トップフォーラム「第七次エネルギー基本計画と今後の課題」

日本貿易会第383回常任理事会 一般財団法人日本エネルギー経済研究所 理事長
寺澤 達也氏 

2025年2月12日(水)開催の当会常任理事会にて一般財団法人日本エネルギー経済研究所理事長 寺澤達也氏にご講演いただきましたので、その要旨をご紹介します。

1. 第七次エネルギー基本計画と残された課題


背景
 前回の計画(第六次エネルギー基本計画)が策定された2021年10月以降の3年間で周辺環境が激変した。ロシアのウクライナ侵攻(2022年2月)、その後の中東紛争により世界でエネルギー安全保障への注目度が高まった。国内では、東京電力管内での電力需給逼迫の発生(2022年3月)、AIを中心にした電力需要増大、ChatGPTの登場(2022年10月)などがあった。2050年でのカーボンニュートラル達成の公約がある中、将来の不確実性が増している。政府は数字の一人歩きを懸念している。他方では、地球環境問題に先行して取り組んでいたドイツが産業空洞化に直面し、EUもドラギレポートで競争力を言及しはじめている。特にウクライナ侵攻以降に欧米勢によるLNG調達競争が活発化する中で、日本勢が出遅れ気味という状況の変化が見られる。特に2022年に集中的に発生した事象による環境変化は革命的といえる。

第六次エネルギー基本計画(2021年10月)との比較
 第六次計画では政府方針に基づきGHG削減にのみ集中していた。その後の変化を踏まえて第七次計画ではエネルギー安定供給・コスト・脱炭素の重点順に議論がなされた。また第六次計画での単一シナリオから、第七次計画ではリスクシナリオ(プランB)を用意し技術開発の不確実性などからカーボンニュートラル達成時期が遅れる可能性も考慮している。政府がリスクシナリオを用意することは異例である。第六次計画の積み上げ方式から、第七次計画では目標からの逆算によるシナリオ方式で計画を策定している。将来の不確実性、数字の一人歩きを懸念した幅のある複数のシナリオとなっている。また時間軸の設定を10年先から15年先へ変更し、第七次計画では2040年としている。

原子力発電(位置付けの変更)
 原子力の位置付けが変更された。東日本大震災以降の原子力への依存度低減の方針から、原子力を脱炭素電源として再生可能エネ
ルギーとともに最大限活用することを明記し大きく方向転換している。総発電量が増える中で発電量に占める原子力の比率を20%程度まで増やす計画となっている。計画実現には、現在停止中のほぼ全ての原子力発電所が再稼働し運転期間を延長すると共に、建設中の発電所のほぼ全てが完成し運転開始する必要がある。また2040年以降に運転期間を完了する発電所もあるので発電所の建て替えを容認する計画となっている。加えて同一事業者が異なる敷地で発電所の建て替えを行うことが容認されている点も重要である。巨額の長期金融が必要となることによる大型脱炭素電源に対する資金手当、世界的には日本、インド以外では認められている事業者の賠償責任有限化といった手当を可能とすることが課題となっている。周辺地域も含めた発電所立地地域への産業立地による振興策を検討している。

電力分野(環境変化と電力システム進化)
 2007年以来の電力需要の減少から一転して需要が増大する計画となっている(第六次計画の約10%減見込みから第七次計画では約10-20%増見込みへ変更)。自由化・競争促進から、供給力確保に重心を置いている。長期脱炭素オークション制度の見直し(20年間のCAPEX保証)も計画している。一方で燃料調達を含むOPEXは引き続き課題となっている。非効率な火力発電の運転停止が進んだことで予備電源確保が課題となっている状況を受け、予備供給電力確保に向けての制度見直しも計画している。電源のみならずデータセンター網の系統整備などを見据え電力会社全体が厳しい資金調達環境に置かれてきている。電力会社向けの投資ファイナンス支援に向けて2026年の通常国会を視野に法改正を検討している。また卸電力市場で小売事業者が調達の全量をスポット市場に頼らないようにする規律強化も計画している。

LNG(不確実性への対応)
 第七次計画ではLNG需要見通しを2022年度の6,600万tから2040年度に5,400-6,000万tへ減少することを基本シナリオとし、技術進展が想定通り進まなかった場合のリスクシナリオでは7,400万tまでの増加を想定している。日本でウクライナ侵攻後のLNG価格が欧州程高騰しなかったのは商社などによる長期契約での調達比率が高かったためであった。そのため第七次計画では政府が一定のリスクを補完しながら長期調達契約を支援していく。加えて、昨今のホルムズ海峡以外の地政学的リスクも勘案し、現状の在庫水準(2週間)の延長の必要性について、コストも考えながら議論している。

再生可能エネルギー(立地制約、出力変動)
 第七次計画での再エネの発電量比率は、2022年度の21.8%から2040年度に4-5割程度へ増加することを計画している。第六次計画比で比率の増加を見込む再エネ電源は、太陽光(23-29%)、風力(4-8%)となっている。一方、立地地域の理解、風力を中心とした経済性が課題と考えている。太陽光は天候変動により発電量に大きな変動が生じる。発電量の変動に備えたバックアップ電源の確保も、再エネ特有の考慮が必要な点である。2022年3月の東京電力の電力需給ひっ迫時には13GW(原発13基分程度に相当)もの発電量の振幅が3日間で発生した。電力システム全体のコスト試算では、再エネ導入比率4割程度の場合、太陽光で最安コストが実現するとの結果が出ている。再エネ比率を6割まで上げると電力システム全体でのコストが高騰する。太陽光は地域との共生が非常に重要な電源である。北海道には立地の余力があるものの長距離の送電線建設コストが課題となる。また洋上風力の昨今の世界的なコスト高の傾向を政府は認識している。対策として入札前の調査実施を政府が主導して行うこと、入札後のインフレの影響緩和を狙い落札後の審査迅速化による着工までの期間短縮を政府は検討中である。ペロブスカイトPV、浮体式風力、新型地熱といった新技術の議論も政府が推進する方針である。

