エネルギッシュ! “輝き”を取り戻し進化するカンボジア

豊田通商株式会社 プノンペン事務所長
龍田 貴行

はじめに


アンコールワットの最上階にて(筆者右端)

カンボジアの首都プノンペンに赴任して10ヵ月。それまで出張で何度か訪れたことはありましたが、住んでみて初めて見える現実がたくさんありました。平均年齢は25歳と若いカンボジア。人口ピラミッドは日本と正反対。若年層が大半を占めるため非常にエネルギッシュな印象を受けますが、その背景には暗黒の歴史があります。1975-79年の4年間、ポルポト派(クメール・ルージュ)による知識人層を主とした大量虐殺により約200万人の命が奪われました。当時の人口は約600万人。この暗黒の時代を経て、今では人口は約1,600万人に。若年層が中心に消費経済を支え、経済成長率は約7%を維持。夢は自営業と語る若手カンボジア人(クメール人とも呼びます)が多い印象。手掛けるビジネスもカフェ、携帯ショップ、ネット通販など、多岐にわたっています。ここ数年の首都プノンペンの発展は、大規模な不動産開発のみならず、小売業界の隆盛によるところもあるように感じます。首都プノンペンの若者の目はキラキラ輝き、学習意欲も高くエネルギッシュ。彼ら彼女らの新しいものに対する吸収力は非常に高く、インターネットサービスも瞬く間に広まります。それが成長の原動力となっているように感じます。猛烈なスピードで成長するカンボジア。その真っただ中にある国だからこそ見られる光景を、幾つか皆さまにご紹介させていただきます。

1. これぞ究極のサービス?! 街の洗車屋さん



カンボジアの自動車保有者は結構きれい好きだと思います。街中には洗車屋さんが至る所にありますが、洗車代は内装掃除も含め5USドル(カンボジアは高度なドル経済国)とリーズナブルで、どこも繁盛しています。中には考えられないようなオプショナルサービスも。清掃もここまで徹底できるものなのですね。写真をご覧ください。

25USドル払えば、ご覧の通り、徹底した内装の掃除ぶり。全てのシートを分解して隅々まで清掃。ここまでやるか、と言いたくなるほどしっかり清掃してくれます。これには理由があります。カンボジアは米国からの中古車がかなり輸入されていて、街中を走っている自動車の90%は中古車。中には汚れ、臭いなどが染み付いていて通常の清掃では全く歯が立たない状態の車もあります。これを徹底的に清掃するため、写真のように分解して除去しているのです。このように従来の枠組みから出て、ニーズに合わせてサービスを展開していく光景は随所に見られます。

2. スモウ・レスラーが洗濯屋さん!?


カンボジアの1世帯当たりの子供の人数は、平均3-4人。おじいちゃん、おばあちゃんも同居し、さらには親族も一緒に住んでいるというケースもあるため、1世帯の人数が10人以上ということも珍しくありません。しかし、カンボジアの1世帯当たりの国民平均所得は4万-5万円。また、ほぼ毎日のように停電があり、各家庭で洗濯機を持つということは、まだまだ先のようです。

でも安心してください。カンボジアの街を歩いていると、至る所で「LAUNDRY」という看板を目にします。日本のクリーニング店とは違い、一般家庭でやる洗濯を代行してくれる「LAUNDRY」屋さんが増えてきています。1kg=約1USドル、特急仕上げ(5時間以内)1kg=4USドル。仕上げもアイロン付き、ほのかな良い香りがあり、家庭でやるより質の高い仕上がりで、コスパは最高です。筆者も時々利用しています。

写真をご覧ください。インパクトのある看板ではないでしょうか。「スモウ・レスラーがアイロンを片手にWi-Fiを想像している」。一体、何屋さんなのか興味をかき立てる看板です。

これまでランドリー屋さんは家内経営している店が多かったのですが、このスモウ・レスラーが看板になっているランドリー店「MODERN LAUNDRY」は全国に120店舗以上のチェーン展開をして急成長しています。今ではプノンペンでも多くのスモウ・レスラーの看板を見掛けます。当社スタッフによれば、2006年にカンボジア人オーナーのヘイマー氏が大学卒業後、シェムリアップで創業し、全国展開。スモウ・レスラーからイメージされる力強さ、日本=信頼できる、そして店名にあるMODERN(先進的)な技術をイメージさせる看板で目を引き付けて成功を収めているようです。

3. コーヒーチェーン店がデジタル・マーケティング



カンボジアでのデジタル・マーケティング。そのデファクトスタンダードを築いたのがローカル・カフェチェーンの「BROWN」。その最新の旗艦店、そしてマーケティング手法を写真付きで説明します(写真参照)。

カンボジアでは、日本以上にWi-Fiインフラが整っています。ほとんどの飲食店では無料でWi-Fiが利用できます。パスワードはお店の名前や電話番号などが一般的ですが、そこにマーケティングの発想を持ち込んだのがローカル初のカフェチェーン「BROWN」。

