は信号無視に慣れています。時には死亡事故まで起きるので、交通マナーや規律について教育の強化が求められます。

交通分野におけるインフラ不足、規律の悪さ、連携の弱さが経済の成長に大きな悪影響を及ぼしています。人口2,200万人の大都市で解決策を見いだすには課題も多く、時間もかかります。専門家は、政府がダッカへの一極集中をやめ、徹底した地方分権で人口を分散させるべきだと考えています。現在、政府は持続可能なインフラを構築するために、高架交差路、高架高速道路、Uループなど、さまざまな建設を絶え間なく進めています。また、日本の政府開発援助(ODA)を活用し、次でご紹介するように、都市鉄道の建設も進めています。


大量高速輸送システム(MRT)


都市交通システムのマスタープラン「ダッカ都市交通戦略計画改訂プロジェクト」では、メトロ鉄道システム(MRT)計5線とバス高速輸送システム1路線の整備が予定されています。その中で、日本のODAによる最初のMRT6号線が今年末にも開通を控えており、続くその他2路線に関しても、日本の支援を得て、それぞれ2026年、2028年の開通を目指しています。MRTは人々の暮らしに劇的な変化をもたらすことが期待されています。すべてのダッカ市民と同じく、私もこの愛すべき都市、ダッカで地下鉄を利用できる日を楽しみにしています。


おわりに


経済成長を維持し続け、交通システムを発展させていくことは、バングラデシュにとって大きなチャレンジです。バングラデシュは2026年には後発開発途上国(LDC)を卒業する見込みで、ここから新たな挑戦が始まります。英金融大手のHSBCの調査報告書では、バングラデシュは2030年には世界第26位の経済大国になると予測されています。日本政府によるバングラデシュへの支援は今後も重要な役割を果たし、特にマタバリ島で進められている開発事業は、この国に大変革をもたらすことになるでしょう。親日国であるバングラデシュは、日本企業とのビジネス拡大への意欲を高めています。官民一体となって取り組むことで、発展を実現させることができるでしょう。10年後はリキシャが姿を消し、運転手はリキシャからライドシェアのオートバイ、三輪自動車の運転手となり、そしてCNGリキシャの金属ネットや乗用車の追加バンパーは不要になる、このような社会になっていることを願っています。またオートバイや自動車の国産化が進み、MRTと併せてビジネス環境を一変させることも期待しています。

次ページ:The curious case of transport sector of Bangladesh (原文)

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