2012年11月号 (No.708)
(日印国交樹立60周年を迎えて日印関係のさらなる発展と商社ー1 からつづく)
鈴木(司会)
続いて、各商社のインドビジネスの現状と今後の方向性、経営課題などについてお伺いいたしたい。
〔三井物産のインドビジネス〕
まず三井物産からお話しさせていただく。当社の前身の旧三井物産は、119年前の1893年に当時のボンベイに出張所を開設し、綿花の日本向け輸出を行ってきた。インド三井物産の現地法人化は2004年で、ニューデリーに本店ならびにムンバイ、チェンナイ、コルカタに支店がある。物流商内を中心にインド三井物産の自己名義の商売を展開し、その延長線上でバリューチェーンのくさびとなるべくRuchi グループとIndian Steel 社での冷延・亜鉛メッキ鋼板の製造事業投資、インド国内自動車産業を狙い山陽特殊鋼社、Mahindra& Mahindraグループとの特殊鋼生産合弁会社設立、衛生陶器の製造販売でTOTOのインド子会社に資本参加する予定である。また、インドの競争優位性がある分野への対応として、Arch Pharmalabs 社に出資し、医薬品原薬・中間体の製造受託事業を展開している他、消費動向の変化による通信販売市場の拡大を予測し、電子決済代行会社のSuvidhaa社および電子商取引サイトを運営するSulekha社への出資も行っている。その他、インフラ整備、環境に配慮したスマートシティ、肥料原料の輸入など農業振興につながる取り組み、あるいはエネルギー分野についても、インドの国益につながるものであり、当社としても興味を持って戦略強化を狙っている。
〔伊藤忠商事のインドビジネス〕
清水(伊藤忠商事)
当社もインドに進出してからほぼ100年になるが、コルカタから始めてムンバイ、デリーと事務所を開き、今はデリーが本店である。本社側のカンパニーの陣容をそのまま相似形でここに構え全方位での取り組みを行い、従来のトレードの拡大と投資を推進する方針である。現在、繊維関係でのユニークな取り組みとして「プレオーガニックコットンプログラム」という事業を進めている。CSRにもつながる事業で、インドのコットン農家のオーガニック栽培への移行を支援するプログラムである。3年間の移行期間中に、有機農法の指導やオーガニック認証の取得サポート、綿花の買い取りによる収入保証を行い、農薬や化学肥料による環境や健康への被害、農家の経済的負担増などの悪循環を断ち切ることを目指している。国連開発計画が主導する、商業活動と持続可能な開発を実現するビジネスを促進する世界的なイニシアティブである「ビジネス行動要請」の取り組みとして承認され、インド産のオーガニックコットンを世界に発信していきたいと考えている。また、インフラ関係では、DMIC関連で、日立、シンガポール・ハイバックス社との3社コンソーシアムで、グジャラート州Dahej SEZ向け海水淡水化プロジェクトの契約交渉を鋭意進めている。その他、各分野で事業への取り組みを進めており、インドのレジ袋製造最大手のナレンドラ・プラスチック社に出資、今後急速な需要拡大が見込まれる食品包装での展開を期待している。また、2011年に日系初でインド全域をカバーした物流網を完備する物流事業会社・IP Integrated Services Private Limitedを、インド物流会社パレック社と合弁で設立した。輸出入からインド国内までの一貫物流、日本式の高品質な物流サービスを提供できるように体制を整えている。
〔住友商事のインドビジネス〕
沖廣(住友商事)
当社の自動車ビジネスは、 1980年代初頭にスズキさんがインドに進出された時、自動車部隊がそのお手伝いをするために一緒に進出したことにさかのぼる。以来、自動車と二輪車のバリューチェーンの中で、さまざまな事業を展開している。スチール加工センターのIndia Steel Summit Private Limited、造管事業のANSやASPI等の事業会社を持ち、また自動車部品製造のMunjal Kiriu Industries、トラックやバスの商用車製造・販売のSML Isuzuにも出資し、商社ではあるがものづくりにも参画している。さらに、スズキ関連の直営サービス会社のJJ.Impexにも出資し、素材から部品、完成車、サービスと幅広いビジネスを行っている。これらに加え、インドで最も歴史のある特殊鋼メーカーのムカンド社と自動車向け特殊鋼の二次加工製品の製造・販売会社を 2012年中に設立予定である。一方、当社の駐在員は、自動車はもとより金属、インフラ、化学品、資源、物流関係の部隊からも派遣されており、相当多岐にわたったビジネスを展開している国の1つである。
