三井物産がメキシコで展開する水ビジネス

三井物産株式会社 環境・新エネルギー事業部
第一営業室 室長
片村 一茂

三井物産の水ビジネス


21世紀における水の問題は、エネルギー、食糧と並ぶ世界的な課題といわれている。世界人口が1950年の25億人から現在は70億人に達し、2050年には90億人とさらに1.3倍に増加すると予測されており、加えて、工業化やハイテク化が進めば、水の需要量は急速に増える。従来型水道インフラの建設はもちろんのこと、海水の淡水化や廃水のリサイクルといった新たな手法の導入が必要になってくる。また、民間の資金や人材の活用、先進技術の利用、効率性の追求といった観点から、水分野においてもPPP方式などによる民活・民営化の流れが今後ますます強まる傾向にある。
このような環境の下、三井物産の水ビジネスは、1995年に参画したトルコ・イズミット市での上水供給事業(Izmit)に始まり、その後、タイでの上水供給事業(Thai Tap Water)、メキシコでの廃水・下水処理事業(Atlatec)、中国での上下水事業(Galaxy)、チェコでの上下水事業(SmVak)と段階を踏んで拡大。国際的な水ビジネスの舞台におけるプレーヤーとして認知されるようになったところだが、時を同じくして、Izmit上水BOT(Build, Operate and Transfer)事業が15年の契約期間を無事満了し、2014年1月に関連資産がイズミット市に引き渡された。このように長い歳月と試行錯誤を経て今日の事業内容に至っているが、その中から今回はメキシコでの活動内容をご紹介したい。


メキシコでの事業展開


2008年7月に、当社関係会社の東洋エンジニアリングと共同でメキシコのAtlatec社を買収し子会社化した(当社の出資比率は85%)。Atlatec社は、化学品製造会社(Cydsa社)の廃水処理部門が分離独立してできた会社で、設立以来50年以上の歴史を持つ。特に工業廃水の処理技術ならびに設備操業の効率化を得意としており、プラント設計、機器調達、建設を一括して行うEPC(Engineering, Procurement and Construction)および処理設備の保守操業を行うO&M(Operation and Maintenance)の実行能力を備えている。当社の強みは、プラントビジネスや発電などのインフラ事業で培ってきたプロジェクト開発力や資金調達力、そしてグローバルネットワーク機能による総合力。これに、東洋エンジニアリングが持つ総合エンジニアリング能力と、水分野におけるAtlatec社のEPC、O&M機能を融合させ、案件開発から設備建設、設備操業、事業運営まで一貫した水事業サービスを手掛けることを目指した。


世界最大の下水処理場(処理量:360万t/日)
Atotonilcoの建設現場

折しも2008年のメキシコでは、深刻な環境汚染と不衛生な生活環境に懸念を強めた当時のカルデロン大統領が、国家インフラ計画の一環として下水処理率を60%にまで引き上げる目標を掲げるとともに、民間資本を活用したBOT方式での下水処理場建設を目指していた。中央政府の保証に支えられたスキームの下で、地方自治体によりBOT型事業権入札が多数実施され、Atlatec社は、得意の下水処理設備向けEPC・O&M能力、ならびに東洋エンジニアリングの持つ大型案件でのプロジェクトマネジメントの知見、そして当社の持つ案件形成力・資金調達力を最大限に活用し、世界最大規模の下水処理場を含む3件のBOT事業への参画を果たした。最初の2件はいずれもハリスコ州水道局から受注したメキシコ第二の都市グアダラハラ市におけるEl Ahogado(日量19万t)とAgua Prieta(日量73万t)。3件目が日量360万tの処理量を誇るイダルゴ州でのAtotonilco下水処理場である。Atotonilco下水処理場はいまだ建設中であるが、完工後は2千万人の人口を擁すメキシコシティで発生する下水の実に60%を処理することになる。

メキシコのBOT事業で特徴的なのが連邦政府による自治体政府の信用補完スキーム。メキシコの連邦政府は、国家インフラ計画の導入に伴い2008年に国家インフラ基金(FONADIN)を設立。BOT案件ではFONADINからの無償資金の供与を前提としている他、Banobras(経済省傘下の国営開発銀行)によるタリフ支払い保証が自治体政府の信用を補完しているため、プロジェクトファイナンスの組成が可能となり、民間企業による事業参画を促進している。
Banobrasは保証差し入れの担保として連邦政府から自治体政府への交付金を抑えており、これが抑止力となって自治体によるタリフ支払いの信頼性を増している。こうしたスキーム下でのリスク分析、パートナーリング、ファイナンス組成といった対応では、当社がインドネシアやブラジルでの製油所や発電所の建設プロジェクトを通じて蓄積してきた知識と経験が存分に活かされた。
もう一つ、メキシコにおける当社の水ビジネスで触れておきたいのが、PEMEX(国営石油公社)の製油所における廃水処理・リサイクル事業である。PEMEXが操業する4製油所において、石油精製プラントから排出される廃水を処理しリサイクルする事業を手掛けてきた。これらはもともとAtlatec社の前身であるEarthtech Mexico社と当社の合弁事業で、うち2件ではZero Liquid Discharge(ZLD)と呼ばれる、水分を100%リサイクルする技術を適用している。2008年にAtlatec社を買収するに至った背景には、これらPEMEX向け事業での協業を通じた相互理解が前提として存在した。


将来に向けて


2012年12月に就任したペニャ・ニエト大統領の下での新たな開発計画の動向をまず見極めることが必要だが、堅調なメキシコ経済の下で水道インフラの建設需要は継続して発生すると考えられ、引き続き有望な新興市場の一つに数えられよう。また、従来型の上下水処理設備のBOT事業権入札に加え、2013年12月に入札が実施されたプエブラ州での上下水コンセッション事業のように水道事業の総合的なマネジメント能力を必要とする案件も今後増加する可能性が高い。これら多様化するニーズに応え、メキシコおよび世界における水問題の解決に貢献しながら水ビジネスをさらに育成していきたい。

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