丸紅の洋上風力発電への取り組み―洋上発電所据付事業

丸紅株式会社
海外電力プロジェクト第一部 EPC事業投資チーム長
上出 衛輔

英国・ドイツを中心に、欧州の洋上風力発電市場は拡大傾向にある。特に英国政府は数兆円を投じて洋上風力発電を支援しており、2020年には総電力需要の約3割を再生可能エネルギーで賄う計画だ。ドイツにおいても原子力発電所の代替として最も注力されており、経済危機が長引く中でも欧州各国政府は、新産業として洋上風力発電市場の拡大に期待し、積極的に推進する政策を掲げている。

当社は、2012年5月に産業革新機構と共同で、英国の洋上風力発電設備据え付け業界のリーディングカンパニーであるSeajacks International社(以下、シージャックス社)を買収した。
同社は現在、洋上風力発電据え付けサービス専用の特殊船を3隻保有しており、さらに1隻を新規建造中。北海地域を中心に、洋上での風力タービン・発電機の据え付けならびにオイル&ガスプラットホームのメンテナンスサービスを主要業務としている。最大の強みは、「自走船」の保有とオペレーションノウハウが充実していることだ。主にオイル&ガスや橋きょう梁りょう業からの参入が多い据え付け業界では、初期段階において非自走式のジャッキアップ作業船が用いられてきた。だが、発電所規模が大きくなるにつれ、多数の風車を短期間に設置することが求められることになり、より効率的かつ安全に据え付け作業ができる「自走船」への需要が高まった。事業バリューチェーンにおけるボトルネックは、その据え付け作業といわれるほど、特殊船による据え付けサービスの重要度は高い。当社は、発電所保守・運転の経験にシージャックス社の洋上ノウハウを合わせ、洋上風力発電所のメンテナンス業務に積極的に取り組んでいる。

ここで、洋上風力発電所の据え付けがどのように行われているのかを説明したい。
まず、発電所ごとに計画される拠点港よりナセル(発電機)/タワー/ブレードなどの発電設備が自走式ジャッキアップ船に積み込まれる。発電機器の重量は300tを超え、基礎(モノパイル)では600tを超えるため、搭載クレーンも800t級。その後自走にてGPSで指定された作業ポイントに移動、装備されている「足」を海底に伸ばし(ジャッキアップ)、船体を固定し据え付け作業を開始する。海底の地形や船体荷重を正確に把握し、足それぞれの加重を計算しながらジャッキアップするので、乗り込んでいる作業員にも振動はほとんど感じられない。常に波風が強い北海の厳しい環境の中、精密機器をクレーンで持ち上げ、組み立てる。位置確定、ジャッキアップ、巨大クレーン作業のいずれにおいても高度な技術が求められ、経験豊かなシージャックス社のクルーがこれを可能にしている。据え付け作業は数日間に及ぶことが多いため、船内には宿泊施設が完備(90人収容)され、50人前後の作業員が1日2交代・24時間体制で作業を行っている。
こうした特殊船はオペレーション方式や作業手順に対する方針により、各社で設計コンセプトが異なり、船の大きさもクレーンの仕様もさまざまである。その中で、シージャックス社は中型据え付け船を主軸に機動性と価格競争力の高さを優先している。
当社は、買収完了直後より2名の駐在員を派遣し、経営支援や財務業務に携わっている。買収により深く理解できたことは「据え付け事業は特殊船を保有しているだけでは何もできない。オペレーションには極めて高度な技術・ノウハウが求められる」ということだ。「特殊船さえあれば、据え付け事業は誰でも始められるのではないか」「船が増え過ぎたらどうなるのか」と考える方も多い。シージャックス社には、厳格な基準で安全管理・運営が行われているオイル&ガス事業の経験から人材が豊富であり、洋上でのロジスティックスや不安定な環境での一連のオペレーションは、そうした豊富な経験、高いノウハウに基づいている。その人材・ノウハウこそが差別化要素であり、新分野である洋上
風力据え付け事業において有効に活用されていることが同社の大きな強みとなっている(結果として、2011年には、欧州で設置された風力タービンの約半数が同社の実績となっている)。
シージャックス社本来の強みに加え、当社ならびに産業革新機構の資本参画により、強力な財務支援や経営ノウハウの供与を実施、新船建造や大型据え付け案件への対応が可能となった。また、今後洋上風力発電の拡大が見込める米国や日本をはじめとしたアジア地域に事業展開の可能性を広げていけることも、本買収における大きな相乗効果だといえる。
日本においては、洋上風力発電所の建設を専門に手掛ける企業がほとんどない状況である。こうした中、シージャックス社は日本における事業活動に向けた準備を進めており、欧州で培ったノウハウ・人材を日本市場で活用し、日本の再生エネルギー市場を拡大すべく積極的に取り組んでいる。

当社の洋上風力発電への取り組みは、2011年11 月、英国ガンフリート・サンズ洋上風力発電所の49.9%を取得したことに始まる。そしてシージャックス社の買収によって、発電資産に加え、発電所の据え付けから維持・補修までのバリューチェーン全てを手掛けることが可能となった。2012年5月に竣工した新船「Zaratan」の第1 号案件は、まさにガンフリート・サンズのメンテナンス作業であった。今後も当社の強みである電力EPC事業のノウハウを活かし、洋上風力発電所のバリューチェーンをさらに拡大していく。

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