飛躍するインドネシア経済—拡大する中間所得層、ASEAN最大の消費市場インドネシア

アストラ・ホンダ・モーター 社長堀 祐輔
インドネシアトヨタ自動車 社長野波 雅裕
インドネシアみずほコーポレート銀行 社長十都 次郎
国際石油開発帝石(INPEX) インドネシア総代表菅谷俊一郎
ユニ・チャームインドネシア 社長宮林 吉広
マンダムインドネシア 社長北村 達芳
カラワンインターナショナルインダストリアルシティ(KIIC) 顧問矢野 邦雄
(司会)社団法人日本貿易会 常務理事市村 泰男

「飛躍するインドネシア経済」というテーマの下、同国にて事業展開している日系企業の現地トップの皆さんに参加いただき、ASEAN最大といわれる中間層市場の実態や将来に向けた課題など忌憚のないお話を伺った。

1.ビジネス最前線

—インドネシア経済回廊(IEDC)や首都圏投資促進特別地域(MPA)などインフラの整備が進むことで、皆さんのビジネスにどのような影響があるでしょうか?

堀(ホンダ) 2010年、インドネシアの1人当たりGDPは3,000ドルを超えた。二輪車の需要は1,000ドルを超えたあたりから立ち上がり、2,000から3,000ドルで急速に伸びるといわれるが、2010年の二輪車販売台数は740万台で過去最高を記録した。2011年は、さらに伸びて820万台程度を見込んでおり、中期的には、2015年から2020年にかけて900万から1,000万台の大台に届くという認識を持っている。

そうした中で、やはり一番懸念されるのはジャカルタを中心とした交通インフラの立ち遅れ。ジャカルタ首都圏では、2011年、車の面積が道路面積を超えてしまうグリッドロックを迎えるといわれているが、IEDCやMPAなどの具体的案件が計画的に進んでいくことで、そこの部分が解決していけば、まだまだこの国の本来持っている人口ポテンシャルや、経済ポテンシャルが発揮できていくのだろうと思う。

矢野(KIIC) KIICの工業団地が本格的な開発を始めたのは1992年だが、最初の数年間は閑古鳥状態であった。それが急速に伸びたのは、1996−97年。アジア危機後は、いったん、落ち着いた状態であったものが、新規に加えすでに進出している企業の拡張などで、この1年半ぐらい急速にニーズが増えてきている。インフラ整備が遅々として進まないところが従来のネックであったが、堀さんが言ったように、MPAなどぜひともスケジュール観を持って進めていただきたい。

交通インフラ関連ももちろんだが、ジャカルタから東にかけて点在する工業団地では水(工業用水)の問題も重要。現在、水源地からの給水ラインは1本しかなく、万が一のことがあると、たちまち給水が滞ることになる。実際、過去に川の上を通るパイプが崩れて水が来なくなったことがあった。KIICでは、そういう事態に備えて、1ヵ月強程度の備蓄と配水ポンプは持っているが、それで本当に大丈夫なのか。

野波(トヨタ) インフラ不足がハード面に与える影響も大きいが、ソフト面も見過ごせない。例えば、交通インフラを整備していく上で、日本での過去の経験を生かして、安全や効率を織り込んだ交通システムといったものも導入していく必要がある。これは個別企業ができることではなく、チーム日本として取り組んでいくべきではないかと思う。

すでにタイでは、こうした仕組みがある程度出来上がりつつあるが、ゼロベースから検討できるインドネシアの方が日本のスタンダードが導入できる可能性が大きいのではないかと思う。

堀(ホンダ)警察が公表している2008年の二輪事故死傷者は6万5,000人で、年々事故死傷者数が増えてきている。業界に携わる人間としては、安全教育活動の面で何らかのアクションが必要だろうという認識を持っており、インドネシア政府に貢献できる具体的な施策を検討中である。

—産業基盤の整備が進む中、エネルギー需要の点でどのような変化がありますか?


