トップフォーラム「食料の安定的な供給に向けた施策をめぐる状況」

日本貿易会第179回理事会 農林水産省 農林水産審議官
渡邉 洋一氏 

2025年5月21日(水)開催の当会理事会にて農林水産省農林水産審議官 渡邉洋一氏にご講演いただきましたので、その要旨をご紹介します。

1. 食料・農業・農村基本法の改正(2024年6月)


 ウクライナ危機や地球温暖化、国内人口減少による農業の担い手の減少・高齢化などの内外情勢の変化を背景に、約四半世紀ぶりに改正した。改正法の柱は「食料安全保障の確保」であり、これは旧法にはなかった新たな基本理念として定義された。基本理念と基本的施策の概要は次の通り。


食料安全保障の確保
 国民が良質な食料を合理的な価格で安定的に入手できる体制を目指す。国内生産に加え、農産物の輸出拡大も重視し、供給能力を維持する。国内生産で需要を満たすことができない農産物や農業資材の安定的な輸入のため、輸入先の多様化、相手国への投資を促進する。輸出産地の育成や輸出団体への支援も推進する。

環境と調和のとれた食料システムの確立
 畜産などは環境に負荷を与える面もある。農業生産活動や食品産業の事業活動における環境負荷低減を推進し、温室効果ガスの削減を含む、環境に配慮した食料システムを構築する。

農業の持続的な発展
 生産性や付加価値の向上に取り組み農業の持続的発展を支援する。農村の振興地域社会の維持・活性化を目指し、農地保全のための共同活動の支援も行うこととしている。

2. 新たな食料・農業・農村基本計画の策定(2025年4月11日閣議決定)

 2024年6月の基本法改正を受け、新たな計画を策定した。目標を明確に設定し、進捗を定期的にレビューする体制を構築している。主な目標は次の通り。

食料安全保障と自給率
 食料自給率目標(国際基準準拠)は従来の45%を維持する。新たに「摂取ベース」の目標を導入した。国内生産に安定的な輸入と備蓄とを組み合わせる中で、食料安全保障を確保していく。

農業の持続性と構造改革
 農地面積目標412万haを維持する。担い手(49歳以下)数を現在の4.8万人維持していく。1経営体当たりの生産量を1.8倍に拡大する。生産コスト低減に向けコメは15ha以上の経営体で1俵(60㎏)当たり9,500円を目指す。麦・大豆は現状の生産コストの2割減を目標としている。

輸出促進、環境への対応、農村振興
 農林水産物・食品の輸出額目標は5兆円を維持する。温室効果ガスの削減目標を設定し、環境負荷低減を推進する。農村関係人口の拡大に向けた市町村数の増加を目指す。農村地域での付加価値額の増加を目標に施策を展開していく。

輸入の安定化対策
 小麦・大豆などの主要穀物は民間(商社など)が輸入している。官民連携により調達の強靭化を図る。調達先の多様化、海外の調達網への投資、政府間対話、国内での官民の情報共有の強化に取り組む。

3. 食料の輸入安定化に向けた主な施策

調達先の多様化
 小麦・トウモロコシ・大豆の調達先を米国依存から分散してきている。例えば、トウモロコシは米国産の比率が1999年に96%だったのに対し、2023年には50%程度に低下した(ブラジルが台頭)。

輸入相手国での調達網への投資促進
 投資可能性調査(フィージビリティスタディ)を予算事業により支援している。令和6年度補正予算では1億円、令和7年度当初予算で1,000万円を確保した。投資の実施段階では、JBIC(国際協力銀行)・NEXI(日本貿易保険)との連携による投資資金の調達を支援するとともに、現地インフラの整備に向けては、わが国ODAなどの活用を通じた港湾・鉄道などの公共輸送インフラの整備について、関係省庁・機関と連携して進めていく。

政府間対話の枠組み整備
 例として、ブラジルとの対話を強化している。2024年5月に政府間対話の枠組みを立ち上げることに事務レベルで合意し、9月に閣僚級での対話を開催して農業・食料分野での協力覚書を締結した。閣僚級・実務レベルの両方で、穀物の安定供給を含む議論を行うための定期的な会合を開催することとしている。

国内の官民連携強化
 2024年6月に日本貿易会との協議会合を初開催、10月より実務レベルでの連絡会を開催している。今後とも定期的な情報交換と状況把握のための実務連絡会を3-4ヵ月に1回程度の頻度で開催していきたいので、引き続きよろしくお願いしたい。

4. コメの輸出入に係る制度、施策

コメの輸入制度
 WTO協定(ガット・ウルグアイ・ラウンド合意)により、日本はコメの最低輸入機会(ミニマム・アクセス:現在は77万t)の提供義務を負っている。ミニマム・アクセス米は国家貿易により、国が一元的に輸入・販売している。ミニマム・アクセス米の輸入については関税は無税であり、国家貿易による販売差益(マークアップ)は1kg当たり最大292円である。国家貿易外(枠外)の輸入は民間業者が行い、関税は1kg当たり341円となっている。CPTPPに基づき豪州枠(最大8,400t)も設定されているが、これも関税は無税でマークアップのみ徴収している。最近は国内におけるコメの需給事情により、(売買同時入札枠の)マークアップが上限に近づくとともに、枠外輸入も数千t規模の数量になっている。

国内における水田政策の見直し(基本計画)
 新たな基本計画で水田政策を抜本的に見直すことを位置付けた。水田を対象として支援する水田活用の直接支払交付金を見直し、作物ごとの生産性向上への支援へと転換する。コメについては、大区画化・スマート技術の活用・品種改良・輸出を含めた米需要拡大を促進する。国産飼料の生産性向上を図るため、飼料用米中心の生産体系を見直し、青刈りトウモロコシ等の生産振興を図る。麦・大豆・飼料作物については、費用対効果を踏まえた支援への見直しを検討する。有機・減農薬・減肥料について支援し、農地集約化などへの支援を強化する。

コメの輸出促進施策(基本計画)
 コメの輸出は年率10%以上で増加している。低コストで生産可能な輸出産地の育成を進める。農地集約化(15ha以上)、大区画化(1ha以上)、品種改良と多収量品種の作付け拡大を図り、30の輸出産地形成を目指している。2030年の輸出数量目標を35.3万t(原料米換算)と設定している。

5. わが国のEPAに係る取り組み

 日本はこれまで、CPTPP、日米貿易協定、日EU・日英EPA、RCEPなどを進めてきた。現在も、日中韓やUAE、GCC、バングラデシュなどとの間でEPA交渉を行っている。2025年3月には、ブラジル大統領の来日にあわせて日・ブラジル首脳会談が行われ、「日・ブラジル戦略的グローバル・パートナーシップ・アクションプラン」に合意した。その中で、日・メルコスール戦略的パートナーシップ枠組みを早期に立ち上げ、その下で貿易関係の深化に向けて協議を進めることを確認した。将来的なEPAへの期待があることは理解している。メルコスール諸国(ブラジル、アルゼンチンなど)は農業大国が多いため、日本国内には慎重な声もある。関係者の意見を丁寧に聞きながら進めていく。

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