日常と非日常の交差する街、パリ

NIPPON STEEL TRADING(EUROPE)S.A.S.
松本 奨

はじめに


2018年6月にパリに着任し、3年が過ぎました。パリは世界屈指の観光都市です。コロナ禍前の2018年、フランスの外国人旅行客数は8,900万人を超え、もう10年以上第1位を継続しています。人気都市ランキングでもパリは常に上位、そんな街には観光名所や見どころがたくさんあります。それらについては無数の観光ガイドをご覧いただくとして、二つのテーマに絞って、現地レポートをさせていただきます。


パリで活躍する日本人


執務中の筆者

一つ目はパリで活躍する日本人について。パリ駐在前の5年間は香港に駐在しており、パリを含めて合計8年間の海外生活を過ごしてきました。明確な理由はありませんが、世界で活躍する日本人をずっと注目し、彼・彼女らの活躍を見て勇気をもらってきました。共感とかそんなレベルではありませんが、「自分も海外で頑張ろう!」と背中を押されるような感覚です。パリでも、日本人の緻密さ、繊細さ、細部にわたる丁寧さとこだわりという強みを活かし、活躍されている方がたくさんいらっしゃいます。そんな日本人をここで紹介させていただきます。

2021年の5月22日に多くの人の期待を背負い、新美術館ブルス・ドゥ・コメルス・ピノーコレクションはオープンしました。今世紀初めまで穀物取引所として機能していた歴史的建造物が、フランスきっての大富豪、フランソワ・ピノー氏の現代アートコレクションを展示する美術館として生まれ変わりました。その設計を担当したのが日本人建築家、安藤忠雄氏です。歴史ある建物の外部はそのままに、内部は自然光が注ぐ強大な吹き抜け空間に円筒コンクリート製の展示スペースをつくり、その周りを展示室が取り囲む形となっており、暖かな天然光が差し込むガラスと鉄の天井、それを彩る壁画の融合がとても素晴らしいです。安藤氏の建築はオープン前からさまざまな媒体で取り上げられ、こちらでの人気も高く、新しい芸術の発信地として、欧州各国より多くの見学者が訪れています。


ブルス・ドゥ・コメルス・ピノーコレクション館内


Restaurant KEIある日のテーブルセッティング


その美術館の近くに、2020年のフランス版ミシュラン・ガイド赤本で三つ星を勝ち取った日本人シェフ小林圭氏のお店、「Restaurant KEI」があります。クリスタルルームのような店内は静かで上品な明るい白。テーブルのセッティングは、シンプルだけどとても洗練されています。スタッフの人数がとても多く、それぞれのテーブル全てに心遣いが行き渡っており、とてもフレンドリーで丁寧に対応してくれます。肝心のお料理は、日本的なフランス料理ではなく、フランス人には作れない日本人の感覚を持ったフランス料理を提供してくれます。世界各国から取り寄せたえりすぐりの食材を活かし、キャンパスに絵を描くように、食べる者の目を楽しませ、驚かせてくれます。小林シェフのスペシャリテである鳩のローストは心の底からおいしいと思い、感動すら覚えました。料理、空間、サービスが三位一体となり、料理だけではない付加価値をつけて、ゲストの心を引き付けるレストラン。そんな小林シェフのレストランに世界中からゲストが訪れ、現在は予約が困難な状況となっており、その点が唯一残念なところかもしれません。

建築やレストランに加え、パティスリー界でも日本人の活躍は目立っています。パリ有数の高級住宅地7区に店を構える吉田守秀氏のお店、「モリヨシダ」。最近日本でもお店をオープンし、そちらも人気のようですね。吉田氏のお店の素晴らしいところは、観光客ではなく近所に住むフランス人たちが列をつくり、彼の芸術作品を買い求めることだと思います。フランス菓子の本場であるパリに住む舌の肥えた生粋のフランス人をも味方につけたのです。私も時々お店に伺いますが、夕方近くになるとショーケースには何も残っていないということがたびたびあります。その時は残念でもありますが、同じ日本人がここまで認められている姿を目の当たりにし、誇らしい気持ちになります。