インドは、まだまだ製造業が十分発展しておらず、他の東南アジア諸国に比べて日系製造業のインドへの進出も少ない。今後の方向性としては、さまざまな難しい課題はあるものの、日系製造業の進出をお手伝いできる工業団地の開発、あるいはそれに付随する物流サービスの提供にも取り組んでいきたい。また、インドでのさらなる事業拡大に向け、優良な地場パートナーを発掘し、またそのパートナーとの関係構築を通して、既存の事業分野に加え、この国の巨大な消費市場を取り込んでいくような新しいビジネスにも挑戦していきたいと考えている。
〔三菱商事のインドビジネス〕
中垣(三菱商事)
2012年度が最後の年となる中期経営計画の中で、インドはブラジル、中国と共に戦略地域に指定され、コーポレートを含む支援を得たお蔭もあり、かなり具体的な結果が出つつある。インドは、ブラジル、中国とはだいぶビジネスの形態も発展ステージも異なるが、インドのビジネスの特徴は時間がかかるということである。また、さまざまな難しいビジネス環境があることから、官のサポートを必要とし官民連携して取り組む必要のある国である。当社での事業戦略は、①内需、②インフラ、③インド企業のグローバル展開における協業の3つを掲げる。①内需については、自動車関連や化学品、鉄鋼製品の分野に注力しており、リテールにも注目している。インド全土をカバーして冷凍物流事業を展開するSnowman Foods Limitedに出資している。②インフラについては、日印経済協力のシンボル的なデリー・メトロの車両を受注し、その後バンガロール・メトロの車両も受注した。デリー・メトロのフェーズ3 が現在の注力案件であり、DMICのIPP案件も日印連携プロジェクトとして案件形成を図っている。③インド企業のグローバル展開における協業ついては、2011年末にインドの肥料会社と一緒に、ペルーリン鉱石の権益を獲得した。また、タタ・コンサルタンシー・サービス(TCS)と組んで日本における合弁会社を設立している。その他、医薬・農薬といったライフサイエンス部門も重点分野としている。一方、環境CSR分野にも力を入れており、環境に優しいシップリサイクル案件の形成や、スマートコミュニティのFS、スワミナタン財団と組んだ東部オリッサ州の無電化村用太陽光街灯寄贈や人材開発センターの建設、デリー大学の日本語学科への奨学金の支給も行っている。
インドビジネスの拡大には、ナショナルスタッフの育成・活用が非常に重要である。当社は従来からグローバル研修生ということで、日本の若手社員を海外でトレーニングしているが、そのインド版で、インドの若者を日本や中東へ出して、さまざまな経験を積ませるということを行っている。
〔双日のインドビジネス〕
川村(双日)
インド法人が期待される役割・機能には2つある。1つは本社の営業部門の戦略を実行するために現地側が果たす役割・機能(支援、調整業務)である。もう1つが、地域発信型の新規案件組成への取り組み機能であり、この機能が極めて大きい。従って、インド法人の組織もこれに伴い、既存のビジネスを実行する部隊と、市場開発など将来のビジネスモデル構築へ向けた活動を行う部隊の大きく2グループ化している。また、地域的な特色もあり、ニューデリー本社は、機械部門(自動車関連、インフラ)とエネルギー金属部門(鉄鉱石、石炭)、ムンバイ支店は化学部門、チェンナイ支店は生活産業部門(工業団地開発、物流サービス)、コルカタ支店は機械部門(製鉄プラント)という大きなくくりができつつある。
今後の方向性であるが、営業部門戦略は全て本社との共通認識の下、インド側で活動中であり、インド法人側が独自で動くことはまれである。法人としての独自性を発揮しながら、インド側でしかできない役割を遂行しているが、例としては、相手先の信用リスクを取りながらの国内取引を拡大し、顧客開拓等を行っている。また、営業部門戦略に乗せる前の新規案件開発も念頭に置きながら、ロジスティック事業の立ち上げを検証中である。特に、今後自動車用部品の製造拠点が拡大していくとみられる中、タイ国で成功している自動車部品物流事業のAUTRANCE社のインドへの横展開などを課題として取り組んでいる。最近の事業活動の具体例としては、日系企業として初めてとなるチェンナイ工業団地開発とインドで初めての試みとなるグジャラート州で硫酸カリ肥料および工業塩の生産・販売のマリンケミカルプロジェクトがある。今後の課題としては、税制面の対応が大きな経営課題であるが、特に移転価格税制の対応には資金面共に苦慮しているところであり、既に言及された通りである。もう1つは、中垣さんのお話にあったように、やはり人材の育成である。ナショナルスタッフに会社のDNAをどのように植えて、育てて、バトンタッチできるか。コアとなるナショナルスタッフを育てることが、私たちの使命ではないかと考えている。
〔丸紅のインドビジネス〕
渡辺(丸紅)