菅谷(INPEX) インドネシアは石油天然ガスが非常に豊富だと思われているが、実際は、石油の生産量は1994−95年をピークに下がってきており、2004年ごろに純輸入国となり、2008年にはOPECを脱退した。天然ガスも2004−05年以降頭打ち傾向にある。

こうした環境の中、自国の資源をなぜインドネシアで使わないんだという資源ナショナリズムも高まりつつある。特に発電所では、輸入したディーゼルを国産の天然ガスに替えるべきだという声が起きている。

一方で、天然ガスを生産する地域と消費する地域の需給の不均衡があり、インフラとして、スマトラ島からジャワ島にはパイプラインがあるものの、まだ各島を結ぶようなものはない。最近、ようやく西ジャワにLNG受け入れターミナルの計画ができ、これが稼働するようになれば、天然ガスの生産地からLNG化してタンカーで運び、再び気化してジャカルタ地区でもガスが使えるようなエネルギーのインフラ整備が整うことになる。

—国内割り当ての法制化はされたのですか?

菅谷(INPEX) ガイドラインにて25%は国内に振り向けるようにとのことであるが、プロジェクトによっては全量国内向けにせよとかの指導があり、内外価格差の点から事業推進の阻害要因になることもある。国内ガス供給といえども、今後は国際価格が求められる。

—消費財市場とインフラ整備の関係については?

北村(マンダム) これまでと少し角度を変えての話になるが、インフラの未整備はある意味で1つのチャンスでもあった。マンダムインドネシアは1個3円ぐらいの小袋のヘアジェルに代表されるような、典型的なBOPビジネスの会社。そういう商品を、インフラが整ってない中で、全国に流通させて勝ち残ってきたので、ある意味インフラが整ってない方が有利だという側面もあった。

他方、だんだん市場が豊かになり、日本と同じ充じゅう填てん、仕上げの商品が売れるようになってくると、日本とインドネシアで製造ラインの統合や分担ができるようになってくる。そのように国内製造と輸出入を機動的に組み合わせ、これまでに確立したブランドと物流ネットワークを最大限に生かして新しい勝ちパターンを作っていくためには、やはり港湾や道路などのインフラ整備は重要となってくる。

宮林(ユニ・チャーム) インドネシアではモノを運ぶのに時間とコストがかかる。ユニ・チャームはKIICに2つの工場があり、ここから毎日100台前後のトラックで製品を全国に出荷しているが、インフラの未整備により、結果的にジャワ島以外の消費者は高いものを買うことになってしまう。

こうした、国内物流コストに加え、インフラ全般の不足を理由に素材メーカーや資材メーカーの進出が遅れていることにより製造コストは高くなる。紙おむつを作るには、20から30くらいの部材が必要となるが、インドネシアでの現地調達率は中国や日本と比べ半分以下である。そのために、ここで売られている赤ちゃん用の紙おむつは日本より高く販売されている。

堀(ホンダ) 二輪業界も多くのサプライヤー様が必要だが、当社の場合130社のサプライヤー様と取引をさせていただき、現地調達率は98−99%となっている。2010年の販売台数は341万台であったが、1モデルで50万台とか100万台販売できるのは、世界的に見てもインドネシアとインドしかない。同じ部品を大量に生産することができるため、ここ数年、インドネシアへのサプライヤー進出が増え、インドネシアをASEAN、中国、インドを含めた戦略拠点にしていくという流れが出てきている。

野波(トヨタ) インフラが整ってくれば、そのメリットを生かして輸出をもっと増やしていくというようなことが必要になってくる。今、ASEAN域における自動車業界はタイに集積しているが、日本にとっても、タイに一極集中するというのはいかがなものかという感じがする。第2の柱として、当然いろいろ候補地はあろうが、インドネシアでも、2次、3次仕入先の基盤強化や人材育成を進めていくべきではないかと思う。

十都(みずほコーポレート) これまでインドネシアに進出してきた企業は内需向けが圧倒的に多く、ここを純粋な生産拠点と考えている企業はあまりいなかった。ところが、今後さまざまな分野でインフラが整ってくれば、輸出基地および国内消費の両にらみの業種がもっと増えてくると思う。

また、ジャカルタ地区の工業団地がいっぱいになりつつある状況の中で、道路が整備されることによって工場が分散し、経済の発展する町が増える。その結果、国内流通も改善され、内需向け企業も成長できるのではないか。

2.市場急成長

—中間層の台頭をどのように捉えているか?

