北陸経済の可能性

一般財団法人北陸経済研究所 理事長
川田 文人

50年にわたる悲願であった北陸新幹線が2015年に開業し、北陸はかつてないほどにぎわっている。北陸新幹線の乗客数は、予想をはるかに上回り在来特急の約 3倍を記録している。何しろ従来 4時間近くかかっていた金沢・東京が2時間28分(富山・東京が2時間 8分)で結ばれることになったのである。北陸は首都圏の人にとってもはや遠いところではなく身近な存在になった。新幹線の最大の功績はそうしたイメージの転換である。

北陸は、首都圏、中京圏、関西圏のいずれからも 300km圏内にあり、しかも成長著しい環日本海諸国の玄関口として地政学的に優位な位置にある。台風や地震といった自然災害も少なく、BCP上の観点からも北陸は企業にとって有力な立地候補地である。すでに北陸に工場を移転させる動きが起きており、今後もそうした動きは広がっていくと思われる。国土交通省の国土形成計画の広域地方計画(2016-25年)においても、北陸圏は「日本海国土軸の中枢圏域」と位置付けられている。南海トラフ大地震や首都直下型地震が発生した場合、北陸圏が代替地となるよう整備していく方針が示されている。

北陸地域は富山、石川、福井の 3県合わせても人口は約 3百万人足らずの小さな経済圏である。しかし歴史的にも地理的にも独自の文化・気風を育んできた。今は温暖化でそれほどでもないが、昔北陸は豪雪地帯であった。雪との戦いは人々の忍耐力を鍛えた。中世加賀の国が一向一揆で「百姓の持ちたる国」となったように北陸は浄土真宗が盛んな地域であり、浄土真宗の教えは勤勉な気性をつくり上げた。さらには北前船の発展に見られる進取の気性が一体となって、地域の気風が形成された。

江戸時代の幕閣新井白石は金沢を「天下の書府」と呼び、5代藩主前田綱紀は「百工比照」を編さんし蒔まき絵えや塗見本などの各技芸の見本を集めて工芸の発展に尽力した。そうした血脈は脈々と受け継がれ現在でも北陸地区は伝統工芸品の盛んな地域である。1974年に制定された「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」で指定された伝統的工芸品は222品目あるが、うち北陸地区で指定を受けているものは、九谷焼、越前焼、山中漆器、越前漆器、若狭塗箸、輪島塗、加賀友禅、越前和紙、越前めのう細工、稲見彫刻、高岡銅器など22品目と1割を占めている。

こうした伝統産業の集積を土台として、北陸地域は日本海側有数の世界的レベルの工業集積地帯となっており、多様な産業が集積している。近年は電子部品・デバイス・電子回路製造業の比重が高くなってきており、時代に合わせて産業構造も変化してきている。さらに北陸地方の企業の特色は、独自の技術を持ったオンリーワン企業、グローバルニッチトップ企業が数多く存在していることである。例えば富山県ではホース市場の 70%のシェアを誇る株式会社トヨックス、石川では石油貯蔵地下タンク市場の 80%を占める玉田工業株式会社。福井にはナノめっき技術ではオンリーワンの技術を有する清川メッキ工業株式会社などがある。



しっかりとした産業基盤を有することから、北陸地区の雇用環境は良好である。概ね全国平均を上回っている。そうした安定した雇用環境から、女性の就業率も高い。その背景には3世代同居率が高く、また待機児童がゼロに見られるように、女性にとって働きやすい環境がある。共働きも多いことから世帯当たりの実収入も高い水準にある。持ち家比率は全国一、1世帯当たり預貯金残高も全国トップクラスである。加えて文科省の実施する「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」や「全国学力・学習状況調査」において北陸の児童は上位の成績を収めており、初等・中等教育において高いレベルを維持している。その結果、幸福度調査においても、福井1位、富山2位、石川3位と北陸3県がトップ3を独占している(法政大学坂本研究室2011年11月調査)。

北陸は豊かな地域である。北陸地域の課題は、まさにその豊かさにある。豊かさは人を保守的にする。もともと保守的な土地柄だけに豊かになるとさらに保守的になり、よそ者を受け入れず、変化を避けるようにならないか心配である。

今後人口構造、産業構造が大きく変化していくと予想される。その変化に対応するには多様な人材と、変化への果敢な挑戦が必要である。そのためには投資が必要であるが、現状は縮小する国内市場には投資できない、という一見もっともらしい理屈で何もしないことがいいと考えている経営者が多い。ケインズのいうアニマルスピリットの衰退である。このままでは2-3年はよくても、10年後にも果たして現在のような豊かな社会を維持していけるか疑問である。

しかしこうした心配は杞憂であると信じている。独自の文化と国内有数のモノづくり基盤を有する北陸のポテンシャルは高い。首都圏、中京圏、関西圏とも近く、加えて新幹線により首都圏との対流人口が大幅に増加し、外部からの刺激も受けやすくなった。北陸の人々は勤勉で進取の気性も併せ持っており、必ず困難な時代を乗り越えて地域の力を磨き、トップランナーとして10年後も走り続けているだろう。

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