国際社会貢献センター(ABIC)20周年記念特別企画 第2弾 初代ABIC理事長に聞く「ABICの成り立ちと未来」

初代ABIC理事長、元日本貿易会常務理事
(現在 国立大学法人東京学芸大学客員教授、新コスモス電機株式会社顧問)
池上 久雄
現ABIC理事長、日本貿易会常務理事岩城 宏斗司

本誌前号でご紹介した日本商工会議所三村会頭と日本貿易会中村名誉会長のトップ対談に続き、今回はABIC創設に尽力された池上久雄氏に20周年の原点の頃の様子についてお聞きし、さらにこれからのABICを展望しました。

「業界団体によるNPOの先駆者として」~国際社会貢献センターABIC命名の秘話~


初代ABIC理事長 池上久雄氏

岩城:日本で1998年にNPO法が施行されると、日本貿易会では早速、NPOについての研究と商社として何ができるかの検討を始めましたが、商社業界とNPOのつながりが生まれた当時の様子を話していただけますか。

池上:当時日本ではまだNPOへの認知は高くなかったのですが、私自身、さかのぼるとニューヨーク駐在経験から、NPOの活動実態、その意義や影響力について感じるものがありました。また、米国では商社がNPO/NGOと直接関わり合う場も多くありましたが、ビジネス面でのNPOとの接点は必ずしもポジティブなものばかりではありませんでした。

岩城:確かに、私も1990年代はジャカルタ駐在でしたが、熱帯雨林など環境保護問題に関わる米国での動きが伝わってきて、経済活動以外の価値が注目され始め、ビジネスも経済合理性だけではなく、別の観点からも考えなければいけない時代が来たと身に染みて感じました。

池上:一方、米国社会でのNPOの存在に対してはポジティブな気付きもありました。米国ではNPOにより1,000万人の雇用が賄われており、また行政コストの低減に有効との評価もありましたから(関連事項を後述)。日本でも阪神淡路大震災(1995年)を経てボランティア意識が高まる中、1998年にNPO法が施行されます。日本貿易会では1999年5月に「NPO研究会」を立ち上げ、商社側は同じような問題意識を持たれていた三井物産の寺島実郎さんら、貿易会側は当時常務理事であった私がタッグを組んで、どのようなNPO活動ができるかの検討に入りました。軌を一にして、貿易会に対し大蔵省(当時)から通産省(当時)を通じて、アジア諸国に対して実際に日本人の顔が見える支援活動を展開できないかとの検討要請が寄せられました。アジア通貨危機(1997年)に対し日本政府は「新宮沢構想」を発表し資金面で強力な支援を行いましたが、お金を出すだけではダメで、アジア諸国の現場で直面している課題に対して、企業経営や商社金融、人材育成などの実践面での支援を行うことについて商社に協力願いたいとの要請でした。

岩城:ABICの発足には日本政府からの期待も高かったわけですね。組織の立ち上げに際してはどのようなご苦労がありましたか。

池上:NPOとして一体何をやるのか、研究会での議論は白熱し、方向性を定める作業が大変でした。そこで皆のイメージをそろえるために、新組織の名称を定めて方向感を共有することにしたのです。一同で悩みながらもまず日本語の「国際社会貢献センター」という名称を決めました。国際貢献なのか社会貢献なのか曖昧だとの声もありましたが、むしろいろいろな解釈ができた方が活動の広がりも期待できると考えました。名前が決まると不思議にまとまって動きやすくなったのを覚えています。英文名称は大いに悩みましたが、日本貿易会の高梨専務理事(当時、後にABIC監事)が「Actionfor a Better International Community」(ABIC)をひねり出しました。逐語訳ではなく、「Discussion」でもなく「Action」としたのがミソで、プロアクティブな躍動感にあふれた道筋が見えてきました。

