直接民主制・鋭い国際感覚・独特の教育 システムでしたたかに生きる小国:スイス

興和株式会社 執行役員
Kowa Holdings Europe AG GM
Kowa Pharmaceutical Europe AG CEO
川越 淳一

はじめに


2度目の海外駐在でスイス・チューリッヒに住んで3年が経過した。30代で初めて海外(米国・メリーランド州)に2年間住んだ時は観光・食べ物・物品等に感動した。しかし、今回は50代半ばに達したせいか、国土面積が日本の10%(九州程度)、人口が7%(850万人で大阪府程度)、EUにも属さないのに、1人当たりGDP世界2位(日本の2倍)、人口比でのノーベル賞受賞者数2位、1人当たり特許出願数1位を誇るとともに、幸福度(6位。日本58位)や大学ランキング(スイス連邦工科大学チューリッヒ校と同ローザンヌ校が10位と12位。東京大学と京都大学は28位と36位)でも日本をかなり上回っていることに驚き、小国ながら強国である「スイスの仕組み」に大変興味を持った。そこで、所属テニスクラブ(写真1)を中心に、いろいろな経歴・職業を有する多くのスイス人と深く交流する中で議論したことを含め、スイスと日本の違いやトピックについて紹介するとともに、「スイスの仕組み」について自分なりにまとめてみた。


写真1:所属テニスクラブ(TC Riesbach)の仲間との会食風景(筆者:右から2 番目)


Q&A(1):スイスの首都はどこ?(答えは最後)


スイスは年4 回もの国民投票がある直接民主制


日本同様、スイスでも2院の議員を選挙で選出し、国会で各種案件を審議する。しかし、スイスには「年4回の国民投票」がある。そこでは、国際条約等の重要案件の審議(強制的レファレンダム)に加え、既採決案件の異議申し立て(任意的レファレンダム:5万人の署名が必要。約10%は可決)と、新規法案提出(イニシアチブ:10万人の署名が必要)が可能なので、国政の監視になる。最近の国民投票の投票率は50%以下だが、それでも権利があれば暴走しないので良いという。ちなみに、スイス連邦参事会(内閣)は4大政党と各言語圏から選出し、大統領は7人の閣僚による1年ごとの輪番制ということや、くじ引き民主制(国会議員、市議会議員、連邦裁判官)のイニシアチブが提起されたことはとても独特。なお、日本でも憲法改正が国会で発議されれば、国民投票が行われる仕組みになっているが、いまだ実施されたことはない。

スイスの人口の25%は外国籍者

外国籍の移民や滞在者は安価な労働力や優秀な人的資源として歓迎されてきたが、最近では25%(ジュネーブでは40%)を超えたことから制限する動きが活発化している。2014年に大量移民反対の国民投票が可決し、2015年にどこの国から何人受け入れるのかや、1年間のビザ発行数の上限を決めた。さらに、雇用の際には自国民を優先するとした。これが最近、日本からの駐在員のビザが取りにくいことの主な原因となっている。

スイスの教育システムは評価が極めて高い

スイスの教育システムはとても独特で、図1のようになっている(政府関係機関や各種情報サイトに掲載されている内容と聞き取り調査により作成)。特徴は、中学校卒業・高校入学時に「進学コース」と「専門・職業訓練コース」に分かれることで、州ごとに教育システムや進学率は若干異なるが、それぞれに約30%と70%が進む。

中学校には、入試のある「ギムナジウムの中等部」と、入試のない中学校(「普通中学校」と、勉強が不得意な生徒のための「実務中学校」)がある。高校は、「進学コース」だと普通高校のギムナジウムに行き、「専門・職業訓練コース」だと主に専門高等学校か職業訓練学校(見習いで週3-4日働きながら(給料が出る)、学校で週1-2日専門知識を学ぶ)に行く。その後は、総合大学、教育単科大学、専門単科大学、高等職業訓練校へと進むか就職する。軌道修正はとても大変だが、必要な資格さえ取得すれば可能。12の総合大学(二つの連邦工科大学と10の州立大学)へは学生全体の20%が入学するが、卒業できるのはその5-7割しかいない。大学教授陣と大学生に外国籍者が多い(教授陣では60%以上)ことも特徴だが、それはスイスにとって大事な優秀な人的資源であり、国際化や国際競争力の向上につながるので良いとのこと。

