インド系グローバルITベンダー「Tata Consultancy Services」との協業を通じて

三菱商事株式会社
ビジネスサービス部門 ITサービス事業本部
デジタルビジネス開発部 インド IT事業室室長
桒村 良和

IT業界においても例外なく、少子高齢化によるエンジニア不足は深刻であり、今後のIoTやAIといった新規分野の拡大により、この傾向はさらに加速していく見込みである。

一方で、日系企業のグローバル化が進み、各拠点・地域統括任せでバラバラであったITシステムやITインフラ(PC/サーバ/ネットワークなど)をグローバルで統一システムに更新し、統合的な管理によるガバナンス強化やコスト削減を実現したいと思う企業が増えてきている。

こうした中、あらためて、インド系を中心とする「グローバル ITベンダーの起用」が、一つの解決策として注目されてきている。だが、こうしたベンダーを「かゆいところに手が届く」日系の ITベンダーと同様のアプローチで活用しようとしても一筋縄ではいかず、苦い思いをしたご経験をお持ちである、もしくは、そのような話を聞いて活用に踏み出せないでいる方も多いのでは。今回は、これまでインド系グローバル ITベンダーである TataConsultancyServicesとの協業を通じて得られた「うまく付き合うための傾向と対策」につき、活用初期ステージ(情報収集、提案)を中心に共有させていただきたい。

「事例」をめぐる認識の違い

日系企業とのコンタクトでまず間違いなく湧き起こるのが、この問題。グローバル IT ベンダー特有の「何でもできます」というアプローチに対し、日系企業の常識としては、「何をやったことがあるか」を確認した上で、ベンダー側の実力を探るというのが一般的な対応である。これに対し、彼らは以下の理由により、否定的である。

  • 事例の提示には、その事例の顧客から承認を得る必要がある。そこで許可が得られるということは、その事例は非競争領域のもの、差異化要因足り得ないもの、古いもののいずれかである。そんなものを何故重要視するのか?
  • 承認どころか、顧客との守秘義務契約の関係で共有できないケースが多々ある。要するに、彼らの最新の能力を示す情報として、「事例」は不十分であるということである。

そうは言われても、裏付けのないソリューションの採用に、社内承認は下りないというのが、日本企業の常である。この両者のギャップを埋める術としては、以下のアプローチが有効だ。

①具体的な課題・問題点を提示する
事例の提示を依頼する際に、「×××の事例」と端的に伝えるのではなく、依頼に至る背景や課題意識、これまでの社内議論において整理されている問題点など、一歩踏み込んだ情報を提供する。これにより、類似の事例の提供に加え、依頼内容と既存事例のギャップを埋める提案が可能になり、モチベーションアップにつながる。

②中長期的な計画を共有する
単体の案件に関する議論に集中すると、規模感や将来性が理解されず、ベンダーの対応が淡泊になる傾向がある。今議論している案件の先にどのような案件が計画されているのか、中長期的な計画における案件の位置付けはどこになるのか等の情報を共有することにより、ベンダー内部での注目度を高めることができる。

③できるだけ上位役職者に依頼する
っている情報が大幅に異なり、営業担当ができないと言っていることが、幹部に聞いてみると、実は他社で実績ありといったことが散見される。

つまりは、こちらが本気を出せば出すほど、彼らも本気で対応してくるという、当たり前といえば当たり前のことが、重要なのである。

なお、これら①-③の条件がそろうのであれば、潜在案件リストに基づき顧客・ベンダー双方の関係者を対象に集中討議(ワークショップ)を開催するのも、ベンダーの能力把握、案件絞り込みのためには非常に効果的である。

事例説明における注意点


マハラシュトラ州プネ市にある、Tata Consultancy Services(インド大手IT事業者で弊社のパートナー)のITセンター「SahtadriPark」

これらのコミュニケーションを経て、ようやく適切な事例の提示となるが、この段階でも幾つか注意すべき点がある。

・説明をコントロールする
いざ事例説明となると、熱意たっぷりで説明し始めるものの、放っておくと彼らが一方的に「説明したい」ポイントのみに注力し、時間切れとなるケースが多々ある。このため、あらかじめ確認したいポイントを整理しておき、プライオリティが低いポイントの説明は適宜途中でカットインすることが重要である。日本人的には人の話を遮るのは失礼と思われがちだが、彼らはその点において気に掛けることはないので、ご安心を。