宮林(ユニ・チャーム) われわれの業界の経験則で、1人当たりのGDPが1,000ドルを超えるとナプキンが売れ始め、3,000ドルで赤ちゃん用の紙おむつ、1万ドルで大人用おむつとなっていく。この間に市場が急成長する4,000ドルというラインがあり、現在インドネシアは3,000ドルを超え、市場が急拡大しているところ。2011年から2−3年後にかけて、赤ちゃん用の紙おむつ市場は急成長するとみている。

赤ちゃん用の紙おむつを一番最初に使うのは、お出掛けをしたり、お呼ばれだとか主に外出時。従って、平均すれば月に1−2枚。これを使った人が、夜に便利だということで今度は毎晩1枚使う。そうすると1枚が30枚になる。すると今度は日中も毎日使うようになる。1日5枚で月に150枚。つまり、1→30→150のとんでもないマーケットの成長曲線になる。2011年の段階で、ジャカルタでは日に1枚が当たり前になりつつある。

2年前に大人用紙おむつの販売を開始したが、高所得者に大人気で、弊社工場で働く人の1食分の昼食代に相当する1枚100円程度という高価格にもかかわらず売れており、日本から輸入しているが商品が足りない状況である。

こういう赤ちゃんのおむつとか衛生用品は、おそらく先行き10年くらいは間違いなく二桁成長を続けていくと読んでいる。当然、競合メーカーの参入もあろうが、そのことにより市場は一段と活性化していくであろう。

中間層について、もう1つ付け加えれば、需要の多層化・多様化が進むということ。われわれが現在販売している女性用品のナプキンは1個4円で、製品としてはこれ1種類。売り場、消費層が違っても、みんな同じものを使っている。しかし今後は、プレミアムの女性用品は間違いなく売れるだろうと思っている。

北村(マンダム) 宮林さんの言う通り、中間層が増えることによっていろいろな商品の可能性が出てくると思う。同時に、市場が拡大することにより、グローバル企業はじめさまざまな競争相手が参入してくる。

宮林(ユニ・チャーム) われわれの分野でいえば、中国、インドでの事業展開に傾注していたP&Gが、2012年にはインドネシアでの生産を開始するし、コンシューマグッズということでは、人口の多い国はどこも競争は激しくなる。

野波(トヨタ) インドネシアの中間層は、ものすごい勢いで絶対数が増えている。2010年、自動車の販売台数は76万台であったが、控えめにみて、2015年で100万台、2020年で140から150万台くらいになる。特に年収1万5,000ドルから3万5,000ドルのアッパーミドルが今550万人ほどいるが、2020年には7,000万人くらいになるという予測もある。そうすると、インフラ整備が前提条件ながら、いよいよ本格的なモータリゼーションに火が付く。今、街並みを走っている車は、60%が3列のシートが付いたミニバンといわれるものであるが、そのころにはハッチバックやセダンなど消費者の嗜し好こうの多様化により、さまざまな車へのニーズが出てくる。イメージとしては、ピラミッドが拡大しながら上方へシフトする形で、二輪の需要もまだまだ増えるであろうし、四輪の方も小型車、中型車、上級車の需要が併存する市場構造を形成すると予想する。

そういった意味でわれわれの課題は、これはマンダムさんやユニ・チャームさんの前で語るのも恥ずかしいのだが、やはりインドネシアのお客さま、ここをよく見た商品開発がいかにできるかということ。そのためには、これまで以上に、開発や企画の段階から権限をこちらへ移して進めていくことが必要となる。

さらに販売の面でも、お客さまの嗜好をしっかりつかまえて、それを開発へフィードバックしていく仕組みと人材育成が重要。ジャカルタを中心に急速に拡大している中間層市場に対しては、アフターサービスとかローンで車を買うお客さまのための金融商品といったバリューチェーンの充実が必要になってくる。