スイス国民の「幸福度」は高く評価されているが、そこには、同様に世界的に極めて高く評価されている、この独特な教育システム、特に職業訓練教育の充実、が大きな役割を果たしていると思う。つまり、勉強が好きな子供やできる子供の能力の最大化に対するケアだけでなく、勉強が嫌いな子供やできない子供の就職のケアもできているからだ。現地の人々と話しても、学歴や職業の違いによる給与格差が極端に大きくないことから、「ギムナジウム進学も、専門・職業訓練学校進学も同等の価値」という考えが根幹に形成されているように感じた。また、人々も国も、ストレスをかけ過ぎずに「Life・Workバランス」を重視している(店舗は基本的に、日曜日は閉店、土曜日は18:00閉店、等)ので、「幸せの定義」と共に、「幸せになるためのパスや社会環境」が日本と異なると感じた。一方、社会全体からみると、スイスの教育システムは、国民に納得感のある適材適所的な労働力配置を目指していると思われた。



Q&A (2):トイレ、どちらに入る? DamenまたはHerren ?Herren はヘレンさん? Damen はmen ?(答えは最後)


スイスに住む日本人と日本(語)教育


スイスには1万人もの日本人が住んでおり、永住者も5,500人(70%は女性)いる。これは、特に、(1)電車が時間通りに運行される、(2)殺人事件などの犯罪数も少なく平和、(3)街が綺麗、といった日本との共通点が、日本人に住みやすい国にしているからだと思われた。

日本語教育に関し、スイス国内で日本語教育を行う機関は10あるが、日本政府が認可した学校は法人チューリッヒ日本人学校(週5日の全日校と週1日2時間で国語のみを学ぶ補習校)とジュネーブ日本語補習学校(週1日4時間で主に国語と算数・数学を学ぶ補習校のみ)の二つである。学校運営委員長を1年間務めた法人チューリッヒ日本人学校の全日校の生徒数は25人程度(1990年には約90人いた)だが、生徒はみな優秀で、海外でも日本と同じ教育システムがうまく機能していること、および、国際化も大切だが、日本の将来をつくる日本人の子供にしっかりとした日本(語)を教育する場を継続的に提供することは金銭的および人的資源を投じても重要と感じた。補習校は、現地校に通う日系2世を主対象としており、チューリッヒ校に200人、ジュネーブ校に330人が在籍。卒業式で生徒の言葉を聞いたが、両親のどちらかが日本人でも、海外の現地校に通う生徒が日本語を習得するには並大抵の努力では成し得ないことを痛感し、尊敬の念がやまない。

スイスでは公共放送受信料は税金

2019年1月より、公共放送受信料はTVやラジオの所有にかかわらず、各世帯に税金という形で課せられるようになった(年額CHF*365(CHF1/日):約4万円)。また、事務所も収益に応じてCHF365-35,590(収益CHF50万以下は免除)が課せられている。タブレットやスマホで視聴している人との不公平感をなくすことと、機器の所有を確認する手間(人件費)の削減が目的で、国民投票が実施されたが可決した。また、受信料(公共放送)そのものを廃止する国民投票(イニシアチブ)は72%の反対で否決された。つまり、公共放送は必要(政治的・社会的・宗教的な偏りのない、4言語の公用語での放送)で残すが、支払いは税金にする、と明確化された。(*:CHF=スイスフラン)

スイスの有名な人・ヒーロー・商品・企業等

フェデラーやヒンギス(テニス選手)、アンディ・フグ(K-1選手)、チャップリン(晩年の25年を過ごした)、オードリー・ヘップバーン(2度目の結婚式と葬儀・お墓)、ウイリアム・テル(伝説の英雄)、ハイジ(日本制作のアニメ:ドイツ語版は主題歌が違う。原作にヨーゼフは登場しない)、シャーロック・ホームズ(モリアーティ教授とライヘンバッハの滝に落ちて死ぬ。しかし、著者の母親と愛読者からの猛反発により、死ななかったこととして物語は続いた)。

