トップフォーラム「今後の政策課題と3つの安全保障」(自由民主党幹事長 衆議院議員 茂木 敏充氏)

自由民主党幹事長 衆議院議員
茂木 敏充

2022年9月21日(水)開催の当会常任理事会にて、自由民主党幹事長 衆議院議員 茂木 敏充氏にご講演いただきましたので、その要旨をご紹介します。


はじめに


本日は、前半で今後の政策課題について、為替や金融政策、国際経済の動向に触れながら説明した後、後半で日本を取り巻く安全保障環境について、「経済安全保障」「エネルギー安全保障」「食料安全保障」の3つを中心にお話ししたい。


今後の政策課題


年初においては、2022年の世界経済はコロナで抑制された需要を取り戻し、新しい成長経路に入っていくと見込まれていた。しかし、2月のロシアによるウクライナ侵略以降、状況は一変し、欧米では10%近い40年ぶりのインフレ、そしてわが国では為替が1ドル140円台と24年ぶりの円安になっている。

円安がここまで進んだのは日米の金利差による部分が大きいが、その背景として米国のインフレ率の高まりが挙げられる。ロシアのウクライナ侵攻以降、米国では8-9%台のインフレとなり、その抑制のために利上げが進められている。これに対して日本の物価は、上昇しているものの2%台のため、金利についてはほぼ横ばいという政策が取られている。

この物価動向と金融政策の日米の違いはどこから来るのか。これは、物価上昇の中身の違いによる。米国の場合、ウクライナ情勢に伴うエネルギー価格や穀物価格の上昇だけではなく、コロナ後の需要拡大により人手や部品が不足する供給制約があり、需要が供給を超過する形で物価全般が上昇する、教科書的、古典的なインフレが起きている。

一方、日本は物価上昇の9割が輸入インフレとも言えるエネルギー価格と食料品価格の上昇であり、強い需要がけん引する形での物価上昇ではない。逆に言うと日本では、このエネルギー価格と食料品価格にターゲットを当てた個別対策によってある程度対応できるが、米国のように物価全般が上昇するインフレに対しては、個別政策ではなく中央銀行による金融引き締めで景気全体をスローダウンさせながらインフレ率を下げていく対応が取られることになる。

今後の展望をどう読むかについては、3つのポイントでの分析が必要である。まずは、日米の金利差の先行き。2つ目に、物価とインフレ、特にエネルギーや穀物価格の先行き。そして最後に、利上げの影響を受けた世界経済の先行き。これら3点をどのように見るのかが重要になる。

まず日米の金利差の先行きについて。米国では、少なくとも来年末までは利上げが続く予測となっている。この予測を受けて円安も来年末までさらに進むのかというと、恐らくその可能性は低いだろう。マーケットはこの利上げの予測をすでに織り込んでいることもあり、想定ペースでの利上げであれば、長期金利は現状程度で推移することになる。

一方、日本については全般的なインフレではなく、エネルギーや穀物価格を中心とする輸入インフレであるため、急速な金融引き締めによって国内景気を冷やす必要はない。また、冷やすこともできないという状況にある。

すなわち、日米の金利差は現状程度で拡大も縮小もせず横ばい圏内で推移し、ドル/円レートも現状の140円台で継続するというのが、メインシナリオであった。しかし、ここにきて違うシナリオの可能性が高まっていると思う。それは、米国のインフレが収まらず、想定以上の利上げが迫られるケースである。これをシナリオBとすると、日米金利差がさらに拡大するため、円安も今以上、140円台後半も視野に入る動きになる可能性があると考えている。

次に、エネルギー価格と穀物価格の先行きについて。原油価格は、ウクライナ情勢を受けてWTIは一時、1バレル100ドル台から110ドル台まで急騰してきたが、その後は若干落ち着き、現在は1バレル80ドル台で取引されている。先行きについては、エネルギー市場は不確実性が高いのはご承知の通りだが、マーケットのメインシナリオとして先物市場を見ると、2022年末には80ドル台、2023年末には70ドル台と徐々に低下する見込みである。

穀物価格についても、小麦価格、トウモロコシ価格共に足元ではウクライナ侵攻前の水準に戻りつつあり、先物市場もおおむね横ばいに推移する価格付けとなっている。ロシアの冬小麦、そして米国のトウモロコシが豊作の見込みであることも、価格を安定させる要因になっているようである。

このような情勢を踏まえると、基本的には世界的なエネルギー価格と穀物価格の上昇はピークアウトして下落に転じるというのが、シナリオAである。他方、ウクライナ情勢のさらなる悪化や、黒海の穀物輸送の途絶などが起きると状況は一気に変わるだろう。この場合、世界のインフレ圧力は再び拡大し、エネルギー価格、穀物・食料品価格共に再び上昇に転じるというのが、シナリオBである。

最後に世界経済の先行きについて。IMFの最新の見通しなどを見ても、ウクライナ情勢と世界的なインフレの進行、それに伴う金融引き締め、消費者の実質購買力の減少といったマイナス要因を受けて、2022年から2023年にかけて世界経済は減速する見通しである。特に米国では利上げの影響が大きく、2023年には1.0%まで減速する見通しであり、欧州も同様に減速傾向である。

これに対して日本は2022年、2023年とも1.7%と、相対的に見れば一定の成長を確保できる予測となっている。一方で中国は、ゼロコロナ政策によるロックダウンを受けて、特に2022年は成長減速が見込まれている。


