特別座談会「脱炭素社会を目指す商社の挑戦」

(一財)日本エネルギー経済研究所 研究理事
(「カーボンニュートラルと商社」特別研究会 主査)
久谷 一郎 氏
阪和興業㈱ 食品・エネルギー・生活資材新規事業推進室 室長福沢 大五郎 氏
丸紅㈱ 丸紅経済研究所 所長代理榎本 裕洋 氏
丸紅㈱ 丸紅経済研究所 研究主幹村井 美恵 氏
㈱三井物産戦略研究所 産業社会情報部社会調査室 室長本間 良宏 氏

(司会)
丸紅㈱ 丸紅経済研究所 副所長
(「カーボンニュートラルと商社」特別研究会 座長)


田川 真一 氏

 カーボンニュートラルの実現が求められる中、多種多様なニーズを仲立ちしグローバルに活動している商社の知見や経験がこの動きをさらに加速し貢献できるものと考え、日本貿易会は、2023年3月、「カーボンニュートラルと商社」をテーマとした特別研究会を立ち上げました。
 各社事例を持ち寄って意見交換を重ね、そこから見えてきた課題と提言、商社業界のポテンシャルを発信するために、2024年5月、報告書「カーボンニュートラルと商社」をまとめました。
 このたび、特別研究会のメンバーにお集まりいただき、研究会での議論や報告書の内容について、座談会形式でお話しいただきました。また、今回初めての取り組みとして、セミナー形式で開催し、ご招待した記者との意見交換も併せて行いました。
(本稿は2024 年5 月27 日に開催した座談会の内容を事務局でとりまとめ、出席者の校閲を受けたものです)

1.「カーボンニュートラルと商社」特別研究会への参加に当たって


丸紅㈱ 丸紅経済研究所
副所長
田川 真一 氏

田川:本日はお集まりいただき、ありがとうございます。まずは久谷主査にカーボンニュートラルに関する現状認識について伺いたいと思います。本研究会で商社と対話していくことに対して何を期待されましたか。

久谷:今や、カーボンニュートラルを目指して社会と経済とが一体となって変化していくことは間違いないと思います。一方で、ウクライナ戦争を契機としてエネルギー安全保障がクローズアップされ、欧州でさえもステップバックする状況がみられます。また、地政学的リスクから経済安全保障に関するさまざまな問題が生じており、脱炭素の歩みはスローダウンする可能性もありますが、最終的には地球温暖化対策に向けた取り組みは進んでいくと考えています。特別研究会が立ち上がった2023年は、日本でGX推進法が成立し、GX債やカーボンプライシング制度などカーボンニュートラルに向けた具体的な歩みが着々と進んできた時期でした。こうした中、カーボンニュートラルに関する学びを得たことは、自身にとって大きな収穫であり、商社各社でさまざまな取り組みが進んでいることに心強さを感じました。

田川:ありがとうございます。続いて、商社から参加された方々に、研究会への参加を決めたきっかけや狙いなどについてお聞きします。

福沢:当社は、汎用的な原材料・素材をトレードする商社です。カーボンニュートラルに資する商材には注力していて、アピールする必要性を感じていました。特に電池の原材料やバイオマス燃料のビジネスを取り上げたいと思い、今回の研究会に参加しました。

本間:私は化学会社の出身で、現在は三井物産戦略研究所にて素材やエネルギー等の脱炭素全般に関する研究を行っています。具体的には、欧米の石油メジャーの脱炭素に向けた取り組みの違いや、欧州で進んでいるコンビナート全体のカーボンニュートラル化の取り組み、水素や水素代替品の輸入などについての研究をしています。他商社とのネットワーク構築を通じて研究内容を深化させたいと考えて、研究会に参加しました。各社における具体的な取り組みを直接聞くことができたことは、今後の研究に向けて大いに参考になりました。


丸紅㈱ 丸紅経済研究所
所長代理
榎本 裕洋 氏

榎本:研究会への参加に当たっては、脱炭素化に向けた道筋が各国の環境によって全く異なる中、日本らしい脱炭素化のあり方を追求できることを期待しました。メーカーほど深い研究ではないものの、商社は広範囲をカバーしているため、日本の脱炭素化の縮図を見られることを期待して、研究会に参加しました。

田川:私は調査業務に携わる中でこれまで主にマクロ経済を見てきたのですが、欧州駐在中に気候変動問題がかなり身近なものであることを実感しました。現地では時には強引と思われるような政策がとられるなど、脱炭素化に向けた推進力が強かったのが印象的でした。日本での気候変動に対する認識、具体的な取り組みについて知りたかったというのが参加の動機です。

