インドネシアのポテンシャリティー —商社の現地トップが語る  インドネシアの魅力と課題

兼松インドネシア 社長譲原 靖之
三井物産株式会社インドネシア 総代表中湊 晃
三菱商事株式会社 常務執行役員 アジア・大洋州統括水野 正幸
伊藤忠商事株式会社インドネシア 支配人本岡 卓爾
インドネシア住友商事会社 社長兵頭 誠之
双日インドネシア 社長山﨑 紀雄
丸紅株式会社インドネシア 総代表板倉 直人
豊田通商インドネシア 社長江山 純
(司会)社団法人日本貿易会 常務理事市村 泰男

成長を続けるインドネシア。それをどのように捉え、どう向き合っていくべきか。同国の日本人商工会議所であるJakarta JapanClub(JJC)の商社部会所属の8 社の現地トップに参加いただき、商社ならではの見方からインドネシアの魅力や課題などについて語っていただいた。

1.Golden 5 Years

―インドネシアが著しい成長を遂げつつあると実感するのはどういったときですか?

山﨑(双日) インドネシアは、2010年からの5年間、飛躍的な成長を遂げるGolden 5 Yearsを迎えるといわれている。私自身、2006年に赴任してから今まで、そこへ至るまでの変化を目の当たりにしてきたが、GDPにせよ、外貨準備にせよ、この数年で格段に大きくなり、まさに飛躍のための準備が整ったという感じがする。2010年度、私が理事長を務めているJJCはめでたく40周年を迎えたが、現在435社の法人会員を擁し、この40年の歴史の中でも大変な隆盛を誇っている。

本岡(伊藤忠) 私は前回1992年末から1998年4月まで駐在していたが、今回2009年10月にこちらへ赴任してきて実感したことが2つある。

1つは二輪の販売が極めて好調だということ。というのは前回、私が駐在している時に、すでに自動車は混雑しており、スリーインワンという3人乗っていなければ主要道路に入れないというルールもできていた。ところがオートバイはそれほど混雑していなかったと記憶している。それが今、街中を見れば、本当にたくさんのオートバイが走っている。それだけ所得的にも毎月5,000円とか7,000円くらいのローンを返済できる中間層が拡大し、生活水準が上がってきているということであろう。こうした内需の強さがインドネシアの黄金期を支えているのは間違いない。

もう1つは、中国系インドネシア人に対してかなり寛容になってきたということ。2011年は2月3日が旧正月で休日であったが、これも実は驚きで、前回私が駐在していた時は旧暦の正月を祝い休日にするなどということは考えられなかった。富の8割を握るといわれる中国系インドネシア人をいかにうまく社会の中に溶け込ませるかというインドネシアの課題を、徐々に実践し始めたということであろう。同時に、中国系インドネシアの方に話を聞くと、彼らは彼らなりにやはり徐々にインドネシア人としてのアイデンティティーを持ち始めているようである。

以前との変化という点では、この2つに関して非常に強い印象を持った。

中湊(三井物産) 2010年を振り返ると、政治面で言えば、インドネシアの持っている政治的なバランス感覚が非常に光った1年であったと思う。一番印象的だったのは2010年11月。オバマ大統領が中国を意識してアジアの民主主義国家の歴訪という形でインドの次にインドネシアを訪れたが、それを受け入れることで「民主主義と経済成長を両立」、「穏健で多様性のあるイスラム国家」という印象を国際社会にかなり強くアピールができた。一方でそのわずか数日前に、中国全人代常務委員会の呉邦国委員長のミッションを受け入れ、2015年までに貿易を500億ドル規模に増加させるなど2005年に締結された中国との戦略的パートナーシップを発展させることを約束した。

2011年1月には、ユドヨノ大統領がインドを訪問し、シン首相との間で同じく貿易を250億ドルまで拡大する、投資も150億ドル受け入れるという話もしている。また、前年には日本の鳩山首相が共同議長を務めたバリの「民主主義フォーラム」では、2010年の共同議長を韓国の李明博大統領にお願いするなど、優れたバランス感覚を発揮しながら国際社会の中でインドネシアの形をしっかり出してきていると感じる。

2011年はASEANの議長国になるが、米国とロシアが参加する東アジアサミットの最初の議長国になるわけであるから、そのバランス感覚がますます光るのではないかという気がする。

経済面については、まさに史上最高ラッシュ。二輪も四輪も販売台数は史上最高、貿易額は輸出も輸入も史上最高、投資額も史上最高。面白いなと思ったのはスカルノハッタ空港の乗降者数。2010年の同空港の乗降者数は4,390万人で、前年に比べ700万人くらい増え史上最高、国際線だけでなく国内線の利用者が増えてきている。旅行などでインドネシア人も飛行機を使う人が増えてきているのだろう。

