ワインとスパの秘境 ドナウの玉手箱 ハンガリー

住友商事 ハンガリー駐在細見 竜介
住友商事 ハンガリー駐在松井 健
サミットD&V 越越河 兵太

皆さんは「ハンガリー」と聞いて、欧州のどこにあってどのような国だと想像されますか?

ハンガリーは、いわゆる西欧諸国の東隣の中欧に属する小国の一つで、首都はブダペスト。ドナウ川を挟んで市街地がブダ地区とペスト地区に分かれていることは学校の授業で習ったかもしれません。人口は1,000万人弱、面積は日本の約4分の1で北海道より少し大きいくらいの小さな国です。またオーストリア、スロバキア、ウクライナ、ルーマニア、セルビア、クロアチア、スロベニアの7ヵ国と国境を接している海なし国です。欧州とスラヴとアジア各文化圏との結節点といえる位置にあり、西欧からつながる高速道路はハンガリーが東端で、ブダペストからはバルカン半島に向けて南下しており、一日でギリシャやトルコまで行くことも可能です。首都ブダペストは日本最北端の稚内よりも北に位置し、日本との時差は−7時間(夏時間)、夏は21時ごろまで明るく、冬は15時には暗くなります。夏は比較的過ごしやすいですが、真冬には−10℃以下となり底冷えする寒さで、極寒時ともなれば−20℃を下回りドナウ川が完全凍結したこともあるようです。

遊牧民だった祖先がカルパチア盆地に定住し、ハンガリーが建国されたのは西暦1000年ごろ。この広大な平原が広がる素晴らしい土地を狙う者は多く、オゴタイ・ハン率いるモンゴルの襲来、オスマントルコの侵攻、その後はハプスブルク家に干渉され、第1次・第2次世界大戦も敗戦、と他国から虐げられ続けた歴史をたどってきました。しかし、争いが絶えず国境や国名が変わることの多かった欧州において、一部が占領されたり国土を大きく失ったりした過去はあるものの、建国以来1,000年以上にわたってハンガリーという国名が地図上から消えたことはなく、これは今のハンガリー人にとっても大きな誇りとなっているようです。


筆者近影(中央:細見、左:松井、右:越河)

実は、ハンガリーには世界的に有名なモノを発見・開発した人物がたくさんいます。一例として、ビタミンC、ボールペン、ルービックキューブ、エクセル(演算ソフト)の開発者やインテルの共同創業者はハンガリー人。またノーベル賞受賞者もこれまで13人輩出しています。音楽を愛される方にはリストやバルトークなどもおなじみかと思います。有名な投資家ジョージ・ソロス氏もハンガリー出身、対COVID-19で有名になったmRNAワクチンを生んだ研究者カタリン・カリコー(ビオンテック社の上級副社長)もハンガリー人だそうです。

そして、かつてサッカーワールドカップの強豪だったハンガリーの国技は、実は「水球」なのです。水球は、オリンピックでは1900年の第2回パリ大会から正式種目となっている歴史のある競技ですが(当時は男子のみ)、ハンガリーは過去15度入賞(金メダル9個含む)の偉業を成し遂げています。今夏2021年の東京五輪も男子・女子共に出場を決めたのでどうなるか楽しみなところ。かつては日本人の水球選手がハンガリーのプロチームに所属していた時期もあったようです。

前置きはここまでにして、幾つかハンガリーの魅力をお伝えしていこうと思います。

①ハンガリーワイン(越河)


ワイナリー訪問(トカイ)

主に国内で消費され輸出される量が少ないため、世間一般的にあまり有名ではないものの、ハンガリーは古代ローマ時代から続く長い歴史を持つワインの名産国です。夏は気温が35℃を超え、冬は0℃以下まで冷える、この一年を通じて寒暖のはっきりした気候に加え、降水量も比較的少ないことから、ブドウの生産には適した土地となっています。

ハンガリーで生産をされる最も有名なワインは、貴腐ブドウから造られる「トカイ・アスー」(Tokaji Aszu)です。希少価値のあるデザートワインとして世界で珍重されており、フランスのソーテルヌ、ドイツのトロッケンベーレンアウスレーゼと並び、世界3大貴腐ワインに数えられています。

また、このアスーの産地であるトカイは、世界的にも珍しいケースですが、貴腐ワイン産地としての歴史的・文化的景観が2002年にユネスコの世界遺産にも登録されています。

西部のトカイだけでなく、白ワインの名産地である東部のバラトン湖の一帯、赤ワインは北西部のエゲル地方、南部セルビア国境に近いヴィラーニ地方など22地域がワイン産地に指定され、有名なトカイ・アスーだけではなくそれぞれの地域で特徴のあるワインが生産されています。比較的廉価で手に入ることもあり、飲み過ぎてしまうのが玉にきず。ワインの収穫時期になると陽気な客たちが店先で楽しそうに酔っぱらっている光景をよく目にします。

日本のワイン売り場でも、世界的に有名な産地のワインに交じって商品棚の片隅にハンガリー産がひっそりと置かれていることもあるので、見つけた際にはぜひお試しいただきたいと思います。

②見どころ・食文化・イベント・生活(細見・松井)