水素・CCS(期待と現実とのギャップ)
 CCS(二酸化炭素回収・貯留)への期待は大きく、火力発電のみならず熱需要などの非電力部門での脱炭素化の鍵となっている。第七次計画では、①水素、再エネ、CCSの全てが計画通りに進む、②再エネのみが計画通りに進む、③CCSのみが計画通りに進む、④水素のみが計画通りに進む、という4つのシナリオを前提としている。CCSは、再エネ、水素と共に重要視されており、水素よりも遅れているCCSの価格差支援の仕組み作りを進めるための法改正を来年の通常国会で目指している。一方、水素の価格差支援策については15年間で3兆円という空前の規模で政府が準備している。財政支援に加えて規制制度改革について議論中であるがカーボンプライシング以外はっきりしていない状況となっている。合成燃料については、将来的には水素ベースの合成燃料が期待されるが現状価格が高いため、中継ぎとしてバイオ燃料の開発が進むことが期待されている。一方、水素関連の燃料開発の将来見通しがよくわからないとの批判があり、見通しの具体化の必要性を政府は認識している。

省エネルギー(非連続の取り組み)
 省エネは引き続き非常に重要である。オイルショック以降の取り組みで既に省エネ先進国となっている日本にとってさらなる省エネへの取り組みは難易度が高い。しかしこれまでの取り組みの延長線上にない非連続の取り組みを考えていく必要がある。AI関連の省エネ、AIを活用した省エネといった取り組みが重要となってくるが、後者は具体化が進んでいない。デマンドレスポンス、需要ピークのシフト(昼間の発電電力の活用)での創意工夫が必要な状況である。

カーボンプライスの導入
 ようやく日本でも排出権取引が制度化される。今国会で法制化され2026年度から本格的に実施する。対象はスコープ1での排出が年間10万t超となる企業(鉄鋼、セメント、紙パルプ、自動車業界などの企業)で300-400社を見込んでいる。環境価値の評価、価格転嫁が課題となっている。国境措置はEUの炭素国境調整措置(CBAM)が先行し、英国、豪州も追従している。事実上関税措置であるため、貿易立国たる日本の悩ましい課題である。

NDC(国別削減目標)
 第六次計画では2035年度に2013年度比46%削減を目標としていたものを、第七次計画では60%削減とする方向でパブリックコメントを募集している。

2. 国際協力

⑴ 日米協力
米国LNGの輸出拡大
 日本が長期契約をどのように支援していくのか、日米首脳会談で言及のあったアラスカのLNGの扱いといった課題がある。日本だけでは需要を満たすことはできないため、韓国・台湾、アジアにおける需要拡大、ファイナンスが重要となってくる。一方で長期契約を政府が支援していくことも必要である。ロジスティクス面では、パナマ運河は水位が低下しLNG船が通れない状況が発生している。スエズ運河も航海が危ないため喜望峰回りとなっている。距離が長くなるとCO2排出が増える。これらが大きな課題となっている。

小型原子炉(SMR)の米国からの輸出
 日米首脳会談でも言及しているとおり米国は注力している。東南アジアは市場として期待されている。一方、原子力へのファイナンスが現状国際金融機関の支援対象外であること、許認可面での連携、標準化、原子燃料、燃料サイクルの確立が課題となっている。

水素・アンモニア・クリティカルミネラル
 日本の価格差補填制度と米国のIRA(インフレ削減法)を組み合わせて活用し、規格・認証整備や需要開拓をともに推進していくことが期待される。日米首脳会談での公式文書ではLNG、SMR、クリティカルミネラルが記載され、総理はアンモニア、バイオ燃料にも言及している。

AZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)
 日本が主導している。トランジション・ファイナンスの充実、カーボンクレジット市場の活用と拡大を推進していく必要がある。水素・アンモニアの需要創出、東南アジアでは送配電網の整備が求められている。

⑵ 日印関係
 エネルギー分野がパートナーシップにおいて非常に重要である。インドは水素や送配電インフラの整備、バッテリー製造、ソーラーパネル製造技術の獲得に関心がある。日本のみでは実現できない大規模需要の開拓がインドと連携することで期待できる。

⑶ TICAD(アフリカ開発会議)
 今年横浜で開催する。送配電網、地熱発電、クリティカルミネラルなどの分野で日本とアフリカの連携のきっかけが生まれることが期待される。

⑷ サウジアラビア・UAE
 資金が潤沢にあるとともに多角化を目指している。日本に対する期待も大きい。前回の万博はUAE /ドバイ、大阪万博の次はリヤドでの開催となっており、両国のトップの来日が見込まれる。エネルギー分野だけでなく、素材、観光、医療、AI、宇宙、食料など非エネルギー分野での幅広い連携が期待される。

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