Urimat(水を流さない男性用トイレ)、Victorinox(アーミーナイフ)、高級なロレックス・IWC・オメガやファッション・新規性を追求したスウォッチ・Mondaine等(時計。Mondaineはスイス国鉄の各駅で使われる「Stop2Go」が有名(秒針が60になった時に2秒止まり、再度動き出す特別な動き))、マッターホルン(写真2)、ゴッタルドベーストンネル(57.1km。青函トンネル(53.9km)より長い世界一の鉄道トンネル)、ネスレ(コーヒー等の飲料・食品)、REUGE(リュージュ。オルゴール)、国際サッカー連盟(FIFA)本部(チューリッヒ)、ジュネーブの国際機関(WHO・WTO・WIPO等)・大噴水・モーターショー(世界5大モーターショーの一つ)。


写真2:とても美しく独特な形状のマッターホルン(4,478m)と逆さマッターホルン


その他のトピック

「4つの公用語」:ドイツ語(63%)、フランス語(23%)、イタリア語(8%)、ロマンシュ語(0.5%)。英語は公用語でなく、現地人しか行かない場所(郵便局やグローサリー等)ではほとんど通じない。

「永世中立国・軍隊・徴兵制・傭兵(ようへい)」:スイスは永世中立国だが、軍隊と徴兵制がある。また、傭兵産業は中止されたものの、現在でもバチカン市国の衛兵は例外として活躍中。

「銀行の隠し口座」:映画にしばしば登場するので有名だが、実はもうできない。金融犯罪関連の情報開示に加え、2017年からは脱税関連の情報開示も開始された。

「物価」:日本の2-3倍で、駅等ではペットボトルの水500mℓがCHF4.5(約500円)。ビッグマック指数は世界一(6.54US$)。

「ゼクセロイテン」:頭部が爆発するまでの時間が長いほどつらい夏になるとされている。ハラハラするが、とてもかわいそう(写真3)。

「ラクレット」:チーズフォンデュは日本でも有名だが、これはあまり知られていない。単に溶かしたチーズをジャガイモにかけるだけだが、スイスのラクレット用のジャガイモとチーズの組み合わせは絶品!(写真4)

「Amazon」:スイスにはAmazonがない。そのおかげか、街は小売業がとても盛んで、かつての日本のように人々(特に老人)は店員との会話を楽しんでいる。


写真3:雪だるまに点火してから頭部が爆発(黄色
の矢印)するまでの時間で夏の気候を占うお祭り「ゼ
クセロイテン」(チューリッヒ)


写真4:一度食べると病みつきになる「ラクレット」


私が理解した「スイスの仕組み」


ここに記載してないことも幅広く調査した結果、私は「スイスの仕組み」を図2のように理解した。つまり、歴史がつくった文化(国民投票による直接民主制、徴兵制を伴った永世中立国という安全保障、国際理解・協調性・交渉力・競争力・プレマーケティングに重要な多言語公用語と高い外国籍者比率)に立脚し、海外からの優秀人材の確保(この方法も素晴らしいが割愛)と、国民が納得する適材適所的かつ専門性と実践性を重視した教育システムを用い、外貨獲得産業(昔は、傭兵・武器輸出・銀行**等。今は、高度技術、知的財産権(IP)、新規ビジネスモデル、観光、銀行**、保険等)を創出・育成するという成長サイクルを回すことが、「スイスの仕組み」である。(**:銀行のビジネスモデルは異なる)


図2 :「スイスの仕組み」


あとがき

スイスと日本の比較において、日本の方が優れている点や、日本同様に表現困難な歴史的部分が存在することも理解したが、ここではそれらは割愛し、日本より優れている点を解明するために「スイスの仕組み」について考察した。今後は、現在会長を務めるチューリッヒ日本商工会において、「スイスと日本の違いから、日本の将来を考える」と題した討論会を開催し、各パートについてさらに深掘りしてみたい。

【Q&Aの答え】
Q&A (1):
ベルン(Bern)。日本大使館がある、スイス第四の都市:チューリッヒ>ジュネーブ>バーゼル>ベルン。アインシュタインが特許庁に勤めながら特殊相対性理論を完成させた場所。

Q&A (2):
男性はHerren に、女性はDamen。

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