トップフォーラム「経済安全保障政策について」(経済安全保障担当大臣 小林 鷹之氏)

経済安全保障担当
内閣府特命担当大臣(科学技術政策、宇宙政策)
小林 鷹之

「経済安全保障政策について」ご講演要旨

2022年2月16日(水)開催の当会常任理事会にて、経済安全保障担当大臣 小林鷹之氏にご講演いただきましたので、その要旨をご紹介します。

「国力」のマトリクス

私自身、政治家として常に意識しているのは、世界をリードする日本をつくりたいということだ。そのためには、日本の「国力」を上げなければならない。では、国力とはいったい何なのか、私がさまざまな政策を考える際に常に頭の中に置いているシンプルな図がある(図1)。


図1

国家戦略の根幹は、暮らしを豊かにする経済と国あるいは国民の命を守っていく安全保障、この二つを車の両輪として回していく必要がある。これを支えているのがイノベーション。私は単に技術革新というよりも、もう少し広く社会に対して新しい価値を生み出していく力であると捉えている。

さらに、イノベーションを生み出すのも、またその成果を社会にとってプラスに使うかマイナスに使うかを決めるのも人であることから、国家戦略の根幹に教育を据えることが不可欠であると考える。この教育というのは、受験勉強の算数、国語、理科、社会ではなく、人間力全般、倫理を含めた意味での教育と捉えている。


小林 鷹之氏

このマトリクスの中で経済と安全保障が融合し、経済は経済、安全保障は安全保障と切り分けることが難しい時代を迎えていると認識している。

経済安全保障大臣は、岸田政権になって初めて設置されたものだが、私自身はこの経済安全保障というものについて、2018年の後半から自民党内で議論を提起してきた。当時、日本の先端技術、重要技術が合法あるいは非合法の形でどんどん海外に流出していく状況に、ものづくり立国・日本の地位が低下していくのではないかと、強い危機感を抱いたのがきっかけである。

新国際秩序創造戦略本部による提言

経済安全保障の在り方を議論すべく、2020年6月に岸田政調会長(当時)直轄の「新国際秩序創造戦略本部」(座長・甘利明議員)が立ち上がり、私自身も事務局長として提言をまとめるべく議論に参加した。

2020年末に戦略本部として初めて出した提言の中で、経済安全保障を「わが国の生存・独立および繁栄を経済面から確保すること」と定義し、その基本的概念を「戦略的自律性」「戦略的不可欠性」と整理した。

簡単に言うと、自律性は、脆弱(ぜいじゃく)性を解消すること。不可欠性は、現時点あるいは将来的な強みを把握し、強化することである。強みを磨くことによって、他国に対する優位性、国際社会に欠かせない存在となるという意味での不可欠性を獲得していく。

自らの強みと弱みを綿密に分析し対策を講じることによって、他国の動向に右往左往することなく主体的に政策を決定できる、本当の意味で自立した国になると考えている。米国や中国の動向に合わせるというのではなくて、日本自身の基軸となる考え方を打ち出さなくてはならないという強い思いがあり、当時、経済安保戦略の策定と法律の制定を目指すべきだと提言させていただいた。

その後、2021年の夏にかけて約半年ほど議論を重ね、自律性の確保、すなわち脆弱性の洗い出しと対策については、戦略的基盤産業である「エネルギー」「情報通信」「交通・海上物流」「金融」「医療」の5分野において、所管省庁と共に幅広いリスクシナリオを作成し、検討を進めた。課題を洗い出していく中で結果として、「基幹インフラの安全性、信頼性の確保」「サプライチェーン強靭(きょうじん)化」など今回の法整備につながっているものもある。

経済安全保障というと、法案にフォーカスが当たり、規制色が強く、民間の自由な経済活動を縛るものだと報道されがちである。しかし、今日、経済がグローバル化し、国境や企業の枠を超えてさまざまな価値観がぶつかり合う中で新たな発見・発明やイノベーションが起きていることは大前提の基本認識である。一方で、技術流出等により国家安全保障への悪影響など副作用も起きているので、イノベーションと安全保障のバランスをどのように取っていくかという問題意識の下、国として対処すべきことに取り組んでいるまでである。

優位性・不可欠性の技術「守る」

本日は、日本の強み、他国に対する優位性や国際社会における不可欠性の中でも技術にフォーカスを当てて、これまでの政府の取り組みをご紹介したい。

⑴外国による経営関与の管理(外為法)

技術を守るということについては、国の安全を損なう恐れのある投資に対し適切に対応するための法律として、「外国為替及び外国貿易法」(通称:外為法)がある。

上場会社の株式取得の際に設けていた閾値(いきち)を10%から1%に引き下げる法改正を約2年前に行った。一見すると規制強化の側面もあり、経済界あるいは市場からさまざまな声があったが、閾値引き下げの一方で、事前届出免除制度を導入した。ポートフォリオ投資は除く形とし、バランスを取りながら安全保障を確保していく方向性で対内直接投資の管理を見直した。

⑵外国政府等からの研究資金の受け入れの在り方

今、米国では、大学などの研究現場から海外に知財が流出していく懸念がかなり強まっており、議会が主導する形で政府あるいはアカデミアに対して、さまざまな要請、働き掛けが行われている。中国が海外の優秀な学者、研究者などを自国に招いて研究開発を行う、いわゆる「千人計画」についても、米国は強い懸念を抱いており、取り締まりを強化している。

これに対し日本では、あくまで特定国を念頭には置いていないものの、研究インテグリティ(研究の公正性・健全性)の確保に向けて対応を進めている。学問の自由やオープンイノベーションという大前提の下、留学生にもたくさん来ていただきたいが、一方でさまざまなリスクも顕在化しつつある。2021年末には、研究者に研究費等の公的資金を配分する際の透明性を確保するべく、ガイドラインを改定した。研究者に他にどの機関から資金を受け取っているかについて適切な情報開示を求めており、虚偽の申告に対してはペナルティーを設けている。

