ノルウェー ヴァイキングの子孫たちの最新事情

欧州住友商事会社 ノルウェー支店長
我妻 良憲

スバールバル諸島のオーロラと星のダンス

スバールバル諸島のオーロラと星のダンス


オスロでの生活も2度目の冬を迎えると、さすがに驚く機会が徐々に少なくなってきますが、日本ではノルウェーのことはあまり知られていないと思いますので、赴任当初に新鮮に感じたことを思い出しつつ紹介させていただきます。2017年、ICANのノーベル平和賞授賞式で、オスロに報道陣が詰め掛けましたが、2018年は、ミッションインポッシブル6の撮影ロケ地、東京都美術館で展示されるムンクの『叫び』等でも注目を浴びるかもしれません。また、この投稿が掲載される頃、平昌冬季オリンピックで、いつものようにノルウェー勢が活躍し、メダル数でもトップ争いを演じたという結果がでていることでしょう。

北極圏に位置する王国NOR Way(=北航路の意)は、小国でお金持ち

ノルウェーは、日本とほぼ同じ面積ながら、人口比では25分の1の520万人で、縄文時代より少ないという事実を、上野国立科学博物館で知った際に、軽い衝撃を受けました(注:500万人を超えたのは平安時代ごろというデータもあります)。首都オスロでも約60万人と聞いて驚かれるのではないでしょうか。多くの地方都市は、数万人程度の規模で、北極圏まで届く縦に細長いフィヨルド海岸線に沿ったところに点在しています。このような小国でありながら、約50年前の石油発見を機に、欧州の最貧国の一つから世界でも有数の裕福な国家に変貌したという事実を押さえておいていただくと、後述するノルウェーの豊かな生活の背景をご理解いただけると思います。

また、地理的には、日本とはロシアを挟んで実は隣の隣同士であるとか、英国北海油田はノルウェーからみると最南端の油田であること、北緯80度近辺の北極圏に位置するスバールバル諸島や、逆に南アフリカよりさらに2,000km以上離れた南海に位置する無人島ブーベ島もノルウェー領に属することなどは、地図をじっくり眺めないと気付かないかもしれません。

ノルウェーに関して、報道等であまり目にしない理由の一つは、欧州にありながらEU加盟国ではないことも挙げられるのではないでしょうか。最近でこそ、BREXITとの関連でノルウェー方式という説明で知られてきていますが、ノルウェーがEU加盟国でないことは忘れられがちです。従い、何らかの統計で、EUランキングという統計があった場合、ノルウェーの実力が表に出ず、認識されないケースも時々見受けられます。

地軸の傾きを感じる国

北極圏に近い他の国々と同様、夏と冬の日照時間の差が、生活や考え方に与えている影響は大きいと思います。昔、東京に住んでいたシンガポール人の同僚が「植物の日々の変化と四季の素晴らしさ」を熱く語ってくれた際、「何を大げさな」と思ったことを今更ながら恥じているのですが、この国では、鈍感な私でも、日々の移り変わりを肌で感じます。特に5月、魚の骨だけのようになっていた木々の細い枝に、若葉が茂り、花々が次々に開いて街がカラフルに変わっていく姿を見ると、短い夏にせかされ競い合う植物たちの会話が聞こえてくるようです。また、日照時間の長短だけでなく、太陽の傾きが夏と冬でかなり違うことを実感できることも、緯度が高い地域に住んでいるからこその経験でしょうか。冬になると、太陽がようやく顔を出したと思ったら、低い角度を保ったまま、あっという間に沈んでしまいます。そのため、喉が渇くように陽光を浴びたい衝動に駆られ、太陽というのはいかにありがたい存在なのかということを体感します。太陽が出たら、早退してでも長く外にいたいと思うノルウェー人の気持ちも、分からなくはありません。


絶景「トロルの舌」からフィヨルドを望む

絶景「トロルの舌」からフィヨルドを望む

世界一幸福な国民?

幸福の価値観は人それぞれで、ビール1杯1,500円、日曜は基本的に買い物ができず、冬には日照時間が6時間になる国をもろ手を挙げて歓迎する人ばかりとは思えませんが、World Happiness Report 2017で1位に輝いたノルウェーでは、統計面だけではなく、実際幸福だと感じている国民も多いようです。私たちのような駐在員は、ノルウェー国民のような恩恵を全て受けられないものの、幸福度が高い理由は分かる気がします。

1)安全

まず安全であることです。残念ながら、当地でもテロ騒ぎは時々発生しますが、日本の田舎同様、戸締りに対する意識が甘いということが安全性のレベルを示していると思います。私が一番危険に感じるのは、車は止まるものだという前提で、道路を何のためらいもなく横断する歩行者が多く、ひやっとする時ぐらいでしょうか。

2)自然と街の融合

次に、生活に自然が溶け込んでいることです。特にオスロは、60万人都市でありながら、バス、地下鉄、路面電車、フェリー等の公共交通機関が極めて発達しており、早朝から夜中まで、少ない乗客数にかかわらず安定して運行されています。このおかげで、車がなくても、自宅、事務所、海、山、スキー場などに20分程度でアクセスできる利便性があり、首都でありながら自然へのアクセスが抜群というおそらく世界でも珍しい街ではないかと思います。

ノルウェーには「外に出たら気分が晴れる」ということわざがあります。少し歩けば、そこはマイナスイオン満載の森林です。日本のように手入れの行き届いた公園はあまりなく、むしろ手軽に自然を満喫できる環境がすぐ近くにあります。