ハンガリー最大の見どころはやはりブダペストのドナウ川を挟んだ旧市街エリアであり、特に「ドナウの真珠」と呼ばれる夜景にこそ美しさの極みがあると思います。ブダ地区とペスト地区をつなぐ歴史と情緒のあるセーチェニ鎖橋と共に、両岸では小高い丘の上に立つブダ城、聖イシュトヴァーン教会、国会議事堂などが深夜0時までライトアップされ、優美さを競っています。特に日が落ちて空がコバルト色に変わる時間帯は息をのむ美しさを味わえます。

食事については、一番のお気に入りが「グヤーシュ」(goulash)というパプリカパウダーをふんだんに使った肉入り煮込みスープです。ロシアのボルシチにも似ているような気がしますが、パースニップという西洋ニンジンの清涼感ある味わいが決め手。レストランによってパスタやニョッキを入れるスタイルもあり、辛味や味わいが違うので必ず頼んで試してみます。また、マンガリッツァ豚は奥深い味わいで超絶品(豚角煮を作れば最高)。フォアグラも有名で、マクドナルドではフォアグラバーガーを提供しているほど割と手軽に食べられます。


「ドナウの真珠」(国会議事堂)


肉入り煮込みスープ グヤーシュ


一年で一番盛り上がるイベントは何といってもクリスマス。クリスマスマーケットは11月後半からクリスマスまで約1ヵ月続きます。街中にはさまざまなクリスマスツリーと電装デコレーションが施され、ホットワインやクルトシュカラーチ(チムニーケーキ)、ラーンゴシュを売る屋台、クリスマスツリーのオーナメントやキャンドルなどを売る移動店舗などが登場し、寒い冬の夜に彩りを添えます。揚げ立てのラーンゴシュという円盤状の揚げパンの上にチーズやサワークリームをたっぷり乗せたハンガリーのソウルフードをパクつくのは、寒空の下の散歩には堪らないご褒美です。

あと、ハンガリーの祖である騎馬民族マジャール族がルーツとなる「乗馬」が盛んです。そこかしこに乗馬場があり、郊外を運転していると路肩を馬に乗って闊歩(かっぽ)している人や巡回している警官の姿をよく目にします。今はコロナ禍で閉まっていますが、こちらにいるうちに乗馬も試してみたいと考えています。

その他、生活環境は日本と大して変わりませんが、コンビニがない、毎時に近くの教会から厳かな鐘の音が聞こえてくる、古い街並みが維持されているものの、中に入ると奇麗にリノベーションされた部屋があり室内外格差に驚かされる、などと面白い発見が随所にあります。


聖イシュトヴァーン教会前に飾られているクリスマスツリー


ハンガリーのソウルフード ラーンゴシュ


③スパ文化(細見)


欧州最大級の温泉施設 セーチェニ温泉

大取りは、温泉大国ハンガリーの最強の「スパ文化」です。

ハンガリーには古代ローマ時代から温泉文化が根付いており、温泉場が100ヵ所以上あります。ブダペストの街中だけでも歴史を感じるトルコ式風呂から最新設備を備えたスパまでそろっていて、有名な巨大温泉施設だけでも7軒あり、多くは屋内外に複数の湯船を備えています。夜には間接光でムーディーにライトアップされるスパもあるため、物陰はカップルだらけ。老夫婦が人前構わずキスしていたりして、オープンな文化を見せつけられます。西部へーヴィーズには湖底から湧き出す温水を活かして湖をそのまま湯治施設にしたものもあれば、東部ミシュコルツには洞窟内につくられたスパもあります。

基本的に混浴で入浴には水着着用が必要ですが、老若男女がのんびりとお湯に漬かっている光景には、温泉大好き日本人としてシンパシーを感じます。火山性の温泉ではないので少しぬるめの35−38℃が一般的で、泉質は硫黄泉や炭酸泉など各種あり、樹液が浸潤していると思われる茶色い温泉など湯から上がったら体の表面がパリパリになるところも。湯の中でチェスを楽しんでいたり、打たせ湯でジッとしていたりする湯治客を見学するのも一興なら、夏場に外湯で体が温まった後のクールダウンでビールやワインを片手に芝生でゴロ寝するのも一興です。水着のまま食事もできますし、夜はDJイベントが催されたりするところもある上、湯がぬるめで長湯をできてしまうため、ゆっくり過ごしていると3−4時間はあっという間です。

入湯料はブダペストでは7,000フォリント(=約2,500円)前後なのでスーパー銭湯に行く感覚であり、地方では2,000−4,000フォリント(約700−1,500円)です。また大抵サウナも併設されており(追加料金が必要な場合も)、サウナファンたちでごった返しています。着任当初に家探しをしていたらサウナが付いた賃貸物件も多数ありました。ハンガリーは北欧同様に風呂好き・サウナ好きに優しい国です。

ハンガリーの国技である水球は、温泉国で温泉プールが多くあり冬でもプレーできることも関係しているようです。

以上、ハンガリーの文化や生活をご紹介してきましたが、現時点(2021年5月)では残念ながら日本からの直行便はありません。フランクフルトやヘルシンキ、アムステルダムを経由するのが一般的ですが、落ち着いたイブシ銀的な魅力がある国だと思いますので、ぜひ一度お立ち寄りください。

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