本岡(伊藤忠) 当社はバリでホテル経営にも参加しているが、休暇でバリを訪れるインドネシアの中間層の方が増えている。そういう意味では経済構造というか、体質が変わってきている。以前のような外からの力だけでなく、内部からの力を感じる。

譲原(兼松) 2010年は非常にインドネシアが注目された年であったというのが個人的な印象。90年代のアジア通貨危機、スハルト体制崩壊後の政治と経済の不安定さなどから一時期はインドネシアリスクが強く意識されていた。2000年以降、継続した経済成長と、ユドヨノ体制における政治的な信頼感が増してきた中、世界金融危機のダメージが比較的軽微であったこと、そしてその後の回復が早かったことからインドネシアの市場性と将来性が高く評価され始め、メディアへの露出度も多くなった。

板倉(丸紅) 私は今回初めてのインドネシア駐在だが、印象としては思っていた以上に治安が安定しているということ。先頃2010年の実質GDP成長率が6.1%と発表されたが、やはり経済が成長すると治安も安定してくるという部分があるのかなと思う。

一方で課題もあり、インフレ率は7%前後と高く、政府が中長期的な対応を行っていく必要がある。

兵頭(住友商事) 板倉さんの言われる通り、インドネシアには強みと弱みが混在していると思う。貧富の差が激しく貧困率もなかなか下がらない状況下で、今の経済成長を支える中間層の急激な拡大がある。

江山(豊田通商) バブルがはじけて経済成長が下り坂に入る際には、それを判断する予兆のような指標があると思う。例えば、大型のトラックが売れなくなる、ホテルの稼働率が落ちる、アパートの空室率が増えるというような。そういう意味では、今のジャカルタには全くそういう気配はない。まさに成長はこれからも続くといった印象を受ける。

2.資源エネルギー、インフラ、消費市場

―商社がビジネスを進めていく上で、インドネシアの魅力や課題は何であると考えますか?

中湊(三井物産) 今、この国で三種の神器といわれるものは、オートバイ、携帯電話、カラーテレビ。そうした商品の消費を支えているのが、世帯可処分所得が5,000ドルから3万5,000ドルの中間層で、これが魅力と言われている。ところがざっくり計算すれば、その中でも最下層の人の月収は1人当たり200ドル台に過ぎない。今、こうした200ドルの層の人たちがオートバイを購入しているが、ファイナンスというスキームがなければ、たぶん1,400ドルのオートバイは購入できなかったであろう。商社もこうした分野に、積極的に参画しているが、要は好調なインドネシアの個人消費を支えているのは、単に中間層人口の大きさだけではなく、その消費を支援するファイナンスなどいろいろな仕組みの存在であることを認識すべきだ。

兵頭(住友商事) インドネシアの魅力という点では、インフラや資源の分野でもポテンシャルは高い。インフラ整備についても案件はたくさんある。

ただし、そうした案件の進捗(しんちょく)に関しては、受け入れ側の組織として、もっとスピードアップしていけるような体制をつくってほしい。

本岡(伊藤忠) この点は必ずしもインドネシアだけの問題ではないのであろうが、行政のトップレベルでの話を具体化していく上で、横の連携が弱かったり、現場への上意下達ができていなかったりする部分がある。例えば、2010年5月、インドネシアは新規の森林伐採を抑制し、ノルウェーがこれに資金協力をするという合意がなされたが、こうした合意が十分浸透されておらず、開始予定の2011年1月になっても執行されていない。決定されたことをきちんと執行していく力が弱いということは、インフラを含めいろいろなプロジェクトを遂行していく上での課題でもある。

山﨑(双日)
 課題という点では、ルールや法令が何の前触れもなく突然変わったりするLegal Un-certainty の問題がある。先日も、正月の休暇から帰ってきたら、12月22日付即日施行でいくつかの分野で関税が変更される財務相令が出されていた。これに対しては、すぐにJJCの関連する部会を通じて撤回の陳情をしているが、こうした法制面、制度運用面での不確実性は、大きな魅力を持つインドネシアであるからこそ、是正してほしい。

―商社の取り組みという観点では、インドネシアをどのように捉えていますか?

