トップフォーラム「最近の話題」(経済産業省 事務次官 多田 明弘氏) 

経済産業省 事務次官
多田 明弘

ご講演要旨

2023年5月17日(水)開催の当会理事会にて、経済産業省 事務次官 多田明弘氏にご講演いただきましたので、その要旨をご紹介します。

最近の経済情勢、新機軸総論


貿易収支は、円安・資源価格上昇により2022年に悪化し、赤字が継続している。貿易赤字が継続していることにより、経常収支も悪化している。2022年10月には経常赤字を記録した。

2023年においては、賃上げは中小企業も含めて3%以上を記録している。ただ全体としては、好業績により増えた利益を賃金に転化している事業者ばかりでもなく、「賃上げを行わないと人手が不足してしまう」という事業者もいるようだ。ホテルや飲食といったサービス業では特に人手不足が目立ち、ホテルでは人手不足のため予約を制限するという話も聞こえている。

こうした状況ではあるが、前回(2021年9月)の常任理事会でお話ししたときと比較すると、日本経済は全体的には好転している。

前回は、世界で産業政策の競争が始まっている状況の下、「政策の不作為に陥ってはならず、少し間違えてしまうかもしれないが、思い切ったことをやる」、「政府がその役割を果たすから企業もそれに応えてほしい」というお話をした。その後、菅総理から岸田総理に変わるということはあったが、「経済産業政策の新機軸」の考え方に基づき、補正予算に半導体産業の支援を組み込むとともに法的根拠の整備も行った。こうした中で、TSMCとソニーの合弁設立の話が進展した。

特定の産業を育てようということではなく、「ミッション志向」、すなわち、GX、DX、経済安全保障、健康、災害対応(レジリエンス)など社会が抱える課題に対して、それぞれに予見可能性を高めるためのアプローチをしようということで取り組んでいる。単年度あるいは数年での実現を目指すのではなく、向こう5年、10年という中長期な取り組みとして進めている。


脱炭素社会の実現〜CN目標実現に向けたGXの推進


2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が起こり、エネルギー安全保障上の課題を改めて認識。こうした昨今の情勢変化を踏まえ、エネルギー安定供給と気候変動対策を両立するべく、同年7月にGX実行会議を立ち上げた。その後の議論を踏まえ、2023年2月に「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定し、今通常国会に、本基本方針を具体化するための法案である「GX推進法案」と「GX脱炭素電源法案」を提出し、「GX推進法案」は先日可決・成立した。

「GX推進法」は、カーボンニュートラル実現のためには今後10年間で官民合わせて150兆円を超える投資が必要であり、まずは政府が呼び水として10年間で20兆円の支援を確保するという内容のものである。

GX投資を促進する「成長志向型カーボンプライシング構想」の下、GX経済移行債の発行、発電事業者に対するEUと同様の「有償オークション」の段階的な導入(2033年度から)、炭素に対する割賦金制度の導入(2028年度から)、GX経済移行推進機構の創設の検討・実施などが明記されている。日本経済全体がしっかりと150兆円規模のGX投資を行えるように制度を整えたと認識している。

「GX脱炭素電源法案」は、原子力政策の変更という文脈で報道されているが、原子力のみを重視しているわけではなく、電気の安定供給とカーボンニュートラルの実現を両立する観点から、再エネと原子力という脱炭素電源の利用を促進するため、再エネの主力電源化とあわせて、安全確保を大前提とした原子力の活用を進める、というものである。

再生可能エネルギーを発電できる場所は人口が少ない地域であることが多い。したがって、作った電気を需要地に運ぶための送電線が足りないことがネックになり得るため、送電線を整備することで、さらに再生可能エネルギーを導入できるようにしたい。原子力については、40年+20年という運転期間制限の枠組みは維持した上で、高経年化した原子炉の規制の厳格化を図りつつ、規制の変更など、事業者から見て他律的な要因で運転を停止した期間は、運転期間のカウントから除外するものである。

経済安全保障の実現~半導体を中心に

経済安全保障について、半導体を中心にお話しする。2022年5月に「経済安全保障推進法」が成立し、同年8月に施行された。本法においては、「重要物資の安定的な供給の確保」を柱の一つと位置付けている。新型コロナウイルス感染症の影響を受けた半導体の供給不足に伴い、多くの産業に深刻な影響が生じたことは記憶に新しいが、こうしたことを背景として、国民の生命、生活や経済活動にとって重要となる物資のサプライチェーンを強靭化することが狙いである。2022年12月、「重要性」、「外部依存性」、「外部から⾏われる⾏為による供給途絶等の蓋然性」、「本制度により安定供給確保のための措置を講ずる必要性」の4要件に照らして半導体を含む11の特定重要物資を指定し、2023年1月、物資ごとに「安定供給確保取組方針」を策定、現在、当該方針に基づく政策を具体化している段階である。

一口に半導体といっても、サプライチェーン強靭化の対象はチップのみではなく、半導体の製造装置、その素材、さらにはその原料に至る幅広い部素材のサプライチェーン全体を対象としている。これら全てを安定供給できるサプライチェーンを日本単独で構築することは困難であり、有志国との連携も念頭に置いて取り組んでいる。特に半導体については、経済安全保障推進法が成立する前から強い危機意識を持っており、5G促進法およびNEDO法を改正し、日本国内における製造工場建設のための助成を行ってきた。