インドは、本社中期経営計画2012の中で重要市場地域に位置付けされ、 2010年から本社において副社長をヘッドとしたインド戦略委員会を立ち上げて、部門またがりの重点分野、重点顧客対応を展開してきた。当社もさまざまな分野の取り扱いがあり、それぞれの部門から駐在員が出ているが、化学品や紙パルプの素材、自動車関連、食料やライフスタイルの生活産業、インフラとこれら4つを戦略的に注力していく分野に位置付けている。人材育成については、当社には2つの大きな特徴がある。1つは化学品でベテランのナショナルスタッフを2009年から執行役員に抜てきし、化学品を中心としたコモディティ分野を管掌させている。日本人駐在員では及ばない、長年の取引を通じて培った豊富な人脈と信頼関係に基づき、国営石油公社インディアンオイル(IOCL)と合成ゴムの製造、販売の合弁事業を行うに至った。2013年の操業に向けて現在建設中である。このような優秀なローカルスタッフの育成、活用によりインドビジネスを拡大させ、現地化を進めているが、第2、第3の後続の役員としてナショナルスタッフをどれほど育てることができるかが鍵となる。もう1つは、日本企業で唯一インドの発電事業(IPP: Independent Power Producer)に参画し、電力分野では昭和30年代初頭からインド市場に取り組み、EPC(Engineering, Procurement and Construction)累積受注総額約2,000億円の実績を挙げている。長年にわたる電力分野での実績は、インドを自らのキャリアアップの現場と認識し、インドをこよなく愛し、仕事に情熱を傾ける自他共に認めるインド通といわれる歴代電力駐在員のたすきリレーによって築かれたものである。
インドは、確かに将来にわたって非常に魅力ある市場であるが、非常に難易度が高い。われわれ商社の役割は、インドにおけるビジネスチャンスを現場感覚で、あるいは日常のトレーディングを通じて探し出し、そこに最適であると判断する日本なり海外のパートナーを呼び寄せて、一緒に事業仕立てにしていくということではないかと思っている。
〔豊田通商のインドビジネス〕
渡辺(豊田通商)
当社は旧トーメンまでさかのぼれば100年以上前にムンバイでスタートしているが、豊田通商インディアの設立は 2007年である。インドは、2012年度に本社から地域戦略における最重点国の1つと位置付けられた。バンガロールに本社を置き、デリー(グルガオン)、マネサール、ムンバイ、チェンナイに支店を設け、現時点での事業投資先は22社である。当社のインド戦略のみならず本社のグローバルビジョンは、2020 年をターゲットとして、戦略の軸を①モビリティ分野、②ライフ&コミュニティ分野、③アース&リソース分野という大きな3つの軸に置きサスティナブルな成長分野と位置付ける。インドでの具体的な取り組みとして、①については、自動車産業日系モノづくり企業のさらなる進出・成長に貢献すべく、コスト競争力向上に主眼を置いた事業環境設定・開発・調達・生産・サプライチェーン支援に取り組んでいる。スチールセンター、ブランキングセンター、物流センターを内製で持っており、コンパウンド事業やアルミの再生塊事業を準備中である。サプライチェーンの複雑化に伴い広大なインドでの物流網構築のニーズが高まっており、現地大手3PL企業との業務提携を準備中。また、チェンナイに進出予定の日系企業に対しては、許認可申請、インフラ支援、アドミン業務等々のサービスを提供する予定である。②については、セコム医療システムとインド・キルロスカ・グループとの3社共同で、バンガロールにおいて総合病院を設立して共同運営を行う。病院経営は一つの過程であり、将来的には臨床検査、リネン、医療資機材、院内IT、保険、クリニック事業等メディカル事業総合サービス機能化を目指している。③については、日本政府ならびに日本大使館の全面的な支援を頂きながらアンドラプラデシュ州でのレアアース精製事業を準備中であり、必ず成功しなければいけないプロジェクトと認識している。また、 2012年からインフラ関係に取り組む方針で担当駐在員を置き、社内に新規事業開発部も設置した。
人事問題については、人づくりといってもひとくくりできない大変悩ましいところがある。当社では、来期から職掌制度をオペレーション職、組織管理のマネジメント職、事業企画開発のプロフェッショナル職という大きく3つに分け、給与体系も含めた人事制度を根本的に変える必要があるという仮説の下に検討しているところである。
鈴木(司会)
野口さんと塚田さんに、商社に対する期待や求められる役割についてご意見をお伺いできればと思う。
野口(JETRO)
大変参考になった。皆さまから指摘があったように、基本的にインドビジネスの難しさは、まず「守られるべきもの」があり、その勢力が保護され力を持っている点にある。それは例えば、農民は土地と一体不可分の存在で守られるべき対象であり、道路、鉄道、工業団地、都市開発等が進まない懸念対象となる。また、労働者は弱者として位置付けられ、守られるべき対象となる。労働者は超ウルトラ個人主義で、会社への帰属意識の薄さは、ジョブホップのような形になる。そして、独立運動時の崇高な思想でもある「スワデシ・スワラジ(国産品愛用・自主独立)」が、結果的に外資に対して排他的になり、守るべき自国企業という縮図を残しているのではないかと考える。その端的な例が、小売り部門の市場開放の遅れや金融部門での資金調達規制に表れている。