2.商社の取り組み事例のポイント


㈱三井物産戦略研究所
産業社会情報部社会調査室
室長
本間 良宏 氏

田川:報告書で取り上げた事例について、概要や特徴、PRポイントをご説明いただきたいと思います。まずは本間さんから「e-dash」についてご紹介ください。

本間:「e-dash」は、CO2排出量の可視化・削減サービスプラットフォームを提供する「e-dash」事業と、カーボンクレジットのマーケットプレイスである「e-dash Carbon Offset」事業の二つのサービスラインを展開しています。CO2排出量の可視化から削減の具体的な施策の提供まで、企業や自治体が足元の成長と中長期の目標の達成の両方を実現することを目指して一気通貫でサービスを提供しており、約200の金融機関と多数の自治体での採用実績があります。「e-dash Carbon Offset」事業では、信頼性の高いJ−クレジットや世界中のボランタリー・クレジットを、オンラインで少量から購入することができる国内初のサービスを提供しております。

田川:ありがとうございました。カーボンニュートラルに取り組む大前提として自社のCO2排出量を把握することは、何をどのように削減すれば良いかを知る上でも重要だと感じました。実際に提案をされた具体的な取り組みについて教えてください。

本間:まず「e-dash」事業では、Scope 1・2 のCO2排出量の可視化に当たって、電気・ガスなどエネルギー関連の請求書をアップロードするだけで自動算出し、正確なデータを蓄積できる仕組みを提供しています。今後一次データ化が求められるcope 3も、ソフトウェアによる可視化に対応しています。また、可視化されたデータに基づいて、SBTイニシアチブをはじめとした削減目標達成に向けたロードマップ作成支援、具体的には省エネ、創エネ、非化石証書を活用したクリーンエネルギーへの切り替え、オフセットなどの手段について提案や実行支援を提供しています。

田川:報告書では、ソリューション提供型のビジネスも多く紹介されています。「e-dash」を展開するに当たって、政府に取り組みを拡充して欲しい点などについて、お考えをお伺いできますか。

本間:2050年のカーボンニュートラルの実現に向けては、さらなる加速が必要不可欠です。しかしながら、中小企業の方々への営業において感じられることとして、取り組みに対する意義が浸透しきっていないのではないかということを聞いています。政府には、さらなる情報発信や啓発に取り組んでいただき、社会全体でカーボンニュートラルに取り組んでいけるようにして欲しいと思っています。

久谷:現在はエネルギー価格が高いので、省エネや、経済性が高まっている再エネなどを通じたコストメリットを中小企業の方々に知っていただくのも有効であると考えています。  


阪和興業㈱
食品・エネルギー・生活資材新規事業推進室
室長
福沢 大五郎 氏

田川:福沢さんからは「石炭代替のバイオマス・リサイクル燃料供給」に関する取り組みをご紹介いただけますか。

福沢:
2012年のFIT制度施行以前、環境価値のあるバイオマス・リサイクル燃料の採用に当たっては、石炭より安価であることが重視されていました。しかし、今ではユーザーの燃料調達に際し、環境価値に重きが置かれるようになってきました。阪和興業は、こうしたバイオマス発電所や一般産業のコージェネレーションにおいて、ユーザーに寄り添うサプライチェーン構築を支える立場で、物流や調達の多様性の観点から、品質・価格の安定した燃料の供給という商社機能を発揮しています。当社では木質バイオマス燃料の輸入取り扱いが多いのですが、それに加えて、プラスチックのリサイクル燃料を通じた国内の循環型リサイクルについても報告書では紹介させてもらいました。

田川:一つの国で行った事業を海外にも展開できる力は商社の強みです。石炭火力が欠かせない国などへの展開について、どのように考えていますか。

福沢:石炭に代えてバイオマスやリサイクル燃料を混焼するのは、CO2削減量においては、水素、アンモニア、二酸化炭素回収・貯留(CCS)などの先端技術には劣りますが、設備投資を抑えられるため参入ハードルは低くなります。RPF、PKS、木質ペレットいずれも今後の需要の伸びが期待できます。展開という意味では、日本への輸入のみならず、三国間の取り組みにも力を入れています。

田川:榎本さんからは、日本初の商業ベースでの大型洋上風力発電の「秋田洋上風力発電」について伺います。

榎本:日本政府が2020年12月に発表した洋上風力産業ビジョン(第1次)で掲げられている日本における洋上風力発電の導入目標とする2040年までの洋上風力発電部材の国内調達比率60%の達成に向けて、必ずしもモノ(部材)のみならず、例えば保守サービスや運営人材の教育など洋上風力に関するサービスについても、日本の各地方に集積できるのではないかと考えています。したがって、本事業は後に続く洋上風力発電のモデルケースとして開発・建設・運転・保守などを通じて得られた知見を地元や日本全体に還元し、日本全体での脱炭素と地方での地域活性化との一石二鳥の取り組みと言えます。

久谷:
洋上風力発電については、これまでは海域指定がなされてこなかったのでビジネス上うまくいかなかったものの、排他的経済水域(EEZ)への設置も含めて今後の期待は大きいと認識しています。他方で、浮体式については技術的な開発が必要であり、沖合となると送電における技術的な困難さもあります。日本の狭い国土の中で太陽光発電のみに頼ることはできないので、商社がリードして風力発電の開発を進めることは、日本にとって非常に良いことだと思います。

