日本貿易会設立70周年、国際大学設立35周年記念特別対談

一般社団法人日本貿易会 名誉会長(三井物産株式会社 顧問) 学校法人国際大学 理事長槍田 松瑩
一般社団法人日本貿易会 会長(伊藤忠商事株式会社 会長)小林 栄三

小林会長と槍田名誉会長


経済界から生まれた国際大学

小林
槍田さんは日本貿易会名誉会長になられてから、新潟にある国際大学(IUJ)の理事長に就任されたそうですね。

槍田
そうなんです。実は二つのご縁がありまして2015年6月1日から国際大学理事長をお引き受けしているんです。

小林
国際大学は日本貿易会ともゆかりがあると伺っていますが。

槍田
国際大学というのは、1982年に日本で初めて全授業を英語で行う大学院大学として設立されました。設立発起人が、旗振り役の中山素平さん(日本興業銀行相談役)をはじめとして、佐々木直さん(経済同友会代表幹事)、土光敏夫さん(日本経済団体連合会会長)、永野重雄さん(日本商工会議所会頭)、そして、日本貿易会会長の水上達三さんと、経済界の強力な支援により設立されたのです。実はその頃、三井物産で水上さんの秘書をしていたのが私で、国際大学については設立前からお話を伺っていたのです。これが一つ目のご縁でした。


小林
それはすごいご縁ですね。その後、どうされたのですか?

槍田
2012年に国際大学が創立30周年の記念講演会を行うということで、設立発起人の経済4団体から代表に登壇いただきたいという依頼がありました。当時、私が日本貿易会会長を務めていたので講演をさせていただき、私と国際大学のつながりについてお話ししたのです。その後しばらくして、当時の国際大学理事長でおられた小林陽太郎さんから直々に、理事長を受けていただきたいとのお話をいただきました。商社業界に長年おりますしアカデミックな世界には距離がありますから、最初は辞退したのですが、何度も真摯なお言葉を頂戴しましたので、理事長をお引き受けすることにしたのです。

小林
そうでしたか。槍田さんに理事長を引き継いでもらって、陽太郎さんもよかったでしょうね。

槍田
いろんなご縁があって理事長に就任しましたが、今日はグローバル人材と国際大学についてお話しする機会をいただいてありがたいです。きっとどこかで水上さんも喜んでいるでしょうね。

小林
35年以上も前に、英語で授業を行う大学院を設立したのですから、立派ですよね。

槍田
しかもそれを経済界がリードしたというのがすごいですよね。中山素平さんが経済界を回って寄付を募ったところ、90億円近い寄付が集まったというんですから。

小林
90億円ですか! 今では、考えられないことですね。

槍田
素平さんは、「日本がこれから貿易立国としてやっていくのだから、海外でも丁々発止のやりとりができるプロフェッショナルな人材を養成しなければならない」という思いだったようです。特に、外国人と一緒に寮生活をしながら、言葉だけではなく海外の文化、宗教、生活も含めてよく理解し、外国とのビジネス交渉をできるような人を養成しようと。私は、今の日本にまさに求められていることと思っていますが、当時にその発想があるのはすごいことです。

小林
本当に立派です。国際大学は最初から大学院だけだったのですか?


槍田
当初は学部を設置することも考えていたようですが、キャンパスは新潟県南魚沼にあり東京から新幹線で1時間半の場所ですから、学部生が通う学校というより、研究者が集う研究所を中心にした大学院という発想になったようです。日本で初めての大学院大学ですし、全寮制で英語だけで授業を行うのですから、当時としては画期的だったでしょうね。

小林
今ではどれくらい学生がおられるのですか?

槍田
国際関係学研究科と国際経営学研究科の修士課程があり、現在は約360人の学生が勉強に励んでいます。そのうち8割以上が留学生で国籍も50ヵ国を超えていますので、本当に多国籍です。奨学金の関係もありますが、国別で一番多いのはミャンマーの52人、二番はベトナムの24人です。最近はABEイニシアティブ(アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ)の効果で、アフリカから増えているのも特徴です。私学ではありますが、政府機関にも大変お世話になっておりまして、特にJICAの奨学金で入学される学生は全体のうち約100人にも及びます。卒業式の答辞で、奨学金のおかげで勉強ができたことを感謝していますと話してくれた学生がいましたが、国としても意義のあることをしていると思います。

小林
日本のファンになってくださる留学生の存在は非常に大事ですね。卒業されると、皆さんどうされるのですか?