⑶技術流出防止のための留学生・外国人研究者の受け入れの在り方

外為法では、安全保障上、極めて機微な技術が国境を越えて渡されるクロスボーダーの取引のみならず、国内の取引であったとしても居住者が非居住者に技術提供する場合、いわゆるみなし輸出として規制の対象としている。基本的に、非居住者は最終的に海外に出ていく方ということもあり、このような立て付けとなっているが、非居住者も国内に6ヵ月滞在すると自動的に居住者扱いとなり、外為法の管理の対象外となる。

入国後6ヵ月が経過していても、外国政府の強い影響下にあるような者に対しては、みなし輸出管理の対象とすべく、2022年5月より新制度を適用する予定である。

⑷研究開発成果の公開、特許出願の在り方

イノベーション促進のため研究開発成果の公開を原則とする特許制度について、機微技術流出防止の観点との両立が図られるよう「特許非公開制度」の検討を進めている。

G20のほとんどの国において、安全保障上、公開を避けたい発明については一定の留保を付けるなど、特許の公開原則の例外として扱われている。何の留保もなく全て公開としているのは日本、メキシコ、アルゼンチンだけであり、イノベーション促進とのバランスをしっかりと取りつつも、措置を講じる必要がある。

⑸重要データの守り方

経済安全保障上、技術だけでなくデータも重要になってくる。瞬時に国境を越えていくデータをどのように利活用して、どのように保護していくのか、企業の皆さまにもいま一度考えていただきたいと思っている。

2022年4月から改正個人情報保護法が施行されるが、産業データの利活用や保護の在り方のルール整備については、わが国の重要な課題だと考えている。皆さんにおかれても海外でビジネスを進める場合、国によって法律を含めたルールの立て付けや慣習がまったく異なったりするので、その点は十分に意識して取り組んでいただきたい。

⑹営業秘密の保護

営業秘密については、数年前に不正競争防止法が改正され罰則が強化されたものの、その後も不正取得に関する事案が少しずつ増えているのが実情である。各企業において、機密の保管方法、機密へのアクセス権などをしっかり管理していただく必要がある。

優位性・不可欠性の技術「育てる、獲得する」

ここまで技術を守ることを中心に話してきたが、守る「もの」がなくなってしまうと本末転倒である。いかに自らの強みを把握し、獲得していくのかが、経済安全保障のもう一つの柱だと私は考えている。

日本の半導体産業の現状

日本が強みを発揮し得る産業の一つとして、半導体にフォーカスを当ててご説明したい。

日本の半導体産業は、1980年代後半には世界の半分のシェアを占めていたが、今では1割を切る水準になっている。人も企業も技術もどんどん海外に流出してしまう可能性が高い状況下、半導体のサプライチェーンにおいて日本の戦略的不可欠性を確保し得る分野はあるのだろうか。

例えば素材は、日本の強みであり、データ駆動型社会を目指していく中で、パワー半導体が今後のカギを握ると考えている。現在のシリコン製半導体は、特定国に依存していることに加え、電力ロスがかなり大きいことが課題である。新素材の開発については、名古屋大学の天野先生などに頑張っていただいているが、私は政府としても少し長い時間軸でみてアンテナを張り、国家戦略として位置付けていくべきだと思っている。

日本の半導体産業の復活に向けて、約10年の時間軸の中でバックキャストして考え、国としてどのような絵姿を描いていくのか、市場をどのようにつくっていくのかも含めて明確に戦略を打ち出すべきだと考えている。まずは、IoT用半導体の生産ポートフォリオを強化するとともに、日米連携による次世代半導体技術の基盤を強化することが急務である。さらに、もう少し長い時間軸では、光電融合など将来技術の実現に向けてグローバルな産学連携を強化していく必要があるだろう。

「経済安全保障」の確保に向けて

経済安全保障推進法案については、現在、2月末の閣議決定に向けて準備を進めているが、この法案では経済安全保障の全てをカバーするものではない。冒頭申し上げた通り、経済安全保障は分野が多岐にわたっており、法整備に至らなくても取り組むべきことが山積している。

国際情勢が揺れ動いている中、外部からの脅威に対してどのように対応していくのかという視点の下、幅広い経済安全保障における喫緊の課題として、まずは「基幹インフラの機能維持のための安全性・信頼性の確保」「サプライチェーン強靭化(重要物資の製造基盤強化)」「重要技術の開発支援」「特許出願の非公開制度」の4本柱で取り組みたいと考えている。

民間企業への期待

グローバルな時代において、ビジネスは自由に取り組んでいただくのが大原則であり、規制も最小限であるべきと思っている。経済を引っ張るメインプレーヤーは企業であり、また国の底力を支えているのはアカデミアである。経済安全保障を考える上で国が取り組めることは限られているのが実情だろう。

最近、経済安全保障に関する部署や組織を立ち上げている企業も出始めており、企業規模の大小を問わず、このような流れが広がっていくことを期待している。私自身は、日本の経済を支えている中小企業の皆さまの力は非常に大きく、そこにさまざまな技術やデータが眠っていると思っている。皆さまには、取引相手の方々にも経済安全保障の視点を頭の片隅に置いていただけるようにコミュニケーションを取っていただきたい。

政府は法案も含めてさまざまなことに取り組んでいくが、基本的にオープンの姿勢である。日本貿易会の皆さまの視点もぜひ共有していただき、国全体として良い制度をつくっていきたいと思っている。

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