3.特別研究会を振り返って


丸紅㈱ 丸紅経済研究所
研究主幹
村井 美恵 氏

田川:研究会に参加する中で、認識を新たにした点や気づきなどについて、お伺いしたいと思います。

福沢:商社の立場から、カーボンニュートラルの技術を深く研究するというよりは、広範囲に取り上げることができたのが、本研究会の特徴だと感じました。カーボンニュートラルに向けたいろいろな手法がある中で、各社が悩みながら実現に向けた工夫をされているのが分かりました。日本の国全体でもカーボンニュートラルの方向性が必ずしも明確になっていない中で、カーボンニュートラルにまつわるビジネスを生み出していこうと各社苦労されているのが非常に印象的でした。

本間:他商社の事例について、どれもとても興味深かったです。例えば、丸紅の三峰川電力のダムを使わない新たな水力発電所は、自然環境への負荷が少ないにもかかわらず長期運転が可能であり、日本にとっては新たな地域のベース電源となるのではないかと思いました。三菱商事の洋上風力発電事業の紹介においては、事業推進における苦労のみならず、合意形成の加速化に向けた提言なども述べられています。また、豊田通商の廃プラスチックのマテリアルリサイクルについては、高度比重選別技術による高品質な再生プラスチックの生産が紹介されています。これらは一例であり、各社非常に面白い事例を提供しており、さまざまな気づきが得られました。

榎本:カーボンニュートラルというのは、商社の仕事だと思いました。なぜかというと、対立する国家間であっても脱炭素化では協力するくらい大きな変数である中、さまざまな経済主体を「つなぐ」という機能を持つ商社が非常に重要な役割を担うと思った次第です。一方、真剣な戦においては負けた時のことを考えなければならないという観点で、カーボンニュートラルが達成できず、地球温暖化が進むことを前提とした適応に向けた取り組みもさらに研究する必要があるのではないかとも感じました。

村井:当初は、脱炭素って本当にもうかるのだろうかという疑問があったのですが、実際のビジネス案件を事例として多く紹介することができたことは、新たな気づきとなりました。一方で、どの程度のペースでカーボンニュートラルに向けた取り組みが進んでいくか、地球温暖化の防止がうまくいかなかった時にはどのようなビジネスができるのかについて今後研究を深めていきたいと思いました。

田川:今回、商社ビジネスがいかにカーボンニュートラルへ貢献できるかという観点で議論を重ねてきた中で、われわれは私企業であり予見性や収益性がないと持続可能性が保てなくなるという観点から、採算に関する意見をかなり交わしました。地球温暖化による経済的損失を数値化、内部化するメカニズムを制度として固めていく必要があるというのが気づきとしてありました。


(一財)日本エネルギー経済研究所
研究理事
久谷 一郎 氏

田川:久谷さんにお伺いします。本研究会においては、主査として商社の実際の取り組みや議論に触れ、どのような感想をお持ちになりましたか。

久谷:カーボンニュートラルをいかにビジネスにするか、という観点は非常に重要だと思います。機関投資家の中には、カーボンニュートラルの重要性を認識しつつも投資の対象としない方もいらっしゃいます。株主価値の向上を考えた際に、もうかる仕組みをいかに構築するかがとても重要であり、商社の役割は非常に大きいと思っています。日本のメーカーには脱炭素に貢献する技術が多くありますが、それらを一体として前に向けられなければ宝の持ち腐れとなってしまいます。商社が直面している課題は、日本共通の課題であり、それをブレークスルーしないと日本の脱炭素が進まないような重要なポイントが多く隠されていると思います。商社の課題意識を政府や一般国民に対して強く発信することによって、カーボンニュートラルがもうかる社会にしていくことが重要であると考えています。

田川:最後に、日本も含めて、エネルギー転換が難しい国・地域における取り組み方についてお考えをお聞かせください。

久谷:カーボンニュートラルを進める中で留意すべきは2点あり、スピードと、化石燃料投資を座礁資産化させないための技術開発です。1点目のスピードについては、今すぐに新技術を導入するよりも、10年、20年後に同じ技術を導入する方が安く済むというのが通常であり、脱炭素化のタイミングは後にするほど良いことになります。一方、2050年の目標年次が迫っているので、できるだけ早い時期に脱炭素技術を入れていく方が良くもあり、両者のバランスが重要になると思います。2点目の技術開発については、化石燃料インフラを将来カーボンニュートラルにするための技術がある中で、こうしたインフラを脱炭素転換できるように準備をしておくということが、現在必要なエネルギー安定供給と将来のカーボンニュートラルの両方を整合的に達成していくためのポイントかと思っています。

田川:皆さま、本日はどうもありがとうございました。

「カーボンニュートラルと商社」特別研究会報告書は、全文ウェブサイトで公開しています


 カーボンニュートラルを巡る最新動向のほか、本座談会でご紹介した事例も併せて日本を代表する13商社の事例を掲載し、商社業界の取り組みが一望できるものとなっています。
 ぜひご一読ください!
 https://www.jftc.or.jp/publications/assets/pdf/carbon_neutral_shosha.pdf


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