フランス人とスポーツ


2018年FIFAサッカーワールドカップ・ロシア大会後
フランスチーム凱旋パレード

もう一つは、パリでのスポーツ事情についてお伝えしようと思います。私がパリに着任して間もなく、2018年FIFAサッカーワールドカップ・ロシア大会が開催され、フランスチームが優勝しました。各試合を応援するフランス人の熱狂ぶりと優勝翌日に凱旋(がいせん)門前シャンゼリゼ通りで行われた優勝パレードには、フランス全土から数十万人が集い、パリに来たばかりの私は衝撃を受けました。そして、2024年の夏季オリンピックはパリで開催されます。パリといえば、芸術、文化、建築、食などのイメージが先行してしまいますが、今回はあえてパリでのスポーツを二つ目のテーマに挙げたいと思います。


「フランスのメジャースポーツ」で検索すると、以下の順位となります。

1サッカー 2テニス 3馬術 4柔道 5バスケットボール 6ハンドボール 7ラグビー 8ゴルフ。

中でも常に上位のサッカーは、前回2018年FIFAワールドカップ・ロシア大会の優勝国であり、パリにもPSG(パリ・サンジェルマン)という強豪チームがあります。UEFAチャンピオンズリーグでも2019-2020準優勝、2020-2021 ベスト4。カタールの政府系ファンドが筆頭株主で、豊富な資金力を背景に今シーズン大幅な戦力補強を行いました。既に各国代表のスター選手ぞろいの中、今シーズンはバルセロナを退団したリオネル・メッシをはじめ、5人の世界屈指のプレーヤーを獲得。「新・銀河系軍団」を形成し、初のチャンピオンズリーグ優勝を目指しています。

テニスは世界四大大会の一つ、全仏オープンがRoland Garrosで毎年開催されています。街にも多くの公営・私営のテニスコートがあり、若者からお年寄りまで幅広い層が楽しむスポーツとしてとても人気があります。

馬術は高貴なパリジャンおよびパリジェンヌの娯楽の一つです。そして、世界一の競馬の祭典、凱旋門賞がロンシャン競馬場で開催されています。観客がドレスアップして会場に足を運ぶ姿も凱旋門賞の楽しみの一つだと思います。


PSG のスタジアムでの観戦

柔道はちょっと意外と思うかもしれませんが、実は日本より競技人口が多く、多くの練習場「DOJO」がパリにもあります。東京オリンピックでも日本を破って、団体で金メダルを取った姿が記憶に新しいのではないでしょうか。

パリには芸術・文化的側面だけでなく、スポーツという側面でも、世界最高峰のプロスポーツを観戦できる環境とアマスポーツを気軽に楽しめる環境がしっかり整っています。


わが家の週末の生活


テニスチームでの写真


息子が参加したサッカー大会


わが家も週末は専らスポーツを楽しんでいます。学生時代のサークルで多少テニスの経験はありましたが、そこから久しくテニスラケットを握ることはなく、今回パリに来て、知人の紹介で現地日本人中心のチームに入り、気持ちも新たにテニスを再開しました。毎週金曜日の夜、全仏テニス(Roland Garros)同様の赤土のコートで、思いっきり汗を流しています。もちろん疲労感もありますが、その何倍もの爽快感を味わうことができます。また、テニスだけではなく、スキーやゴルフなど多様なスポーツを楽しむ大人たちの会はとても楽しく、パリでの暮らしの情報交換の場にもなっています。

今年小学5年生になる息子は土曜日、日曜日とサッカーに通っています。現地日本人中心のチームですが、学校や年齢の垣根を越えてサッカーを楽しむ子供たちを見ていると、私も元気をもらいます。新型コロナウイルスがまん延する前は英国、ドイツ、ベルギー、フランスに住む子供たちがベルギーに集まり「Euro Junior Cup」が開催されていました。同じ欧州で学び、サッカーを楽しむ同世代の存在は息子にとってもいい刺激になったと思います。早く新型コロナウイルスが収束し、またサッカーイベントに参加させてあげたいと思います。

新型コロナ禍

フランスも他国同様、この1年半は新型コロナウイルスの影響を大きく受けました。8月初めの時点で人口6,500万人に対して、総感染者数は600万人を超え、人口の10%弱。日本は2020年1月に初の感染者が確認されましたが、欧州では2月末のイタリア・ロンバルディア州での発生を皮切りにあっという間に欧州全域に拡大。フランスも3月からパリを中心に猛威を振るい、3月16日にマクロン大統領が演説、3月17日から外出禁止令いわゆるロックダウンが始まりました。当時はこの新型コロナウイルスに対する知見も少なく、どちらかというと前向きで細かいことを気にしないフランス人でさえ、未知のウイルスを恐れ、街はまさにゴーストタウンと化していました。