しかし、インドビジネスの難しさは、日本企業に対してのみの状態ではなく、逆にインド側は、日本企業、日本に対してチャンスを割とたくさん与えてくれている国である。日本の技術への評価は依然高く、日本に対する期待は大きい。特に、DMICやニムラヤ工業団地など他国には前例を見ない協力スキームが組まれている。間もなくグジャラート州での工業団地も立ち上がる。従って、与えられたチャンスをうまく有効に活かしていくことが求められるところであるが、そのために、商社のノウハウを後から進出される製造業の方々に、うまくつなげていっていただきたい。もう1つは、輸出促進の一環でJETROでは、中小企業の国際展開支援に力点を置いているところである。ぜひ商社の皆さまにも、日本経済をエンカレッジするために、インドのリソースをうまく有効に活用して、日印双方がWin-Winの環境を成立し得るようなプロジェクトを、今後ともプロフェッショナルの目で見つけて行っていただきたい、という期待を持っている。
塚田(日本大使館)
今回の座談会を通じ、商社が多様でかつ掘り下げた活動をインド全国で展開されていることを知り、感銘を受けた。翻って、日本企業の多くは内向き志向が強く、インドのようなポテンシャルのある市場を、欧米や韓国などに先行され商機を逸している局面が多いと思う。そういうシャイな日本企業の潜在力を引き出す役割を果たすのが、総合商社ではないかと思う。こうした商社の総合プロデュース力が、今一番求められている。欧米のロビイストやコンサルティング会社と重なる部分もあるが、ちゅうちょしている予備軍の先兵としてリーダーシップを取っていただくことを期待したい。もう1つは、インドの行政機関による許認可行政の煩雑さである。一般にインドの行政機関は官尊民卑の傾向があるといわれ、企業が単独で役所に乗り込んでも相手にされないということも聞く。末端の行政組織では腐敗・汚職も深刻である。こういう壁に直面した際、行政機関のハイレベルにアプローチが必要となるが、その際は単なる企業益の追求ではなく、例えばインドの貧困対策につながるだとか、インドの経済発展に貢献するといった公益を全面に出すことが、インド側を説得する上で重要であり、インド市場で成功するためには必要ではないかと思う。商社には、このような形で大きな絵を書いて公益の文脈を整える能力、知見を期待したい。大使館と連携していく場面も多いと思うが、官民一体となって取り組みインド市場に日本の旗を1つでも、2つでも立てていきたい。
鈴木(司会)
ありがとうございました。インド経済、各商社のビジネス戦略、そして日印関係について討議いただいた。インドは今後も伸びゆくマーケットであり、これまでの内需依存型に加えて、製造業の強化および近隣諸国への輸出志向が政策として加わった。そのための手段として投資促進、投資誘致のための施策、外資規制の緩和が必要であるとして議論した。インドビジネスの推進には、複雑な税制の改善が課題であり、特に移転価格税制問題への対応は最重要である。今後のインド経済発展のために必要なインフラ整備について日本への期待が高いが、インドは難しいマーケットで、さまざまな困難な問題もあるが、それらを改善するために、インド日本商工会が4年前から続ける対インド政府への建議書をはじめとした活動に加え、官民一体となって粘り強い取り組みが必要との共通認識であったと思う。
商社のビジネス戦略については、インドマーケットを狙った活動の点で、各社共通しているものもあったが、それぞれ独自色が出ているものもあり、大変興味深かった。また、成功のカギは地場優良パートナーの発掘であり、人材活用におけるナショナルスタッフの高度活用の重要性とそのための人材育成、組織の在り方については、各社共通に考えている課題であることを認識した。
2012年に60周年を迎えた日印関係は、政治のみならずCEPAを通じた経済面におけるより強固な連携、インドの持続的な経済発展に対する日本の果たす役割は非常に大きいものと思われる。日本とインドの間の良好な関係は、日系企業が安心して企業活動を行う上で非常に大事である。われわれ商社も今後のインド経済の発展のために、ますますの日本企業の誘致、インフラ整備等大型案件の展開にも努めていく所存である。これからもこのインドのマーケットで、皆さんと一緒に頑張っていきたい。引き続き大使館をはじめとした政府機関、JETRO、そして商社の団体である日本貿易会にも、支援、協力をお願いしたいと思う。
本日の座談会を通じて、読者の方々に前線で活躍されている皆さんの生の声が少しでも伝わればうれしく思う。本日はお忙しいところ、長時間にわたりご参加いただきありがとうございました。
(2012年9月13日、インド三井物産会社ニューデリー本店会議室にて 山中通崇)