商社における戦略的CSR

株式会社創コンサルティング
代表取締役
海野 みづえ

1.「サステナビリティ」は経営のメガトレンドに


企業を取り巻く経営環境が大きく変化しており、新たなビジネスモデルにつながるイノベーションの糸口の1つとして、「サステナビリティ(持続可能性)」が世界中で注目されている。現在のところ、そのコンテンツは、環境ビジネスであったり新興国での社会ニーズへの対応であったりと理解に幅がある。だがこの根底には、グローバル市場に挑む上で企業はこれまでの経営のやり方(Business as usual)の延長では生き残れず、企業経営の在り方にパラダイムシフトが必要になっているという意識が強くあるといえるだろう。
経営コンサルティング会社マッキンゼー社が実施した調査(注1)に示されるように、世界の多くの経営幹部が、サステナビリティが経営に及ぼす影響を無視できない、と認識している。

<マッキンゼーの調査結果の概要>
・50%以上の回答者が、「サステナビリティが今後の事業の上で非常に重要になっている」と考えている。
・株主価値の向上の上で、回答の76%が長期においてまた50%は短期においてさえサステナビリティが寄与すると答えており、「本質的な企業価値を高める」と捉えている。
・中でも、「企業の評判やブランドに及ぼす影響が非常に大きい」という回答は72%に上る。社会から良き評判を得るためにも、サステナビリティを意識することが重要である実情がうかがわれる。

また経営学者のマイケル・ポーターは、CSRを事業戦略に統合するという概念をさらに発展させ、「コミュニティの経済と社会の状況を促進させると同時に、企業の競争力を高める方針や事業活動」として「Creating Shared Value(共通価値の創造)」を提唱している(注2)。サステナビリティを、企業価値に結び付ける観点を強調しているのである。


2. 企業価値の創造をもたらす戦略的CSR


このように、企業の競争力の源泉になるビジネスモデルとしてサステナビリティの要素を事業戦略に組み込む志向が潮流になっている。「要請されるから取り組む」というリアクティブなCSRの段階を超え、「事業戦略として環境・社会課題にチャレンジしていくことで企業価値の創造につなげる」といった企業行動に、投資家やステークホルダーも注目している。
ビジネスの現状を見てみれば、成長が期待される新興国市場はこれまでと異なる多様な価値観や風土を持った混沌とした社会であり、先進国流のビジネスモデルや経営では通用せず、新たな発想が求められる。一方先進諸国では、経済成長を軸としたモデルから社会要素を組み込んだ経済構造にしていかなければならない。こうした変化に適応していくために、企業経営のかじを大胆に切ることが経営者の役割であり、CSRがそのドライバーとなる。
企業にとっての事業機会となる要素にフォーカスし、これを経営戦略の中に組み込む「戦略的CSR」にシフトすることが、これからのCSRの方向といえるだろう(図1)。


3. CSRの国際規格ISO26000


世界でのCSRの要請を受けて、2010年11月にはCSRの国際規格であるISO26000が制定された。図1のCSRの全体体系の中で、基本的CSRに当たる部分である。
この規格ができた背景は、途上国や新興国に産業活動が広がるグローバリゼーションの流れの中で企業の果たす社会的役割がこれまでにも増して重要になってきたことが大きい。ステークホルダーがCSRを問う関心の度合いはこうした国々で強くなっており、国境を超えた事業活動の中で「ステークホルダーとどのようにうまくやっていくか」という統一した枠組みが求められるようになったのである。
この規格の中で、CSRがカバーする7つの主題が設定された(図2)。グローバルに事業を展開する商社にとっては、国内での操業ではそれほど気にならない主題であっても大いに注意を払うことが重要である。例えば「人権」は、一般に想定するようなパワハラ、セクハラあるいは差別廃止といった従業員に関するものというよりも、操業する地域の住民がそこで生きていく上での権利といったかなり広い概念で捉えられている。
また「コミュニティ参画及び発展」は、寄付やフィランソロピーといった慈善行為ではなく、その地域の人々が自立した経済開発ができるような仕組みの構築につなげていくことが求められている。つまり与えることではなく、ステークホルダーの長期的な発展に向けてコミュニティに投資をするというスタンスを意図している。


4. 商社にとっての戦略的CSR


このようにカバーすべきCSRの範囲は広いが、全ての基本領域に網羅的に取り組むということではない。ビジネスモデルによって重点を置くべき分野や優先度は異なるもので、商社ビジネスの特徴を踏まえて考えられる課題を整理すると、以下のようになる。

⑴ グローバル展開
事業の主要な展開地域が新興国へシフトするに伴い、「負」の側面も深刻になっている。地域の環境汚染、開発によるコミュニティの侵害、工場従業員の労働争議など、先進国では見られない課題が事業活動の上で立ちはだかっている。今後のグローバルビジネスでは、世界各地の社会課題を事業を通して解決していくことがCSRの主要な柱だといえる。
ここでも社会課題への取り組みをプラス志向に発想して、事業機会の創出につなげることができる。途上国の低所得層(BOP: Bottom of Pyramid)に対して、衣食住に関わる社会課題の解決をしながら同時に事業として展開するアプローチは、この典型的な成功例である。BOPビジネスは、生活のベーシックニーズばかりでなくハイテクを活用した高付加価値の事業モデルへと発展している。携帯電話の普及をベースに、銀行口座を持たない人々に携帯電話で決済機能を提供するサービスがアフリカ発で広がっている。農村が都市化する中で、未整備な社会基盤への改善ニーズを捉えた戦略的CSRといえる。

