アジア総合開発計画 — 産業基盤整備が進むインドネシアでの ERIAの取り組み

東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)事務総長
西村 英俊

インドネシアの国民1人当たりのGDPはこの5年で1,320ドルから2,590ドル(出所:JETROジャカルタセンター)とほぼ倍増している。ジャカルタを中心とする都市部では、かつては見られなかった中間層が着実に育っており、現在の経済成長を後押ししている。新たに進出する日系企業、中国資本も目立ち、一時中断していた建設、インフラ整備の大型プロジェクトも再始動するなど、首都ジャカルタをはじめ地方都市も活気にあふれている。

そのようなインドネシアの首都ジャカルタに2008年6月東アジア・ASEAN経済研究センター(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia:以下ERIA)は設立された。ERIAはASEANの経済統合を最重要研究課題と位置付け、ASEANのみならず、東アジアサミット参加国の研究機関と共同で数多くの研究プロジェクトを実施し、その成果を発信してきた。2010年の第5回東アジアサミットで高く評価された「アジア総合開発計画(Comprehensive Asia Development Plan:以下CADP)」はその集大成の1つである。

CADPは、「経済統合の深化」および「開発格差の縮小」を同時に追求しており、その大きな目的の1つは、既存の生産拠点を結ぶインフラを構築し、東アジアの生産ネットワークを強化していくことにある。

CADPではASEANおよび周辺地域からなる分析対象地域を、3つの階層に分類している。第1階層(Tier1)は、既存の、あるいは現在形成されつつある産業集積、第2階層(Tier2)はその周辺地域にあり、第1階層を中心として形成されている生産ネットワークへの効果的な参加が期待できる地域、第3階層(Tier3)は短中期的には生産ネットワークへの参加は難しいが他地域とのコネクティビティの強化が新たな経済発展の展望を切り開くと期待される地域である。

ここで鍵となるのが、経済回廊という概念である。CADPが主張する経済回廊開発戦略は、主に物流インフラの改善を通じた沿線各地域のコネクティビティの強化(すなわち、サービスリンクコストの削減)により、生産活動のフラグメンテーション(分離と分散配置)を促進する一方で集積・分散効果をコントロールし、経済統合と格差是正の両立を目指す、というものである。実際の経済回廊開発は、高速道路や橋梁の建設、港湾・空港開発、工業団地整備、発電所建設、送電網整備といったインフラ開発プロジェクトとして実行される。CADPでは、関係各国やドナーが発表している利用可能な資料に基づき、695件のインフラ開発プロジェクトをリストアップし、分類作業、優先順位付けを行った。

計画に盛り込まれるインフラ整備などの事業695件のうち、インドネシアの事業は169件と2割を超える。国別では事業件数が最大であるベトナムの188件に次ぎ、インドネシアは2番目、次ぐのはカンボジアの103件となる。

インドネシアの分野別の件数は、道路・橋梁が最大の54件、エネルギー・電力の45件が続き、港湾・海洋が34件、鉄道が9件、空港が4件と続く。上述した階層別には、インドネシア案件は第1階層が45件、第2階層が60件、第3階層が64件となる。

第1階層に位置付けられ、格付けの最も高いインドネシアの案件としては、インドネシアの玄関港であるタンジュン・プリオク港の大規模な拡張工事、あるいは新港開発、年々悪化するジャカルタ市内の交通渋滞を緩和するための大量高速交通(MRT)やインテリジェント交通システム(ITS)などの導入が挙げられる。スカルノ・ハッタ国際空港とジャカルタ市内を結ぶ鉄道も、より多くの経済活動をジャカルタに誘致するためには効果的である。インドネシア第2の都市であるスラバヤでは、タンジュン・ペラ港の拡張、MRTシステムの導入などが必要であると分析した。

CADPと同時にERIAはインドネシア経済開発回廊に関する取り組みにも貢献している。インドネシア国内での産業の現状と将来性を分析し、その中から開発の優先順位の高いものとして、東スマトラ・北西ジャワ回廊と北ジャワ回廊、その他4回廊を選定し、マスタープランを策定した。また一部については、それに則ったパイロットプロジェクトを選定して、フィージビリティ・スタディを実施した。

東スマトラ・北西ジャワ回廊についていえば、東スマトラの注目産業としてのパーム油と天然ゴムをより効率的に生産、加工し、国内外に向けて搬送するインフラ整備が肝要と分析、北ジャワ回廊では、既にある程度集積している食品、繊維、機械部品などの産業をさらに発展させる必要があると判断し、鉄道、道路、港といった基幹輸送インフラの増強が急務であると結論付けた。

このように適切な政策の適用を行えば、ERIAの研究では2020年までに東アジア域内の1人当たりのGDPを現在の倍増となる8,540ドルにすることができると予想している。日本政府はすでに、外務省、経済産業省、JICA、経団連の代表者からなるタスクフォースを設立し、CADPに示されたプロジェクトの実現支援のための準備を進めている。この官民合同タスクフォースを新たな足掛かりとして、さらにCADPが強固なものとなることが期待される。

先進国経済の回復の遅れ等を懸念する向きもみられる中、2050年までには人口が3億人を突破するともいわれ、好調な内需、豊富な資源を有し、緩やかながらも安定成長を続けるインドネシアに対する注目は一層高まっている。しかしながら、上述の通り、インフラの未整備が経済成長や投資環境のボトルネックとなっていることもまた事実であり、ERIAではCADPを機軸としてインドネシアのより一層の発展に、またASEAN地域の経済統合のために今後も取り組んでいく所存である。

(注)アジア総合開発計画(CADP)の全文はERIAのホームページ(http://www.eria.org/research/y2009-no7-1.html)からダウンロードできる

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