2024年7・8月号(No.823)
第100回定時総会(5月31日開催)にて当会の代表理事・会長に就任された三井物産株式会社 安永竜夫会長にインタビューしました。
聞き手:河津 司(専務理事)
設立から75年を超える長い歴史を持つ日本貿易会の会長を拝命することは、非常に光栄なことであるとともに、その職責の重さに緊張しているところです。商社に対する関心が世界中で高まっている中、商社の機能や役割を発信していくことが重要であると思っています。日本貿易会の活動を通じて、「商社の見える化」をしっかり進めていきたいと思っています。
商社は非常にグローバルかつダイナミックな仕事をしている業界なので、その原点に立ち返り、自分が仕事の中で大切にしていることをそのまま言葉にしようと考えました。商社の役割は、時代ごとの先駆的な仕事にフロントランナーとして取り組むことであり、常にフロンティアスピリット、アニマルスピリットを持って新しい市場、国、事業分野、ビジネスにチャレンジしていくことが大事だと考えています。地政学リスクの高まりや、カーボンニュートラルに向けたエネルギー政策の転換など、先が読みにくい時代にあっても、フロンティアスピリットを持って未来を切りひらくことが何よりも重要ではないかと思い、キャッチフレーズを決めました。
過去を振り返ってみても、先が見通せない中で、先人たちは新しいことにチャレンジしてきました。われわれも先行きが不透明だからといって、霧が晴れるまで待つのではなく、新しいビジネスに入っていくための仕組みづくりを官民共同で取り組むべきと考えています。自由で開かれた貿易体制や投資環境があって初めて商社の仕事は成り立つので、日本貿易会としては、その体制を外部環境に応じて調整しつつ、次の時代に向けた仕組みづくりに取り組みたいと思っています。先が見えないからこそ、われわれ商社あるいは日本貿易会にとっては役割があり、その役割を存分に果たすことによって、業界のみならず、日本経済全体をさらに活性化させることができると考えています。商社がフロンティアスピリットを持って、これから向かうべき方向に引っ張っていくという気概を持って取り組んでまいります。
現時点で強調したい取り組みとして3点を申し上げます。
一つ目は「グローバルサウスとの関係強化」です。日本の将来の成長は、グローバルサウスの経済成長力を日本企業がうまく取り込むため、いかに連携を強化できるかにかかっていると確信しています。グローバルサウスの多様な国々に対するアプローチを政府や他の経済団体と一緒に考えながら、二国間あるいは地域間関係の強化に向けて日本貿易会が活躍できる余地は大いにあると思っています。例えば、日本が行ってきた政府開発援助(ODA)は、特にASEANにおいては非常にうまく機能し、各国の経済成長の土台となりました。これと同じことが必要な国はまだあると思っています。また、今後ASEAN諸国が「中所得国のわな」を乗り越えるにあたっては、課題先進国として日本が経験してきたことを各国と共有しながら共に解決していくため、官民が協力して取り組むことが求められます。今後、日本企業がすべきは、人材交流や人材育成を通じて現地の方々と一緒になって仕事を作っていくといった日本企業の持ち味を発揮しながらビジネスを展開し、事業のライフサイクルを通して当該国の発展に寄与することであり、こうした貢献がリターンになってくると思います。こうした観点から、ODAの在り方を改めて議論していくタイミングなのではないか考えます。日本貿易会としては、会員各社が直面している悩みを共有しながら、成果につなげていきたいと思っています。
二つ目は「内なる国際化」です。小林栄三名誉顧問が第11代会長をされていたころから、内なる国際化の重要性については認識され、人材をグローバルに獲得して日本企業を強くするという意味で先鞭(せんべん)をつけていただきました。これをもう一度振り返りながら、内なる国際化を通じて、企業も社会もさまざまな国籍の方々を包摂できるような環境をつくり、仕事の場としての日本の魅力を高めることが必要だと考えています。世界の中で人材確保が競争になっている中で、今から具体的に取り組んでいかなければなりません。海外の方々との接点が最も多い商社業界が率先して、内なる国際化に取り組む必要があると思っています。
三つ目が、冒頭にも申し上げた「商社・日本貿易会の見える化」です。商社の機能や役割の理解浸透に向けては、これまでも日本貿易会としてさまざまな取り組みをしてきたので、それをさらに拡大していきたいと考えています。