⑵ あらゆる業種に関連
総合商社であればさまざまな業種に関わっており、経営は多角化している。CSRは個別の製品やサービスの質を問うばかりでなく、企業全体のブランディングでもある。特定業種での課題に対して、その事業部門での認識が不十分であり問題になってしまった場合でも、会社全体のダメージにつながりかねない。ブランド戦略の評判に関連することが多く、NGOのネガティブキャンペーンは、こうした企業グループの連鎖を狙ってくることが多い。
セクターごとのCSR課題としては、例えば資源・エネルギー事業での多くの問題は開発の現場でのもので、サプライチェーンを含めて海外現場での取り組みに重点をおくことが大事になる。一方消費財部門では、最終ユーザー側での社会意識が事業に影響してくるため、お客さまや一般の市民からの関心に配慮することが求められる。

⑶ 間接機能に特化
商社のビジネスは産業間、企業間をつなぐという役割が大きい。生産拠点や原料調達のサプライチェーンがグローバルに広がっている今日、商社のビジネスモデルも多層化、複雑化している。一方で最終消費者やNGOなどのユーザー側は、自分たちが手にする製品について詳細な情報を求める声が大きくなっている。企業に対して、製品原料の出所をきちんと確認したいなど、サプライチェーンをさかのぼったCSRへの要請が高まっている。ISO26000の中でも、「組織の影響力の範囲」として自社の操業範囲を超えて組織が責任を持つべきであると言及している。
顕著な例には、鉱物資源やエネルギーあるいは農産物といった自然由来原料の調達に関わるCSRへの懸念が世界中で問題になっている。日本企業の間では、環境問題への配慮はよく理解されているが、先住民といった地域社会のステークホルダーへの対応については理解が不十分であることが多い。地域住民の生活権を脅かすような開発プロジェクトは、人権問題として扱われている。産業の上流に向かうに従い、現場は途上国にあるため、管理が行き届かないところにNGOや地元の団体が監視の目を光らせている。こうした現場でのCSRは、操業のための許可(License to operate)ともいわれ、コンプライアンスを超えた地域住民とのコミュニケーションがカギになる。
グローバルに展開する商社にとっては、製品を提供している事業者に対してだけでなく、その先の消費者や地域社会の意識を理解し、中間に位置する企業としての責任を理解しておく必要がある。

⑷ 多様なビジネスパートナー
商社のビジネスには、パートナーが多岐にわたるという特徴もある。大規模な事業投資案件になれば、事業者ばかりでなく展開地域の政府や国際機関などさまざまなタイプの機関との連携も欠かせない。
こうしたプロジェクトの成功のカギは、PPP(Public Private Partnership)にあるといわれる。Private機関には、民間企業ばかりでなく地元の市民組織なども含まれる。政府のガバナンスが十分でない途上国では、公的な機能の担い手としてNGOや市民組織に信頼が置かれているケースも多い。政府もこうした民間の力を活用して、施策を進めようと積極的に支援している。
それぞれの地域の慣行や組織間の力関係の中で、さまざまなステークホルダーと一緒に課題解決に取り組むことがCSRの主要ポイントである。社会貢献であっても、事業に関連づけて戦略的に展開することで、今後長期にわたって事業を進めるための投資という見方ができる。


5. 戦略的CSRによる企業価値の創造戦略の効果


このように、CSRを戦略的に捉えビジネスモデルに組み込むことで、企業価値の創造につなげている事例が増えている。世界の経営幹部がサステナビリティの重要性を意識している理由もここにある。そこで、その効果をまとめると、以下のように整理できる。

⑴ 新しい事業領域や市場といった成長機会の開拓
通常、社会課題自体は企業にとってのリスクとなることが多い。しかし、「問題あるところに商機あり」とプロアクティブに捉えれば、課題とはビジネスの潜在性を持つ宝庫であり果敢にリスクにチャレンジすることで新たな事業機会や価値観が創出できる。「新しい成長」の切り札はサステナビリティにあるといえる。

⑵ 経営プロセスにイノベーションをもたらすことによる競争力の強化
戦略的CSRを遂行することによって、今後の企業発展に必要なさまざまなイノベーションがもたらされる。
・サステナビリティを経営戦略の中に組み込む、戦略発想のイノベーション
・途上国での技術・製品開発に基づく、技術・製品開発のイノベーション
・貧困層を新たな需要層として位置付ける、市場開拓のイノベーション
・外部の視点を経営に取り入れる、組織開発のイノベーション

⑶ ステークホルダーとの連携強化によるブランド価値の向上
地域におけるさまざまなステークホルダーとのエンゲージメントを推進することで、地域でのポジティブな評判を獲得しブランド価値の向上につながる。
・ステークホルダーとの連携による評判リスクの低減
・サプライヤーとの連携を強化することで、プラスの評価を得る
・新興国での事業開拓の際のビジネスパートナー

産業界で商社が果たす機能や期待は、CSRの分野でも大きい。リスク対応ばかりでなく、企業価値の創出につながるCSRを積極的に取り組むことが、21世紀のリーダーとなるビジネスモデルといえるだろう。

(注)
1 2010年2月に実施した調査で、さまざまな業種や地域のエグゼクティブ1,946人より回答を得ている。McKinsey&Company “How companies manage sustainability: McKinsey Global Survey results”, March 2010
2 Michael E. Porter and Mark R. Kramer“Creating Shared Value”, Harvard Business Review, January-February 2011

商社における戦略的CSR 誌面のダウンロードはこちら