岩城:私もこの「Action」の一語が大好きです。業界団体としてのNPO発足に、会員各社をまとめるご苦労もあったかと思いますが。

池上:当時よく「相撲部屋」と言っていました。現役時代はそれぞれの部屋を背負って体当たりで熾烈(しれつ)に戦うが、引退後は協会のために地道な下働きさえもする。商社パーソンも、海外駐在時は家族も含めて仲良く、危機対応時は一致団結する、大きなプロジェクトでは協働する例もある。こうした素地は当時からありました。また、先に述べた通りABICの立ち上げに政府側からの期待が高かったのは事実ですが、政府に頼まれてやるのではなく、商社業界が主体的に考え具体的な国際貢献、社会貢献に取り組むという意識を強くして貫きました。

岩城:先の対談で日商の三村会頭もおっしゃっていましたが、他の業界ではどうしてまねができないのか不思議でならないと。ABICの活動が他の業界団体での取り組みにもつながればいいとの思いは、歴代の理事長や事務局長の先輩諸氏からも常々伺っています。

「シニア商社パーソンの心意気」~取り組み事例から探る熱き思いと志~

岩城:日本貿易会の月報ファイルで、20年前の特集を見つけました。「日本貿易会が始めるNPO活動~その役割と将来展望~」と題した座談会の記事で、なんと池上さんが司会をされています。それを読んで感じたのですが、出席者からは海外での「国際貢献」を強く意識した発言が多い。海外での仕事を通じて、また現地社会での生活を通じて成長できたことへの恩返しとして、現地に出向いて貢献したい、貢献すべきという熱い思いと志にあふれているのです。

池上:立ち上げ当初は、留学生およびその家族への支援、地方自治体や中小企業への支援大学での講義など、20年を経て今なお続いている日本国内での活動(今後の特集記事で順次紹介予定)に加えて、海外で活動するプログラムへの参加が数多く見られました。具体的事例を写真と共に幾つか紹介しましょう。

海外活動プログラムの具体的事例


(1)2002年、NPO「日本紛争予防センター」での、ア
フガニスタン復興支援活動。女児に対する識字率向上
と平和教育に注力


(2)2002年、NGO「人道目的の地雷除去支援の会
(JAHDS(ジャッズ))」での、カンボジアおよびタイの一部の地雷
除去後方支援活動


(3)2004年、IETC(インドネシア貿易研修センター)での、JICAのODA 支援をベースにした日本の食品衛生と品質
管理に関する特別研修プログラム


(4)2005年、陸上自衛隊国際援助医療チーム通訳として、スマトラ島アチェ州の大津波災害復興支援に3人が参加。JICA 理事長から感謝状をいただく


池上:私は今も大学で講義をしていますが、ABICの活動紹介には学生たちも興味津々で、自分の親よりも年上の、元気なシニア商社パーソンの「心意気」を感じ取ってくれています。


「社会の第三の担い手“NPO” 」 ~行政機関と営利企業の境目で役割を果たす~


図 官民のバランスとNPOの位置

岩城:先ほどのNPOの話題に戻り、日本貿易会ではその3大機能をGovernmentRelations、Member Relations、PublicRelationsの要素で表していますが、ABICの運営に携わって特に感じていることは、パブリックの活動の意義や重要性です。NPOの存在意義は分かるのですが、運営上の課題は少なくありません。

池上:NPOはまさに行政機構、営利企業と並ぶ、現代社会の第三の担い手です。欧州は高負担・高福祉、米国は低負担・低福祉、日本は中負担・高福祉といわれていますが、何でも政府任せというわけにはいかないので、小さな政府でNPOの重要性が増してくることは確実です(右上図参照)。日本には今約5万のNPOが認証されています。米国は約140万です。