・事例における役割・位置付けを確認する
事例として出てくるからには、当然ながら華々しい成功談が中心となる。だが、その事例における彼らの役割や位置付けに関する説明が、希薄な場合がままある。主導者が顧客側か、ベンダー側かで、同様の案件を推進できるかは大きく異なり、また、マルチベンダー案件の場合、ベンダー間の位置付けも重要である。事実関係を確認するのには当時の責任者を探すなど、手間がかかる場合もあるが、期待しているサービスを受けるためには必要な深掘りである。

・「ベストプラクティス」に過敏反応しない
彼らが自らの事例を「ベストプラクティス」として紹介してくることに対し、「われわれが業界の第一人者であり、「ベスト」と言うのは失礼である!」と憤慨される方が、主に製造業系の日系企業の方に多い。彼らとしては「(自社の経験の中での)ベスト」という程度の意図で、顧客側のノウハウを否定しているわけではない。広い心での対応が肝要である。

提案依頼・契約時の「詰め」

実績・能力の確認と、案件の対象スコープ定義が確定すると、提案依頼書等に基づいて、いよいよ提案ということになる。ここで、日系ベンダーとの通常取引に加え、幾つかの条件を詰めることが、案件開始後の不毛なトラブルを避ける上で、非常に大きな効果がある。

①管理手法の明確化
進捗管理については、案件規模によるものの、日系企業側が日次や週次などきめ細かな管理を志向する一方、彼らは最終的な納品日に間に合わせる「結果重視」の緩やかな管理スタイルを志向する。日本的管理は工数増加やパフォーマンス低下を引き起こす要因となる一方、完全に任せていると、納期直前に「間に合いません」と突然報告を受けるということにもなりかねない。このため、報告内容の整理やツールの利用による作業負荷軽減などを踏まえ、双方に納得感のある進捗管理方法を確立した上で、実案件に臨むのが得策である。

また、変更管理についても、追加コスト請求やスケジュール遅延など、後々のインパクトが大きいため、プライオリティ付けや変更作業実施に係る承認プロセスについては、事前に十分合意しておく必要がある。

②役割分担の明確化
プロジェクト開始後の問題として一番多いのが、「プロジェクト遅延時の原因の押し付け合い」である。日系ベンダーとの案件では、あうんの呼吸で明文化されていなくても対応されるようなタスクが原因で遅延が発生し、「それは顧客側で対応するものと理解していた」などの理由により、責任の所在につきもめるケースが散見される。

こうした事態を避けるためには、WBSでの明細管理の前に、提案書の段階で、RACI/ RASICチャートなどの責任分担表を用いて、主要タスクの責任範囲を明確にすることが効果的である。

③成果物の明確化
主要成果物(各種報告書、設計書、ソースコードなど)については、品質レベルを各成果物のイメージを基に事前に合意することが、後々のもめ事を避ける上で重要である。また、補足資料(テストのエビデンスなど)の有無も問題となる場合があるため、確認漏れがないよう、注意されたい。

また、成果物の日本語化は工数増の要因となるため、グローバルで利用するシステムやインフラの案件については、この際全て英語で統一するなど、割り切ることも一案である。

中長期的な活用イメージを

このように、グローバル ITベンダーとの協業初期ステージでは、日系企業側に相応の労力が必要となり、このステージだけを切り取ってみると、「労多くして功少なし」との評価になってしまう。しかし、欧米グローバル企業顧客の例を見ると、中長期的な活用によりベンダーのコア人材を確保し、あたかも自社の組織の一部としてベンダーチームを位置付け、恒常的な競争力強化やコストの合理化を実施しているというのが、一般的な活用スタイルである。先にも述べた通り、自社の中長期計画と照らし合わせ、委託に適した案件を抽出の上、議論を進めることが、彼らとの協業から「果実」を得るための第一歩といえる。

インド系グローバルITベンダー「Tata Consultancy Services」との協業を通じて 誌面のダウンロードはこちら