コンクリートジャングル散策

双日米国会社
アソシエイトダイレクター
武岡 脩

人種のるつぼという言葉は国際化が進んだ近年ではすっかり聞かなくなりましたが、世界の金融街の中心に私が着任したのは2018年9月。ニューヨークはさまざまな人種と文化がマンハッタンという山手線の内側と同じぐらいの広さしかない島に集結しており、まさにコンクリートジャングル。人々は暗号のように自宅や事務所の住所を「何丁目・何番街」で説明し、話題は自然とその近辺のレストランはどこがおいしいかとなります。

幼少期を車がないとどこにも行けないミシガン州のアナーバーで過ごした私から見たら、自分の知らない米国がここにあり、ここはどこの国出身かではなく、ニューヨーカーかどうかが問われる街。


健康意識の高いニューヨーカー


自由の女神の前での家族写真

ニューヨークのレストランシーンは幅広く、昔ながらの日本の居酒屋、ステーキハウス、ケイジャンを中心とした南部料理、メキシカン、アメリカンチャイニーズ、ロブスターやオイスターバー等々、それぞれの国の自慢のディッシュが集結しており、毎日自宅や事務所からの徒歩圏内で新しいものに挑戦できます。最初の数ヵ月は妻と口コミを頼りに外食するのが楽しみでしたが、気が付いたらスーツのベルトがどんどん苦しくなり、おなかが減ったから食事をするのではなく、昼・夕と食べる時間が来たから食べることが習慣になっていました。

自分の食事もよく見るとピザ、ステーキ、パスタ、その他ポテト等の揚げ物を中心とした「茶色い料理」が多いことに気が付き、会食等で食事をする米国人を見ると相手は脂身の少ない肉や魚、サラダを多く食べており、街を見るとジョギングをしている人がたくさんいて、実はニューヨーカーは健康意識が非常に高いことに気が付きました。メニューにもよく見ると、ベジタリアン、グルテンフリー、オーガニック等を示す※印が付いていて、またカロリー表記もされているところも多数あるなど、レストラン側も幅広い顧客層をターゲットとしていることも分かり、逆に日本にいた頃より健康意識が高まりました。

今までは出勤前はゆっくりして、夜は遅くまで外食するのが習慣でしたが、周りのニューヨーカーに感化されて朝はランニングをしたり、夕方は会食ではなく仕事のパートナーとジムに行く等、新しい生活スタイルを気が付いたら築き上げていました。


同僚と仕事後のランニング


週末のサッカー


ニューヨーカーのビジネススタイル


「米国のビジネスマンはオン・オフがはっきりしている」とよく聞きますが、少しニュアンスは異なり、「米国は会社対会社ではなく、人対人の意識が強い」のと、「家族の時間を大切にするが、仕事はその合間を縫って結果を追求するためにいくらでも働く」という印象です。前者に関しては、面談や電話では最初の15分はプライベートの話が多く、週末何をしたか、子供の名前と今何歳で最近何をしているか等延々と話し続け、家族の写真をよくSMSで送ってくれます。米国人はプライベートの会話を通じて相手とのRelationship構築を意識しており、〇〇会社と面談というよりは、Shuと面談しているというスタンスできます。日本のように働き方改革等の企業側からの環境整備は特になく、自分で自分の時間と仕事の成果をマネージする能力が高い人が多い印象です。

スポーツ大国

出身大学や好きなスポーツチームのロゴや名前が入った服装をしている人が多く、よく妻と街中を歩いている際にヤンキースの帽子・ウエアを着ている人を先に見つけるゲームをしていますが、視界に必ず一人はいます。ビジネスのシーンでも、まずは相手がどこのアメフトのチームのファンか、野球はどこのチームを応援しているかで会話が弾み、よく試合にも招待してくれます。大きな国土の中に多数の都市がありその都市を代表するチームがあることから、自身のアイデンティティーの一つになっています。わが家はもちろんヤンキースを応援しており、毎年5−6試合はスタジアムに行っています。また、ニューヨーク市といえども運動場も多く存在し、週末は日本人のサッカーチームに所属しており、ニューヨークの社会人リーグに参加しています。

バーベキュー大国


メイン州のAirbnbでのBBQ

米国ではありとあらゆるところにオーブンやグリルがあり、バーベキューをする環境があります。日本では薄切り肉を中心とした焼き肉が中心でしたが、こちらに来てからは薄切り肉が逆に普通のスーパーにはなく、大きな肉の塊しかありません。ニューヨークストリップ、リブアイ、フランク、ハンガー、フィレミニオン等々、いろんな部位を購入してはさまざまな味付けをトライして毎週末家族や友人とバーベキューをしています。日本人はやはり塩やワサビを一番好みますが、私はバーベキューラブという南部のケイジャン風味の粉を肉にすり込む形式でよく料理しています。肉をちょうどよくミディアムレアに仕上げるには、毎回使うグリルやオーブンの性能によって大きく変わるので、肉の中身の状況が分かる温度計は必需品です。週末や連休があると郊外の庭付きの一軒家をAirbnbで借りて、友人と共に一日中バーベキューをやるのが楽しみで、ニューヨークではオールバニー近郊の山奥やメイン州のポートランド近郊の海辺等に滞在しました。