堀(ホンダ) 二輪業界の場合も、中間層の拡大によって需要構造的に2つの大きな変化が出ている。1つは、世帯での複数保有が増えてきていること。今までは一家に1台であったものが、最近は一家に2台、3台という複数保有が拡大している。もう1つは、先ほどユニ・チャームの宮林さんやマンダムの北村さんもお話しされた通り、付加価値型商品へのシフトが起きていること。

もともとインドネシアでは、110ccクラスで1,100万ルピア前後の二輪車が圧倒的に多かったが、最近は125ccクラスで1,300万から1,400万、さらには2,000万を超える150ccから200ccクラスの付加価値型商品へのシフトが起きている。

今後は中国、インドのライバルメーカーとの競争局面も増えてくるであろうが、われわれはコスト体質的にも十分対抗できる準備を進めており、そのことについてはさほど脅威には感じていない。むしろ二輪業界にとっての課題はファイナンスである。二輪車の8割近くがファイナンス販売で、だいたい2年から3年ぐらいのローンで商品を買っていただいている。この背景には世界中から新興国、インドネシアへの資金流入があり、流動性が確保されているということ。こうした資金の流動性が確保できなくなっていったとき、今のような好調な販売を維持できるかというのが1つの課題であると認識している。

十都(みずほコーポレート) 中間所得層は確かに増えているが、可処分所得5,000ドルを80円で考えたら40万円。だから、中間所得層が増えているから消費が進んでいるというよりは、やはりファイナンスというのがあるから、借りられる力が増えてきたということも見逃せない。

インドネシアの金融マーケットというのは、全銀行の総資産で23兆円相当しかない。これはみずほの4分の1くらい。1国にある銀行の総資産が23兆円。金融マーケットがすごく小さい。そういう意味では、これから本当に所得が増え、リテールマーケットが拡大していって、金融業界も膨らんでいく。そうなると、金融業界にも、新たな外銀の参入や邦銀の業務拡大の可能性も出てくるかもしれない。

3.もっと人材交流を

—両国が、現在の友好的な関係を礎に、ビジネス面でもさらなる発展を遂げていくために何を望みますか? また、懸念することはありますか?

十都(みずほコーポレート) まずは何よりヒトの交流だと思う。例えば金融の場合、駐在員の交代や増員は中央銀行に申請する。この際、交代においてさえ「どうしても日本人が必要か」と言われる。そこを逆に、日本人の数を限定せず増やすことを許可してくれれば、その分部下が増えて、もっと雇用も広がっていくと思うのだが。

堀(ホンダ) 労働許可の取得もなかなか難しい。弊社では従業員が1万6,500人いるが、日本人駐在員は23名のみ。駐在員の数をもう少し増やしたいと申請しても、労働局の認可が簡単には取得できないのが現実だ。

北村(マンダム) 当社の場合でも、労働許可が比較的取得しやすい職種となかなか取得できない職種があるが、業容を拡大していく上ではもう少し寛容であってほしい。

野波(トヨタ) 逆に、日本政府に対しても、人材交流をもっと活性化させることをお願いしたい。例えば海外技術者研修協会(AOTS)を窓口とした海外からの研修生受け入れ等はもっと人数を増やしてほしい。そうした人材交流によってどれだけ日本の利益になっているのかを単純に金額で表すのは難しいかもしれないが、日本が好きで、日本のメーカーに入って、さらに日本で学びたいと願っている人たちの交流を通じて得る財産はとても大きいはず。

宮林(ユニ・チャーム) 人材交流という観点で言えば、介護士の件にも触れておきたい。先般も言葉の問題で試験が通らないということが話題になったが、本当にそれでいいのか。インドネシアには、入院して治療のできる病院は2,000軒前後しかない。お金持ちでも出産のために入院するのは平均3日間、病気で入院するのも末期になってから。今、介護士試験を受けるために日本へ行っているような人をもっと増やしてあげて、次に戻ってきた時には、この国で活躍してもらい、この国で不足している分野を整えていくことも考えるべきではないかと思う。日本でも高齢化による老々介護の状況を変えていくためには、現実的に外国の方を受け入れないと無理だということは分かっているはず。

安全や健康は、日本が世界に誇れることの1つ。ぜひ、それを活かしてインドネシアと日本が真に助け合うパートナーとして共に成長していくことを望む。

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