「BROWN」のWi-Fiパスワードは定期的に更新されますが、それはレシートに記載されています(写真参照)。ログイン画面では、初めにその週のイチオシ商品や、新サービスなどの広告が表示されます。下にスクロールするとパスワードの入力画面が登場。その週のイチ押し商品や新店舗の地名などがパスワードになっています。これは記憶に残りますね。

「BROWN」のSNSリクルーティングも話題です。Facebook上でスタッフ募集の動画を投稿しているのですが、その内容は「BROWN」で働く楽しさや喜び、働く先に目指す目標を社員が語るというもの。露骨なリクルーティング動画ではなく、心に訴え掛けるその内容に共感し拡散されています。新規出店攻勢をかけているグローバルカフェチェーンであるスターバックス(米国)やアマゾン(タイ)などとの差別化により、確固たる地位を築いています。

外資進出においてはインフラ不足が懸念点に挙げられる新興国ですが、通信インフラにおいては日本の先をいっているようにも感じます。ITを活用したカンボジア発のサービスが世界に打って出る日もあるのでは?と期待しています。

4. タイ・カンボジア国境の不思議な空間―ポイペトー

バンコクから陸路3-4時間、タイ陸路国境に隣接するポイペトは、ヒト、モノ、トラック、リヤカーが行き交う混沌とした極めて特異な空気を醸し出しています。特に両国のイミグレーションの間にある「不思議な空間」にはカジノホテルやレストラン、屋台が密集しており独特の融合文化が見られます。この空間はカンボジア領に属しており、国内で賭博を禁止されているタイ人にとっては「外国」となるため、合法的にカジノを楽しむことができ、カジノホテルが林立、ここ数年でその数がかなり増えました。この空間での流通通貨は「タイバーツ」のみ。自国の流通通貨であるリエル、USドルが使用できない、実に不思議な空間です。カジノのお客さまの大半がタイ人ゆえ、言葉、流通通貨もタイ語、タイバーツであり、実質、カンボジア領のタイ文化圏といえます(国境の混沌とした写真)。



国境エリアのカンボジア側のカジノホテルを壊すことなく、ビルの下の道路沿いに、まるで遊園地の周遊線路かのように建物の隙間を縫って鉄道を敷いています(写真右側)。カンボジアの鉄道は、内戦前はプノンペンを起点としてポイペト(タイ国境)とつなぐ北線が運航していたといいます。現在軌道工事は終わったものの、その上に車や二輪車が駐車されておりタイ−カンボジア二国間をつなぐ鉄道の運行再開にはまだ時間がかかりそうです。

そのような不思議な国境都市は最近、「タイプラスワン」として製造業にとって魅力的な生産拠点として脚光を浴びています。タイ進出企業の多くが労務コストの上昇、労使交渉の長期化、労働者確保の困難化などの経営課題に直面しており、何とかしたいと思っているのが実情のようです。

カンボジアでも最低賃金上昇が続きますが、いまだ労務コストはタイの半分以下、全国平均年齢は25歳で若年層の労働力は豊富で、しかも勤勉+手先が器用です。またポイペトはバンコク、タイ主要工業団地から3-4時間という立地ゆえ、輸送費も他隣国の国境工業団地と比べかなり低く抑えることができる利点があります。さらに厚い投資恩典(インセンティブ)があり、カンボジアも法人税は最長9年間免除という税制優遇措置を受けられます。これらの優位性に目を付けた日系大手メーカーは、2012年に生産工場を新設、タイから原材料を輸入してカンボジアで加工後にタイ工場に戻して最終製品に仕上げるという工程移管をしてタイでの経営課題解決とともに、自社の競争力の最大化を図っており、それ以降も進出企業は後を絶たない状況です。


豊田通商が運営するテクノパークポイペト


当社も「タイプラスワン」の適地、さらにはホーチミン~プノンペン~バンコクの南部経済回廊の要衝であるポイペトに2016年9月テクノパークを稼働させ、レンタル工場はじめ、進出企業様に対してアドミサービスを展開、人材育成・派遣、経理、総務(キャンティーンなど福利厚生)を提供することで進出企業様にモノづくりに専念できる環境を提供しています(写真参照)。

終わりに

カンボジアの前の赴任地は、インド・バンガロール。そこで4年間駐在していました。もちろん、インドも若者のエネルギッシュな部分に触れましたが、13億人の人口を誇るインドでは「いかに生き残るか、いかに相手と交渉して勝ち残るか」というような競争心を強く感じました。一方、カンボジアは、約100分の1の人口。競争心はないわけではありませんが、これまでのクメール・ルージュ時代に停滞・後退した分を取り戻そうという意識が非常に高く、いろんなものを吸収して実践に結び付けて成功を収めていこうというチャレンジ精神が旺盛です。われわれもその中に見習うことが多々あり、キラキラと輝く目をした若者と机を並べて切磋琢磨していくことで充実した日々を過ごさせてくれています。エネルギッシュ・カンボジア!