水野(三菱商事) 資源エネルギー、インフラ、内需型市場はそれぞれに重要な分野である。ただし、国内需要の拡大は、これまで資源を輸出して外貨を稼ぐという従来の構図を変えつつある。

例えば、金属資源にしても、単純な輸出だけでなく、精錬して付加価値をつけた上で輸出するなり、一部を内需に振り向けることも求められ、そこをうまく組み合わせたポートフォリオを考えていかなければならない。資源、エネルギーにどのような付加価値を持たせるかという問題は、ある意味でいかに内需を取り込むかということと連関性がある。資源エネルギーの開発に投資して、付加価値をつける工夫をし、バリューチェーンとして国内市場にもつなげていく。それは同時に、インフラにもつながる話である。商社としては、資源、インフラ、内需の組み合わせという観点を意識しなければならない。

江山(豊田通商)
 5年くらいのタームで凝縮した成長ができる国という意味で、インドネシアは重点市場であるし、同時にインフラの需要もあり、新しい技術を導入した生産拠点の強化にも対応していかなければならない。やるべきことが多く大変な状況ではあるが、逆に言えば、それができる国は世界の中でもそれほど多くはない。

―市場が拡大するということはビジネスチャンスが増える一方で、他国からの参入も増え競争が激しくなるという側面もあるが、その点をどのように考えるか?

兵頭(住友商事) 例えば電力の分野で言えば、過去5年間、IPP以外で石炭火力を落札したのはすべて中国であった。差別化の図れない案件はすべて中国が取っていくという感じがする。

山﨑(双日) 在インドネシアの居住者数にしても、韓国人は4万人だが、日本人は1万1,000人で微増の状態だ。

水野(三菱商事) 確かに、単純な機器の売り込みというレベルで競争したら日本は勝てないかもしれない。だからこそ、クオリティーを上げてプレミアムで勝負するということが重要になってくる。また、長期的な事業投資では、例えば韓国にしても事業パートナーが必要になってくる。その点では、親日性というか、インドネシアの方々が持っている日本に対するイメージには、依然として大変なものがある。例えば、インドネシアの財閥が韓国なり他の国なりとパートナーシップを組んで事業投資をやるときに、日本人が入ってくれていると安心だというケースはあるのではないか思うし、実際、そういう声も聞こえてくる。

ビジネスにおいて、高い品質や技術力で差別化するというのは、当然、進むべき道であるが、この国に進出したいと考えている日本以外の企業と組むことによって、別の形の付加価値を提供することもできる。それは定性的な潤滑油としての機能であったり、あるいはインドネシア側から見たコンフォートを提供する機能であったりする。それこそが日本がこれまで築き上げてきた信用力であり、信頼性である。それはビジネスの世界においてのバリューだと思う。

3.日本との関係

―アジア通貨危機の1998年以降、混乱の時期が続き、インドネシアに対する日本の見方が非常に厳しい時代があった。そこから脱却し、最も注目される国の1つとなった今、インドネシアと日本の関係はどのように変わっていくと考えますか?

譲原(兼松) インドネシアリスクが意識された時期を経て、現在ではユドヨノ体制下での政治・経済面での安定性と成長性が評価されている。これを将来的にも継続、維持していくためには、政治的な安定に加え、極端なインフレの抑制と、バブルに対する警戒感を持つといった、財政・金融面での意識と政策が重要な課題である。

兵頭(住友商事) インドネシアの閣僚クラスの中には、この国の債務問題が国際的にも問題視された時、最後まで歯を食いしばってリスケに応じ、追加融資を行ってこの国を支えたのは日本であったし、その後、最初に投資を再開したのも日系企業であった、日本は決して逃げなかった、苦しいときもここにいたという記憶を持っている方々が多くいる。そういう意味で、日本は将来もパートナーになり得る国の1つとの見方はされていると思う。しかしながら、これからのインドネシアと日本の関係を考えた場合、もっと積極的に関係を強化していくことを、われわれ民間企業としても政府と一緒になって考えていく必要がある。

中湊(三井物産) インドネシアから見て、引き続き日本が重要な位置にいることに変わりはないが、他国の追い上げも激しい。首都圏投資促進特別地域(MPA)にしても、このような提案を日本政府が先行して行うというのは極めて意義が大きい。

板倉(丸紅) インドネシアでも、食糧安全保障の観点から、農業の近代化や食糧資源確保に対する危機感を持っている人は多い。そうした面でも、何らかの形で日本ができることがあるのではないかとも思う。

水野(三菱商事)
 確かに、ブラジルに匹敵する効率の良い農業が可能な国というのは世界でも限定されるし、インドネシアにはその可能性がある。

山﨑(双日) 日本としてもインドネシアに対する農業支援を拡大していこうという動きがあるように聞いている。

兵頭(住友商事) 日系企業の進出が加速し、日本とインドネシアの間の国境さえ感じないときがある。

東ジャカルタに広がる工業団地には日本の商社が開発を進めたものも多く、沿岸部につながる様は、まるで日本の京浜工業地帯を見ているように思える。こうした景色を見るにつけ、インドネシアと日本の関係は、両国双方にとって、ますます重要になっていくと確信する。ただし、その成長の速さと大きさを考えれば、日本の相対的な規模感がこれまで以上であり続けることはあり得ない。その中で、われわれは日本としての価値観をきちんとこの国の中で発揮していくことを心掛けるべきであると思う。

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