新しい資本主義について


このような世界経済の見通しを踏まえると、日本は当面外需に過度に依存することは期待できない。そこで、いかに国内経済を再生して、内需を中心に回復の力を高めていけるかが重要なポイントになってくる。まずは物価高に対して、その9割を占めるエネルギーと食料品に焦点を当てたスピーディーで効果的な対策を取っていきたい。

9月9日には、足元の物価高騰に対する2.6兆円の追加対策を決定した。そして、10月中には一桁違う、より大規模な総合経済対策を策定し、11月下旬から12月初めには補正予算を成立させることになる。

日本経済を一段高いレベルに引き上げて次の世代に引き継いでいくことが政治の役割であると考えており、そのために今進めているのが岸田総理の提唱する「新しい資本主義」である。

新しい資本主義は、一言で申し上げると、投資を拡大することによって社会課題を解決して成長を実現していくということ。特に、デジタル(DX)や環境・グリーン(GX)、さらにはAI、バイオといった成長分野への投資が1つの柱になってくる。

もう1つの柱が、人への投資である。人材の質が上がらなければ、継続的な賃金の引き上げは難しく、デジタル人材も不足していく。さまざまな分野で人への投資を通じた人材の質、スキルアップが求められている。

このような人への投資やDX、GXへの投資は、2023年度の予算編成においても重要政策推進枠として位置付けた。これらへの投資をそれぞれ2-3%ずつ増加することで、日本経済をもう1段高い成長軌道に乗せるジャンプアップ(約10兆円の経済押し上げ効果)が期待でき、自民党として必ず実現したいと考えている。

わが国を取り巻く安全保障環境について

わが国が直面する厳しい国際情勢を踏まえると、外交・安全保障の強化に加えて、「経済安全保障」「エネルギー安全保障」「食料安全保障」の3つの安全保障を再構築していくことが必要不可欠だと考えている。

ロシアによるウクライナ侵攻では、軍事作戦と同時に重要インフラを狙ったサイバー攻撃、SNSを使った偽情報の流布など、非軍事的な攻撃を組み合わせたハイブリッド戦が行われており、安全保障の領域が軍事から民間の経済、科学技術に広がってきていると認識している。

このような変化に対応して、2022年春の通常国会において経済安全保障推進法を成立させた。同法は、4つの重要項目を柱に法制化を行っている。第1は、半導体やレアアース、医薬品などの重要物資に関するサプライチェーンの強化。第2に、サイバー攻撃から基幹インフラを守り、電力、ガス、通信、金融など、いかなる事態でもサービスを供給できる体制の確保。第3に、宇宙、海洋、量子、AIといった先端重要技術に関する官民の技術協力。第4に核技術や先端兵器に関する特許出願の非公開制度の導入で、安全保障上、機微な技術、情報の流出を防ぐ。今申し上げた4つの重要事項に関する政策をしっかりと進めていきたい。さらに、このような取り組みを通じて基本的な価値観を共有する同盟国、同志国との連携を深め、普遍的価値やルールに基づく国際秩序を維持・強化していきたいと考えている。

ウクライナ情勢は決して対岸の火事ではない。日本を取り巻く安全保障環境も中国、そして北朝鮮と厳しさを増しており、日米同盟の抑止力や対処力もさることながら、わが国自身の防衛力の抜本的強化が必要である。2022年内には新たな安全保障戦略、防衛大綱も策定していく。

次に、エネルギー安全保障について。ロシアによるウクライナ侵略で、エネルギーを巡る世界情勢は一変した。地政学上のリスクがエネルギー市場の不安定化を招き、エネルギー価格を高騰に向かわせている。さらに、ガス・パイプラインのように資源・エネルギー供給が国家戦略化するなど、エネルギーを巡る状況はいっそう深刻化している。

同時に日本は、パリ協定の実現に向けて2030年度の温室効果ガス46%削減、2050年のカーボンニュートラル実現という野心的な目標にコミットしており、エネルギーの安定供給との両立を図る方程式がいっそう難しくなってきている。

なかなか難しい課題であり、簡単な答えはないだろう。というのも、「安定供給」「低コスト」「安全性」「地球環境に優しい」この4条件を全て満たす完璧なエネルギー源は、残念ながら存在しない。技術革新の動向なども注視しながら、再生可能エネルギー、安全性を確保した原子力、いっそう脱炭素化を進めた火力、さらには水素など、あらゆる選択肢の組み合わせを検討して、ベストミックスを追求していかなければならないと考えている。

最後に、食料安全保障について。6月に閣議決定した「骨太の方針」では、食料安全保障を、先ほど申し上げた経済安全保障、エネルギー安全保障に並ぶ最重要課題の1つと位置付けた。

国際情勢が厳しさを増す中、わが国の食料自給率の向上を目指して、担い手の育成や、農地の集約化を進めていきたい。過度な輸入依存からの脱却、必要な食料、肥料、資材などの安定確保、そして農林水産業の持続性といった観点から、わが国の食料安全保障の強化に向けて思い切った「食料安全保障予算」を確保していく。

この食料安全保障予算は、農業の現状維持とか単なる損失補塡(ほてん)のために使うのでは、まったく意味がない。日本で何を自給し、何を海外から多角的、安定的に確保するのか。そして、きちんと収益が上がり、若者の就労意欲が湧くような農林水産業を創っていくための戦略的な予算にしなければならないと考えている。

国際環境において、厳しさと不確実性は増すばかりである。海外から何でも安く安定的に入ってくるという時代は間違いなく終わりを迎えた。変化への対応が必要不可欠である。原油や食料、さらには基幹部品、原材料など、これらが断たれて日本経済や国民生活が立ち行かなくなるような状況は絶対に回避する、という強い危機感を持って対応していきたい。

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