2024年9・10月号
2024年7月17日(水)開催の当会常任理事会にて経済産業省経済産業事務次官 飯田祐二氏にご講演いただきましたので、その要旨をご紹介します。
7月1日に経済安全保障、イノベーション、GX(グリーントランスフォーメーション)などの推進体制を強化するための機構改革を実施した。貿易経済協力局を貿易経済安全保障局に改組し、一部の事務を通商政策局へ移管した。さらに産業技術環境局をイノベーション・環境局とGXグループに分割し、GXやイノベーション政策を進めていく。
日本経済の課題
過去30年間、全体として見れば日本企業はコスト削減を中心とした経営となっていたと分析している。結果的には利益は上がってきたが世界と比べて低い研究開発への投資、既存事業優先で新規事業が採用されず、潜在成長率を引き上げるために必要な国内投資も行ってこなかった。
企業と政府の目線の違い
企業は利益を最大化するために内外問わず有利なところに投資をした結果、海外投資が拡大したが、国民目線の政府は国内での投資促進と賃金の向上を重視している。この目線の違いを認識し、海外展開は進めつつも、国内でも結果を出すことが求められている。
マクロ環境の変化と日本の再評価
地政学的リスクの拡大により、日本が再評価されている。為替レートの変動や労働力の供給制約が日本経済に影響を与えている中、事業構造の変革が求められている。
経済産業政策の新機軸
多くの企業が海外に投資し、そこで得た利益の多くを現地で再投資しているため、国内の投資拡大にはつながっていない。そのため国内での投資を促進する政策が急務となっている。これが経済産業政策の新機軸の一つの視座である。
新機軸に向けた取り組み
30年続いたマインドを変えなければならない。GXや経済安全保障、DX(デジタルトランスフォーメーション)といった政策を実現するための社会基盤の組み換えや人材育成、スタートアップ支援を開始した。これまでの3年間で、GX推進法やTSMCの誘致、1兆円のスタートアップ支援と2,400億円のファンド設立、1兆円のリスキリング支援、国内投資促進のための7兆円支援パッケージなどを打ち出した。メッセージを明確に打ち出し、具体的な政策を講じ、企業の予見可能性を高める。
エネルギー自給率
日本のエネルギー自給率は依然として13%と低く、化石燃料の輸入依存度が高い。地政学リスクの顕在化、為替変動による燃料輸入額の増加で経済上のリスクが問題化している。
CO2 排出削減目標
2030年度、2013年度比で46%が削減目標であり着実に進捗している。エネルギーミックスで見ると再生可能エネルギーの導入が遅れる一方で、省エネルギーの取り組みは進展している。EUは2040年までに1990年比でCO2排出量90%の削減を目指している。一つのメルクマールとなる。日本も高いレベルの目標設定が求められる可能性がある。
「成長志向型カーボンプライシング構想」による投資促進パッケージ
10年間で150兆円超のGX官民投資を実現するためGX経済移行債を創出、20兆円規模の財源を確保し先行投資支援を行う。加えて2026年度から排出量取引制度、2028年度から化石燃料賦課金といったカーボンプライシングを導入し、財源を確保しながらカーボンニュートラルの取り組みを後押しする。
GX 経済移行債
トランジション・ボンドとして発行する。フレームが確立しているため予見可能性のある複数年度の支援など企業の要望・意思決定に応じた自由度を持った財源手当が可能、使途を柔軟に設定し投資を後押しする。
課題
中東情勢の緊迫化などによるエネルギー供給の安定性確保が課題となっている。また、DXの進展に伴う電力需要の増加に対応するため、電力供給の強化が必要と認識している。電力供給の強化とともに、電源の近くに産業を立地させることも含め、需要に応える供給体制を構築する必要がある。
グローバルGX 戦略
日米や日EUでサプライチェーンを維持するためのルール作りを進めている。通商ルールを駆使しサプライチェーンを誘導する動きも存在している。わが国の競争力の基盤となる高度な計算資源やデータセンターの立地も無視できない。経済安全保障の観点や国際通商環境を踏まえ、分野に即した戦略が必要と考えている。エネルギー供給基盤の確保など産業基盤を失わない支援を優先課題として認識している。
GX 推進機構
GX推進法に基づき機構を立ち上げた。政府が1,200億円出資、7月1日から40人体制で業務を開始している。この資金を元手に債務保証等を行う。先ほど述べた20兆円のGX財源で必要な手当を実施していく。排出量取引制度の運営や化石燃料賦課金の徴収を今後担うこととなっている。シンクタンク機能を持たせ増員も図り、GX推進機構を政策のハブにしていく。ぜひ機構を活用していただきたい。
アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)構想
岸田総理が、アジア各国が脱炭素を進めるとの理念を共有し、エネルギー・トランジションを進めるために協力することを目的に提唱した。2023年12月にはAZEC首脳会議を開催、多様で現実的な道筋の認識の下、「アジア・ゼロエミッションセンター」とAZECを支援する賢人会議の立ち上げ、トランジション・ファイナンスの重要性を指摘する共同声明を発出した。6月19日には総理出席の下、第1回AZEC推進関係省庁会議を開催、AZEC担当大使を任命し推進体制を強化した。国際協力銀行・日本貿易保険・国際協力機構を通じた支援を含め関連プロジェクトをさらに強化していく。
今後の進め方
GX国家戦略案を年内に策定する。エネルギー基本計画と地球温暖化対策計画の素案も年内に作り、パブリックコメントを経て年度内の改定を目指す。
先端技術の多くが軍ではなく民間で開発されており、経済安全保障が国の安全保障の重要な一部として認識されている。世界中で経済安全保障の仕組みが整備され、特に中国、ロシアを念頭に置いた政策が展開されている。広島サミットでは初めて経済安全保障が声明に明確に位置づけられた。これは非常に象徴的なことだと考えている。
経済産業省としては有識者会議を設置、脅威とリスクの分析を行い、必要な分野への支援と防衛策を講じる。加えて冒頭説明した貿易経済安全保障局をつくり、経済安全保障政策課や技術調査室を設置し人員も充実した。新しいセキュリティ・クリアランス制度は商社活動にも影響を及ぼす可能性がある。分析と措置を通じて、経済成長と安全保障の確保を図っていく。