3)健康づくりはバックヤードで

赴任後、ジムに行くことをやめました。費用が高い、温水プールの温度が低過ぎるということも理由としてありますが、ジムに行く時間が外で何かをする機会に置き換わったという感覚です。例えば、足腰を鍛えるため自転車で会社に行く。仕事で疲れたら、「自転車を地下鉄に乗せて帰宅しよう」という気軽さが、判断を後押しします。ちなみに、地下鉄は、自転車、犬などを持ち込んでも問題はありません。また、例えば冬になると、マラソンをする感覚で、クロスカントリーをしに行きます。家で、専用ブーツに履き替え、板とストックを持ち、電車に乗ると、玄関を出て30分後にコースで滑べり始めることができます。ジョギング感覚で1-2時間汗をかいて家に戻ると、もうリフレッシュできています。

このような軽い感覚で、ハイキング、マウンテンバイク、スケートなど、皆思い思いの健康づくりを気軽にしています。まさに老若男女という言葉がぴったりで、70歳代夫婦にクロスカントリーで抜かれてしまったこともありますし、幼児をスキー板のついたベビーカーに乗せて滑っているご婦人、さらには犬まで、自分に合ったペースで自然との触れ合いをエンジョイしています。また、多くの国民が、ヨットやヒュッテを保有しており、何ともうらやましい限りです。


主を引く犬、ベビーカーを引くママ

主を引く犬、ベビーカーを引くママ


女性に囲まれている仕事環境

中東に出張に行った際、インド人の男性がお茶を出してくれたことに違和感を覚えた時期もありましたが、こちらの職場でまず戸惑ったのは、高い女性比率です。取引先との会議では、当方以外全て女性というケースもありました。ジェンダーギャップ指数世界第2位を誇るノルウェーは、男女機会均等という面では先進国。しかし、かつて、女性は家で子育てをするものという考えが一般的でした。1970年代という早い時期に、国主導で法整備に乗り出し、女性の社会進出を強力に推進した長い歴史が今の形を作り出しています。国主導の功罪はありますが、クオータ制で女性登用の一定割合を確保したり、育休制度も充実させるなどして、企業・国民の意識を着実に変えてきた手法に学ぶことも多いようです。育休に関しては、男性も最低累積10週間の育休取得義務があります。働き盛りの年齢層の面々が不在になるこのシステムのため、正直、周囲のやりくりは大変ですが、ノルウェー全体がこのシステムで動いているので、不公平感がなく実際は大きな混乱もありません。また、妊娠中の女性が、とある会社の面談で採用され、即育休に入ったという話も聞きますが、日本の経営者には、どうしてそれで仕事が回るのか、想像がつかないかもしれません。もっとも、育休中の子供の世話をしている男性が皆ハッピーかというと、それは個人差があるようです。ベビーカーを押している男性の多いこと多いこと。

ただ、子供と一緒に過ごす時間が少なかったと後悔することだけはなさそうです。なお、当社でも、女性駐在員を西海岸の都市スタバンゲルに派遣し、仕事と育児の両立を目指しつつ、日本で働く女性の労働環境向上のヒントを得る取り組みを始めました。

高い生産効率、働き方改革の先進国

ノルウェーの労働生産性が高いことはよく知られています。前述の通り、女性の社会進出もその要因でしょう。個人的には、名目GDPを年間労働時間で割ることが労働生産性の高さを必ずしも正確に示しているとは思えませんが、人口が少ない、日照時間が短いという背景から、効率を追求する意識が高いのは間違いないようです。

人口が少ない→夫婦共働き必須→平日は両親が16時に退社必須(学校の先生も帰りたい)→接待なし→夫婦共働きができる…というような循環。それを横で見ていながら、われわれ駐在員はなぜ残業をしているのか???まだまだ現地化へのハードルは高そうです。


至る所にEV充電設備があります

至る所にEV充電設備があります


ノルウェー石油ガス産業を支える鋼管(左が筆者)

ノルウェー石油ガス産業を支える鋼管(左が筆者)


最後に

私から見たノルウェーの魅力を中心に書いてきましたが、いかがでしたでしょうか。

トリビアとして、他にも、「1905年の独立後、まだ100年程度の歴史、電源構成はほぼ100%水力発電、ハイブリッドを含めた電気自動車の販売比率は50%以上でテスラの売り上げは米国外ではトップ、女子ハンドボールは五輪で金メダルの実力、2期目に入った女性首相は国会でポケモンゴーをやってしまう、チェスの現世界チャンピオンはノルウェー人、1人当たりコーヒー消費量は世界5指に入る…」など、まだまだ詳しくお伝えしたい情報もありますが、誌面の関係で、ここまでとさせていただきます。

ノルウェーに造詣が深い方にとっては「?」と思われることもあるかもしれませんが、まだ勉強中ということでご容赦ください。

当社は、首都オスロ、西海岸の石油都市スタバンゲル、北海開発の供給拠点となるフローロの3地域でオフィスを構えています。

今回は私が暮らすオスロから見たノルウェーのご紹介ですが、地域によってまた違った顔を見せるまだまだ奥の深い魅力的な国です。

高いQuality of Lifeを謳歌(おうか)できる恵まれた国である一方で、寒さや冬の極夜により統計的にはストレスを抱えている人の割合も少なくありません。また豊かな国となった代償に若手世代への懸念などもあり、ノルウェーなりの課題はあるようです。当社は、1974年の事務所設立以来、40年以上、石油ガス用鋼管や船舶等のビジネスを中心に、ノルウェーを支えるエネルギー・海事産業の発展に寄与していますが、引き続き、ノルウェーと日本の懸け橋として幅広く貢献できるよう努力したいと思っています。

ノルウェー ヴァイキングの子孫たちの最新事情 誌面のダウンロードはこちら