現時点で考えているのは以上の3点ですが、今後さまざまな方と議論をしながら進めてまいりたいと考えています。
聞き手:野田 知里(政策業務第二グループ主幹)
自分の会社生活を振り返って、五大陸を全て担当したことは非常にありがたかったです。その結果、五大陸のどこへ行っても何とかできるし、現地の方々と仲良くなれるというのは、商社パーソンならではの特殊なスキルかと思います。若い頃は、いつ帰ってこられるか分からない出張が常にあり、航空券は出張先で購入した割安な往復チケットの半券を常備して、呼ばれればいつでも駆け付けられるといったスタイルで仕事をしていました。妻は三井物産の出張はそういうものかと思っていたのですが、自分の夫の部署だけだったと後々知ったようです。また、当時の中国やインドネシアでは、片言でも現地語が話せないと移動もままならないので、商社パーソンの身だしなみとしてサバイバル言語を身に付けました。
それぞれの国で厳しいながらも達成感のある仕事に出会ったので、商社パーソンとして長く仕事を続けられてきたのだと思っています。自分が楽しくないと良いアイデアも出てこないので、楽しんで仕事をして、結果をしっかり出すということに努めてきました。駐在先では国籍の異なる者同士でチームワークを築きながら仕事をしているので、この仕事を実現させたいという根元の部分の思いがどれだけ強いかが重要であって、それを皆で共有できれば、利害関係が対立した中での厳しい交渉であっても、最後は握手やハグで終われるものです。
昔の上司から、楽しくやらないと仕事なんか本当につまらないと言われたので、仕事は楽しくやるというのがポリシーです。どんなに苦しい交渉でもいずれは終わるし、命まで取られるわけではないといった考えで臨んでいます。
座右の銘は、「人事を尽くして天命を待つ」です。自分がやらなければならないことは全てやり抜かないと天命はくだらないということです。それでも成就しないこともありましたが、最後までやり切らないと神さまは微笑まないと思っているので、やるべきことは徹底的にやるということです。一生懸命やれば結果はついてきます。
あまりストレスをためないタイプで、嫌な思い出や経験はできるだけ早く忘れて、良いことだけを覚えておく性格です。モスクワで取引先との長期交渉を行った際に、夏にはゴルフ場だった場所が冬にはスキー場になるので、ノルディックスキーに挑戦しました。日本のスキー場で滑るのとは全く異なる中、初心者にもかかわらずコーチを付けずに挑んだので結構雪にまみれて大変でしたが、ストレス解消にはなりました。
他人の考えをまとめた本を読んでも自分の中には残らないので、気になったことや興味のあるものを調べる方が好きです。情報を自分なりに加工して取り込んだ方が、少なくとも記憶には残ると思います。経営学の本も読みましたが、各社で経営の状況は異なるし、保有している経営資源も全く違う中で、同じことをやっても成功しないので、ヒント程度にしかなりません。
最近まで好きだったテレビ番組は、「ブラタモリ」です。日本各地の成り立ちや、産業、鉄道、道路などがどのようして形作られてきたかについてタモリさんがひもとくのを見ながら、歴史や地理の話のネタを手に入れていました。
※「ブラタモリ」は、NHK 総合テレビジョンで2008 年から2024 年まで放送されたタモリが司会を務めた日本の紀行・教養バラエティ番組。
これほど商社が世の中から注目を浴びている時代はない中で、商社業界が社会に対して果たしている貢献を分かりやすく発信してほしいと思います。実は私も子供たちに「うちのおやじは何でこんなに長いこと家にいないのか分からない」と何度も言われましたので、ぜひ会員企業の皆さんも自分の仕事を子供に説明してあげてほしいと思います。商社の仕事がどのような社会貢献につながっているのか、自らの収益につなげつつ、将来の成長に向けた布石をどのように打っていて、それがいかに実現しているのかというところまで示す必要があると感じています。常に見える化の努力を続けることは必要だと思っています。
1960年 | 12月13日生まれ、63歳 |
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1983年 | 4月 三井物産株式会社入社 |
2008年 | 5月 プロジェクト本部プロジェクト業務部長 |
2010年 | 7月 経営企画部長 |
2013年 | 4月 執行役員機械・輸送システム本部長 |
2015年 | 4月 社長 |
2015年 | 6月 代表取締役社長 |
2021年 | 4月 代表取締役会長(現職) |