槍田
留学生はアジア、アフリカの官僚の方が多く、修士課程が終わると帰国されますね。卒業生にはインドネシアやモザンビークで大臣など重要ポストを担っている方もおられます。もちろん、ビジネスの世界で活躍される方もおられますし、毎年卒業生のうち約50人は日本企業への就職を希望されますから、就職支援にも力を入れています。


授業風景

小林
卒業生が世界中で活躍されるのは、素晴らしいことですね。とはいえ、日本の学生が2割いないというのはちょっと驚きです。

槍田
そうなんです。学生は、学部を卒業して自費で大学院に来る方と、修士やMBAを取得するために企業から派遣される方とに大きく分かれます。企業派遣が増えれば日本人の割合も増えますが、残念ながら日本人卒業生が少ないのであまり知られていないのです。英国「The Economist」誌において、ビジネススクールランキング100が発表されていますが、実は日本で入っているのは国際大学だけです。それでも、いまだに国際大学というと、秋田の大学と間違えられたりしますから(笑)。日本人が少ないと、留学生にとっても日本人と関わるチャンスが少なくなるため、ぜひ多くの日本人の学生をお招きしたいと思っています。世界中から多国籍の学生が集まって50種類以上の違うアクセントの英語を聴ける機会はそうないですから、ぜひ日本の企業にも社員教育の場に活用していただきたいですね。卒業生は全世界に4,000人以上、120ヵ国以上にまたがっていますから、国際大学を卒業すると同時に世界中に人脈が広がるのは大きな魅力だと思います。

小林
槍田さんが理事長ですから、私も国際大学を身近に感じていますが、日本企業に知られていないのはもったいないですね。学生は圧倒的に留学生が多いようですが、先生方はいかがですか?

槍田
先生は日本人と外国人が半々ですが、インド、スリランカ、中国、台湾、韓国などアジア圏の先生が多いです。これからは、ネイティブイングリッシュの先生方をもっとお招きしたいと思います。若手の研究者が世界中から南魚沼に移り住んでくださいますから、自然に恵まれた環境で研究に専念しながら、授業で教えられるというのは、大きなインセンティブになっているようです。

小林
修士課程が基本ですとやはり2年間必要になると思いますが、短期プログラムはあるのですか?


卒業式の様子

槍田
実はMBAを1年で取得するというコースもあります。5年以上のビジネス経験が条件で、2年分を1年で学ぶので内容的にかなりハードだと思いますが、それを乗り越えれば1年でMBAを取得できるのは大きな魅力だと思います。その他、一般の研修プログラムも幅広くあり、短期の語学研修や若手向けグローバルリーダーシッププログラム、部長クラスをイメージしたシニア向けグローバル エクゼクティブ・プログラムがあります。100%英語の授業ですし、他業種の方と交流できるので刺激になるでしょうね。各社のニーズに合わせてテーラーメードの研修プログラムもありますので、毎年、活用いただいている企業もいらっしゃいます。海外の現地会社で働くナショナルスタッフを日本で研修させるプログラムもあり、三井物産でもミャンマーやインドからナショナルスタッフを招いて、研修を受けてもらっています。

小林
伊藤忠商事でも欧米の大学にMBA留学をさせていますが、それとは別に新任の課長クラスを1-3ヵ月海外に送るようにしているんです。いつもと違う空気を吸う、違った角度から自分や会社を見つめ直すというのが目的ですが、槍田さんのおっしゃるようなカリキュラムが身近にあれば、企業や社員にとっても非常に良いと思います。

槍田
やはり特徴は、ディスカッション・ファシリテーターとして留学生が必ず参加することですね。彼らが参加者のお手伝いをしますから、多国籍の人に接するチャンスを同時に提供することができます。

小林
まさしく、ダイバーシティそのものですね。

槍田
マルチナショナル、マルチカルチャーが何よりの特徴ですね。これから事業展開して海外に出ていこう、人材育成をしていこうという企業にとっては、多国籍な環境で学べる最高の場だと思います。とりわけアジア、アフリカをマーケットにしていこうという会社であれば、海外へのMBA留学に比べてコストをかけずに良い人材育成ができると思います。ただ2年間、100%英語の生活ですから、ここを乗り越えなければいけませんが(笑)。

小林
確かにそうですね(笑)。とはいえ、そういう人を育てないと、どのみち海外には出ていけませんし、日本企業にとって人材育成は必須事項ですからね。海外の大学に留学させるとかなりの費用がかかりますから、企業にとっても大きな負担になります。

槍田
欧米の大学はかなりのコストがかかりますが、国際大学の場合は1年で220万円(2年制MBAプログラム)、寮費が入っても年間約270万円ですから、欧米に留学する3分の1くらいです。海外の大学だと日本人は言葉の壁もあってなかなかリーダーシップをとれませんが、国際大学ではリーダーシップも発揮できて、生き生きと良い研修生活を送れると言っていただいています。