その成果の一つが熊本県の例だが、三重県や広島県でも同時並行で進めている。熊本県では、JASMの進出発表後、九州における半導体関連企業の設備投資(新棟建設、新規工場建設など)が一気に進んでいる。約5,000億円という国の財政支出にはいろいろな見方があるかもしれないが、支出額以上の効果が出てきている。例えば、保守的な評価モデルでもGDPに約3.1兆円の好影響があり、税収も約5,855億円の効果があると見込まれている。

韓国に対する輸出管理については、2019年に運用の見直しを行い、これが2国間の懸案事項になっていたわけだが、2023年に入り韓国側に動きが見られるようになり、行政当局間で精力的に政策対話を行った。3月には、個別許可としていた半導体関連の3品目について、特別一般包括許可を適用することとした。現在、韓国をわが国と同水準の輸出管理が行われていると認められる国(グループA国)に追加する政令改正案について、パブリックコメントを募集している。

なお、高性能な半導体製造装置(23品目)について、安全保障の観点から、軍事転用の防止を目的として、輸出管理を厳格にするための省令改正を準備している(注:5月23日に改正省令を公布)。

スタートアップ

日米の企業の株式市場におけるパフォーマンスの推移を見ると、米国はGAFAMのような巨大なユニコーン(企業価値10億ドル超の非上場企業)が成長の大きな要因となっているが、GAFAMを除くと日米の成長に大きな差はない。

したがって、日本においては、社歴の長い企業の努力も重要だが、それに加えて、新しい企業が創出されることが重要と考えられる。しかしながら、米国だけではなく、EU、インド、中国など他の国・地域と比較しても後れをとっている状況である。

こうした状況下で、経済全体を引っ張っていくスタートアップがなぜ日本に出てこないのかという問題意識が強くなった。スタートアップの育成は「新しい資本主義実現会議」でも大きな課題となり、「スタートアップ5か年計画」の策定を行い、他省庁との連携も含めて方策を打ち出した。5年後にスタートアップに対し10倍を超える規模(10兆円規模)の投資額を実現することを目標に掲げている。

方策の具体例としては、厚生労働省管轄の日本医療研究開発機構による創薬ベンチャーへの支援強化、金融庁による未上場株のセカンダリーマーケットの整備、文部科学省による大学・小中高発のスタートアップ創出支援など、従来は当省所管の政策に限られる傾向があったところから大きく広がってきているところに特徴がある。

今回、エンジェル税制を拡充したが、従来、富裕層優遇との批判が壁となってきたところ、今回は、お金を持つ人からの投資を呼び起こすことで、経済の活性化や、雇用創出へとつなげていくという考え方について、国会議員の間でも理解が広がった結果、実現できたものと認識している。

NEXI(日本貿易保険)がSEED(Supportto Expand Emerging Deals)という新しいスキームを作った。具体的には、NEXIが貿易保険を提供する際にファイナンス⽀援を求める海外企業に対して、日本企業との取引の創出・拡⼤に取り組むことを条件づけるもので、ベンチャーも含めた日本企業と海外企業の新たな取引(Emerging Deal)の創出を目指している。この第一号として、日系ファンド運営会社によるアジアを中⼼とした海外スタートアップへの融資について、NEXIが貿易保険を引き受け、JETROのJ-Bridgeを活用し、日本企業とのマッチング機会を設けるという事例が生まれた。

国際関係の動き

ウクライナ情勢を踏まえた動きとして、G7ではロシアの制裁逃れが懸念されているが、私はわが国としての制裁はかなり徹底されているとの印象を持っている。サハリン2については、日本のLNG輸入量の9%以上を供給しているプロジェクトであり、総発電量の約3%に相当するということで、日本のエネルギーの安定供給に大きな役割を果たしている。サハリン1は原油が中心であり、サハリン2ほど輸入依存度は高くない。両プロジェクトともロシア法人である新会社への参画を承認されており、ロシア側が日本との関係を意図的に悪化させるように動く可能性は低いと認識しているが、引き続き、注視していきたい。

G7サミット関連の動きとしては、「経済的威圧」という言葉が大きなキーワードになっている。この経済的威圧を抑止していくために、G7は共同での対応や協力・協調が必要であるという共通の認識を抱いている。

札幌で開催したG7気候・エネルギー・環境⼤⾂会合の大きな成果は、各国の事情に応じた多様な道筋を認識しつつ、それらがネットゼロという共通目標につながるということを確認できたことである。また、これまでの気候変動こそが最大のイシューという考え方から、エネルギー安全保障、気候危機、地政学的リスクに一体的に取り組む必要があるという共通認識を合意できた点も意義がある。

群馬で開催したデジタル・技術大臣会合では、日本が力を入れて取り組んできたDFFT(信頼性のある自由なデータ流通)について、国際的な枠組みを立ち上げることに合意できた点に意義がある。

2023年は日本がサミットの議長国を務めているが、広島サミットが終わっても議長国のステータスは12月まで変わらず、引き続き国際情勢をリードする役割を担っている。秋には日・ASEAN友好協力50周年を迎える。こうした動きが広島サミット後も続くという認識を持っていただければ幸いである。

人権関連

最後に、サプライチェーンにおける人権尊重について、日本は後手に回っていたが、遅ればせながら2022年9月にガイドラインをとりまとめた。これは、欧米のような法的な規制を行うわけではなく、人権デューディリジェンスという枠組みを作り、説明責任を果たすという形で実施するものである。サプライチェーンにおける人権重視に加えて、他国における人権侵害にわが国の技術が使われないようにするという観点から、新たな輸出管理に向けた国際的な議論も始まりつつある。

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