そこから2021年夏に至るまでの1年半は一進一退でした。完全ロックダウンの2ヵ月で良い方向に推移し、2020年5月11日から段階的に封鎖を解除。レストランや百貨店、路面店などの商業施設も再開。引き続きマスク着用や屋内人数の制限など感染対策を行ったものの、バカンス移動などがあり、9月からまた感染者が増え、第2波へと突入。10月30日に2度目のロックダウンとなりました。11月28日より段階的に解除され、若干穏やかな年末年始を過ごしたと思えば、第3波到来。2021年3月20日にパリ市含むイルドフランス県他16県に3度目の外出禁止令が発令。6月20日にようやくそれが解除となり、今年の夏はバカンスの旅行なども含めて日常に近づきつつあります。ただし活動を再開すれば感染者も増え、また9月以降に外出禁止令が発令されないか、不安でもあります。フランス語が未熟な私でも、confinement(ロックダウン)と couvre-feu(夜間外出禁止)は本当によく耳にするなじみの言葉となってしまいました。ワクチンを接種した人の割合は8月初めの時点で1回目65%、2回目55%程度と比較的順調には進んでいますが、変異株の影響もあり、まだまだ注意が必要な生活が続いています。

2024年パリオリンピックに向けて


オリンピックパブリックビューイング会場

2021年の夏に開催された2020年東京オリンピック、開催前は賛否両論ありましたが、いざ開催されればスポーツの力に魅了され、選手たちの躍動する姿に勇気と元気をもらいました。次回2024年はパリオリンピックです。その機運を盛り上げるため、東京オリンピック開催期間にエッフェル塔を眼前に望むトロカデロ広場にパブリックビューイング会場が開設されました。開会式や連日の試合を応援する傍らに、柔道やスケートボードの体験コーナーなどが併設されていました。

2024年パリオリンピックに向けて、パリ市は史上最もサステイナブル(持続可能)なオリンピックというビジョンを掲げ、2015年の気候変動に関するパリ協定に完全に準拠した最初の大会となることを目指しています。具体的にはCO2排出量のロンドン大会比55%減少、再生可能エネルギー使用率100%、等々です。サステイナブルビジョンの観点と開催経費の抑制のため、パリオリンピックは95%が既存または仮設の施設を活用して、各競技を開催する予定です。さらには観光都市パリの魅力をアピールするために、エッフェル塔前でビーチバレー、コンコルド広場でBMX、スケートボード、ブレイクダンスなどアーバンスポーツを開催し、ヴェルサイユ宮殿では近代五種や馬術などの開催が予定されています。実現するかは分かりませんが、開会式の入場行進は選手を船に乗せてセーヌ川で行うという斬新な構想もあるようです。

パリオリンピックへの準備の一環でもあり、大きな意味ではCO2削減のため、今パリ首都圏では大規模都市再開発契約「グラン・パリ」が進められています。アン・イダルゴ現パリ市長の下、都市中心部から車を極力減らし、自転車移動や歩行を増やす計画です。この2年、街のあちらこちらで工事が行われ、道路は様変わりしました。セーヌ河岸を中心に、道路の自転車専用レーンへの転化を進めました。工事と道路の減少が渋滞を引き起こし、車を運転する人にとっては悩ましい状況ですが、2019年12月から長期にわたった鉄道ストとコロナ禍の影響、レンタルサイクルの普及もあり、人々の自転車利用は着実に増えている印象です。

オリンピックでも観客の100%が公共交通機関、自転車、徒歩で会場に移動するという目標があり、それらに向けて整備が進められています。

多様性と調和のメッセージを込め、コロナ禍の困難の中、1年延期・無観客で57年ぶりに開催された東京オリンピック。同じくコロナ禍で準備が順調に進んでいるとはいえませんが、サステイナブルな未来へのメッセージを込め、2024年に100年ぶりに開催されるパリオリンピック。3年後、コロナが終息し、以前の日常が取り戻せているでしょうか。パリオリンピックが開催される頃には、ここパリにはどんな景色が広がっているでしょうか。

オリンピックを通じて、人と自然、さらには地球環境問題などの重大なテーマを世界に向けてパリから発信する。世界中から人が集まるこの街だからこそ伝えられることもあるのではないでしょうか。新しい時代を象徴するような大会の実現を今からとても楽しみにしています。

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