岩城:NPOの運営で一番苦戦するのは財政的な問題で、米国では根強い寄付文化がNPOの活動を支えているわけでしょう。

池上:ABICが存続できたのは、日本貿易会の社会貢献活動を請け負う実行部隊とする方針を打ち出したことも大きな要因です。また、ABIC立ち上げ時には、ちょうど定年を65歳に延長する動きがありました。日本貿易会のABICを通じた活動は、業界が一つになり取り組む定年延長という課題解決へのソリューションになると考え、労働省(当時)に提案し、まとまった補助金をいただけることになり、ABICの広報活動などに活用しました。財政的に安定し、信頼性の高い日本貿易会の社会貢献活動であり、ちょうど時期的に国の政策とも合致したため、良いスタートが切れたと思っています。

岩城:NPOとして活動を維持していく上で、日本貿易会のバックグラウンドと、業務受託により運営していることは、今も重要な基盤となっています。また、国の政策との合致という面でも、人生100年時代と認識される折、高年齢者雇用安定法が2021年4月に改正施行されます。その中で70歳までの就業機会の確保について、「社会貢献活動」を多様な選択肢の一つとして法制度上位置付け、事業主としてNPO法人への資金提供などの措置を設ける努力義務が明記されます(※)。ABICの長年の活動の成果が反映されたとすれば大変喜ばしいことです。今後会員各社の人事部門と具体的な協働についてご相談していきたいと思います。

※厚生労働省ウェブサイトURL: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/koureisha/topics/tp120903-1_00001.html

「ABIC継続20年の秘訣(ひけつ)は?」~そして2030年に向けたSDGs~


現ABIC理事長 岩城宏斗司氏

池上:ABICの重要な基盤には、さらに加えて、日本貿易会の歴代トップの意識が挙げられると思います。業界団体といえば、業界の利益代表のように世間では見られがちですが、日本貿易会はひと味違う、自ら主体的に、金銭面ではなく、広範囲な社会活動で必要とされる人材面での貢献を果たすとの決意と魂をABICに込めて、歴代会長は皆さん胸を張っておられたし、実際、具体的な案件発掘にも熱心に取り組んでいただきました。

岩城:本当にその通りです。会長の期待の大きさをひしひしと感じますし、自ら動かれてご紹介いただく案件もたくさんあります。さらに加えたい重要な基盤は、コーディネーターの方々です。活動会員の個々のスキルと現実のニーズをうまくマッチングして、丁寧に両者の条件の調整などを担っていただいています。活動会員の皆さまの国際社会貢献に向けた熱き思いには、いつも頭が下がりますし、定年を過ぎても元気で活動的で、ボランティア精神に富んだ、まさにアクティブシニアが多数いらっしゃることは驚きです。

池上:いわゆるボランティアは無償で行うのに対し、NPO活動は事業を維持する分は有償で行うのですが、同時に評価も行うことを掲げてABICの運営に臨みました。

岩城:今後の展望については、新型コロナウイルス感染症の予防対策が叫ばれる中で、急速なデジタル化への対応も求められており、会員の方々へのリカレントプログラムなどの構想もあります。現実に、大学の講座や中小企業への経営アドバイスなどの業務も急速にオンライン化しています。

池上:社会の激しい変化によりABICの事業環境も変わり、寄せられるニーズも多様化するでしょうから、そのためにも会員構成面での多様性に取り組むこと、女性の活動会員を増やすことも求められています。これまでの日本の雇用は年功序列で、定年で退職することが多かったですが、これからは若返りも進むでしょうし、年齢を問わない働き直しや、人生の楽しみ方など、本人の選択肢もますます多様になるでしょう。ABICの活動領域も多様化しなければなりません。

岩城:中長期的には2030年のSDGsに向けた動きが各方面で進む中、ABICの取り組みも発展できる余地が大きいと思います。常に世の中の変化とニーズを先取りして生き抜いてきた商社業界に倣い、ABICも引き続き「広い守備範囲でニーズに応えるユニークな人材バンク」として成長していきたいです。池上さん本日はどうもありがとうございました。


ABIC20周年記念誌と同年表資料をオンラインで掲載しています。ぜひご覧ください。
https://www.abic.or.jp/abic20th/index.html

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