小林
個人負担だと大変ですが、企業派遣なら考えられるコストです。海外だと治安の問題もありますが、日本国内ですから、企業や家族から見ても、安心な環境で勉強できるのは魅力的です。これからのグローバル社会に備えるには、先行投資も大事でしょうね。


国際大学キャンパス(新潟県南魚沼市)


内なるグローバル化に向けて

小林
もちろん槍田さんはご存じですが、われわれ企業からすると、カネ、モノ、情報のグローバル化は進みましたが、人材だけはうまくいっていないと感じています。日本から海外に行く、つまり外へのグローバル化については、企業も海外留学させたりしていますが、逆に、私がいつも申し上げている「内なるグローバル化」については、企業にももちろん責任もありますが、ほとんど努力もしていませんよね。海外から人や企業に来ていただくことについては、後手に回ったなという感じがしますよね。

槍田
確かにそうですね。

小林
そういう意味では、スピードを上げて「内なるグローバル化」に向けた対応をしていかないと、日本全体が片方向のグローバル化だけで終わってしまうのではないかと思います。

槍田
おっしゃる通りです。いつも小林さんがお話しされる「内なるグローバル化」は、私も本当に大事だと思います。

小林
ダイバーシティに富んだ多国籍な環境に身を置けば、いろんな価値観に遭遇しますから、自分の力もつきますよね。もちろん、英語の勉強や海外に行くのも大事ですが、違った価値観の人とうまくやれるかというのが大きなポイントだと思います。そういう意味でも、国際大学は本当に良い環境だと思います。

槍田
国際大学は360人程度しか学生がいませんが、食堂は、他大学に先駆けて5年前からちゃんとハラールですからね。

小林
そうですか!

槍田
日本ではあまりハラールを知られてない頃から、当たり前にやっています。だからこそ、多文化、多宗教、多国籍の人が集まってくるんでしょうね。

小林
いやー、それは素晴らしいことですね。


インターナショナル・フェスティバルの様子

槍田
政府派遣も多いので家族連れでいらしている学生さんもおられます。皆さん、学校の寮や南魚沼に住みますから、小さなお子さんは地元の幼稚園や小学校に入って、まさにローカルに飛び込んで楽しんで生活されています。年に一度、お国自慢の料理を振る舞うインターナショナル・フェスティバルというお祭りがありますが、幼稚園の子が民族衣装を着て遊んだりしているのを見ると、本当に多様性にあふれていて、とても意味あることだなと思います。

小林
ご家族で来ている方も、皆さんエンジョイされているんですね。

槍田
とっても地元の方と仲良しですよ。35年も続いていますから、現地の方も分かって慣れていますから、変な緊張感や珍しさもないんでしょうね。

小林
現地サイドの受け入れ態勢も、しっかりできているんでしょうね。

槍田
長年続いていますから、いろんな国の人があの大学にいるんだよねというのは、地元の方に本当によく理解していただいてます。

小林
素晴らしいです。まさしく、内なるグローバル化の先駆けですね。例えば、家族が来られて日本語ができないときに、サポート体制などはあるんですか?

槍田
国際大学の授業や論文は100%英語ですが、日本語の先生もおり、学生向けに日本語の授業も実施しています。また、学生センター事務室が家族も含めた生活全般のケアをしています。この他、地元の国際交流団体も日本語のサポートをしてくださっています。

小林
それは大事ですね。国際社会貢献センター(ABIC)もお台場の東京国際交流館の支援を長年続けていますし、外国人の方が日本で暮らすためのサポート体制はやはり重要ですよね。

槍田
ABICといえば、活動会員の方はいろいろな国に長く駐在して愛情を持っている方が多いですから、ぜひうちの大学でも講師になっていただければと思っています。いろいろな国の留学生がいますから、講師が親近感を持って接してくだされば、学生もほっとしてすごく良い効果があるんじゃないかなと思っています。

小林
いいですね、それはぜひともお願いしたいです。ABICの活動会員も今では3,000人近くになっていますし、全国の大学で講義をしている方も多く、とにかく人材が豊富です。日本貿易会、ABICとの連携が生まれれば、さらに充実した大学環境が生まれるでしょうね。

槍田
国際大学は、2014年、文部科学省にスーパーグローバル大学として選定されました。現在のベトナムに加え、ガーナ、ミャンマーなどにサテライトオフィスをつくる予定です。留学生支援にさらに力を入れることで、日本の「内なるグローバル化」にも貢献していきたいと思っています。そして、経済界のご支援で設立いただいた大学院大学ですから、ぜひ多くの企業や日本の方にも国際大学(IUJ)を活用していただきたいと願っています。

小林
今日は貴重なお話をありがとうございました。

槍田
こちらこそ、どうもありがとうございました。

(2017年7月6日 日本貿易会にて) 

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