ニューヨークでの出産


オールバニー郊外で娘の誕生日パーティー

妻の出産予定日の10日前はちょうど米国ではサンクスギビングということもあり、その前日わが家では七面鳥を購入し、ニューヨークでは毎年恒例のメイシーズ・パレードに参加しようという計画を立てていました。しかし、前日の深夜に妻の陣痛が始まり、パレードどころか出産のサポートに来る予定の義母もまだ到着していない状況で入院準備が始まりました。

日本での出産は経験していませんが、ニューヨークでは出産から0時を起点に2泊しか泊まることができず、出産から退院までが異常に早いと聞いていました。入院も陣痛の感覚が3分ごとまでは自宅で待機、都度電話で入院の受け入れ可否を確認する形で、ぎりぎりまで入院ができません。初めての家族を迎えるわが家にとっては分からないことだらけでしたが、無事ブラックフライデーの夕方18時に娘が誕生し、2泊もあっという間に過ぎて、ジャングルらしくウーバーでの退院となりました。米国での出産費用は保険なしでは数百万円にも上ると聞いていましたが、保険が適用されたことで大きな出費にはなりませんでした。


ジャングルからの脱出


コロナ禍での散歩

生活も慣れてきた2020年初頭、私の生活には人生で初めて経験する育児と新型コロナウイルスの流行という大きな変化が訪れました。ニューヨークは3月以降感染者数が急増し、連日連夜救急車のサイレンの音が鳴り響き、トイレットペーパーも買えない状況が続きました。ニューヨーカーたちは郊外や他州に避難し、島は一時すっからかんになり通い詰めたレストランも多くが店を閉めてしまいました。コロナ禍発生直後はまだ分からないことばかりで、一時ニューヨークは感染者数が世界的には急増している地域として注目され、病院のベッドや呼吸器が不足する事態となりました。日々家族を守ることに対する不安を感じていましたが、ニューヨーク州のクオモ知事が強いリーダーシップを発揮し、3ヵ月間毎日記者会見を開催して情報を正確に伝える努力をしていただけたことで、厳しい状況にも一定程度の秩序が保たれていました。それでも幼児を抱えたわが家は外出するにも公共交通手段にまだ不安があり、自宅から半径2km以内のエリアを徘徊(はいかい)するぐらいで、自宅の近い知人と週末に外の公園で会う程度。仕事は在宅勤務でなかなか今まで通りとはいきませんでしたが、以前のような出張や外食が多い生活もなくなり娘の成長を間近で見ることができるという、制約多い生活の中で良いこともありました。夏場にかけては夜中に長い在宅期間に飽きた人たちによる外での騒音、さまざまな政治に関する抗議活動に乗じた放火や暴動・略奪等も発生し治安が悪くなったと感じることが多くなり、さすがに半年ほど経過したところで、車を購入して比較的平穏なニュージャージーの住宅街に引っ越しをすることを決意し、9月からは行動範囲が大きく広がりました。


新型コロナウイルス禍での生活の変化


同僚宅でのハロウィーンパーティー

ニューヨーク州と言えばNYCを思い浮かべる方も多いですが、市内からカナダとの国境にあるナイアガラの滝まで車で7時間かかり、全米でも27番目に大きい州になります。

秋口になるとリンゴ狩りやハロウィーンに向けたパンプキン狩り等が盛んに行われており、サンクスギビングからクリスマスまで年内はイベントが盛りだくさんになります。コロナ禍で人々は屋外でのイベントや少人数での集まりを求めることからさまざまなイベントがあり、わが家も週末は近所に住むトレーニーの藤山君を連れて米国ならではの体験を求めて積極的に外出しています。気が付けばコロナという新しい生活環境も間もなく一年を迎え、ニューノーマルの時代に慣れてきたものの、日本にいる両親に初孫を会わせることができなかったり、米国に来てから妊娠と出産もあり妻が2年以上日本に帰れていないことなど制約も多い状況が続きますが、逆に行動範囲に制限があるからこそ得たものもたくさんありました。その中でも特に双日米国会社の同僚たち、サッカーや仕事を通じて知り合った友人とは週末必ず何かを企画し、さまざまな思い出をつくることができました。ニューノーマルがなくてもできたことかもしれませんが、行動制限がある中で以前より近くにいた人たちとより多くの時間を共にすることができて、改めて友人たちがいることへのありがたみを感じました。

多くの人が入れ替わりで住むこのジャングルに同じ時期に滞在し、たくさんの思い出を共につくることができる友人たちに感謝しています。

今後も日本から多くの方がこのジャングルを訪れ、ビジネスや生活に奮闘されることと思いますが、ぜひ、ニューヨークスタイルを堪能しながら、自分ならではのニューヨーカーを目指してください。

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